03 少女ニュートンの自己紹介

 われらが主人公・葛崎美咲穂かつらざき みさほとその親友予備軍・修善寺可南しゅぜんじ かなは、乾坤一擲けんこんいってきのブースト・アップによって、なんとかかんとか、小学校の始業ベルにはった。


 教室には都合つごう30名、海千山千うみせんやませんの新1年生たちが、いまかいまかとばかりに、担任たんにんの先生の到着とうちゃくを待っていた。


「みんなーっ! おっはよーっ!」


「おはようございまーす!」


 登場したのは20代後半くらいの若い女性だった。


 くせはあるが清潔せいけつそうなかみかたの上にらし、ビジネス・カジュアルの着こなしから、まだ教職きょうしょくいて日が浅いようだった。


「今日からみなさんといっしょにお勉強をすることになる、長谷部緑子はせべ みどりこです! よろしくお願いしまーす!」


「よろしくお願いしまーす!」


 長谷部先生はとびきり元気な声であいさつをした。


 子どもたちもそれに負けないくらい、元気なあいさつで返した。


「ふえふえ、やさしそうな先生だわねー」


「おっかない人じゃなくて、よかったわー」


 つくえならびは、2人1組で3れつかける5ぎょう


 これでちょうど、30名となる。


 美咲穂と可南は中央ちゅうおうのいちばんうしろだった。


 この配置がどのような基準で決まったのかは、定かではない。


 しかし、「それは聞かないお約束」だと、だれもがわかっていた。


 小学生ともなれば、この程度の忖度そんたくはできるのだ。


「それじゃあ順番に、自己紹介じこしょうかい、いってみよーっ!」


 新入生30名は、それぞれがそれぞれの、個性的な自己紹介をすることになった。


 中でも特に、美咲穂と可南が気になったのは、次の2名だった。


天川星彦あまかわ ほしひこです。天体観測が大好きです。尊敬する人は、天文学者のエドウィン・ハッブルです。宇宙が膨張ぼうちょうしているのを発見した科学者です。よろしくお願いします」


 1人は利発りはつでさわやかな感じのこの少年だった。


 『科学』という単語に、二人は興味を示さずにはいられなかった。


「あの子も科学が好きみたいだわよ、カナちゃん」


「ふしゅる。ぜひとも『仲間』にれたいねー、ミサホちゃん」


 もう1人は山吹色やまぶきいろのパーマをかけた少女だった。


「ふひひ、わたしの番ですね。比留間真昼ひるま まひるもうします。生物学に興味があります。この分野でのビジネス・モデルを模索中もさくちゅうです。よろしくお願いします」


 なによりも特徴的とくちょうてきなのは、その大きな『目玉めだま』だった。


 カメレオンのようにギョロギョロと動いているが、不気味な中にかわいさがある。


「あの子も科学が好きみたいだけど、すごい『おめめ』だわー」


「『ふひひ』という笑いかたが、面白いねー。それに『ビジネス』って、なんのことなのかなー?」


 とにかく美咲穂と可南は、この2人にさっそく、目をつけたのだった。


 ちなみに可南と美咲穂の自己紹介は、以下のようなものだった。


「修善寺可南ですー。『バケガク』っていう勉強が大好きですー。尊敬する科学者は、ライナス・ポーリング博士ですー。ノーベル賞を2回も受賞した、すごい先生なんですよー」


 ノーベル賞という単語に、美咲穂はまた反応した。


「ちょっとちょっと、カナちゃん、どういうことなのー? ノーベル賞を2回も取った人が、いたのねー。その、ポーリングさんという人は、何者なのー?」


「いまのバケガクにすごい影響を与えた、すごい科学者なのよー。量子力学りょうしりきがくっていう物理学の分野を、バケガクの分野に応用したりもしたのよー」


「ふえっ、リョウシリキガク!? わたしったら、物理が好きだとか言っておいて、そのリョウシリキガクなんていうのは、さっぱりわからないわー」


「わたしだって、言葉を知ってるだけだよー」


「むむっ、なんだか燃えてきたわー。わたしにはさらに、物理学の勉強が、必要だわねー。よーし!」


 すマグマのようなオーラをはなって、われらが主人公が立ち上がった。


「葛崎美咲穂です! 尊敬する偉人いじんは、アイザック・ニュートン大先生です! わたしは物理学で、ノーベル賞を取るのです!」


 殺気さっきにも似た『すごみ』に威圧いあつされ、クラス一同いちどうはすっかり、づいてしまった。


 しかしこの中で、ぎゃくに目をかがやかせた人物が3人いた。


 修善寺可南、そして天川星彦と比留間真昼だ。


 美咲穂をふくめた4名はこのとき、これから起こるなにかの予感を、確かに感じ取っていたのだった。

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