第十九話 サヤラーンとオーザ

「レーテーさん、美味しいですか?」

「うん、辛いけどおいしい!」

「よかったです」

 レーテーはゆっくりと一口ずつ口に運んでいく。ベーコンを拾ってきた後、残ったカレーにがっついている。……少し意地汚い。

 やがて料理は皿の中には何も無くなり、レーテーの口元にこびりついているのみとなった。

「レーテーさん、口元が」

「あっ」

 レーテーはそれに気づいて、口元の汚れに向け、舌をちろりと出し舐めた。

「おいしかったぁ」

 皿を店主に返し、俺たちは先へ行く。そのままいろいろな店を見て回った。

「カガチが言うお菓子ってどれ?」

「僕も探しているのですが、見つかりませんね」

 もう随分周った。それでも見つからないなら無いのだろうか。

 そんな事を思っていると、レーテーが突然しゃがみ込んだ。

「ゲルグ疲れたぁ」

「はしゃぎすぎだ」

 道のど真ん中に座り込むので、周りの目が集まる。

「疲れたなら宿に戻るか?」

「やぁだぁ」

 俺はため息をつく。

「それじゃぁ歩くぞ」

「やぁだぁ」

 レーテーは子どもの様に駄々をこねる。

 道行くヒトビトが様子を見に、此方に近づいてくる。

見かねたカガチが俺に耳打ちする。

「ゲルグさん、おんぶしてあげたらどうです?」

「カガチ……」

 いくらなんでもおんぶとは……。まるで幼児相手にやることだが、このままでは埒が明かない。

 俺はひときわ大きなため息をついたあと、時間をかけて屈みこむ。

「ほらレーテー、俺の背に乗れ」

 それを聞いたレーテーは一瞬戸惑いの表情を見せ、やがて笑顔で俺の背に飛び乗る。

「ゲルグー!」

「っ! 痛い」

 勢いよく飛び乗ったせいか酷く背中が痛んだ。

 その様子を見ていたカガチはくすくすと笑う。

「ほらゲルグしゅっぱーつ!」

 レーテーは馬にでも乗ったかのように意気揚々と指示を出す。時々、俺の背の痛いところを蹴ってくる為、歩みを止めることはできない。

 その調子で祭りを見て回っていると、不意にレーテーが声をあげる。

「あっおねにいちゃん」

「おっレーテーちゃん」

 レーテーが指さす方向を見ると、昨日世話になったサヤラーンがいた。その隣には、部下らしき金髪の女がいた。カガチの金髪と似て、日の光をよく反射する。

「昨日はありがとう!」

「いえいえ」

 サヤラーンは照れくさそうに笑う。そこに、隣の女がからかうように肘を小突く。

「あんた、この子に何をしたんだい? まさか誘惑でもしたのかい?」

「まさか、この子が川に落ちた時に助けてあげただけさ」

 そうかいと女は言うと、レーテーの傍にしゃがみ込む。

「そうか、そいつは災難だったな。こいつみたいな間抜けに助けてもらうなんてな」

 女はくすくすと笑いながらレーテーの頭を撫でる。

「あたしはオーザ、よろしくな」

「わたしはレーテー、よろしくね!」

 オーザは艶やかな金髪と髪の色と同じ金色の瞳という、金創族アルケミーの特徴を持っていたが、目は二つあり、融纏族アプサラスの身体つきをしている。また、鎧の隙間から垣間見える肌には古傷がいくらか見えていた。

「ああ、彼女は金創族アルケミー融纏族アプサラスの混血なんです。こう見えて僕と張り合えるくらい強いのですよ」

 俺がオーザを吟味するような目をしていたからかサヤラーンが説明する。

「『こう見えて』とはどういう意味だ?」

「別に、そのままの意味さ」

「……まあいい。それで、君がカガチ君だね」

「はい」

 オーザはカガチの顎を掴んで顔をまじまじと覗き込む。

「しかし、純・金創族アルケミーと会うのは初めてだよ。どこの出身だい?」

「〈金貨の国〉の出身ですね」

「あぁ、〈金貨の国〉ね。あそこなら沢山いるな。なんでも金創族アルケミーが王族を務めているそうだからな。今日はどうしてこの国に? 祭りでも見に来たのかい?」

「まあそんなところですね」

 カガチはここでも目的を濁す。ますますカガチの目的が気になる。

「そうか、そりゃあいいな」

 オーザは立ち上がり俺に向き直る。

「そしてあんたがゲルグ。見ればわかる。あんた強いな」

 俺の腕を揉みながら言う。岩のように硬い筋肉が圧迫される。

「そしてこの剣。こんなデカブツを扱えるのは、滅多にいない。……そう言えば、五日ほど前に、ガーランドで怪物が出たと騒ぎになったな。そこで怪物を倒した男が、ちょうどこんなデカブツを背負っていたようだ」

 背筋がぞくりとする。加えて心臓の鼓動が僅かに早まった気がする。素早くあの場から去ったつもりだが、足がついていたのか? 授命族ヴィルデを連れている都合、兵士とはあまり関わりたくない。

 だが俺の心配はいたずらに終わった。

「いやぁ、そんな奴がいるもんなら戦ってみたいな。なんでもその怪物は身長が五メートルもあったそうだぞ。五メートルなんてあの家ぐらいあるぞ。そんな奴いる訳無いよなぁ」

「そうですね」

 心配して損をした。オーザさん達は、収容所を、大剣を背負った男が襲ったという情報は伝わっていないようだ。よく考えれば、情報が伝わっていた場合、昨日の時点でサヤラーンさんに捕まっていたし、そもそも街に入る時点で兵士に捕まっていた。

 よくよく考えれば収容所という、〈命の国〉で王都の次に強固な守りの場が攻められたと知れば、兵士の士気にかかわる。恐らくレナトゥスのみで処理する予定だったのだろう。

「オーザ、そろそろ行くぞ」

 サヤラーンが肩を叩く。

「そうだな。それじゃあ、また。レーテーちゃん、花火楽しみにしとけよ」

「うん!」

 両者はお互いが見えなくなるまで手を振った。

 ふと空を見ると、だんだんと日が落ちていた。冬花火まで、あと少し。


 マリナの路地裏にある廃墟。そこにただならぬ風貌の男が三人いた。

誰がどう見ても、祭りを楽しみに来た客でも無く、祭りに乗じて金儲けをしに来た商人でも無い事が分かる。その証拠に、三人の傍らにはそれぞれの武器がある。どれもあまり見ない形状をしている。

そして、その三人は同じ服装をしていた。それも〈黒鉄の帝国〉の戦闘服である。

「中尉、マリナにいる兵士は」

 一人だけ椅子に座らず、仁王立ちをしている赤髪の男が聞く。男は天井に頭がつきそうなほど背が高く、戦闘服を着崩している、また、その背には身長と同じくらいの斧、所謂ハルバードのようなものが背負われている。形状も特殊で、先端が筒のように膨らんでいる。

「五十人ほど。留意すべきは王下三貴族の一人、〈命の国〉兵士西部部隊隊長のキール・アルタがいる事だ」

 中尉と呼ばれた壮年の男が答える。彼は赤髪の男とは対照的に、戦闘服を規定通りぴっちりと着こなしている。また、腰のベルトには年季の入った魔法の杖が差してある。

「キールとかいう奴は強いのか?」

 赤紙の男は舌なめずりをする。

「彼自身は直接戦闘に参加しないものの、指揮能力には侮れないものがある」

「ふーん。なら最初に殺すか」

恐ろしい事を平気な顔をして言う。だが、彼らにとって、殺す殺されるは普通の事なのだ。

「……手練れは」

今まで黙っていた男が口を開く。

三人目の男は肩まで届く黒の長髪で、三人の中で一番背が低い。そして腰には通常の剣よりやや細い剣を差している。目元まで伸びた髪の隙間から時々垣間見えるその双眸は、鋭く、狂気的である。

「強そうなのは、融纏族アプサラスの兵士が一人。名は確かサヤラーン。それと、人間族ニンゲンの兵士が一人。名はライラック。その二人か」

中尉が答える。彼はマリナに数週間もの間潜入していたのだ。彼は今、マリナにいる全ての兵士の情報を持っている。彼が強いと言えば強い。強くないと言えば強くない。

つまり彼が出した三人以外は、弱いと判断されたという事だ。

「……そうか……楽しみだ」

長髪の男はニヤリと笑う。

 やがて、中尉が立ち上がり、言い放つ。

「さて、決行は最後の花火と共に始める」

「了解」

「了解……」

 三人の侵略者は、戦いの火蓋を今にも切らんとしていた。いや、切ろうとしていたのは三人だけでは無かった。

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