幕間
幕間 魔女とレナトゥス
おれの名前はグレビリア。四人組の傭兵、ヴァリエンテのリーダーだ。
今はヤーコムに向かう馬車に皆で揺られている所だ。揺られながら今回の依頼を確認する。
今回の依頼はヤーコムにて行う、〈命の国〉国王、ヴァニタス二世の暗殺を目的とした組織、異形族復権派の会議の護衛だ。
国王ヴァニタス二世は、二百年前から続く、異形族を虐げてきた元凶である。
それにより、
そんな現状を覆そうと立ち上がったのは、
また、彼らは非常に短命である代わりに生殖能力が非常に高い。雄の三倍の体躯を持つ雌は、一年に十匹を超える子を産むそうだ。
まるで虫のような生態が、彼らが忌み嫌われ、奴隷となり果てた一因なのだろう。
話を戻そう。
計画の首謀者ゼネリは、各種族の有力者を秘密裏に募り、今回の会議を開いた。集まったのは、有力者四名と、その部下三十名の僅か三十四名。彼らは、かつて最悪の魔法使いと呼ばれたゴッデスが建てたというナディアム廃城を拠点とした。
言わずもがな国に盾突くなど、確実に死刑になる重罪である。ヴァニタスが計画を知った途端、〈命の国〉が誇る兵士たちを差し向けるだろう。そうなれば、僅か三十名ほどの小組織は一晩もかからず壊滅するだろう。そこで、〈命の国〉の外から腕利きの傭兵を募る事にしたのだ。一国の兵士すらも退けるほどの手練れを。
そういう訳で、俺達ヴァリエンテが護衛を頼まれた。
さて、ヴァリエンテのメンバーを紹介するとしよう。
まずは回復役を務める、魔女ラミア。
ちょうど窓から身を乗り出して、木枯らしを顔に浴びている。風になびく長髪は、まるで花に美しかった。それに加えて猫のように柔らかな身体つきは、道行く先で男を魅了する。
彼女は広い西諸国でも、使える者が珍しい、魔法を使える。それに加えて「傷を治す魔法」という、他に誰も使えない魔法を使える。このチームの要である。
また、傍から見れば蠅も殺さぬような彼女だが、実際は真逆だ。近接戦になれば、己に「傷を治す魔法」をかけながら、魔法の杖で相手を殴りつける。受けた傷を治しながら、頑丈な魔法の杖で殴る彼女は、脅威の一言に尽きる。
お次は射手を務める、アーエルだ。
今は壁に凭れ掛って瞑想を行っている。彼女の側頭部を刈り込んだ髪から見える、尖った耳がぴくぴく動いている。
そしてもう一人、闘士ボタン。
彼女は床に寝そべって、ぐーすかといびきをかいて寝ている。彼女は酒癖が悪く、昨日も滝のように酒を飲んでいた。
「もう飲めないよ……」
ボタンが寝言を言う。酒癖さえ無ければ、たちどころに男が集まるほどの美しさだというのに、全く勿体無い。
だが、戦闘になれば話は別だ。酒が残ったまま戦う彼女は、手にした斧で泥酔しながら戦う。その動きは、歴戦の猛者ですら全く読めず、予想外の方向から攻撃してくる。それに加えて奇声を発するなどの奇行によって、相手を委縮させる効果もある。
本当に美しい顔が勿体無い。
残すはおれ、グレビリア。
この一癖も二癖もあるヴァリエンテの面々をまとめ上げる、リーダーだ。
街に行けば、たちまち女のヒトだかりが出来るほどの美貌を持ち(自称)、その透き通った声は、聴くものを魅了する(自称)。
そして何よりも優れているのが、剣の腕前。その腕前は王国の兵士二十人分に相当する。
そんな四人で、ナディアム廃城に入っていった。
ナディアム城に入ると、小部屋に通された。小部屋には、やせぎすの男が一人と、屈強そうな男が一人、それに加えて数人の護衛がいた。
城に入ったのにも関わらず、ボタンは未だ寝ている。揺すっても抓っても起きないので、仕方なくアーエルが背負っている。
やがて、やせぎすの男が挨拶をした。
「本日は依頼をお受け下さり、誠にありがとうございます。私が、依頼主のゼネリです」
目の上に大きな黒子があるゼネリは、丁寧にお辞儀した。そこそこの階級に居る事が推察される、礼儀正しさだ。
「どうも、グレビリアです。今回はよろしくお願いします」
ゼネリと握手する。
「さて、早速ですが説明をしま……その方は起こさなくても大丈夫なのですか?」
ゼネリは怪訝そうに、ボタンを見つめる。それに気づいたアーエルが小声で「おい起きろ」と言うが、案の定目を覚ます気配は無い。
「大丈夫です。彼女は味方と敵の区別さえ教えれば、勝手に戦います」
「そうですか。それならばよろしいです」
僅かに不満が残っているような声色でゼネリは続ける。
「事前に説明した通り、お願いしたいのは私達の護衛です。私共も僅かながらも護衛を抱えておりますが、それだけでは心もとなく、ご依頼させていただきました」
ゼネリはそう言うと、屈強そうな男に目配せをする。
「紹介しましょう。彼はエラルド傭兵団のリーダー、エラルドです」
「どうも」
エラルドは丁寧にお辞儀する。だが隠し切れない大胆さが漏れ出ている。
見たところ、エラルドは相当の実力者のようだ。彼一人だけでも、十分そうだ。並みの相手ならば。
「お気づきの通り、彼らだけでも十分でしょう。これがならず者や山賊を相手にしていたならば」
ごくりと唾を飲み込む。
「私達が敵対しているのは、〈命の国〉そのものです。そして、私共の必死の隠ぺい工作も虚しく、既に国王ヴァニタスに反乱の情報は伝わっているものと見て間違いないでしょう。
ヴァニタス王は、反乱の芽を見つければ、その土壌ごと焼き払う。王都より派遣されるは、並の兵士とは比べ物にならない特殊部隊、レナトゥス。貴方も、傭兵という立場に身を置いていれば、一度は耳にした事があるでしょう。
死んだ兵士を
そこで私共は、貴方方の力を借りて、これを退けようと思います」
レナトゥス。いずれ手合わせをすると思っていた。だが所詮は死人の兵士。一度死んだ者が生者に勝てる道理はない。
「わかった。安心しろ、おれ達はこれまでも強力な相手を倒してきた。何を隠そう、去年世間を騒がせた大悪党バルガを倒したのはおれ達だからな」
大悪党バルガ。百人余りの盗賊団を率いて略奪を繰り返していた、大悪党だ。〈命の国〉の兵士達を退けた事で一躍世間の注目を浴びた。
「それならば安心です。我々も安心して計画を進められます」
ゼネリは肩の荷が下りたかのように、安心した声で言う。
それからおれ達は、日が暮れるまでナディアム城についての説明や、エラルド傭兵団の配置について説明を受けた。
おれ達の配置は城の正門。陸地と橋渡しになっている箇所を四人で守る。城内はエラルド傭兵団が担当する。本来ならば門に大勢の人員を裂きたいが、魔法による侵入も考慮しなければいけない以上、これは仕方ない。
ナディアム城からほど近い木々の辺りに二人の男がいた。一人は雪のように白い髭を胸元まで生やした、血色の悪い老人。老人はぶかぶかのローブを着ていて、地面についた裾は土に汚れている。もう一人は、顔に包帯を巻いた若い男で、包帯の下は醜い傷に覆われている。また、身体の中に何も詰まっていないかのように痩せていて、やはりその血色は悪い。二人は死人のようだった。
「手筈通り、私の『土怪』を用いて城を襲撃する。城の中が乱戦状態になった所でお前が出撃する」
「ああ」
包帯の男は己の腹部に手を入れ、短剣を取り出した。男の腹は、腸が詰まっている代わりに武器が詰まっている。無論、生者に出来る芸当ではない。
「あんたは行かないのか?」
老人に問う。
「私の魔法は『土を操る魔法』だ。城内では扱えない」
「はっ!」
包帯の男は鼻で笑う。特に老人は気にしている様子は無い。
「それに、『土怪』で十分だ。一匹で兵士を三度は殺せる」
そう言うと、いつの間にか手に持っていた魔紙を地面に叩きつける。すると、魔紙を中心に地面が盛り上がり、ヒト型になった。強靭な腕は、相手の首を絞め落とすどころか、潰してしまいそうだ。
「いつ見ても気味悪りぃな」
包帯の男が毒づく間に、老人は「土怪」を何体も創り出している。
「これくらいで十分か」
創り出された「土怪」は小隊ほどの数。彼らは額に核となる魔紙を張り付け、両手を
前に突き出し、首を絞め落とさんとしている。
「よし、行け!」
土くれの兵士は出撃した。
「何か来る!」
外を監視していたアーエルが叫ぶ。
「兵士か?」
すかさず窓から外を見る。外の光景に思わず目を疑った。
外には城を目指して、進む、土くれの怪物達がいた。その数は三十体ほどだろうか。何体かは橋を渡ってきている。
「アーエル! 撃て!」
「うん!」
アーエルが弓を放つ。放たれた弓は、一番手前の怪物の胸に向かって飛んでいき、怪物を粉々に砕いた。
「よし、そのまま入れさせるな。俺達は門でせき止める」
そう言ってラミア達を呼ぼうとした時、アーエルが叫んだ。
「待って!」
「どうした」
アーエルが指さす方向を見ると、先ほど砕いた怪物が何事も無かったかように再生していた。
「魔法だな。魔紙を狙え」
「任せて……!」
間髪入れず、額の魔紙に向かって矢が放たれた。だが矢が魔紙に刺さる直前、怪物は足の土を腕に持っていき肥大化させ、盾にした。
「なっ……⁉」
「……どうやら相当強力な魔法使いがいるみたい」
いつの間にかやって来ていたラミアが呟く。
「なら、橋を諦めよう。このまま城に入られるよりは何倍もいい」
「わかった」
アーエルは火矢を橋に放つ。すると、橋は瞬く間に燃え上がった。こんな時の為に橋には油を塗っておいた。
「さぁ、どうする……?」
土くれの怪物は熱さを感じないようで、燃え上がる橋を渡っていたが、先に橋が耐え切れず、数体の怪物と共に池に落ちた。怪物は水に落ちると再生出来ないようで、泥と化した。……橋が無くても城には小舟があるので脱出には問題ない。
「これで暫くは……」
安心したのも束の間、土くれの怪物の奥から大木ほどの大きさの巨人が現れた。その巨人も土で出来ていて、同じ魔法使いが操っているようだ。
「なんなの……あいつ……」
小さな怪物は巨人に道を開ける。
「何をする気だ。あのまま水に入れば、泥になるはずだぞ」
巨人は水に入った途端、うつ伏せに倒れ込んだ。そのまま泥になる。その筈だった。だが反対に、巨人の身体から水蒸気が立ち上り、巨大なヒト型の煉瓦と化した。土の怪物が渡れる橋が出来た。
「まずい! ラミア! ボタンと門を守るぞ!」
俺達が下の階に降りた時にはもう遅かった。凄まじい轟音と共に、怪物がなだれ込んできた。
手始めに門を守っていたゼネリの部下が立ち向かった。部下が剣で切りつけると、たちまち土が硬化し、一切刃が通らなくなった。狼狽えている隙に、怪物の手が首に伸び、首がトマトのように潰れた。
「なっ!」
見ると、ボタンが怪物に掴みかからんとしていた。俺は反射的に飛び出していた。
「このっ!」
俺の剣は額の魔紙を切り裂いた。すると、怪物はあっけなく崩れ落ち、土に戻った。やはり魔紙が弱点だ。
「大丈夫か?」
「あぁ」
そう言うとボタンは酒をくびりと飲むと、手斧を手にした。
「それじゃあ、行くよォ!」
「おう!」
間髪入れず怪物が襲い掛かって来た。ボタンが斧を薙ぎ、間合いを取ると、頭上から俺が奇襲する。
一体怪物を倒した所で、別の怪物に殴られる。籠手で受けたが、威力は殺しきれず、腕が変な方向に曲がる。
「ラミア!」
「うん!」
ラミアが後方から杖をかざすと、たちまち折れた腕は元通りになる。〈黒鉄の帝国〉でも使える者が数人しかいない「傷を治す魔法」だ。ラミアがいれば、俺は何度でも戦える。
そう思った矢先、上階からアーエルの声がする。
「逃げて! 大群がこっちに!」
どれくらいの数。そう聞こうとした途端、城に怪物の大群がなだれ込んできた。
「上階に逃げるぞ!」
近くの怪物を土に戻し、指示を出す。
他の皆が上階に向かう中、ボタンが懐から瓶を取り出し、投げつける。
「はやく! グレビリアも急いで!」
ボタンの背後で爆発が起きた。ボタンお手製の火炎瓶だ。四六時中酒を飲んでいるくせに手先は器用だ。
俺達は一階を諦め、二階へと逃げる。
上階に行くと、ゼネリの部下が準備を整えて待機していた。
「状況は」
リーダーであるエラルドが質問する。
「最悪だ。土で出来た怪物が城に入って来た。土の身体を破壊しても、すぐに再生される。額の魔紙を破壊しない限り動きを止めない。俺の仲間が足止めをしているが、じきに突破されるだろう」
「となると、敵に魔法使いがいるな。それも相当強力な奴が」
「俺も同じことを考えていた。となると、魔法使いを倒さなければ、俺達に勝ち目は無い」
魔法で創り出した怪物からも溢れんばかりの魔力を感じた。あそこまでの魔力を持つ魔法使いを見たことが無い。
「俺とラミアが魔法使いを探そう。城からそう離れていない位置にいるはずだ」
「わかった。魔法使いを倒すまでどうにか持たせよう」
エラルドは武器を手にし、部下に指示を出す。
「ラミア、魔法使いを探すぞ」
「うん」
「アーエルとボタンは……」
その時、土の怪物がなだれ込んできた。
「まだ来やがる!」
「ゼネリ様に指一本触れさせるな!」
再び戦闘が始まる。
怪物の魔紙を破壊すれば再生は出来ない。厳しい戦いだが、ここにいる面々なら勝てる。はずだった。あの男が現れるまでは。
「グレビリア! 何か来る!」
他の種族より感覚が鋭い
「なんだ……あいつは……」
その男が発する殺気に思わずたじろぐ。
次の瞬間、男が消えた。
「なっ⁉」
急に視界が落ちる。
そして身体中に痛みが広がる。
「があああああああああああああ」
ようやく理解した。俺は両足を失ったのだと。男はあの一瞬で俺の所までやって来て、おれの脚を奪った。
「グレビリア!」
崩れ落ちる中でラミアの悲鳴が聞こえる。
「ラミア! 速く回復魔法を!」
アーエルがラミアを呼ぶが、それは悲鳴に近い。
ヴァリエンテの悲鳴が聞こえる。
最後に見たのは、殺気の塊が腹に手を入れ、三十センチはありそうな巨大な針を引きずり出したところだった。
それを最後に、俺は光を失った。
グレビリアは両足を切られ、全身を穴だらけにされて死んだ。包帯の男はグレビリアの死体を踏みつけると、ガラガラ声で言った。
「かかってこい」
死そのものであるかのような声。その場にいる全員がその男に恐怖を感じた。
「このッ!」
最初に動いたのはアーエルだった。彼女の放った矢は、男の頭に向かって一直線に飛んでいった。
対して男は瞬きすらせず、血に濡れた針を投げつけた。針は空中で矢を貫き、アーエルの目に突き刺さった。
「がああああ⁉」
「よくもアーエルを!」
次に仕掛けたのはエラルドとボタン。両側から同時に攻撃を仕掛けた。
「……!」
包帯の男は腹の中から小型のメイスを取り出し、ボタンに振るう。反対側のエラルドには短剣で顔を切り下ろす。
「ぎゃあ⁉」
「ぐっ!」
顔を切られたエラルドは、辛うじて距離を取るが、ボタンはメイスによって歯を全て叩き折られ、口から血を噴き出し、のたうち回った。恐らく顎も砕け、折れた骨が舌にでも刺さったのであろう。
「ボタン!」
ラミアは叫ぶ。だがその叫びは包帯の男の注意を引いてしまった。
「へへっ」
男は不敵な笑みを見せると、ラミアを次の標的にした。
「ひっ⁉」
「ラミアッ!」
その時、男に向かって矢が放たれた。矢を放った主はアーエル。ボタンが時間を稼いだ隙にラミアが「傷を治す魔法」を使ったのだ。アーエルの片目は白濁しながらも視力を失っていない。
だがその矢が男に当たることは無かった。男は矢よりも速く動いて矢を躱すと、矢を放った主の命を完全に絶つため脳天にメイスを振り下ろした。
「がぎゃっ⁉」
アーエルは短い悲鳴を最後に、グレビリアと一緒の所へ行った。
男が次の標的にしたのは、この場で一番強いであろう、エラルド。
「……来いっ!」
エラルドは剣を構える。だが男はそれの何倍も速く、己の腹に腕を入れ、斧を取り出すと、天井にぶつかるのでは無いかと思うぐらい高く跳躍した。
「なっ⁉」
男はエラルドの背後に着地すると、振り向きざまにエラルドの胴を両断した。
「があっ⁉」
男は崩れ落ちるエラルドから剣を奪い取ると、言い放った。
「こんなものかぁ?」
「なんだと⁉」
傭兵団の一人が吠える。それを合図にリーダーを殺された傭兵団は、敵を討つため、男に向かって切りかかった。
だがその威勢も虚しく、勝負はすぐに決した。いや、勝負にすらならなかった。男は矢のように素早く駆け抜けると、次々に首を切り落としていった。たちまち廃城に血のカーペットが出来上がる。最後に、まだ息があったボタンに止めを刺す。
「嫌……嫌……」
目の前が血の海と化していく中、ラミアはがくがくと震えて、後ずさりしていた。男はこの反応を見る為にラミアを残していたようだった。
「さあて」
そう言いながら、男はラミアに近づく。男が両手の剣を一振りするとラミアの両腕はぽとりと落ちた。
「ああああああああああああああああああ‼」
ラミアは痛みのあまり、その場に崩れ落ちる——それすらも叶わなかった。ラミアが崩れ落ちるよりも先に男はラミアの両足を切り落とした。
「ああああああああああああああああああ‼」
男は、痛みに喘ぐラミアを楽しむかのような目で見ると、首謀者ゼネリがいる部屋に向かって歩み出した。ラミアには止めを刺すよりも、このまま放置する方が面白いとでも思ったのだろうか。
男がその場を去っても、ラミアはまだ生きていた。彼女の傷跡に、自動的に「傷を治す魔法」が発動された為である。失った手足を再生させるほどの力は無いが、幸か不幸か彼女を生き永らえさせた。
「グレビリア……」
叫ぶような悲鳴で恋人の名を呼ぶ。だが、まだ彼の元には行けない。
城に生きている者が誰も居なくなったころ、血の絨毯に死体が立ち並ぶ、この世のもととは思えない空間に二人の男がいた。
「ネルケ、終わったか」
白い髭を胸元まで生やした老人が、包帯の男に向かって問う。
「ああ。こいつがゼネリで間違いないか?」
ネルケは手に持っていた生首を落とす。その首は、確かにゼネリのものだった。その表情は恐怖に満ちている。
「……違っていたらどうするつもりだ?」
そう言いながら老人はゼネリの首を袋に入れる。国に反逆した者は、王の名の下で晒し首にされる。
「それと、レリギオという変人の依頼の方は大丈夫か? 確か魔女を生け捕りにしてほしいと」
二人はおろか、ヴァリエンテの面々も知らない事だが、ゼネリにヴァリエンテを呼び寄せろと耳打ちしたのはレリギオだった。そして、王都にゼネリの計画を密告したのも彼である。
「それならそこに」
ネルケが指さす方向には四肢を奪われたラミアの姿があった。芋虫のようにはいずり、その場から逃げ出そうとしている。
ネルケは彼女が逃げ出さないよう、長い髪を鷲掴みにする。
「……手足が無いようだが」
「レリギオは生きていればなんでもいいと言っていた。だからああした。見た所『傷を治す魔法』を使えるようだったし、どこまで治せるのか知りたかったから」
ネルケの言葉は冗談で言っているのか、本気なのか判別がつかない。
ネルケは戦闘力だけ見ると、レナトゥスの中では随一だが、その残虐性故にレナトゥスの四の地位に留まっている。
その時、二人の胸についている金のブローチが変形を始めた。この金貨はレナトゥス連絡用に渡されるものである。王の部下である高位の金創族が、遠隔で金貨を変形させ連絡手段とする。
ネルケはいらいらしながらブローチを捥ぎ取る。ネルケはいつもブローチを捥ぎ取るので彼の胸元はボロボロだ。
「また命令か、なになに?」
しばらく金貨を見つめていたが、やがて諦めたように言う。
「やはり無理だ、アダリス、読んでくれ」
戦闘センスに関しては天才の領域のネルケだが、字は読めない。
アダリスは自分の金貨を取り出し、浮かびあがった字を見る。
『“二”ヨ、“三”ガ収容所ニテ潰エタ。滅ボシタノハ国籍不明ノ男ダ。ソノ男ハ収容所カラ授命族ヲ一匹ヌスミ出シ、森ヘト逃走シタ。コレハ“命の国”ヘノ反逆罪ニ等シイ。オ前ハ“四”ト“六”ト共ニ、コレヲ追跡、殺害セヨ。尚、授命族ハ生ケ捕ニセヨ
』
読み上げて戦慄する。“三”の称号を持つ、長鉈のゲパルトが敗れるとはこの男はどれほど強いのだろうか。
私が戦慄していると、横でネルケが興奮のあまり叫び声をあげる。
「ゲパルトが負けるとはなぁ! ゲパルトをやった奴と戦いたいなぁ!」
私にはネルケが涎を垂らして餌を待つ犬にしか見えなかった。
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