第五話 約束

「この野郎……、ぶっ殺してやる……」

 その時、レリギオは口から血を噴き出した。レリギオの背には金色のナイフが刺さっていた。

「すっきりした」

 背後から金髪の少年が現れる。先ほどレーテーといた子だ。見ると金創族アルケミーだとわかる。

「てめぇ……」

 その少年には両腕がなく、どうやら切断された肘のあたりでナイフを挟んで刺したようだ。

 少年はレリギオの背からナイフを口で引き抜き、血が噴き出す。少年は返り血を浴び、顔が真っ赤に染まる。

「ガハッ……」

 レリギオは力を失い、倒れる。

 大きな血だまりができ、今度こそレリギオは死んだ。

 顔に一つしかない金色の目玉を怪しく光らせ、夕日を背に歩み寄って来る。

 不気味な笑みを張り付けたまま子供は言う。

「貴方が、ゲルグさんですか」

「そうだ。お前は誰だ」

 少年からただならぬ気配を感じる。

「僕ですか? 僕は、カガチ。〈金貨の国〉のカガチ・ベネットです」

 子供には思えないほど、大人びた感じがする。先ほどまで戦っていたレギリオよりも、よっぽど恐ろしい。

「お前は……」

 何が目的だ。そう言おうとした時、群衆の声が聞こえる。

「いたぞ!」

「ひでぇ有様だ」

「誰か埋まって無いか?」

「誰か死んでいるぞ!」

 群衆は口々に喚く。その中の一人に見覚えのある人物がいた。

「おい旦那!  娘さんは見つかったか?」

フランメはが心配そうな表情で聞いてきた。

「ああ、御覧の通り髪は切られちまったが、怪我一つないさ」

 それを聞くと、群衆たちは一気に安心した表情となる。

「いやぁ旦那、それにしても強いなぁ。兵士でも勝てなかった、レギリオ達を一人で倒しちまうとはなぁ」

 それから群衆からいくつか質問された後、人だかりの中から、やつれた様子の中年の女が出てきた。

「息子は……息子は中にいませんでしたか……?」

 息を切らしてやってきた女はすがるように話しかける。

「息子? おいカガチ、この人はお前の母親か?」

 近くにいた血塗れのカガチに尋ねる。

 カガチの姿を見て、数人が怯えたような声を出す。

「違います。中には誰も居ませんでした」

 その言葉を聞くと、女は泣き崩れた。

「あぁぁぁぁ、遅かった……デネラはもう売られちまったんだ……」

 どうやら助けられたのは、カガチとレーテーだけだったようだ。

 女は泣き叫びながら「ごめんよぉ、ごめんよぉ」と何度も地面に向かって呟いていた。

「おい! どけ! 邪魔だ! 用の無い奴は帰れ!」

 人込みの奥から数人の男たちがやってくる。

 装備から見るに、どうやら兵士のようだ。授命族ヴィルデを連れている俺が兵士と会うのはまずい。

 俺は小声でフランメに言う。

「今兵士と会うのはまずいんだ。少し訳ありでね」

「そうか、今のうちに行きな。ここは適当に誤魔化しておくから」

 フランメはまかせろと言うように言った。

 その時、先ほどの女が兵士に掴みかかり、叫ぶ。

「あんたたちがもっと早く奴らを捕まえていればデネラは助かった! この穀潰しどもが!」

 俺はその様子を尻目に、足早に去る。


 廃墟から少し離れた広場に着くと、つけてきた人物に声を掛ける。

「カガチ、何の用だ」

「やはり気づいていましたか……」

 木の陰からカガチは出てくる。

「貴方、何者ですか? 肌の色は〈金貨の国〉のヒトビトに似ていますが、身体つきは〈命の国〉の住人に近い。それなのに言葉には〈薬の国〉の訛りがある。そして何より、レーテーとかいう授命族ヴィルデを連れている」

恐るべき観察眼に背筋がゾクリとする。まさかレナトゥスの一員なのか……?

「つまるところ、〈薬の国〉にいる家族か誰かが死んで、授命族ヴィルデを盗みに来たのでしょう。ですが途中で兵士に捕まれば、自分だけでなく〈薬の国〉にも危険が及ぶ。そこで薬か何かで、肌の色を変え、出身を偽装することを思いついたのでしょうか」

「……」

「……図星ですか」

 ここまで推理するとは、こいつは危険だ。ここで消すか?

「そこで、貴方にお願いがあります。あなたの目的は授命族ヴィルデを〈薬の国〉に連れていくこと。僕の目的も〈薬の国〉に行くこと。そして、先ほどの戦いを見て、貴方の強さに惚れました。どうか僕が〈薬の国〉に着くまで、用心棒になって貰えませんか? 勿論、報酬はお支払いします」

 予想外の要求に目を丸くする。

「俺は授命族ヴィルデを連れている。それがどれほど危険な事か分かっているのか?」

 お前はレナトゥスの恐ろしさを知らない。先ほどのレリギオなんて比べ物にならない。

「知っています。貴方を追っている者の事も。ここで貴方に用心棒をしてもらえなければ、そのほうが危険です」

 レナトゥスの事を知ってか知らずか、カガチは言い放つ。

「それに、貴方を追っている者も、僕には興味が無いでしょう。最悪逃げます」

 カガチはニヤリと笑う。

 こいつをレーテーと共に連れていくだけだ。悪い話ではない。だがこいつの目的がわからない。

「いいだろう。だがお前は〈薬の国〉に行って何をする? 観光なんかではないだろうし。それを言わなければ許可を出すわけにはいかない」

「言えません。ですが、ここで断れば兵士にあなたの事を通報します。あなたの目的も一緒に伝えます」

 カガチは即答する。

 うーんと唸り、答えを出す。

「……わかった、だが俺の旅は危険を避けられないだろう。それは覚悟しろ」

「覚悟なら生まれた時からしています」

 カガチは苦笑した。


「起きろ……、起きろレーテー」

 目を覚ますと、知らない部屋にいた。暗い檻の中ではなく、ほんのりと明るい、どこか落ち着く部屋だ。

「ここはどこ?」

 わたしの顔を覗き込んでいたゲルグは、少し疲れたような顔をしていたが、怪我はしてなそうだ。

「近くの宿だよ。ここはもう安全さ」

 ゲルグは優しく微笑んだ。

「あの男のヒトはどうなったの?」

「あの男は兵士が捕まえてったさ」

「……わたしを助けに来てくれたのはゲルグだよね?」

「そうだ」

 外に出て一瞬見たゲルグはとてもかっこよかった。わたしを助けるために頑張ってくれたのだ。

「ありがとう」

 わたしが笑うと、ゲルグもつられて笑う。

「よいしょ」

 ベッドから起き上がり、近くを見渡すと、窓際でカガチが空を眺めていた。カガチはいつの間にか、袖の長い白色の服に着替えていた。そういえば、なんでカガチが一緒にいるんだろう。

 外を見ると、いつの間にか夜になっていて、お月様がカガチの金色の髪を照らしている。 

「カガチ! カガチは、けがしてない?」

 カガチは足を組んで何か考えごとをしていたようで、——あとでゲルグに聞くと、“めいそう”と言うらしい——しばらく返事をしてくれなかったが、やがてはっとしたように、わたしのほうをみて「大丈夫です」と言った。

 その時、ゲルグが立ち上がり鞄を手に取った。

「カガチ、俺は少し買い物をしてくる。少しの間レーテーの面倒を見ててくれるか?」

「わかりました」

「そうか、では俺は買い残したものを買ってくる。レーテー、いい子にしていろよ」

「うん!」

 ゲルグはわたしの頭を撫でて、部屋から出ていく。頭を撫でられたのは初めてだった。

 ゲルグが出て入った頃、気になった事を聞いてみる。

「カガチってなんでおめめが一つなの?」

 わたしが聞くと、カガチは少し驚いたような顔をしていった。

「あれ、金創族アルケミーを知らないのですか?」

「あるけ……? 何それ?」

金創族アルケミーと言うのはですね、ゲルグさんの様な人間族ニンゲンと違って、目が一つ。そして自分の体液を金に換える事が出来るのです」

 そう言ってカガチは器用に袖を捲り、丸くなった腕を出す。するとおもむろに噛みついた。

「えっ⁉」

 わたしが口をあんぐりと開けているのをよそに、カガチを流れる血を眺めていた。するとその血はたちまち金色に変わっていきお花の形になった。

「すっごい⁉」

「レーテーさんにあげます。ブローチになっているので、つけてみたらどうです?」

「……どこに着ければいいの?」

「胸元がいいんじゃないですか?」

 言われた通りつけてみる。若草色の服に金色のお花がとても映える。

「ねぇ、この花なんて名前なの?」

「〈金貨の国〉の花でカランコエと言います。花言葉は、あなたを守る」

「……っ」

「ふふっ、レーテーさんへのお守りです。これがあればレーテーさんは安心ですね」

 カガチは悪戯っぽく笑う。

 わたしは暫くの間そのブローチを眺めていた。


「そういえば、どうしてカガチはゲルグと一緒にいるの?」

「ゲルグさんと目的地が一緒だったから、一緒に行くことにしたんです」

「へぇ、どこに行くの?」

 そういえばゲルグが行く場所を聞いていなかった。

「この国の西にある〈薬の国〉に」

「〈薬の国〉って何があるの?」

「〈薬の国〉には、薬の材料になる花や石が沢山あるらしいですね。他にも……」

 たくさんのお花……もしかしてわたしのお名前と同じレーテーもあるのかなぁ?

「ねぇカガチ! 〈薬の国〉にレーテーってあるの?」

 カガチの話を遮ってレーテーは言った。

「レーテー……? ああ花のほうのレーテーですか。ありますよ。あの花は〈薬の国〉でしか咲かないそうなので」

〈薬の国〉にはレーテーがあるの⁉

「わたし、レーテーを見に行きたい! お願い!」

「僕に言われましても……」

 カガチは困惑した様子で言った。

「ゲルグに言ってみればどうですか? ゲルグさんは〈薬の国〉出身らしいので沢山みられる所も知っているでしょう」

「うんっ!」

 ゲルグがわたしと似てるってつけてくれたレーテー、その名前と同じ名前のお花。いつか絶対に見てみたいな。


 カガチといろいろな話をして眠くなってきた頃、ゲルグが帰ってきた。

「ほらレーテー、帽子とか無くしていたから新しいの買ってきたぞ」

 ゲルグが袋から出したのは、明るい色のミトンと、空色の耳当て付きのニット帽、チェックのマフラーなど暖かそうなものが沢山だった。

「お前は目立つから、外に出るときは必ず手袋と帽子を付けていくこと。髪は全て帽子の中に入れろよ」

 ゲルグは真剣な目で言う。

授命族ヴィルデを狙うやつは山ほどいます。レーテーさん、気を付けてくださいね」

「お前も気をつけろな」

 ゲルグはカガチに帽子をかぶせる。目深の帽子なので、よく見なければ目元が見えない。

「ありがとうございます」

「お前の国じゃ金創族アルケミーは珍しくないだろうが、ここじゃ珍しい。金創族アルケミーだとバレない方が身のためだ」

 ゲルグはカガチの帽子を整えると、わたしのブローチに気が付いた。

「おっ、ブローチか。カガチに作ってもらったのか」

「うん!」

「そうか、よかったな」

 しばらくしてゲルグは何かを思い出したような顔をしたと思うと、鞄から小さな包みを出した。

「レーテーこれを」

 小さな包みを開けると、中には美味しそうなヌスミドリの串焼きが沢山入っていた。まだ暖かいのがわかる。

「うわぁ」

 包みに顔を近づけたレーテーの顔に湯気がかかる。

「あの店の店主がくれたんだ。ヌスミドリの串焼きを買ったのを忘れていたから取りに行ったら、街を救ってくれたお礼にと、沢山くれたんだ」

 ゲルグがさぁ食べるかと言おうとすると、既にレーテーは、両手に串焼きを持って食べ始めていた。

「おいじぃー」

 レーテーは目から涙を流しながら食べる。

「こんなにおいしいものはじめてたべた!」

レーテーは次から次へと串焼きを口に運ぶ。

「そうか、そんなに美味しいか」

 レーテーは大きくうなずく。その勢いで串焼きのタレが飛ぶ。

「ほらカガチもなくならないうちに食え」

 カガチは申し訳なさそうにしながら近づいてきたが食べようとしなかった、やがて小さな声で「手が……」と言うと「すまんな忘れていた」と言いながらゲルグはカガチの口に串焼きを運んであげる。その頃には串焼きはだいぶ減っていた。


 包みが空になり、満腹となったのでしばらく寝転がっていると、レーテーが声を掛けてきた。

「ねぇゲルグ、わたしレーテーの花を見に〈薬の国〉に行きたい」

 レーテーはきらきらとした眼差しで見つめる。

「……そうか、いいだろう。見に行こうレーテーの花畑を」

 その言葉を聞くと、レーテーは目を輝かせた。

「いいの!」

「ああ」

「約束してよ! わたしにぜーったいレーテーをみせてくれるって」

 レーテーは胸を躍らせてはしゃぐ。

 約束か。できるのか俺は。

 レーテーを〈薬の国〉まで送り届けたら、この子はすぐにでも蘇生の儀式に使われる。花畑なんて見れないだろう。

 そうだ、この子は殺される為に歩むのだ。

殺される為に生まれる種族、授命族ヴィルデ。ヒトの姿をしておきながら、まるで屠殺される家畜の様に育てられ、殺される。

そう思うと、目の前の少女が酷く哀れに見えてきた。

目の前にいる一匹の少女は、あどけない表情をしながら「約束は?」と鳴く。

「そうだな……」

 俺が尻込みしていると、カガチが割って入ってきた。

「僕の故郷では大事な約束をするとき、お互いの小指を握り合うんです」

 言われた通りにやってみる。レーテーは六本目の指(孫指?)を握らせる。

「そうです。そしたら、二人で『指切り拳万、嘘ついたら針千本飲ます』とおまじないをかければ、その約束は守られます」

「やるよ、ゲルグ」

 いいことを聞いたとでも言うように、レーテーが催促する。

「「ゆびきりげんまんうそついたらはりせんぼんの~ます」」

「ゲルグ! 絶対見に行こうね!」

 目の前の一人の少女が笑う。


 夢を見た。近い未来の暗示なのか、とても鮮明に覚えている。


「ゲルグ、お花畑はどこ?」

 ひんやりとする地下の階段を下りながらレーテーが問う。

「この先にあるよ」

 そう答えるゲルグの表情は重かった。

「わたしね、お花畑に着いたらレーテーの花をたくさん摘んで、レーテーの冠を作るの! 完成したらゲルグにもかぶせてあげるね!」

 花畑があることを疑いもしない一匹の少女は、明るく笑う。

 階段をしばらく降り、最下層に着いた。

 そこは酷く寒かった。死を暗示するような、凍てつく寒さ。

 巨大な扉を前にする。ここを潜れば、レーテーは殺される。

「さぁ着いたぞ」

「ゲルグ……寒いよ……」

 レーテーを見ると、唇を真っ青にし、小刻みに震えている。

「ここを潜れば……」

 長い沈黙。

「……さぁ行こう」

 レーテーの手を取り、進む。

 巨大な扉は重苦しい音を立てて開いた。

 中からひんやりとした冷気と、微かな腐臭。

 二人……一人と一匹は手を繋ぎ中に進む。

「ほんとうにお花畑あるの……?」

 俺は答えずレーテーの手を引く。

「ここ嫌……」

 俺はレーテーの手を引き続ける。

「帰りたいよぁ」

 レーテーは半泣きになる。

 構わず俺はレーテーを引っ張る。

「ねぇゲルグ! どうしたの!」

 レーテーは小さな身体で弱弱しく俺の足を殴る。何度も何度も。

 部屋の中央が見えた。祭壇のようなものの上にオルデアの遺体が寝かされている。

 遺体は蛆虫こそ湧いていないものの、身体の末端が気味の悪い色をして腐臭を放っている。

「やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ!」

 レーテーはその小さい身体から想像も出来ないほど強い力で引いてくる為、とうとう俺は足を止める。

「……」

授命族ヴィルデを此方へ」

 背後からぬっと現れた小男に声を掛けられる。

「貴方はよくやりました。後はお任せください」

 男は暴れるレーテーの首筋を軽く突く。すると今までの勢いが嘘のように手足の動きが止まる。

レーテーは手足が動かなくても、声だけは出せるようで、大粒の涙を流しながら俺の名前を呼び続ける。

「ゲルグ!」

「英雄を救った新たな英雄は、授命の儀式を見る権利があります。見ていきますか」

「ゲルグ!」

「いや……いい……」

 俺はもう耐えられなかった。

「ゲルグ!」

「そうですか。それでは」

「ゲルグ!」

 俺はとぼとぼと出口に向かう。

 俺は決して振り返ろうとはしなかった。振り返りたくなかった。

「ゲルグ!」

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