第四話 神になろうとした男

「死んでくれよぉ!」

 巨人の拳が襲い掛かる。

「くっ!」

 咄嗟に地面を蹴って回避する。丸太のような拳が直前までいた場所を粉砕する。身体が大きい分、動きが遅く、回避がしやすい。だが、くらえばひとたまりも無いだろう。

 拳が地面に突き刺さっている隙に、大剣で切りかかる。

 丸太を容易に切断する剣だ。巨人の腕であっても、切断できるはずだった。

「痛っでぇ!」

「⁉」

 だが刃は腕の中途で骨に当たり、それ以上進まなくなった。

「このぉ!」

 そこに巨人のもう一対の腕が襲い掛かる。俺はその腕になすすべも無く掴まれ、投げられた。

 意識を飛ばされそうな速度の中、俺は空中で身を翻し、向かいの建物に足をついて衝撃を殺す。

「なんだぁ、まだ死なないのかぁ」

 巨人がこっちに向かって歩いてくる。レリギオはまるで神になったかのようにほほ笑んでいる。

 ふと、先ほど切りつけた腕を見る。その腕は何やら煙を立てたかと思うと、傷一つない腕に戻った。

 まさか魔法? それも傷を治す魔法を? あり得ない。「傷を治す魔法」は、当代最強とまで言われたアダリスでさえ使えなかった。そもそもそんな強大な魔法を使える男が一介の悪党なんぞやるわけがない。

 そう思っている所に、がれきが飛んできた。「物体を繋げる魔法」によってがれきを繋げた巨大な砲弾だ。

 けたたましい音を立てて先ほどまでいた建物が崩れる。俺はすんでの所ですぐそばの建物に乗り移る。廃墟な為ヒトはいなかったと思うが、これ以上街を壊されるのは気持ちのいいものでは無い。

 奴を倒すにはどうすればいいか。巨人の身体部分は、恐らく切っても切ってもすぐに再生するだろう。骨を断てばその限りでは無いかも知れないが、先ほどの結果からしてそれは厳しい。たとえ腕を切り落としたとしても、奴の「物体を繋げる魔法」で再び繋がるはずだ。ならば巨人の身体の至る所にある、生首や手足を狙うか? そこから力を得ている可能性もある。しかしそれを破壊したところで、すぐに再生されるのがオチだろう。となると残ったのは本体であろうレリギオだ。

 その時、再び俺に向かって拳が襲い掛かる。

「ちょこまかと鬱陶しいなぁ!」

 俺はその拳を避ける——事はせず、真上に飛んで拳を回避する。そして、着地と同時に巨人の腕に剣を突き立てる。

「痛っ——」

 巨人が動き始める前に、俺は剣を突き立てたまま骨を沿い肩に向かって駆けあがる。

「このクソジジイ!」

 肩の所までたどり着き、一瞬レギリオと目を合わせる。この怪物は、ここで殺さねばいずれ〈薬の国〉の脅威になるだろう。そして、大剣でレリギオを切りつけた。脳天から腰に掛けて、骨を砕いて切り裂いた。

「があああ!」

 正中線で真っ二つに切断されたレギリオは夥しい血を噴出した。その痛みで身体を大きく揺らす。それによってバランスを崩した俺は身体から落下する。

 落下する最中、巨人の胸にある四肢を失った女性と目が合った。その女性は苦悶の表情を浮かべて俺を見ていた。その女性からは、僅かながら生気を感じた。

 俺はバランスを崩しながらも無傷で着地を決め、打ち取った相手を見る。

 だが殺したはずのレリギオは、切断面を繋ぎ合わせて、その双眸を燃え上がらせていた。

 外側だけ繋ぎ合わせ、骨は繋がっていないのか、酷く歪に見えた。

 そして獣の様な拳が襲い掛かる。バランスを崩していた俺は、回避できず、剣で拳を切りつける。

「おらあああ!」

 俺の剣は巨人の指を切断し、拳の衝撃を相殺する。すぐさま指の切断面は煙を立てて丸くなる。

 どうすれば殺せる? そう考えた矢先、崩壊した建物の影から金髪の少年と共にいるレーテーが見えた。レーテーは俺を見るなり、嬉しそうな声をあげた。

「ゲルグ!」

 その声が届いたのは俺だけでは無かった。

 レーテーに気づいた巨人は、反対側の手で彼女を掴んだ。

「ゲルグ! 助けて!」

 うるさいと言わんばかりに巨人は握る力を強める。レーテーは恐怖で叫び声をあげ、気を失う。

 まずい。そう思った直後、巨人の張り手が見えた。レーテーに注意が向いたからか、巨人の攻撃をまともに受ける。

「がはっ!」

 凄まじい速度で建物に叩きつけられ、壁に蜘蛛の巣状の亀裂が走る。背中に大きな裂傷が出来て、血が大量に出ている。このままでは、そう長くは持たないだろう。

 立ち上がり、骨に異常が無い事を確かめる。まだ、まだ戦える。

 考えろ、この怪物を確実に殺す方法を。巨人を切っても再生される。本体であろうレリギオを切っても再生される。ならば「傷を治す魔法」を使う元を叩かねば。

 魔法を使う元、レリギオでないと暫定すれば、それは胸の女性なのではないか? あの女性はまだ生きていて、「傷を治す魔法」を利用されているのではないか? あの女性をどうにか巨人から離せないか。

 そして俺は走る。あの女性を救う為、レーテーを助ける為、国を守る為に。

 再び拳が襲い掛かる。先ほどのように飛び移る手を考えたが、傷ついた身体では二度目は叶わない。

 素早く拳を躱す。巨人の拳はがれきに深く埋もれる。

 しめたと思った矢先、がれきが持ち上がった。いや、がれきと巨人の拳が「物体を繋げる魔法」によって巨大な拳を形作ったのである。その大きさは十メートルにも及ぶ。

 俺を殺すには十分すぎる大きさだ。

 だが俺はなおも走る。そして、目前に見えるは巨人が現れた大穴。俺は渾身の力を振り絞り、それを飛び越えた。

 そして俺を一足遅れて巨人がやって来た。もはやレギリオは俺しか見えていないのだろう。俺への憎悪しか残っていない。

 どおーん。凄まじい衝撃音と共に、巨人の身体が穴に落ちた。巨人は胸から上だけを出し、呻いている。がれきの拳が脱出を阻んでいる。

 すかさず胸の女性目掛け、走る。ここを逃せば勝機は無い。

 巨人の肩に乗り、女性と巨人の接続部を切る。

予想通り巨人は再生することは無かった。

「終わりだ」

 俺の剣はレギリオを切り裂いた。それと共に巨人は崩れ落ちた。その拍子に握られていたレーテーが解放される。

 そこで血を失いすぎた俺は巨人の身体から落下する。

「ぐっ!」

 高さはそれほどでも無かったが、傷ついた身体には応えた。

 終わった。レーテーを助ける事が出来た。だが、この傷ついた身体では、もはやレーテーを〈薬の国〉に連れていくことは叶わないだろう。その時、女性のか細い声が耳に入った。

「もし……もし……」

 そして俺は巨人から解放された女性に這い寄る。

「大丈夫……ですか?」

 その女性が長くないのは明白だった。

「助けていただき……ありがとうございます。その……お身体を傷つけてしまって……すみません……」

「気にしないでください」

 俺は虚勢を張る。

「お詫びと言っては何ですが、私の魔法で傷を治します。私の……髪を一束切ってください」

 言われた通り髪を切る。すると、みるみる内に身体の傷が治っていく。

「髪に魔力を込めました。あと二回分は使えるはずです……」

「感謝してもしきれないです」

 これでレーテーを〈薬の国〉に連れて行ける。

「それと……、そこにグレビリアはいますか……?」

 もう目が見えていないようだ。

「……いますよ」

「よかった……」

 そう言うと、女性は眠る様に死んだ。

 グレビリアが誰か知らないが、死にゆくヒトへの最後の情けだ。

 女性の瞼を閉じてやり、レーテーの元に向かう。

「レーテー!」

 レーテーは気を失って、うつ伏せに倒れていた。駆け寄ると、頭にすり傷を作っているが、命に別状はなさそうだ。

 化膿しないよう、先ほど貰った髪を使う。すると、みるみるうちに傷が塞がっていく。

 抱きかかえると、左の髪を耳の辺りまで切られているのに気が付いた。髪を少し整えてやれば、違和感は消えた。

「おい……」

 背後から聞き覚えのある声が聞こえた。振り返ると、傷だらけのレリギオが這い寄っていた。

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