第二章 出会いと再会そして別れ
二日目
第六話 出会い
翌日。日がまだ昇りきらない頃、俺たちは〈薬の国〉への道を進んでいた。
〈命の国〉では馬は育たず高価であるため、失った馬を買い戻すには難しい。そもそも馬を手に入れても俺とレーテー、カガチの三人で乗るのは厳しい。カガチが居なくてもレーテーなら蝶を見つけたと言って馬から飛び降りかねない。
カガチに金貨を作って貰おうかとも思ったが、金貨偽装は重罪である為、別の敵を作りかねない。
ということで俺達は徒歩で〈薬の国〉に向かうことにした。なんてことは無い。昔のヒトはこうやって歩いたものだ。
「あっちょうちょ!」
案の定レーテーは蝶につられて道を外れていった。全く、馬で行っていたらどうなっていたか。
「こら、レーテーさん。そっちに行ったら駄目ですよ」
カガチが諭す。
「まあいいじゃないか。遠くに行けば、俺が連れ戻す」
外に出られて嬉しいのだろう。これくらい許してやりたい。
「それならいいですが」
レーテーを見ると、今度は「ありんこ!」と言って蟻の列を追いかけ始めた。アイリスも虫を見ても泣かない珍しい娘だった。一度、頭程の大きさの
「それにしてもゲルグさん、その巨大な剣は一体何なのですか?」
不意にカガチが質問する。
「この剣か、この剣は俺の最強の矛であり、俺を護る最強の盾でもある。俺の体重ぐらいの質量で攻め、金剛石に匹敵するほどの硬さで護る。戦場で生きてきた俺をこの年まで生き永らえさせた俺の相棒さ」
ゲルグは熱っぽく語る。
「なるほど。しかし、そんな大きさの剣、よく使いこなせますね。なんで普通の剣では無く、その剣を使うのですか?」
「……実はな、俺は子どもの頃、孤児院で過ごしていたんだ。孤児院の先生が言うには、森の中でこの剣と眠っている俺を見つけたんだそう。父も母も居なかった俺は、親の最後の手がかりとして、この剣をずっと使い続けてきた。この剣を使っていれば、いつか親に見つけてもらえると思っていたが、ぐずぐずしている内にこんな歳になっちまった。もう生きているわけないな」
初老の男は笑う。
「そうだったのですか……。ですが昨日の戦いで、大剣を使うゲルグさんの事は知られたはずです。両親もきっと——あっ!」
カガチが大きな声をあげる。見るとレーテーが鳥を追いかけていた。レーテーの行く先は川。
「レーテー!」
川に気づいた瞬間、俺は駆けだしていた。
「ゲルグ?」
俺の呼ぶ声にレーテーは振り返る。
「レーテー、どこ見て歩いている! もう少しで川に落ちる所だったぞ!」
「川? だって鳥があっちに行っちゃったんだよ! ヌスミドリだったかも知れないのに」
レーテーの指さすほうを見ると、数羽の鳥が飛んでいた。だがその鳥はヌスミドリではなく、フユガラスの一種だった。
「レーテー……お前……」
レーテーの世間知らずさに、怒る気力も失せていた。
その後は特段変わった事無く、森の辺りまで進むことが出来た。振り返ると、ガーランド市場が豆粒ほどの大きさだ。
太陽を見ると、ちょうど真上に来ていた。
「さて、そろそろ昼飯にするか」
「やったー!」
やはり、レーテーは食べると言うことに異常な執着があるらしい。先ほども鳥を追いかけていたが、捕まえて食べようと思っていたのだろう。
「何を食べるの? 今日もヌスミドリ?」
「レーテー、そういうと思ってヌスミドリを持ってきたんだ」
「やったー!」
やはり、二日続けて同じものを食べても飽きないのだな。朝のうちに買ってきてよかった。だが、串焼きは持ち運びの点から持ってくることは出来なかった。
「串焼きじゃないが、この……」
「串焼きがいい!」
レーテーは幼子の様に叫ぶ。
やってしまった。多少持ち運びに不便でも持ってくればよかった。
俺とカガチは目を見合わせる。
「ほら、ヌスミドリ入りパンだ」
鞄から包みを取り出す。中にはヌスミドリをパンに挟んだ料理が入っていた。まだ少し暖かそうだ。
「レーテーさん、これとっても美味しいですよ。串焼きぐらい。たぶん……」
「ああ、こいつは串焼きよりはうまいぞ」
俺とカガチはどうにかしてレーテーを落ち着かせようとする。
「嫌! これ食べたくない! 串焼きがいい!」
そのままレーテーは小一時間ほど泣き続け、とうとう疲れたのか、木陰で膝を身体にぴったりと付け座る。
「ゲルグ、お腹空いた……パンちょうだい……」
自分から食べないと言っていて何を言う。と思ったが、相手はまだ子どもだ。そんな気持ちをぐっと心の奥に押し込める。
俺はレーテーにパンを渡す。だが次なる問題が発生した。
「……これ暖かくない……」
レーテーはがっくりとうなだれる。当然だ。買ってから相当時間が経っている。冷めているに決まっている。レーテーは、もはや叫ぶ元気すらもないのか膝に顔をうずめる。
だが、こんなこともあろうかと、俺は秘密兵器を用意していた。
「そこでこれだ」
俺は鞄からもう一つ取り出す。それは黒っぽい板のようなもので、折り畳み式の足と数本の糸がついている。
「なにこれ……」
レーテーは興味が湧いてきたのか顔を上げる。
「こう足を立てて、パンを乗せる。そして、この糸を一本引く。すると……」
糸を引いた瞬間、黒い板は白い蒸気を発していく。
少し待つと、パンはホクホクと温まり、とても美味しそうだ。
「これはな、長旅の必需品、熱板さ。ここの糸を引けば、一気に温まり、いつでも美味しい料理が食べれるってわけだ」
出発前にこれを買っておいてよかった。これが無ければ今日も足止めを食らっていただろう。
「この国にも熱板あったのですね。てっきり〈金貨の国〉にしか無いと思っていました」
カガチは熱板をまじまじと見つめる。
しばらくパンを温めて、食べごろになったか確認する。
「よし、そろそろ食えるぞ」
そう言うと、レーテーは真っ先にパンをとる。
「あっつい!」
「冷まさなきゃ熱いだろう。こうやって冷ますんだ」
俺はホクホクとしているパンに向けてふーふーと息をかける。
「ほら、これで美味しく食べれるはずだ」
レーテーはパンが熱くないことをしっかりと確かめ、大きな口を開けて頬張る。
「……」
「どうだ?」
「……おいしい、ゲルグ! もう一個ちょうだい!」
どうやらレーテーはヌスミドリパンを気に入ったようで、パンを一気に食べてしまった。
「そうか、気に入ったか、どんどん食え」
「それと、カガチもな」
俺は熱板で焼いておいたもう一つのパンをカガチの口に運ぶ。
「……美味しいです」
「だろう、うまいだろう」
腹も膨れ、道端の木陰で休んでいた時、遠くから馬車が走ってくるのが見えた。
俺は背の剣をいつでも抜けるようにしておく。追手ではないだろうが、警戒しておくに越したことはない。
「ゲルグ、何あれ」
レーテーが指さす。
「馬車だ。物を運ぶのに使う」
レーテーは馬車に興味津々だったが、やがて自分の数倍大きい馬の存在に気が付いて、俺の後ろに隠れてしまった。昨日の事もあり、自分より大きいものが怖いのだろう。
そのまま馬車が目の前を通ろうとした時、急に馬車が止まる。
何事かと思い、俺は柄を握る。
手綱を握っていた主人が馬車から降りる。
「こんにちは、旅の方ですか?」
気さくな主人が話しかける。危険は無いようだ。柄から手を離す。
「そうなんです、マリナのほうまで」
マリナはここから西の方角にある街だ。この先、中継地点にしようと思っていた。
「よかった、実は私たちもマリナのほうに行こうとしているのですが、まだまだ遠くて後ろに乗っている娘が暇しているのです。そこで、マリナまで送って行くので、お子さんたちに娘の話相手になってほしいのです。見た所、歳も近そうなので、話もあうでしょう」
そう言って、俺の影に隠れるレーテーと、カガチを見る。
どうやら完全に良心で誘っているようだ。レナトゥスの一員でも無いだろうし、ここはお言葉に甘えて乗せて貰おう。
「ありがとうございます。是非ご一緒させてください」
「こちらこそありがとうございます。ほら、ルナリア、挨拶を」
主人が呼ぶと、荷台から少女が降りて来た。余所行きの上品なドレスに身を包んだ少女は、馬車から降りるなり気品に溢れた挨拶をした。
「こんにちは、ルナリア・シューベルです。よろしくお願いします」
空色のドレスを着た少女は可憐にほほ笑む。
「どうも、俺はゲルグと言います。こっちはレーテーで、こちらがカガチ」
「よろしくね」
「よろしくお願いします」
二人は挨拶する。
「申し遅れました。私はハイネル・シューベルです」
一足遅れて、主人が挨拶する。
「それでは私とゲルグさんが前に、お子さんたちは荷台に乗ってもらいましょう。子ども同士の方が話も弾むはずです」
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