レミィの知るディレウスの事情

「……ぐ、ぅぅ……ぁぁ…」

「………ディー。落ち着いて、大丈夫」

「…ぁぁ……ぅ…ぐ………はぁ、はぁ」

「大丈夫、大丈夫。此処は安全だから、苦しむ理由はないからね」


寝顔を眺めていると突然ディーが呻き声を上げて、握っていた手を痛いと感じるくらいの強さで握ってくる。そうなり始めたディーの頭を優しく撫でながら声を掛ける、水の中に沈んでいくのを引き上げるように、人と逸れて道に迷って涙を流す子供の頭を撫でて泣き止ませるように...ディーが落ち着いて戻って来れるようにという思いを込めて頭を撫でて声を掛けて手を握り返す。


呼吸は乱れているけれど強張っていた全身がゆっくりと解けていって、握り締められていた手の力もゆっくりと抜けていくのを感じ取る。此処で戻って来れた、とは思わないでまだゆっくり優しく声を掛け続ける、最初の頃は此処から先程の状態よりもひどくなっていったから完全に落ち着いて安定するまで撫でて握り返して声を掛ける。


「………はぁ、はぁ...ぁぁ」


息が安定してきたので声を掛けるのだけを止めて撫でるのと手を握り返すことに集中する。此処で声を掛けていると普通に届いてしまってディーの目が覚めてしまうかもしれないから、この状態を把握してはいるけれど大丈夫だと言っていたし思っているディーを思い詰めるような事態にしてしまうから伝えない。


「………」

「ん、寝れた、かな?」


全身の強張りも呼吸の乱れもなくなったのを確認して、脈が乱れていないのかを胸に耳を当てて心臓の音を聞いて大丈夫なことを確認する。



ディーがこの場所に自分だけで家を建てて不特定多数との人間を避けるようになった理由の一つがこの症状だ。他にも色々と理由があるそうだけど、私が知っているのはこの一つと後は表向きに公表した理由ぐらいしか知らない。


こうなっている理由は、ディーが冥府帰りだから。あの戦いの後、色々とパーティーや挨拶回りが終わった時にディーがはっきりと自分自身で言っていたのだけど、あの戦いのあの瞬間にディーは確かに死んでいたらしい。復活するはずの魔王軍幹部が蘇生しないのと五体満足で無事に私たちの姿を見て、魔王は死んで私たちが神から与えられた使命を全うしたのだと理解した瞬間に確かに死んだらしい。それでどうやって何が原因で蘇生したのかは教えてくれなかったけど、ディーは確かに死んでそれから蘇生して即座に王冠の獣を殺したということは事実だということ。そしてディーはそれ以降死と生の境界線のような物の感覚が曖昧になって、それ以降は寝ている間も目覚めている間も時折こうして苦しむ様子を見せるようになったということ。本人に何を見て何を感じているのかというのを聞いたけど、返ってきた返答としてはもう終わったものを見せられているだけという言葉だった。ステラとキリエが視界と思考を共有して苦しみを体験しようとしたみたいだけど、ディーが苦しむその瞬間に共有しようとしていた繋がりが断絶して何が起きているのかを把握することが出来なかった。だから苦しんでいるディーに対して私たちが出来るのは側にいることだけ、手を握って声を掛けて体に触れることでディーに大丈夫だと生きて此処にいるのだと伝えることだけ。


一応症状は安定しているし、前に比べればずっとマシになっている。症状がで始めた当初は一週間二週間は身動き出来なくなっていたし、自傷や自刃を試みようとしていた時もあった。症状が出るようになってから何度かやり残したことを終わらせてくるって書き置きだけを残して私たちの視界から離れて、帝国や公国や聖都といった様々な場所に武装した状態で向かっては何かをして帰ってくるって事をしていた。また苦しむんじゃないかと不安になったけど、そのやり残したことを果てして帰ってくる度にディーの症状はマシになるし、少なくとも目覚めて意識がはっきりしている状態ならば症状が出ることはなくなっていった。それでも寝ている時はこうして苦しむし、何度かあったこととしては寝ている間に剣を持って何処かに行こうとしたこと。何度か自刃したり巻き込まれたりしないように監視をしながら送ったけど、向かう先は何処かというのも決まっておらず何かをするということがないまま何処かで意識を喪失して倒れていた。


そうした色んなことがあって、それで迷惑を掛け続けるのが申し訳ないってディーは言ってそれからこの場所に家を建てて一人で住むようになった。私たちとしては迷惑だとは思ってないし、寧ろ今までずっと色々と世話になってきたんだから頼って欲しいって言ったけどまぁ自分を押し通すのが得意なディーだから押し通されて、せめてもの支援とそれからこの場所に会いに来てもいいという許可だけを貰って送り出すことにした。必死で止めたら多分聞いてくれることくらいならばしてくれたと思うし、私やキリエは止めようとしたけど...誰よりも心配していたハルジオが止めないっていう選択をしたから私たちも止めたいという気持ちを抑えつけて見送った。まぁ、その割には頻繁に訪れてるから黙って見送ったのにそれはどうなんだって思わないこともないのだけど、それは仕方ないし引っ越した当初に毎日訪れていたキリエに比べれば私はマシだから大丈夫だと思う…………キリエって今何してるんだろ?

あとこの場所にいてくれることで私個人として良いと思う部分として、王国や帝国の王族皇族連中がそんなに頻繁に訪れることがないしディーを自分の元に引き込もうと声を掛けに来ることが減るのと、聖都の若作り妖怪クソババアがディーを勧誘し胃に来ることも囲い込みに来ることも無くなったっていうのがある。辺境だし、安全というよりかは普通に危険な場所だし、そもそも大人数で入ることが出来ない場所だからそういった立場が面倒で自由に動けない恋敵がディーの元に来れないっていうのは良い点だと思う。たまに護衛の依頼とか来るけど、暗殺は出来るけど護衛は出来ないって言って断ってるから私の管轄では見たことないしね。多分ノーダックは結婚する前のハルジオと同じくらいお人好しが服着て鎧来て歩いているみたいなものだから、多分依頼があれば請け負って連れて来ているかもしれないけど...まぁ私が直接いてないから来てないのと一緒、シュレディンガーの何とやらみたいなのだよね。



くきゅーーー

「ん」


パッとディーを見る、目は覚めていないってことは聞かれてない。昨日から何も食べてなかったからお腹の音が抑えることが出来ずに鳴ってしまった。昔は普通に人前でお腹の音を鳴らしていたんだけど、流石に今の年齢でその上好きな人の前で昔のようにお腹の音を鳴らすというのは気恥ずかしさがある。多分優しく笑って頭を撫でながらご飯の用意をしてくれるかもしれないけど...ご飯作って来よう。冷めても美味しいものでも作ってきて、ディーが起きてきた時に一緒に食べようかな。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



《side change

レミィ・トリオン→ディレウス》


普段あまり嗅ぐことがない料理が作られる香りがして目を開ける、それからゆっくりと全身の意識を覚醒させていく。そこで意図せぬ徹夜をしてしまったが故にレミィによって眠らされたというのを思い出して、音を殺そうとしているが故にあまり響かない足音に物を動かす音から料理をしているのはレミィなのだというのを理解する。

ベッドから下りて体を軽く解すように動かして、それからベッドルームからキッチンのある大部屋に向かって歩いて移動していく。特に音を殺すことなく、普通に床を軋ませながら首をグリグリと動かしながら向かっていく。


「ん、ごめん、起こした?」

「いや、起きただけだ。これ以上寝てしまうと夜寝れなくなるかもしれんからな、このくらいにしておいてあとは夜早めにしっかりと寝ることにする」

「そっか...あ、勝手に料理してるけど、大丈夫?」

「うん? あぁ、大丈夫だ。食材に関しては俺一人では消費しきれないくらいには倉庫に詰まっているし、そもそも一人で消費する以上の食材が定期的に届けられるからな」

「そうなの? 誰から?」

「あぁ、まぁ、色んな奴からだな」

「??」


料理をしている手を止めて此方に寄って来ようとしたのを手で止めて、料理を続けても大丈夫だと声に出さずに伝えて、机の上に食事が出来るように準備を進めながらレミィと会話を交わしつつ、定期的に食材を届けてくる奴らのことを思い返す。


ハルジオやノルダックといった世話焼き、昔世話をして支援をした商人ども、ただの依頼と野暮用で繋がっただけの王族に皇族連中、クラリスの所属している場所でこの世界の宗教全般を管理している場所である聖都の枢機卿と教皇と初代聖女、この家がある森の頂点捕食者で分割しながら森を統治してる魔王軍幹部ぐらいの実力がある獣たち、あとは時々適当な食材を運んで来ては家の前に転がす正体不明の存在。


と、こんな感じで俺が頼んでもないのに食材を運んでくる奴らがいるので食材の消費に関して困ることとしては足りないというよりも余り過ぎているという感じである。一応獣たちに関しては持ってきた物の一部を切り取って残りは返却しているし、保存に関しても時空間魔法なる物を付与して拡張と時間停止が掛けられているマジックボックスがあるので腐ったり捨てなければならないといった問題はない。


「水か、果実水か、紅茶か、コーヒーどれが良い?」

「大丈夫だよ?」

「大量にあるから消費を手伝ってくれ」

「そう? じゃあ、果実水で」

「分かった、どれにする?」

「んーー、味がサッパリしてるの」

「なら...キトロンかペルシコスだな。どっちにする? どっちも有り余ってるが」

「ん、ならペルシコスで」

「あぁ、分かった」


さっき一瞬だけチラッと何を作っているのかを見たところ一人前ずつという訳ではなく自分で取り分けて食べるような料理をしていたので、取り分けるようのスプーンと器に食べるようのフォークを用意して、それから飲み物としてレミィに要望を聞いてその要望通りの果実水の入ったピッチャーを机の上に置いてコップを準備して並べておく。あ、そうだ



「寝ている間、俺はどうも無かったか?」

「ん、大丈夫だった」

「そうか?」

「ん、本当。静かに寝てたよ」

「そうか、なら良いんだがな」

「ん」

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