かつての仲間:レミィ・トリオン

「ん、久しぶり」

「……あぁ。と言っても、二ヶ月前に別れたばかりだけどな」

「そう? でも一週間以上会わなかったし話さなかったから久しぶり、だよ」

「……そうか。それで今日はどうしたんだ?」

「ん、クラリスが子供を産んだって聞いたからお土産を持ってきた。そのついでに立ち寄った」

「そうか...元気そうだったか?」

「元気だったよ皆、リリアとヘリオスは貴方に会いたがってたけどね」

「………そうか」

「無理に連れて行くつもりはないよ。事情は全部知ってるし、貴方がそうするべきって選択したんだったら間違ってることはないから、ね」

「……助かる」


最初の会話からは考えられないくらいに朗らかに雑談を交わしていく。実際互いに殺し合ったという関係でもなければ、嫌い合ったり憎み合ったりしているという訳ではないので当然ではあるんだがな。


突如として訊ねてきてナイフを片手に脅してきた友人である彼女の名前はレミィ・トリオン。魔王を殺す旅の中で仲間となった暗殺者であり、ハルジオとクラリスの二人が壊滅させた研究施設の中から拾い上げられたかつて少女であった美女である。仲間になった当初は情緒が全く育っていなかったし、常識とか倫理とかに関しての知識が全くなかったので他の仲間と揃って教え込んでいた。まぁその結果としては今こうして自由に旅をして、子供が産まれたら土産を買って帰ってくるということが出来るくらいには諸々を身に付けられる成長を遂げている。恋愛感情に関してはよく分からない、相手の仕方の違いとか話す量の違いとかから誰かを気に入るということをするくらいの感情はあるようだがな。あと、旅の中では眠れない彼女を寝かしつけたり一緒に寝たりといった事をして睡眠の重要性を教えたのだが、それが廻り廻って俺が睡眠をとらないと気絶させて眠らせてくるようになってしまった。


そんな彼女が話をする時間をくれるということはそこまでの過激派ではなくなったというより無理して徹夜をしていないというのを分かってくれたのだろう、彼女らの判定で無茶をしていると見られた場合話をしようと提案した時には意識を飛ばされているだろうしこうして雑談を交わすことも出来ていなかっただろうからな。


「ん。それで、何をしてたの?」

「……徹夜の理由か?」

「うん。髭とか髪とか中途半端に整ってるから大体の推測は出来るけど、どうしてそれをする必要があったのかなって」

「んー、あー、そうだなぁ...」

「……言い辛い?」

「いや、説明の仕方で悩んでる」

「そう?」

「そうだ」


何故という疑問を解消するだけなら寂しくなった、婚活する、嫁と子供が欲しくなった、というのを伝えればいいんだが…………そのまま伝えるにはこうして森の中に移動する直前に、俺は俗世を捨てる、なんて言ったのを高々五年ちょっとで撤回することになってしまう。それは流石に、男の意地というかプライドというか、まぁそんな感じの傍から見れば下らない物を守るためにも説明の仕方、というか寂しくなったから婚活したいという馬鹿みたいな願いを取り繕いたい。


「……んーー、仕方ないか」

「纏まった?」

「纏まった、というより単純に言おうと思ってな」

「ふぅん...どうしたの?」


「結婚報告とか、出産報告とかを見ているとどうにも一人で居るのが寂しくなってしまってな。それを何とかするために俺の隣に立ち続けて子供を産んでくれるような相手を探すために婚活しようと思ってな」

「…………へぇ」


「ん、それじゃあその姿はそういうこと?」

「あぁ。相手を不快にさせないためにな」

「……本気?」

「あぁ。本気で婚活、というより結婚をしようと思ってな」

「そう」

「?」


………なんだか、様子が変だな? 感情の色が変わったというか...怒り? 何かに対して怒っているというか、イラついているというかそんな感じだな。魔王を殺すための旅に出ている時に隠れて娼館に行ってそれを隠していたのが全員にバレた時に感じ取れた感情と同じような感じがしてくるな。

…………………何故だ? 俺とレミィは良く見積もっても親子、普通に考えればただ旅路を共にした仲間兼友人ぐらいの関係だと思うんだが...何故そんなに、目の前で自分の物が奪われるような、大事に育てていたペットが逃げ出したような感じのする怒りのようなイラつきのような感情を湧きだたせているんだ?


「ディー」

「うん?」

「おやすみ」

「……え?」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



《side change

主人公→レミィ・トリオン》


机に突っ伏して意識を落としているディーを見る。昔ならもっと強く抵抗してきてたし、なによりも正面からじゃ到底意識を落とせなかったのに。


「ん、確か...こっち」


昔のディーの姿を思い返しながら、ディーをこの手作りの家の中に用意されたベッドルームに抱きかかえながら運んでいく。戦いからはもうずっと離れている筈なのに、腕に抱えるディーの体は硬くて大きくて頼もしくて...この体が味方として立っていることに安心感を覚えられる体のまま。その感触を楽しんでいるとすぐにベッドルームに辿り着いたから、名残惜しいけどディーを布団を退かしたベッドの上にそっと寝かせて、布団を被せて、そのまま隣に椅子を引っ張ってきてディーの手を握りながら椅子の上に座る。意識を落としているディーの顔は気絶させたにも関わらず、どこか安心しているような感じがして...寝ない事のお仕置きにならないなと思う。


「ディー」


名前を呼ぶ。胸の奥がほわほわと大好きな皆に抱きしめられた時と同じように暖かくなって、ずっとこのままであって欲しいという欲望が出てくる。



ディー、名前は確かディレウス。農村の役職もない家の子供だから姓はないって言ってて、貴族の席が与えられるってなっても断ったから結局今でも姓を持たないディレウスのままだって言ってた筈。だからあの日々の中ではディーに合わせるために身分を証明する時はいつも自分の役職を名乗りにしてた。

ハルジオは勇者のハルジオ、クラリスは聖女のクラリス、ステラは賢者のステラ、ノルダックは剣聖のノルダック、キリエは霊術師のキリエ...私は暗殺者のレミィでディーは戦士のディレウス。名前を姓も含めて名乗ることで身分を明かしていたあの日々において私たちの名乗りは信頼性が無かったけど、それでもハルジオはその名乗りを押し通し続けて、結果として私たちの名乗りは私たちだけの物になって...魔王を殺した今ではその名乗りは与えられた二つ名と名前っていう形になった。ハルジオは極光の勇者ハルジオ、クラリスは救生の聖女、ステラは全能の賢者、ノルダックは至高の剣聖、キリエは神卸の術者、私は闇夜の死神...


ディーは、冥府帰りの戦士。


あの日、魔王の本体がいる城にまで到達して其処にいた四天王を筆頭とした魔王軍の幹部たちを薙ぎ倒して魔法の本体を殺しに行った日。最後の長い回廊で死霊術の傀儡化によって蘇生させられた幹部たち、魔王が用意していた生命を冒涜していた異形の怪物たち、そして神の力によって封印されていた王冠を付けた獣。王冠の獣を除けば全てが魔王の支配下にあって、殺したとしても魔王が生きていれば蘇生するという事実があって、それで魔王を殺そうにもそれらの幹部が邪魔で...だから魔王を殺すためにあの瞬間自分には何もないと判断したディーは残った。一人で皆が揃っていても殺し切ることが難しい化け物たちを相手にするために残って、そうして私たちが魔王を殺すその瞬間まで時間を稼ぎ続けた。


『……あ…ぁ………やく………めは……はたし………たか』


私たちが駆けつけた時には蘇生させられた幹部たちの半数以上を殺し、冒涜の怪物たちの全てを殺し、王冠の獣の下顎と片目を奪い去っていたけれど...全身の至る所から出血して、大事に扱っていた大剣は折れて、風前の灯という言葉ですら足りないほどにズタボロになった状態で立っていた。そうして私たちが魔王を殺したというのを悟ったディーはゆっくりと地面の上に崩れ落ちるように倒れて、意地だけで無理矢理動かしていた体と共に生命活動を停止しかけていた。


『…殺す』


その姿を見て最初に動いたのは、殺意を見せたのはハルジオだった。これまでの戦いにおいて魔王という悪に対してすら殺意を見せず使命を全うするという自らの意思で戦ってきたハルジオは、崩れ落ちたディーを見て即座に殺意を見せて聖剣を抜き放って王冠の獣と残っていた幹部に突撃して一瞬で幹部を殺し尽くして王冠の獣の腕の一本を切り飛ばした。それに遅れて私たちも王冠の獣に向かって飛び込んでいって、クラリスは聖女としての力の全てを使い切る勢いでディーを治そうとした。


助かるのは奇跡の中の奇跡、私もステラもノルダックもキリエもハルジオもクラリスでさえも助からないと思っていた。だってディーは力を持っていなかった、神にも世界にも選ばれなかったけれど私たちと戦い続けることを選んだからこそ私たちのように死のダメージを肩代わりしてくれる物も軽減してくれる物も...死を乗り越えることが出来るような力も持っていないはずだから。だからこそハルジオは怒りと殺意を漲らせたし、私を筆頭とした残りの皆も殺意を漲らせた。


『………あぁ。まだ、終われないな』


誰もがそう思っていたのに、クラリスの治療を受けてただの戦士でしかなかったディーは死から、冥府から帰還した。治療を受けて数分も掛かっていない、王冠の獣が何かをしようと動きだそうとした直前に立ち上がり折れた大剣の刃を手に取って駆け出して王冠の獣の首を切り落とした。暗殺を生業としていたからそこまで動体視力が鍛えられていなかった私は駆け出して首を落としたという事実しか見えなかったが、ノルダックとハルジオには動きの全てが見えていて愕然とした表情を浮かべていた記憶が何処となくある。はっきりとしていない理由は...この後に原因があった。



『…………ふぅーー...さぁ、帰るか』


さっきまで死に掛けていたというのが考えられない程のいつもと変わらない様子でその姿を眺めていた私たちに対して声を掛けてくるディー。出血はしているし体に空いた穴は塞がっていないし焼かれた肌も完治はしていない、それでもしっかりと自分の足で立って自分の声でそう言葉を投げかけてくるディーはその場の誰よりも前を向いていて未来へと進もうとしているように見えた。勿論それは一瞬の話で、直後にフラッと崩れ落ちそうになるところをハルジオが抱えてクラリスの治療を受けさせることとなったが...私はその一時を見て人間の到達点を見た気がしていた。作りだされて殺し合わされた末に計算上の頂に到達させられた私とは違う、本当に自らの力で計算なんかでは計り知ることが出来ない人間という生物の到達点を。



おそらく、その瞬間が今の私を形成した。

野生で強いオスにメスが引き寄せられるように、ただ一つの強者であれとされて創り出された私を自らの力だけで飛び越えていったその人に引き寄せられた。


私はディーの子供を産みたいと思った。

より高みへと至るためになどではなく、私の中にあるメスという性別としての本能がディーとの間の子供を望んでいた。子種の全てを胎で受け止めて絶対的な強者へと進んで行ったオスの子供を孕みたいと訴えかけていた。


それだから、私はディーの元へと帰る。

世界中を旅をしてディーが望んで住み続けられる場所を探して、ディーがまだこの世界にいることを確認するために全てを使って顔を見て声を聞きに行く。懸想する人に会いたいと思うことは普通、会えない時間が想いを強くするって聞いたから。


でも、ディーは私を望まない。

一人で居ることを好むのではなく、一人で果てることを選んだから。その選択に誰も巻き込まないようにしているから私は望まれないし、想いを伝えたとしても受け入れてもらえる事はないと思う。でもいい、想えるだけで私は十分だから。



それはそれとして私の知らない人と結婚して子供を作ろうとしているというのを聞いて怒りが抑えられなくなった。でも一人を選んだディーがそう思えるようになったのは嬉しいことだし、寂しいという感情を隠さなくなったのは喜ぶべきことだと思う。だって選ばれる可能性が生まれたから、私の想いを受け止めてくれるかもしれない、私を望んでくれるかもしれないそんな可能性が生まれたんだから。



「ねぇ、ディー」


そっと起こさないように手を握っている手とは反対の手をディーの肩に乗せて、そのまま私の顔をディーの顔の横に近づけながら聞こえないくらいの小ささで呟く。


「好きだよ。子供を産みたいだけじゃない、きっとそれよりもずっと前から。私はディーの隣に立ち続けたかった...貴方の抱えている物を全部は受け止められないけど、ディーが求めるその最後まで私はディーの隣に立てるよ。何があってもね」

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