思い至った日から

「さてと、何から始めていくかな?」


昨日は結局手紙の返事と祝いの品を準備するので時間が経ってしまって婚活に向けて動き始めることが出来なかった。なのでその翌日いつも通り朝のルーティンをして、今日は手紙の数が少ないのを嬉しく思いつつ全てに目を通して返事を書き終えてから椅子の背もたれにも垂れかかりながらそう呟く。実際、婚活をすると言っても何から始めればいいのかというのがよく分からなかった。取り敢えず昨日の返事と一緒に婚活経験のある友人と昔の仲間に手紙を送ったので余裕が出来たら返事が返ってくると思うので、それまでに自分なりに出来ることを考えて実行に移しておくことにする。流石に服とかの衣装は持っていないので作るということが出来る程器用ではないのだが、まぁ髪の毛を整えて体を綺麗にして他人と交流できるように言葉選びの練習をするぐらいのことは出来るからな。


流石に婚活の場で俺の子供を産んでくれる相手を探しに来たとか、俺と一緒に森の中で死んでくれる相手を探しに来たとかいうのは常識知らずだしな。かといって取り繕い過ぎて俺の生活に付き合ってくれないような相手に付き纏われても面倒でしかないからな。それに色恋の発展を楽しみたいというより、こうして生きていく中で人の温かみをこの家の中で感じていたいから婚活をするんだからな。あまりこの家を放っておくことは出来ないから手っ取り早くに終わるのならばそれでいい。


「あぁ、そういえば...いや止めておこう」


女帝と国王から結婚相手が欲しければ紹介してやると言われた記憶を思い出したが、その場のリップサービスのようなものだろうし仮に紹介されるとしても貴族とかになるだろう。貴族だからダメだというつもりは無いんだが、付いて来ることになるだろう従者とか護衛とかを考えると少しばかし遠慮したいと思う。あまり知っている貴族というのはいないし、知っている貴族も伯爵に辺境伯に侯爵とかばかりだからな。その辺りを紹介されるということは婿入りということになってくるだろうし、そもそもその結婚の席が四年経った未だに空いているとはとても思えないからな。

あとは、少しばかし気恥ずかしいが仲間や知り合いを頼るというのも最後の手段としてはありだと思う。男性陣ではなく女性陣、世界中を歩き回ってくるとか言って旅に出ている奴とか神と結婚しているのですとか言っている奴とかいるから全員が全員頼れるという訳ではないが、世界でも有数の魔法に関する教師をしている奴とか他人との信頼を商売に利用している奴とか単純に要望に見合った人間を紹介して繋げて紹介している奴とか、頼りに出来そうな奴は結構いるからな。頼む時の対価としては...まぁこの森の奥地で取れる滋養強壮とか美麗になるとかの効果がある薬草とか果物を包んで渡せばいいだろう。


「取り敢えず、髪は切るか。体は一応毎日水浴びをして洗い流しているから汚くはないし臭くもないとは思うが一応念入りに洗っておいて、流石に切る理由がないから放っておいた髪くらいは適当に切っておいた方が良いか。取り敢えず肩のあたりまでは切っておいて、見栄え良く調整するのは何処かで誰かに頼むことにするか」


取り敢えず鏡を見るまでもなく見つかる直すべき場所を直すことを決めて、他には何かあるかを探す。細かいところで言えば手の荒れや爪のボロさというのは直した方が良いし、太陽の下で動いていることで焼けた若干黒く見えるような肌は何とかした方が良い気がするんだが...しばらく朝と昼に外に出る時間を減らすか。ここ最近は森の中に入って狩りをするということもないし、街まで行って買い物をするということもなくなって来たしな。


「さてと、切ってくるか。鏡と鋏は何処に置いたか」



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「………ん? もう、そんな時間か」


あれから髪を切り、髭を剃り、無駄毛の処理をし、怪我をしてそのまま放って直した結果跡となっている部分を抉り出してポーションで治したりといったことをしていると家の中が汚れ、人を招き入れるのにこの有り様なのはどうかと思ったので掃除をしているといつのまにか夜になってそのまま夜が明けていた。流石に一旦寝るかと思って掃除のゴミを一纏めにして倉庫に放り込みに行こうとすると、玄関の方から蓋を開けて何かを入れる音が聞こえてくるので、夜が明けたどころか配達屋が全ての配達を終える時間だということが理解できる。俺の家は人里から離れた位置にある、ということは配達の順番としては一番最後になるということだ。普段はそんな時間に起きていないんだが、何度か夜通し作業をしている時に遭遇してその順番で配達をしているという話を聞いた。


とまぁ、それはさておき寝る時間が無いということだ。別に睡眠というのをとる必要は一切無いし取らないから何か不足が出るといった事もない。主観的な感覚に過ぎないから客観的に見れば何か変なのだとは思う、というか昔から徹夜をすると仲間には何で寝てないんだとかまた夜通し作業してたのかとかを朝出会って早々に言われて寝かしつけられたという経験は少なくない。特にハルジオとヘリオスに関しては何処かで見ていたんじゃないかってぐらいには何をして徹夜をしていたのかというのがバレるし、俺が寝なくても問題ないと考えているのが分かっているのか気絶させられたり魔法で寝かしつけられたりということをされていた。なんだったらそこまで深い関係ではない今になっても徹夜がバレれば寝かしつけられるし、途中で起きたりしないように近くで監視し続けて早く起きれば再度寝かしつけられる。


「……確か、目の周りを塗るんだったか? 肌色だとグレーになって目立つから補色のオレンジ色で...そういえば全部借り物だったな」


徹夜をしたという事実を隠すためにかつての仲間から教えて貰った目の周りのクマを隠すための化粧をしようとして、あの時使っていた化粧道具は教えてくれた仲間からの借り物で全部が終わったその日に返却していたという事実を思い出して動かそうとしていた体を止める。生憎剣すら持たずに此処に来ているので、そんな化粧道具を持ってきている筈もなく──そもそも買った記憶すらないんだがな──パッと思いついた誤魔化すための考えは挫折することになった。


何故、そんなことを目論んでいるのかというと...率直に言ってしまえばバレたくないからということである。誰にかというのは答えるまでも無いだろうが、婚活とはどんなことをすればいいのかというのを相談した知り合いたちにである。知られれば即座に寝かしつけられることになるだろうし、人によっては睡眠時間をしっかりと取れるようになるまで監視されるか拘束されることになるからである。しかもそれをやりかねない筆頭の一人に送ってしまっている。ここ最近徹夜することがなかったし、そもそもするような用事もなかったから油断して送ってしまっていた。

………………………


「まぁいいか。そんなにピンポイントで来ることもないだろうし、そもそも昨日送って翌日すぐに来るなんてことはないだろう。寝るか」


悩みに悩んで考えた結果、俺を寝かしつける事を最優先にしていた女性陣には送っていないし、筆頭の一人も忙しいだろうからすぐには来れないだろうと判断して途中だった掃除を終了させて、諸々の片づけをして届いた手紙と記事を読んでそれへの返信等々を書いてから寝ることにする。何人か手紙すら遅れない放浪していつ来るか分からない女性陣もいるが、まぁこの最悪とも言えるタイミングで来る事はないとは思うし、来たら来たでどんな確率だよっていう話しになってくるから放っておく。大丈夫大丈夫、そんな一回死んだ人間が維持と気合だけで復活してドラゴンの首を切り落として前方数百メートルを塵にするのと同じくらいの確率だって。一番近いのだって二日前くらいに届いた手紙には二カ国先にいたし向かう先も反対だったしな。


「さ、掃除する………???」


なんか、誰か来てない? 玄関の方から感じ慣れた気配を感じるんだが、それも海を挟んだ国にいるという手紙をつい最近受け取った奴の気配が。



「いる? ………寝てないね」

「ま、待って欲しい。は、話を、そう話をしよう」

「………いいよ」

「か、感謝する」

「じゃあ、こっち、向いて?」

「あ、あぁ」


当たり前のように家の中に扉を開けることもなく入って来た女性、短い黒い髪に少しばかしハイライトが薄い黄色い目、スラッとした身体つきでありながら出るところは出ている美しい幸薄そうな美女。片手に何かが入っているであろう箱を持って、もう一方の手には俺を気絶させるためにナイフが逆手に持たれて振り上げられている。服装は昔と全く変わらない、ぴっちりした所々に黄色のラインが入っている黒いスーツで腰や太ももにはナイフが収納されているホルダーが付いている。


「ん、じゃあまずは座ろっか? その手に持っている物を下ろして、椅子に座っててくれる?」

「……はい」

「ん、いい子だね」


抵抗したら拳が飛んできて気絶させられるのが目に見えているので、息を飲んで声が若干震えているのを知覚しながら返事をして手に持っていたモップと箒とゴミ袋を床に置いて椅子まで歩いていく。移動している俺の姿をじっと見つめ続けて、俺が座ったのを確認すると俺が下した物を拾い上げて倉庫にまで片付けに行く。勝手知ったるかのように移動されるが、定期的に泊りに来るし一ヶ月くらい止まっていたこともあるので大した疑問ではない。怒られるのを避けるためならば今から寝たふりでもしてそのまま寝入れば解決なのだが、それをした場合に起きた後に何があるのか分からないし何だったら寝ている間に何かされかねないので弁明をしてから寝ることにする。


正直に言えばきっと怒られない。婚活をするために身だしなみの準備をしようとしていたんだとはっきりと言ってしまえばいいんだ。


「ん、それじゃあ、話をしよっか」

「あぁ、話をしよう」

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