冥府帰りの一般戦士の婚活

夢見の破片

遠い日の残響と思い至った現在

「先に行け、それでお前たちの使命を全うしろ」


悲鳴と怒号が入り混じって響き続ける場所で、後ろから迫り近づいてくる足音と声を耳にし続けて、それが無視出来ない程の大きさになったことに気付いて足を止めて周囲を共に走っていた奴らに背を向ける。

何をしている、そう問いかけられるのに対して静かに先の言葉を返して背負っていた大剣を鞘から抜いて近づいてくる足音と声の方へと歩いて行く。


「俺一人と世界全て、どっちを優先するのかなど単純な問題だろう? 安心しろ、これでも時間稼ぎをするのは得意なんだ。お前たちがお前たちの使命を全うして俺を助けに来てくれるのを待つだけの時間ぐらい稼いでみせるさ。だからさっさと世界を救って、俺を助けに来てくれよ?」


待て、一人は危険だ、一緒に相手をしよう、俺も一緒に残る。そんな投げ掛けられる言葉を切り捨てて、使命を果たせと指を後ろに刺しながら歩いて行く。それでもなお動かない後ろの気配に足を止めて、さっさと行けと吠えるように唸って後ろにいる仲間を先へと走らせる。息を呑む音、冷静そうに感じられる先を急く声、迷いながらも進んでいく足音、すぐに終わらせるという決意を示す声、それらが聞こえてこれで俺の仕事を全う出来るという安堵に包まれる。


その数秒か数分後に目の前に出現する骨で構築された異形、腐肉で構築された異形、半透明の霊体だけで動く異形、様々な生物の体を無理矢理引き千切って繋げ合わせた歪なキメラのような姿をした異形、ドラゴンのような獣のような何方とも取れる十の王冠を付けた異形といった様々な化け物の数々を視界に捉えながら、大剣を持つ手に強い力を込めて強くそして鋭く目の前の敵を睨みつけながら吠える。


「悪いが、ここから先は通行禁止だ!!! どーしても通りたければ!!! 死体になってから通りやがれよ化け物ども!!!!!」


体にひしひしと感じる自らの死を抑え込むように大きく威嚇するように笑みを浮かべ、震えそうになる全身に力を込めて目の前の化け物たちの元へと飛び込んでいく。止まることなく此方へと突っ込んでくる骨の異形を大剣で粉砕し、腐肉の異形を蹴り飛ばし、空中を真っ直ぐとすり抜けようとする霊体を殴り落とし、迫りくるキメラを地面ごと捲り挙げて後ろへと弾き飛ばし、十の王冠の獣が放つブレスを全身で受け止めながら砕いた地面の破片を蹴り飛ばして叩きつける。


徹底的な時間稼ぎ。殺すのではなく先を行かせた勇者たちが目の前の化け物たちの王である魔王を殺すその瞬間まで時間を稼ぎ続ける、その果てに死のうが喪失しようが勇者たちの使命が果たされるのならば俺にとっては十分である。


「さぁ!!! 俺と一緒に此処で死のうぜ!!!!」


故に吠える。目の前の化け物たちの注意を、敵意を、殺意を、感情をその全てを俺一人に集中させ続けるために吠える。腕が刺し貫かれて血が噴き出すのを、足が刺し貫かれて感覚が消えるのも、心臓を掴まれて肉体の自由が消えかけるのも、全身を焼かれて意識が飛びそうになるのも、それら全てを抑え込みながら吠えて迫る化け物に向けて大剣を、拳を、足を、体を叩きつけていく。


時間を稼ぐ、ただその一点を果たすために。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「…………夢か」


苛烈で地獄のような戦場、その最後の最後で体験した文字通りの死闘に身を投じていて十の王冠の獣に接近して下顎を切り落とした所で意識が切り替わった。目を開ければそこに化け物の姿はなく、伸ばした腕と不細工で隙間の空いた天井が見える。


「………んんーーー。よし」


そのままゆっくりと起き上がって、ベッドの上から下りながら体を伸ばして、それから首と肩をグルグルと回して顔を叩く。寝惚け気味だった体と意識を覚醒させて、家の外に出ていくために服を着替えていく。


いつもと変わらない、シャツとズボンに手頃な上着、かつて戦場にいた時からは考えられない程に身軽で脆い衣装で戦場から解放された時からは考えられない程に適当で品や格というのが感じられない衣装。しかし何も縛るものが無く、縛られることのない今の状況を鑑みるのであればこうした服装のまま生きていたい。


だからこそ、与えられた名誉の全てを手放して人里を離れることにした。仲間と離れて気軽に会えなくなるというのは悲しかったが、それでもこうしてゆっくりと生きていきたいというのは俺にとっての望みではあったしそれに身に付けてしまったが故に抑えられなくなっていた力と精神を解すには良い環境だった。それに気軽に会えないだけで一生出会うことが出来ないという訳ではない、むしろ余裕が出来れば会いに来てくれて近況を報告しに来てくれるぐらいのことはしてくれる。



「お、三人目が産まれたのか。母子ともに健康っと、幸せそうで何よりだ」


一通り体を解してコップにこの森で取れた牛乳を注いで、それを飲みながら家の外に設置した郵便受けに投函されていた手紙や記事を取り出して読んでいく。人里離れたこの場所に届けてくれるような人間がいるのかという話なのだが、昔命を助けてやっただけの関係性なのにずっと恩義を感じて配達業を始めてからは俺の元に手紙や記事などを無料で届けてくれる奴が何人かいるのである。


それはそれとして一枚目の記事、そこには聖女のクラリスが勇者ハルジオとの間に出来た第三子を無事に出産できたという内容である。この記事に載っているクラリスとハルジオというのは夢で見た戦場で魔王を殺すという使命を背負っていた仲間の二人であり俺が必死になって時間を稼いだ理由である。あのまま後ろから迫る奴らを放置しておいて、その結果クラリスかハルジオどちらかの命が失われてしまったり後遺症が残ってしまって満足に生活が送れないというのは幼馴染として二人の恋路と幸せを願っていた身としては容認できなかった。その結果として無事に守り切れて、こうして幸せな結婚生活を送っているのを知れて命を掛けた価値があったと心底思う。


「うん? あら、女の子だったのか。ヘリオスはまた肩身が狭くなるんだろうな、その内旅に出るとかいう名目で家を出ていきそうだな」


記事を読んでいくと生まれた子供は女の子で名前はルルア。一人目は女の子でリリア、二人目は男の子でヘリオスでそこまで男が少ないという訳では無さそうだが、生憎なことにあの家にはハルジオとクラリスが勇者と聖女として活動している時に命を助けた人間が従者として家で働いている。その男女比率が一対九、男性陣は殆ど外で働いているので家の中には女ばかりであるので、二人目の子供で男のヘリオスは肩身を狭そうにしていた俺が家に訪れると静かに側に寄って来て帰るまで離れなかったりしている。ハルジオの方は元々女所帯の生まれだし、かつての仲間も半数以上が女だったのでそこまで肩身の狭さを感じていなかったりする。



「えーっと、あらら。また帝国が爆発してる」


二枚目の記事、そこには俺の住んでいるフュアリィ王国の隣にあるラスドーン帝国という国の帝都で爆発が発生したということ。怪我人は数名で死者は無しという内容ではあるのだが、そもそもこの帝都が爆発したという内容は魔王を殺した後度々発生しているし死者も一切出ないから気にしている人間が少なかったりする。その理由は


「やっぱり女帝陛下なのね原因は。火気厳禁なものが多いんだからいい加減フェニクスの素材で出来たマントを羽織るの止めたらいいのに...愛娘からのプレゼントだから止めないのか」


ラスドーン帝国の支配者である女帝陛下である。女皇帝という地位にあり冷徹で冷酷で残虐性を持つ支配者なのだが、そんな彼女も亡き夫たちとの間に出来た子供のことを心底愛している。具体的に言えば、彼女は幼い第一皇子が作った花の冠を状態保存という最上位の魔法を使って保存して、それを自らの執務室に飾って時折手に取って眺めたり頭の上に乗せたりしている。何故そんなことを知っているのかと言われれば、ラスドーン帝国の皇子に皇女とは知り合い関係にあって依頼をしたりされたりという仲だったのもあるし、そもそも女帝陛下とその夫方とは戦場で背中を預け合った仲でもあるので割と詳しい部類ではある。まぁ一時期は夫を失われた苦悩で荒れておられたのだが、そこは最高峰の清涼剤兼精神安定剤である勇者と聖女を叩きつけて治療したので立ち直らせている。爆発した理由は、火薬とか可燃性物質を利用した道具とか施設とかが多いのに女帝陛下が擦れるだけで火の粉を発生させるフェニクスの羽で作ったマントを羽織った状態で視察に行くから爆発するのである。作ったのは彼女の三番目の娘である第三皇女で、素材を毟り取りに行く協力をしたのは俺である。


「ん、へー第二皇子皇族から離脱したんだ。貴族にまで引き上げるって言ってたのに、結局落とされて逆に引き摺り落とされたのね」


記事の端にチラッと書かれていた帝国の第二皇子の皇族離脱という文言と元第二皇子が街の教会でシスターと婚姻を結んだという内容。元々第二皇子が入れ込んでいたというのは知っていた、というか相談を受けていて元貴族令嬢ということもあるので貴族籍を手に入れさせたうえで第二皇子の妻として招き入れようと画策していて、シスターと第一皇女から第二皇子を引き摺り落としたいという相談を受けたので役目を全部取っ払って無職にすれば落ちますよとアドバイスをした記憶がある。その結果がこうなるということは、弟は姉と惚れた女に勝てなかったという訳だ。

まぁ、お互いに惚れ込んでいたし幸せになるだろう。



「ん、結婚するのか。流石に当日祝儀を持っていけるだけの金がないし、遠いから直接会いに行くことは出来ないが目出度いことだな。何かしら贈り届けるか」


三つ目は手紙、中身は結婚するという報告。手紙の送り主で結婚するのは俺が戦場で知り合った後輩のような感じの奴、正確に言うと新兵ですら駆り出さなければいけない状況に陥った時に隣り合わせで戦場を駆けていた生き残りの一人。結婚する相手は同僚で同じく戦場を共にしていた新兵、生き残り同士のコミュニティで知り合ってそのまま結婚まで進んだみたいだ。


「子供も出来た事だから戦いから足を洗うと、それなら贈るのは体に良い果実とか薬草とにしておくとするか。確か妊娠中の辛さを減衰させる薬草だとか、出産時の痛みを和らげる薬草だとかが合ったはず。あとは栄養価が高いものだな、保存が効く乾燥させた物の方が届けた後のことも考えてそちらの方がいいだろう」


飲み終えたコップを洗い場に置きながら倉庫の方へと歩いて行く。本来ならばこうして直接手紙が届いたのならば直接会いに行くべきなのだろうが、流石に二カ国離れた先にある国に向かうには移動する時間も国境を越える申請を出す時間も何もかもが足りていないので返事の手紙と祝いの品を届けるくらいしか出来ない。あとはそもそもまともな衣装を持っていないので、結婚式に参列出来るような姿にはなれないしその衣装を揃えるだけの金もないのでどうしようもない。



「んーー、結婚報告に出産報告が多いな...まぁ確かに平和になって結構な時間が経ったし、事後処理も全部終わって深め合った想いを伝え合う時を迎えられたと考えるのならば妥当といったところか」


手紙と記事に全て目を通して、それから息を吐きながら言葉を漏らす。どこもかしこも幸せそうで、楽しそうで、面白そうで...心の底からこれらを取り戻すことが出来て良かったのだと思う。ただ同時に軒並み知人が結婚して子供を作って幸せな家庭を育んでいる姿を見ていると…………寂しくなるな。


人から離れたのは俺の選択だし、それを今更後悔するつもりは無いんだが、せめて家庭の一つでも作ってから人里を離れれば良かったかとも思えてくる。存在すらしない妻と子供に迷惑を掛けるような形になってしまうのを避けて結局今のような暮らしを送れないかもしれないが………


「よし、婚活するか」


寂しさを埋めることにしよう。何処かにこんな冴えないまともな生活を送れない俺と一緒に人里を離れた場所で生きていってくれるような物好きは何処かにいるかもしれないだろうからな。いなければいないで諦めがつくし、そうなれば今までと変わらない一人で生きていけばいいだろう。やらなければ何も始まらない、戦場に立った時と同じだ戦わなければ何も変わらなかったんだからな。


さてと、何処かに俺と結婚してくれるような物好きはいるかな?

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