5.弔いを終えた後について

 街までの道中、これといってトラブルは起こらなかった。広大な草原を横断する街道をただただ歩くだけであった。

 僕達が陸に上がったあの海岸の近くにティレーブという名の港町があったそうだが、この大陸だと海の近くではカブトムシが集まるような木はあまり生えていないという事でセスファリナの領都である城郭都市に案内された。聞く話によると、ここにはフリットが所属する騎士団の本部があるらしい。

 着いた時間はなんと夜。長い長い距離を自らの脚のみで歩ききったアフテプは、手配してもらった宿屋の部屋で備え付けの寝巻に着替えた途端電池が切れた様にその場にへたり込んだ。


「はあ、疲れた。転移の魔法が無いなんて、陸の魔法は少し遅れているのかしら」


 アフテプが手元に浄化の魔法陣を出現させ、自らの身体に対して発動させた。その瞬間彼女自身が爽やかな香りで包まれた。恐らくは入浴などの代わりに魔法で身体を綺麗にしたのだろう。今の彼女には体を洗う余力すらも残っていないようだ。


「遅れてるっていうか…… ヒナスカリアの王族とか魔女が凄いだけじゃないかな」


 自分を含む誰かを異なる地へと飛ばす魔法を使う際には、マヨやアフテプが用いていた"立体魔法陣"を操る程の技量が必須になる。しかしそれは多少魔力に優れている人魚基準で見ても高位の技能だ。人間がどの程度かは測りかねるが、そもそもとして人魚ですらも使える者は多くはない。


「それに、フリットさんは似たような魔法を使っていたじゃないか」


「うーん、でも説明を聞く限りでは見た目が似ていただけよね」


 フリットは魔法を用いて人を転送していた。しかしそれは場所を自由に指定して飛ばせるような魔法ではなく、騎士団本部に設置された石碑と紐付けする形で成立させている魔法であると彼は語っていた。マヨが使った転移の魔法と近しい物ではあるものの、原理としてはかなり根本に近い部分で枝分かれしてしまっている魔法だ。


「それに、規則だか何だか知らないけど罪人を送る時にしか使っちゃダメって話じゃない。技術力だけじゃなくて決まり事も納得いかないわ。一般の者にも開放すればいいのに」


「まあまあ、色々とあるんでしょ」


「色々ねえ。 ……はあ。陸に出て一日目だというのに、さっそく想像と違う所を見ちゃった」


「地域によっては魔法技術が進んでいる場所もあるんじゃない? まだ落胆するには早いよ」


「そうかしら。ふう」


 疲れた様子でため息をついた。

 無理矢理立ち上がったアフテプが改めてベッドへと腰を掛ける。

 初めての感触に眉をひそめた彼女はベッドをボンボンと叩きつつ座ったまま三度小さく跳ねた。


「でも寝具は想像よりずっと良いかも。フカフカしていて、海草に絡まって寝るのとは大違いね」


「そうだね。寝てる間に流される心配も無いし」


「……ふう。このまま眠ってしまいたいけど、明日以降の予定でも相談しておきましょうか」


 言葉とは反対にアフテプが仰向けで寝転がる。

 ちゃんと目を開けているか確認すると彼女は一枚の紙きれを取り出した。フリットに渡された物だ。

 僕達が陸の地理に明るくない事を知ると明日以降の案内も申し出てくれた。この紙きれはその待ち合わせ場所までの道を描き記した物だ。


「ノカはあの騎士様をどう思う?」


「どうって、親切な人だなあと」


「それに関しては私も同感ね。ただ彼は人魚という種族にどんな感情を持っているのか、それが気になるわ」


「うーん」


 彼が人魚に対してどのような感情を抱いているか。それは僕達の今後にも影響し得る問題だ。

 フリットは恐らくアフテプが人魚であると察しているだろう。海の付近での迷子、そして魚と会話ができる。たった二つの状況証拠があまりにも強い。


「そういえば、僕と喋るのをやめなかったのは何故?」


「人魚だとバレるかもしれないのに…… という事ね」


「うん」


 アフテプは"魚と会話ができるのは海の生き物および人魚から話し方を教わった人間だけだ"という事を覚えていた。なのに陸へ出た後もその件について特に言及してこなかった。

 マヨに忠告された通り、人魚が陸へ出るという行為の安全性は揺らいでいる。人魚だと知られる事のリスクはまだ正確には把握できていないが、知られないに越した事は無い。その点アフテプは姿形のみは人間と大差無いため、人魚が先天的に持っている"魚と会話をする能力"を使わなければ普通の女の子とペットの魚という体を守れたはずだ。なのにそうしなかった。


「目の前の人間が魚の声を聞けるか否か、つまり人魚と深い関わりがあるかどうかを探る為よ」


「考えがあっての事だったんだ」


「もちろん。尤も、私自身貴方とお喋りしていたかったというのもあるわよ」


 アフテプが起き上がって膝に頬杖をつく。


「有難いお言葉。それにしても人魚との関わりを探る為かあ…… なんのために?」


「陸上で人魚がどのような存在として見られているのか訊こうと思って」


 そこまで話した彼女は考えを纏めるように左右に揺れ、そして目を上に向けながら言葉を続けた。


「魚の声を聞く技能を持っているという事は、つまり人魚に物を教わることが出来る関係性という訳で…… ならその人は人魚と仲が良かったって考えられるじゃない?」


「そうかな?」


「今はそういう事にして聞いて頂戴。魚と会話する方法を"教わった"人間が居たとするじゃない?」


「うん」


 頷くとアフテプは気を取り直して説明を再開した。


「それって、ただ単に仲が良かっただけではそういった関係性にはなれないと思うの」


「……異種族同士だから?」


「一言で言うとそうね。教えたり教わったりする前に異種族であることを明かす必要があるから」


「ふむ……」


 考える為に沈黙すると彼女は欠伸を噛み殺し、説明を続けた。


「出会った時は人間同士。そこから親睦を深めていって、何らかの切っ掛けで人魚である事を明かして魚と会話する技能を教える。人間目線だと『何らかの拍子で人魚であることを知って、技能を教わる』って事になるわ」


「そうだね」


「その筋書きは『自らの事を明かせる程に人魚が相手を信頼している事』と『異種族である事を受け入れられる程に人間が相手を信頼している事』の二つが無いと成立しない。どちらか一方でも欠けていた場合、関係が壊れて技能を教えるどころの話ではなくなるわ」


「人間が異種族に対して苦手意識を持っていた場合はそれで関係が終わってしまうって事だね」


「その通り。ここで少し前の話に戻るのだけど、やっぱり"世間が持つ異種族への印象"というのはその種族に友好的か、あるいは中立的な立場の人間じゃないと正しい情報は得られないと思うの。だから人魚と深い関係を築けた人間を探そうとしていた訳」


 再び欠伸を噛み殺す。相当眠そうだ。


「……でも、今君が説明してくれた事は全てを良い方向に考えた場合の話だよね」


「そうね。もしかしたら技能の事だけ知っていて、人魚を捕らえて"無理やり聞き出した"可能性だってあるんだから」


 そこまで言ったアフテプは指先にビリビリと電撃を発生させた。


「でも仮にそんな危険人物と出会った場合でも私には自衛の手段があるから平気よ」


「すごいなあ、説得力が桁違いだ」


「という訳で私は堂々と貴方と話していたの。 ……で、脱線しちゃったけどノカはあの騎士様の事はどう見てるの? 印象だけでも聞かせてほしいわ」


「そうだなあ……」


 彼は昔人魚の知り合いが居た。その相手である可能性が高いのはドルテか、あるいは彼女が最後に儀式を執り行った一般人魚のどちらかである。

 一般人魚と知り合いである場合は単なる"友人に人魚が居る男性"という事で我々に一定の理解を示してくれる可能性が高いが、ドルテと知り合いだった場合は少しややこしい事になりそうだ。


「ドルテさんと知り合いだった場合を前提として考えてみる」


「うん」


 ドルテは人間に攻撃されて死亡している。フリットがドルテと知り合いだった場合、その件にはどのような形で関わっているのだろう。

 彼が守ってくれたおかげで矢を一本受けただけで済んだのだろうか。逃がしてくれたお陰で海の中で最期を迎えられたのだろうか。

 それとも誰かをけしかけたのだろうか。自ら攻撃したのだろうか。

 あるいは友人でありながら何も知らなかった可能性もある。

 いずれにしても、ドルテが海底王国へ帰って来ていた以上フリットはドルテの死を確認できていない事になる。それを踏まえると、どのような事情があったにしても僕達への接触を続ける目的は自ずと一つに絞れそうな気がする。

 "ドルテの居場所を知る事"。僕が同じ立場ならまず一番にそれを望む。

 友好的であったのならば、もう一度会って安否を確認したいと願うだろう。

 敵対していたのならば── 考える事すらも憚られるような野望を持っている事になるだろう。


「警戒する必要はある、と思う。それ以上の事はまだ分からないな」


「同じ意見ね。明日一緒に過ごしてもう一度考えましょうか」


 僕を水ごと桶に移したアフテプが改めてベッドへと身を倒す。

 訓練の時のように深く息を吐き、そして照明を操作する魔法道具を手に取った。


「明日は虫捕りね。セミとカブトムシ…… 午前中に手に入ったらその日のうちに届けましょうか」


「そうだね」


 灯りを消す寸前でオマケ程度に明日の計画を話したアフテプは大きな欠伸をして灯りを消した。


「おやすみ、ノカ」


「おやすみ」


 静寂に包まれた。窓から入る微かな月の灯りと共にもうアフテプの寝息が聞こえ始めた。

 僕は魚である以上睡眠を取る事は出来ない。ただジッと静止して身体を休めるだけで良いのだが、生憎今日の午後はずっと快適すぎる水の中で動かずにいたから休もうという気にはならない。

 海草も砂も無い窮屈な桶の中、自然と僕の思考は人間になるか否かという考え事に染まっていった。

 アフテプは恐らく──というか確実に、彼女の言う所の"弔い"を終えたら次の旅へ出たいと言い出すだろう。前世を知るその前から人間になりたいという願望があったのだから。

 輝樹と乃愛の魂を弔いたいという想いを以て始めたこの旅も、彼女にとっては第一歩なのだ。

 この旅が終わり、そして彼女が新たな旅を始めるという決断をした時、僕はどのようにすればいいのだろう。

 このままついて行っても良いのだろうか。


「良くないよなあ……」


 彼女なら『一緒に来ないか』と誘ってくれるだろう。だが、それに甘えるのは問題だと思う。

 変化を拒み、文字通り地に足を付けず。そんな有様でありながら彼女の冒険には同行する。

 駄目だろう、それでは。

 人間になるという決断が出来ないでいる僕には彼女と共に旅をする資格など無い。

 だからといって、海底で彼女の帰還を待つのはもっと違う気がする。自らの来世がこんな選択をすると乃愛は悲しむだろう。輝樹もきっと悲しむはずだ。


「……なんでこんな事考えてるんだろ」


 今の命と意思は僕の物だ。なのに何故こんなにもあの二人の事を考えてしまうのだろう。

 僕は親から貰った"この姿"のまま海で生きて、そして自然の摂理に身を任せて生を全うするつもりだった。

 途方も無く広い海の世界を泳いで、やがて力尽きて、マリンスノーの降り積もる深海へと沈みながら呼吸を止める。そして他の生物の糧になり死した後もこの世界を循環する。それがずっと思い描いていた"ノカの一生"だ。

 それなのに──


 ──私は先へ行く。だから貴方は貴方の人生を歩んで。


 どうしても乃愛の想いが蘇る。あんなものを見せられたら考えない方が無理だ。


「はああ」


 試練の事、フリットの事、弔いの事、今回の旅が終わった後の事。

 一気に増えた考え事に押しつぶされながら、結局何の解決策も妥協案も思い浮かばないまま気が付くと朝日が昇っていた。

 アフテプはまだ起きない。シームレスに移り変わる考え事が余韻のように薄れ人々の営みの音が聞こえてきた頃、心地の良い喧騒に混ざって"海では聴いた事の無い奇妙な雑音"が鳴り始めた。

 金属をこすり合わせるような音だ。それに加えて絶妙に耳障りな鳥の声も響き始めた。

 睡眠という物を経験した事は無いが、こんな音で包まれていると直ぐに目を覚ましてしまいそうだ。


「ん、んんん」


 案の定、アフテプの不快そうな声が聞こえた。

 もぞもぞとベッドの中で動く音がしばらく続き、そして力一杯に蹴飛ばされた毛布の中から彼女が身を起こした。


「……なんなのよ、この音は」


 寝起きでふやけた呂律でありながらも不機嫌である事が明確に分かる。

 外的な刺激によって起こされた時の彼女は毎回こんな感じだ。


「おはようアフテプ、外から聞こえているみたい。多分セミの声じゃないかな。鳴くんでしょ? あの虫って」


「セミの声……? そうだわ。私セミ捕らなきゃ」


 すらりとした自らの脚を見たアフテプは何かを思い出したように立ち上がった。しかし歩き方に関する記憶が一瞬頭から抜けていたようで、よろよろとその場に座り込んだ。


「まだ寝惚けてるみたいだ。歯を磨いたり着替えたりしながら一旦落ち着こう」


「はあ…… そうね」


 寝巻を脱いで元の服を着る。そして歯ブラシを咥えながら近くにあった姿見の前で髪の毛を整え始めた。

 アフテプの髪の毛は人魚の女性たちの間で憧れの的だった。毛先へ行くにつれて青く色付いてゆくピンクの髪は人間の目にもやはり綺麗に映るようで、昨夜街へ入ってから宿屋へ到着するまでにすれ違った人間は大体アフテプの方を振り向いていた。


「うーん、水中よりも寝癖がしつこいわね。結んで誤魔化しちゃおうかしら」


 十分綺麗になった髪を見ながらアフテプがぼやく。

 そして僕が意見を言う間も無く彼女は洗面所へと歩いてゆき、うがいを済ませて髪の毛を結って戻って来た。

 頭はもうすっかり目覚めているようで、ローポニーテールを揺らした彼女はしっかりした足取りで僕が入っている桶へと歩み寄り、魔法で水ごと僕を空中に浮かせた。


「さて、じゃあ早速行きましょうか」


「うん」


 蹴飛ばした毛布を綺麗に戻したアフテプが窓の外を眺める。今日も良い天気だ。

 部屋を出て階段を降り、受付でチェックアウトを済ませる。

 人ごみを大きく迂回しつつ屋外へ出ると爽やかな風が水面を揺らした。


「ここを出て真っ直ぐ行った所の広場で待っていれば良いのよね」


 陸の朝に特に感動する事も無く、前髪を直したアフテプが紙きれを取り出す。

 書き記された物の位置関係から考えると今アフテプが見ている道で間違い無さそうだ。

 

「うん。あの道だね」


「よし」


 服の襟を正したアフテプが歩き出した。

 早朝という事もあり、周囲にはあまり人が居ない。昨日のような揉め事に巻き込まれる心配は無いだろう。


「ノカ」


「ん?」


 狭い道へ入り更に人の気配が薄れて来た頃、アフテプは呟くように僕の名を呼んだ。何事かと目を向けると、彼女は歩き続けながら空を見た。


「弔いが終わったら、貴方は海に帰るのかしら?」


「え?」


 偶然か、それともお見通しなのか。昨夜まさに僕が考えていた事と同じ疑問を叩きつけたアフテプは僕の返答を待つように沈黙した。


「……うん、一旦帰ろうと思う」


「そう。私がまた別の冒険がしたいって言ったら貴方も付いて来る?」


「……」


 それは自分でも分からない。

 幼い頃より思い浮かべていた"将来の自分"の隣にアフテプは居ない。

 だが『このまま離れ離れになって良いのか』という自問に対しては『少し考えさせてくれ』という芯の無い答えが出てしまう。

 彼女の言う冒険の舞台は陸の上だ。そして僕が思い描く未来の舞台は海の底だ。

 陸と海底では時の流れが違う。彼女が歳を重ねて気まぐれに帰って来た時僕はまだ子供で、僕が心変わりをして彼女を追いかけようと人間になった頃には彼女はもう老婆かもしれない。

 アフテプに対して言った『構ってもらわなくても生きていける』という言葉に偽りは無いが、それでも離れ離れになる事が悲しくない訳ではない。むしろとんでもなく悲しい。

 最後にして最高の友達と人生そのものがすれ違う関係になるのは考えただけでもエラを裂かれるような気持ちになってしまう。


「僕、は……」


 が、だからといって『勿論ついて行きます』と言えるかは微妙だ。

 仮に僕が人間になって彼女と共に旅に出たとして、望郷の念に駆られて海へ帰った時に僕が求める景色がそこにあるとは限らない。変化の速度は陸へ出た僕のほうが圧倒的に早いが、だからこそ生じる違いだってあるはずだ。

 友達や家族はもう捕獲や捕食によって誰一人として残っていないが、思い出は残っている。それらを残して"僕だけが変わってしまう"事にも恐ろしさを感じてしまうのだ。


「分からない。未定だよ」


「そう」


 そんな葛藤を抱きつつも、やはりどうしても乃愛の事が頭に過ってしまう。

 離れ離れで生きる事を選んだらいつか深い後悔に苦しむ事になるだろう。そう分かっているのに。変化を恐れずにはいられない。

 それでもただ一つ、受け入れても良いと思える変化があった。


「……ついて行くって決めた場合、人間になろうと思う」


「あら!」


 意外そうな顔をしたアフテプが僕の方を向いた。


「人間になる事を嫌がっていたじゃない。いいの? 無理してない?」


「なんか…… うん。上手く言えないけど、心変わりと言うか……」


 アフテプと共に旅へ出る場合は人間になる。それは心に決めておこうと思う。今現在のように魚として運んでもらっている状況をずっと続ける訳にはいかない。

 親から貰った身体を大切にしたいという気持ちに変化は無いが、それにしても僕の個人的な事情を飲み込んでもらって彼女の荷物になる事は心苦しい。正直、現段階で既に少し後悔している。人間になっていればもう少し彼女の助けになれただろう。

 

「どんなお顔になるのかしらね」


「無個性な顔になりそう」


「私可愛い顔が好みよ。髪の毛も、銀色とかだったりしたらステキよね」


「銀…… 確かに綺麗だけど僕に似合うかな」


「うふ、きっと似合うわ。 ……もしかすると私とお揃いのピンク色になったりして」


「元がゴマサバだからなあ…… そんな派手になるかな」


 既にワクワクした様子のアフテプを見ていると、少し心が痛んだ。

 恐らく今さんざん悩んでどのような答えを出したとしても、結局僕は最終的に彼女と共に行く事を選ぶだろう。決して小さくない不安と後悔を抱えながら。


「もし人間になったら私が歩き方を教えてあげるわ!」


「……うん、ありがとう」


 やはり僕は彼女のような毅然とした生き方は出来ないようだ。

 もやもやとした想いを抱えたまま集合場所にたどり着くと、昨日とは打って変わって騎士団の正装らしい軽装備に身を包んだフリットが待っていた。


「あら、もういらっしゃっていたのね。おはよう、待たせてしまったかしら」


「おはようございます」


「おはよう、アフテプちゃん、ノカくん。ボクもほんの数十秒前に着いたところだよ」


 明るい笑顔を浮かべる。

 物腰や表情、振る舞いは善人そのものだが僕達はまだこの人物について微かな警戒心を抱いている。今日でしっかりと見極めたいが、そのような機会が巡って来るかは分からない。

 ごく普通の素直な挨拶を交わすと、彼は観光用の街の地図を僕達に見せて一点を指差した。


「今日案内しようと思っているのはこの公園」


 その公園は城壁の傍にあった。絵では深い林と心ばかりの遊具、そして屋根付きのベンチなどが描かれており、城壁を挟んだ向こう側には天然の森林が広がっていた。


「城壁の傍にあるのね」


「そう。城壁を挟んでいるけどすぐ傍に自然の森があるから色んな虫が迷い込んでくるんだ。虫捕りスポットとして人気なんだよ」


「なるほど、森から迷い込んでくるのね…… 期待できそうだわ」


「うん、道具も用意したからきっと沢山捕れるよ!」


 そう言ったフリットは魔法を使い、どこからともなく虫捕り用と思われる網と籠を取り出した。


「網って虫捕りにも使うんですね」


「おや、網を知っているのかい?」


「漁とかで使うもの。言わば天敵よ」


「あっ……」


 焦ったように声を漏らしたフリットは網と籠を仕舞い込んで僕の顔を見た。


「そんなに気を遣う必要は無いと思うわよ。人間が魚たちを根こそぎ蹂躙している訳ではないのだし、網に捕まるのは自業自得って彼らは割り切っているから」


「僕達だって他の生き物を食べて生きていますからね。どれもこれも自然の摂理です」


「……強いんだね、君達は」


「もちろん死を悼んで悲しむ事だってありますけどね」


 呆気にとられたような顔のフリットが頬を掻く。その表情を面白そうに眺めたアフテプが気を取り直すように咳払いをした。


「さて、目的地の情報共有も終わった事だし案内よろしく頼むわね、騎士様」


「う、うん。じゃあ出発しようか」


「よろしくお願いします」


 揃って西を向き、公園を目指して街を歩き始めた。

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