メイルとアリアさん

 三人で悩んだ結果、少女の名称が「ラックの助手」から「メイル・フォン・ラード」となった。

 この世界にとって、名前そのものに意味はないのだが、頼まれた際の目に勝てなかった。

 また、これによってあだ名がメイとなり、ハルはメイちゃんと呼ぶようになった。

 ・・・なんでメイルになったのかは、考えるだけ無駄というものだ。


 名前が決まったことで、やっと書類提出ができたのだが、事実上、二日何もしていなかったとみなされてしまい、事務作業を任され、仕方あるまいと研究室で片付けようとしていたところにメイが声をかけてきた。

「あの、それ、私のせいで?」

「いいや、人間の平等理念という醜悪な心理の産物だよ。所長、いい人だからこれくらいで済ましてくれたんだ。」

 本当にさぼったら何を任せられるか分かったものではない。

「・・・でも、いつものにプラスでしょ?」

 三日しかたっていないけれど、俺の仕事量をなんとなく把握しているらしい。

「まぁでも、これくらい大したことないって。」

「助手だから、手伝う!」

 仕事を誰かに頼むなんて申し訳なく感じたけれど、メイは嬉しそうで、「助手らしい手伝いができる!」と表情からこぼれている。

「わかった。この紙を、ここに書いてある学年ごとに分けてほしいんだ。」

 1年から4年まで書いてあるので、分けるだけならできるだろうと思った。

「学年で分ければいいんだね。他はいいの?」

 聞かれるとは思わず、悩んだけれどそれ以上は自分でないといけない仕事だ。

「うん、それだけでもとっても助かるよ。」

 そのあとは、二人ともしばらく作業を続けていた。

偶然か見計らってか、メイが話しかけてくる。

「学年ってことは、ここ学校あるの?それに写真的に、高校?」

「いい推察だな、転生者はこちらの人間の顔で成長を測るのは得意じゃなかった気がするが、半分あっている。ここは高校というよりも専門学校という方がいいだろう。」

「そうなんだ、何の?」

「世界間魔法だよ。」

 ここからしばらくメイの好奇心が止まらなく、こちらの世界では小学生で習う、この国の歴史について語る事となった。

 大半の生徒は寝てしまう授業内容だったが、メイは話が終わっても楽しそうにしていた。

「すごいねラック!」

「何にもすごくないよ。実際、ほぼ手掛かりがない。研究の副産物で平面間と時間は移動できるようになったけど、平面転送は特許で実質的に封印状態。時間移動は禁則魔法として研究以外での使用を禁止している。」

 まぁ、特許使って研究資金にしてるわけだけど。

「な、なにそれ・・・この世界電車とかあったっけ?」

「ないよそんなの。蒸気機関すらない。国でまとまればそこまで大きな移動手段は必要になる事が少ないからね。」

 その分、他国の商品は割高だけど。

「じゃぁもう新幹線とか電車とか、それこそ飛行機とかタイムマシンも作ってるじゃん!めちゃくちゃすごいよ!」

 機械好きの少年が来た時も、似たような反応をしてたっけな。

「そこまで言ってくれるのは参加した研究だから誇らしいけど、照れるから。」

 時計を見ると、昼直前。今から向かうと食堂が混むけれど、時間が過ぎるとお腹が減る。

 いつも通り部屋に置いてある軽食で済ませるかと手を伸ばすと。

「ラック、もうその軽食は非常食として置いておいてください。」

 止められてしまった。

「せっかく二番目に広い研究室なんだから、私的に利用しても許されますよ。特にラックの研究時間ならなおさら。」

 ハルからも忠告されたことはあるけれど、日をまたいで研究を続けることが割とある。だから睡眠不足や栄養失調、腹の虫が毎秒悲鳴をあげても無視してしまったりする。

そんな話を聞いたメイは、少しだけ僕に対する当たりが強くなった。具体的に言うと呼び捨てになった。

 メイの生活リズムにも良くないと思い改善しようと思っているが、寝るべき時間に寝れないこともあり、精神的にきついので真夜中に別室で作業を続けることがあったのだが、ばれていたらしい。

「私、食堂の人から少し貰ってきますね。」

 言いながら椅子を降り、すたすたと行ってしまった。

 メイは、初日を別として毎日食堂を利用させてもらっているらしく、食堂の従業員たちと、とても仲が良くなってきたと自慢していた。

 残っていた事務作業の片手間に、そう言えばと思い出す。

 メイは17歳だ。俺の二つ下。そう考えると妹みたいなものだなぁと考えるし、面倒見の良い妹は、地球の小説でもこちらの人間でも共通して理想とされていたりする。

 妹か・・・。そういえばハルも今、地元の家族のところに行ってるんだっけな。次会ったら家族構成聞いてみるか。

 一度思考が逸れてしまえば、再度研究に入るまでに時間を要することがあるが、今回は事務作業でよかった。

「ラック~今暇~?」

 声を聴いた時は冷や汗をかいたが、今はメイが居ないので、焦る必要は無い。

 ・・・帰ってくる前に帰らせなければ。

「あぁ、暇だぞ。」

 声を聴いてから扉を開けるとは、ずいぶん穏やかになったものだ。

「ねぇラック?ハル知らない?」

 まさかハルの奴、言わなかったのか・・・。いや、言ったらついてきそうだから言わないか。

「ん~知らんな。言われてたとしても覚えて無い。」

 さて、俺の嘘があいつの嫁(自称)に通じるのか・・・。

 アリアさんは目を細めて、少し疑った様子だったけれど。

「そりゃそうよねぇ。ハルの事でも覚えて無いわよねぇ・・・。」

 諦めた様子で出て行ってくれた。

 居場所を教えたら、「使えるんだからハルのところまで送りなさい!」と「なんでラックが知ってるのよ。私よりラックのほうが大事なの⁉」の両ばさみを食らうのである。

 ・・・だから毎度知らないを突き通しているのだが、なぜか毎回聞きに来るのである。

 これバレてるよね?ほんとは全部知ってるよねあの人?


 しばらく知り合いの恐ろしさを再確認していたら、メイができたての料理二皿を盆にのせて、腕には袋いっぱいに詰められた肉やら野菜やらをもって帰ってきた。

「おまたせしましたー・・・誰か来てたんですか?」

「来てたが・・・よくわかったな?」

 ドアから出てきたところが見えていたのだろうか?

「えぇ、女性の、研究員とは思えない方が出て行っていたので何事かと思いまして。」

 なんか怒られてる?

「あぁ、あの人はハルの・・・まって、出たところを見たという事は、」

 予想通り、スライド式のドアが勢いよく開け放たれ、大きな音を上げた。

「ラック!?あなた、ついに手を出しちゃったのね・・・!」

 信じられないものを見るような目で見るな。

「違う! こいつは」

「メイル・フォン・ラードです。よろしくお願いしますね。」

 今まで見たことないほどしっかりとした挨拶を、アイラに向ける。

そして、僕もアイラも動揺する。

「あ、えと、アイラ・アリ・・・アイラ・イルです。ハルの嫁です。」

 ハルが居たら止めそうだが、それよりも自分のことで精いっぱいなので今回はスルーする。

いいやそれより、メイの説明をしなければ、まずはここにいる理由だ。

「アイラさん、この人、メイは行き先を探してる最中でな、本人の希望で今はここに」

「私、ラックの助手になります。」

 ・・・。いやでも、研究対象の世界から来た人間がいれば何かと便利。いやいや、だからと言って利用するのは違う。

「ラック、あなたやっぱり・・・」

「言っておくが何もしてないからな。それにメイ、そう言ってくれるのはうれしいが、君ができてやりたいと思えることは、ほかに無いというわけでもないだろう。だから、最初はこの国だけでもいいから見てくれないか?」

 ここまで口を挟ませることなく一息に言い切る。

 一息深呼吸をしてから、メイを見ると、少し寂しそうな表情をしていた。

「ラック、言うことは分かったけど、女の子に言うには、少し言い方が厳しいんじゃない?」

 う、もとより口下手なのだ。

「あー、気分を悪くしたなら謝る。ごめん。突き放す意味じゃなくて、こう、なんていうんだ?決めるまで時間があるんだし、もっとゆっくり決めてもいいんじゃないかなって、そう言いたかったんだ。」

 意図は伝わったようで、寂しそうな表情はすでに和らいでいた。

「まぁ、ラックがそう言うなら、決めるのはもうちょっと後にするよ。でも、ここには居座るけどいいよね?」

 まるで、「これだけは譲らない。」と言いたげにこちらを見てくる。

「今更だからな、好きにするといい。」

 少しの非日常は覚悟していたけれど、もう少し長続きしそうで困ったものだ。

「それなら、私も頼ってよね。」

 アイラさんがメイに声をかける。

「もう聞いたかもだけど、地球を含めた異世界から来た人たちを保護する施設の・・・えっと、施設長?的な立場だから、外出たいのにラックが引きこもってたりしたら私を頼って。」

「はい!お願いします。」

「そうね、基本的に土日なら暇してるから、何かあったらお手紙書いてみてね。」

 そうして「お邪魔しました~」と帰っていった。


「すごく、いい人ですね。」

「うん。ハルが好きすぎることを除けばとってもいい人だよ。」

 それを聞いて、メイは目を輝かせた。

「え⁉アイラさん、自分でお嫁さんだって言ってたけど、結婚してるわけじゃないんですか⁉」

 なぜうれしそうなんだ?

「あぁ、あの二人は幼馴染みたいでな、詳しくは知らないけど、昔からあんな感じらしい。」

「へぇ~、アイラさんも大変ですね。」

 この話をすると、俺以外がアイラさんに同情するって、ハルも漏らしてたっけな。

「・・・ラックは、そういう相手っていないんですか?」

「あー、その手の話の当事者になった事は無いなぁ。昔から魔法しか見てない気がする。」

 最近は、地球について調べることが増えてきたので、人間について考えることも増えてきたけれど。

「そうなんだ・・・。ラック、次の休日はいつですか?」

 急に行きたい場所でもできたのだろうか?

「明後日が休みだな。・・・休みで休んだことなかった気がするけど。」

「地球で言うところの研究馬鹿だこの人。」

 若干引かれ気味ではあるが、バカという言葉について、興味が湧いた。

「メイ、「バカ」って言葉は、今のところ、矛盾するもの・ありえないもの・不適切な言動を行う者への侮蔑としての意味としてこの世界にはあるのだけど、今の使い方から察するに、別の意味合いも持っているのか?」

 悪い癖が出てしまった。こう、知りたいと思うと、詰めてしまう癖だ。

「えっと、それもあってるんだけど、応用?というか、こう、○○バカっていうと、そればっかりしてる人とか、その事に対する熱量がすごい人に言ったりも、することがある・・・感じだったと思う。」

「なるほど、それなら・・・アリアはハルバカだな。」

 すぐに浮かんだ使用例がそれしかなかった。なんかごめん。

「それよりも、そろそろお昼ご飯食べよ。もう冷めちゃっただろうけど、温める魔法とかあるの?」

 純粋な疑問だろうし、今まで結構な頻度で言われてきた疑問だ。

「あるよ。」

 そう言って、普段使わない隣の部屋の台所に向かう。

「これ、ほとんどあっちの世界のやつと変わらないね。」

「そう、異世界人が作ったからね。外見はよくなじむと思う。」

 1番凄いのは、初めて魔法に触れた人間が、機械にするほど魔法を理解したことだと思うけど。

「温めたいものを入れるまでは同じで、閉めたら、右のバーが示してるゲージの必要なところまで光らせれば準備完了。あとは勝手に魔法の放出量を調整してくれるから、放っておけばあったかくなる。」

「魔法ってすごいね・・・あんな科学も再現できちゃうんだ。」

 学会は、魔法を集めて放出する石なんて暴力にしか使えない。の一点張りだった状態を、入れる量を調節すれば熱源として使えるという新しい発見をされて悔しがってたっけなぁ。

「まぁ、そういうわけだから、すぐにできると思うよ。」

 言いながら食べ物が乗った皿をレンジの中に入れるまで行った。

「ラック、私、やってみてもいい?」

 ワクワクしながら聞いてきたし、好奇心は良い事なのだけれど・・・。

 異世界人がレンジを爆破した事例はいくつもあるのだ。

「気持ちはうれしいけど、魔力を使ってみたいなら、まずはその調節からが重要だ。

 自分の身体の中を流れる力を操るんだから、調節できないと体が爆散しちゃうからね。」

 あくまでも相手のためを装わなければ。

「爆発!?魔力って調整間違えたら爆発するの!?」

全部信じちゃった...

「正確には、放出した目の前で爆発するのであって、人は爆発しない。その魔石に過剰な魔力を供給すると、魔力単体の爆発威力の10倍の威力が出る...とされている。」

説明としてはちょうどいい...よな?

「へぇ〜魔力も魔石も不思議だね...」

とりあえず納得して貰えたのだろうか。

「というわけだから、今回は俺が調整をする。」

一応、魔石に関する取り扱い初級という免許が取れる程度である必要はあるのだ。自転車免許程ではあるが。

自身から魔石に流れる魔力量を調節し、指定の量まで流入させてから流れを停める。

こういうときは、自身の魔力量が多くなくてよかったと思うのだ。ハルは既に五回爆発させている。

キラキラと光りながら熱を放つ魔石に、メイは同様に目を輝かせながら見つめている。

「あんまり凝視しないほうがいいぞ。特殊なガラスを使っているが、あまり目に良くない。」

やっぱりそうかと言わんばかりの納得の速さで顔を離すが、目は逸らさない。

「そっか、それにしても綺麗だね。魔石ってどれもこうなの?」

メイが魔石に興味を示している。当然か、こちらでも異世界でも、輝く石は女性を虜にする。実際、魔石研究の人間は7割が女性と言われるほどだ。

「そうだなぁ、だいたいの魔石は魔力を込めれば光る。逆に魔力を吸収しまくる魔石もあったりする。」

他にもいろいろあるが、簡単な説明に留めておく練習だ。

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ケモミミ少女がメインヒロインの作品 埴輪モナカ @macaron0925

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