助手(家族)ができる話

 一応食堂の料理人を付き添わせているので、割と安心できた。

 少女が料理を作っている間、少女の名前を聞き忘れていることを思い出した。

 まぁ、ここで浮かんだ疑問は、無理のない範囲で食べながら聞くとしよう。

 他に聞くことはないだろうか?転生した理由は推測できるし、聞いたところで良い事はないだろう。そばにいた動物の話も・・・ダメだな。理由が家庭環境だと推測できるのに、密接になりうる内容は避けるべきだ。

 ・・・ふむ、特に聞くことが無いなぁ。

 そんな思考を3,4回繰り返していると厨房から「できたぁ!」と、うれしそうな声が飛んできた。

それからすぐに盛り付けたのか、ほかほかの状態の料理を、少女がとてもうれしそうに持ってきた。

こちらにも届いていたスパイシーな香りから、何を作っているのか察してはいた。カレーである。

「私、これくらいしか作れないけど、ラックさん食べたことなさそうだなって思ったから作ってみた!」

 ご明察。

 カレーという料理はすでに、この世界でもかなり人気なものになっているけれど、俺は食べたことが無かった。

 アイラやハルに誘われることはあったけれど、食べるならすぐに手が出せるもので済ましてしまうので、わざわざ作ったり、出来上がるのを待つこともなかったのだ。

「その通りだよ。カレーという料理は知っていたし、どういう食べ物かも聞いているけど、食べた事は無かったんだ。」

「じゃぁ召し上がれ!」

 普段なら自分のペースで手を合わせるというのに、笑顔でそのように言われては、なんだかリズムを崩そうとは思えなかった。

「うん、頂きます。」

 地球から伝わってきた、食材に感謝する言葉。

 こちらにも似たような口上はあったものの、それは神に対する感謝であったため、直接感謝する方がいい。という人が多かったようだ。

 スプーンでコメとカレーを合わせて掬い取り、香ばしい香りとともに口に運ぶ。

 たった一口で人気になることに納得した。

感想を言わなければと思ったけれど、もう一口食べたい。

もう一口

もう一口・・・


「・・・おいしかった。」

 料理に対してここまで気に入ったのは初めてかもしれない。

「ごちそうさまでした。ありがとう。おいしかったよ。」

 食べ終わったときにする口上を述べてから、カレーに対する感想を述べた。

「おいしそうに食べてくれて、私、見てるだけなのにうれしかったよ。」

 ご機嫌そうにそう言ってくれた。

 寮で暮らすなら、料理係が一番かもしれないな。

「あ、そうだ、よかったら君の名前を教えてくれないか?」

 忘れるところだった、いつまでも代名詞で人を呼ぶなんて失礼極まりない。

「なまえ・・・。名前ってさ、親が、つけるもの、だよね?」

 基本的にはそうだろう。昔は地域の偉い方につけてもらう風習とかがあったらしいが、最近は聞かなくなった。

そして、分かりやすく表情が曇った。

「そうだね、転生してきた人は、ほとんどそうだったかな。」

 つけられた名前が嫌なのか、暗い表情だということからよくわかる。

 年相応の感情表現ができるのは、虐待を考えても比較的正常な方なのだろう。

「ラックさん。私のお父さんになって。」

 ・・・俺まだ生まれて十九年しかたってないんだけどなぁ。

「あー、だったらハル・・・ハルバードか、寮にいるアイラに頼むといいぞ。悪いが俺はまだ十九歳でな、この年で養子というのも食わせていける自信が無いというか・・・。」

「そっか・・・。じゃぁ、そのハルバードって人に頼んでみるね!」

 カラ元気だというのは目に見えている。切り替えの早さは虐待故・・・というより、親が親らしくなれなかったのだろう。

「なんだ?俺の話か?」

 最後だけ聞いていたようなハルが声をかけてきた。

「あぁ、ハル。お前に娘ができれば、アイラと結婚するんじゃないかと思ってな。」

「やめろよそういうの・・・。まだアイラに話してないだろうな?」

 一度冗談でアイラに嘘を吹き込んだ際に本気にし、俺とハルが半殺しにされたことがあったなぁ。

「まだ話してないよ。それよりこの子のこと。」

「は、ハルバードさん、ですか?」

「え、あ、うん、俺がハルバードだけど?」

「私のお父さんになってください!」

「はぁ⁉おいラック何吹き込んだ⁉」

 そんな目をするな、俺にその辺の趣味はない。

「自分から言い出したんだよ。名前聞いた後にな。」

 まぁ、何を考えたかは想像できる。

「なぁ、その、君。名前ってのは確かに親がつけるものではあるけど、あくまで個体を区別するためだけのものだ、自分でつけたっていいんだぞ?」

「ラック、子供相手なんだからもうちょっとかみ砕いてだな・・・。」

「自分で・・・。」

 説明をするとき、知ってること全部を解説してしまう癖が出ていたらしい。

 だが少女は自分で自分の名前を決めることを理解したので、とりあえず伝わっている。

 名前、名前と繰り返しながら考えている様子だ。

「わからないことがあればここの大人に聞けば大体教えてくれるよ。名前、決まったら教えてね。」

 こちらとしても、調査書とかに名前を書けないのはとても厄介だ。

「ラック、苗字なに?」

「俺か?地球で苗字に相当するのは・・・ラードかな。」

 呼ばれるときは全部通して呼ばれるが、友人間ではラックで呼ばれる。

 故にラックが名前とすれば、地球的に合うだろう。

 名前の反対が苗字ということなら、反対側にあるラードが苗字となる。

「じゃぁ、ラードって名乗りたい!」

「おっ、よかったじゃんラック。嫁ができたな。」

「からかってる場合か。苗字が同じというのは、偶然を除いて家族ということの印、証明だ。だから気安く他人の苗字を名乗るものじゃ」

「ラックは、私を助けてくれたから。じゃ、ダメかな?」

「恩人に敬意を表して、その名を継ぐ者もいるさ。」

「ハル・・・。」

 余計なことを、とは言えなかった。

「そうだなぁ、うん。それならラックの助手になればいいんじゃないか?」

「何を言って」

「なる!なんでもする!カレー作る!」

「よかったなぁラック。俺の苦労も減るよ!」

・・・この勢いは、俺には止められないなとあきらめた。




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