第一話 7/9

 アオは日々の糧を得るため。命を顧みず霧に分け入り、怪獣を捕獲する。


捕獲した怪獣は、客の注文に応じて、解体した状態、五体満足の状態、といった具合に、お好みの状態で客に引き渡す。


彼女には、「お得意様」と呼んで差し支えない上客がついている、らしい。


報酬はすこぶるいい、大きさや時期にもよるが、怪獣一体につき、二ヶ月くらいは楽に暮らせるぜ、とのこと。


ただし怪獣は普通の動物のように、生け捕りにするのは本当に難しい。


あたしみたいに、ちょっと変わってないとさ。


猫のように目を細め、アオさんは少し寂しそうに笑った。


 怪しい――。


この人は何かを隠している。


だが一体、何を隠しているというのか?


私は想像を巡らす。だけど考えがまとまらない。頭の中まで霧がかったみたいだ。


やっぱり君、人の事ばっかだね。なんか他に聞かなきゃならない事、あるだろ?


焚き火の炎をじっと見つめる私の横顔に、彼女は諭すように語りかける。だが最後は小さく肩をすくめると話をはぐらかした。


……えーと。


私はばつが悪くなり、その涼しげな視線から逃れるように目を逸らす。気まずい沈黙。


ていうか、お前、何?


まだ名前すら聞いてねーんだけど。


 唐突にアオさんが私に人差し指を突きつける。


そうだ、一方的に質問ばかりして、自己紹介をすっかり失念していた。


……ええと、私は――。


その時だった、暗闇から空き缶が転がる「カラン」

という乾いた音。


†††


べしゃり。


霧がかった闇から何かが這いよる気配。強烈な潮の匂い。


私は咄嗟に路地の暗がりを振り返る。


何だ、もう来ちまったのか。


アオさんが気だるそうに笑う。


鳥肌がたった。


霧の中に浮かび上がる青い影、倉庫の中で私たちを襲った怪獣だ。間違いない。執念深く跡を追ってきたのだ


――お嬢ちゃん、こいつらの好物はな…。


アオが何かを言いかけて途中で口をつぐむ。怪獣はお構いなしにジリジリとこちらに迫る。


――ったくよぉ、しょうがねぇな。


アオさんが、ゆっくりとウォームアップの肩慣らし運動を始める。


気怠げな笑顔の裏に、張り詰めた緊張感が滲む。


霧の中、青い影がさらに濃くなり、その輪郭が不気味に揺れている。


足元の地面が震え、怪獣が近づくたび、潮の匂いがさらに鼻を突き、肌にまとわりつく。


胸の奥で、心臓が不規則に跳ねる。逃げ場はないと、直感的に悟った。


アオさんが一歩前に出る。風が一瞬、静まりかえったかのように、辺りの空気が張りつめる。


霧の向こう、怪獣の触角が怪しく光る。じりじりと間合いを詰めてくる。


「自動車の修理代、修理代…」、アオさんの低い呟きが聞こえる。


鋭い視線が怪獣に向けられ、ふと笑みを消した彼の顔は、まるで氷のように冷たい。


私たちと怪獣との距離はもうほとんどない。


互いの呼吸音すら聞こえそうなほど近く、静寂の中で怪獣の目と私たちの目が絡み合う。


――運命の一瞬、対峙してにらみ合った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る