第一話 6/9
焚き火しようぜ。
アオさんは唐突にそう宣言した。
焚き火?この状況で?
おう、安心しなさい。あたしは焚き火のプロだ。
戸惑う私に、アオさんは自信満々に頷く。まるでとりつく島がない。
…焚き火のプロってなんだろう。
つい、喉元まででかかった言葉を慌てて飲み込む。
アオさんは、そんな私の胸中を知ってか知らずか、そそくさと鼻歌まじりに焚き火の支度を始めた。
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たきぎをいきなり燃やそうと思っても、火は出ねーよ。
アオさんが凛とした声で静かにつぶやいた。
まずは火を育てるんだ。
幸か不幸か、周囲には廃材やら、燃えやすそうなゴミやらの芥が無数に転がっている。
彼女はそれをてきぱきと拾い集めた。
そして、元は何かの蓋だったのであろう、金属板の上に、集めた芥を円錐状に組んだ。
私がした事と言えば、彼女のてきぱきとした手付きを、指をくわえて眺めていただけだ。
あれよあれよという間に、目の前に丸い焚き火台が組み上がっていた。
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さてと…。
焚き火台を作り終えると、おもむろに彼女は髪を解きはじめた。
仄かに、髪からいい匂いが漂い、夜気に消える。
…ん?
私は困惑した。
もしかして、そういう趣味の人なのだろうか。
一晩に何度も襲われては、たまったものではない。
思わず後ずさる。
しかし、彼女はそんな私を見て、呆れたように言った。
……なにやってんだよ? たきつけだよ、たきつけ。
………タキツケ…?ああ、焚き付けね。
彼女は、私の懸念など気にも留めず、たった今まで髪をまとめていた紐をねじり、ほぐし、くしゃりと丸めて握り拳大の亜麻色の毛玉を拵えた。
麻の紐は、焚き付けにちょうどいーんだよ。
そう言ってアオさんは、焚き火台の上、整然と組まれた廃材の中央に焚き付けをそっと置いた。
…おっと、こいつを忘れるところだった。
彼女は慌てて懐から取り出した名刺入れのようなケースから、黒い小さな端切れを一枚摘まむと、年季の入ったライターで炙った
端切れはじじじ…と小さな音を立て、赤くじんわりと燃え始める。
それ、なに?
私が問うと、アオさんは「あ?知らねーのかよ、着火材だよ」と、呆れた顔をした。
ごめん、知らない。
……そうかよ。
私が素っ気なく答えると、アオさんはそれ以上、何も言わなかった。
改めてまじまじとアオさんを観察する。くすんだ灰色のセミロングの髪、青い瞳、薄汚れた作業服、そして……。
彼女は、そんな私の視線に居心地の悪さを感じたのか、焚き火台に向き直ると、むっつりと黙りこんでしまった。
着火材を焚き火の真ん中に置いて、しばらくするとチロチロと細い煙、そして火が立ち上がり、それは次第に大きくなっていった。
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吸う?
彼女はいつの間にか手にしていた煙草の箱から
一本を抜き、わたしに差し出す。
いえ、大丈夫です。
私が断ると、彼女はまたむっつりとした顔で黙りこみ、やがてぷかぷかと紫煙を燻らせはじめた。
沈黙。
月明かりにパチパチと焚き火だけが音を立てる。
……あなた。
ん?
やっぱりハンターなの?
そうだよ。
アオさんは穏やかに頷いた。
炎の照り返しを顔に受け、青い瞳が妖しく光る。
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