第一話 4/9

「人間の強い感情が怪獣を呼び寄せる餌になるんだよ、熊がキャンプ場の ゴ ミ を漁りに来るみたいにな」


 倉庫街の路地裏。


アオさんが胸を張って言う。


そんな今こき小学生でも知っているような事を、饒舌に語らないでもらいたい。


あと面と向かって、ゴ ミ、とか言うな。綺麗な顔して酷いことを言う。


「とりあえず、家まで送るから。住んでる場所、どの辺?」


 送ってってやるよ、とアオさんは言う。


「……いえ、お気遣いなく…これくらい、全然平気なんで」


 命を救われておいてなんだが、こんな怪しい人物に住んでいる場所を知られたくない。


わたしは丁重に断りを入れた。


……ええー……。


アオさんは、非常に残念そうに唸った。


…この人、本当にいったい何者なんだ。


怪獣から逃れ、ひとまず落ち着いた私の胸に、彼女への好奇心が沸々と湧き始めた。


 □□□


  羊の皮を被っていた狼は怪獣に溶かされた。


部屋の中の人間たちは言葉を失い、ただその場に立ち尽くした。


鉄パイプでぶん殴られた怪獣は、猫のような悲鳴を残し、天井に消えた。


誰もがどう対応すべきか迷い、気まずさだけが部屋中に漂い始めた。


そこのマッシュルーム。


……はい。


こいつら纏めて逃げろ。


……は、はい。


アオさんが一番近くにいたマッシュルームに手短に指示を出す。


マッシュルームは一瞬躊躇ったものの。


オメーらの顔、覚えたからな。


アオさんの脅しに肝を冷やしたのか、男たちはレスキュー隊員のようにウメコたちに甲斐甲斐しく付き添い、


何故か部屋の中にあった女物の衣類で彼女らを取り繕わせ、ほうほうのていで出ていった。


吐き気がする――。


 廃墟には、私とアオさんだけが残った。


アオさんに手を引かれ、廃墟の暗闇を無我夢中で走った。


明かりは彼女の懐中電灯と、割れた窓から差し込む月明かりのみ。


時折、闇の中から例の声、どうやら私はババを掴まされたらしい。


当然というかやはりというか、息があがり、足がもつれた。何度も転びそうになった。


アオさんはそんなわたしのペースなど、まるでお構いなし。


手を引かれるまま、私は彼女について走る。


ただ、私の手首をしっかりと握って、前だけを向いている。


その横顔を、私はどういう訳か頼もしく感じた。


 先導するアオさんの足取りは軽い。息も全く乱れていない。


見通しの悪さなど物ともせずに、ひょいひょいと山道をゆくカモシカのように障害物を躱してゆく。


そのたびに髪やジャケットの裾が揺れ、くすんだ灰色の髪が薄明かりに、靡く。


私はただ必死に彼女に追いすがることしかできない。


彼女の白い手は、じんわりと冷たかった。

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