第一話 3/9

べしゃり。


 男の頬にどろりとした『何か』が、天井から滴り落ちた。


「あ?」


 彼の視線が、私の脚から天井へとゆっくり移る。


「あ、ああ…ああ…」


 彼は凍りついた表情で天井の一点を見つめていた。


べしゃり。


 天井からさっきの倍近い量の『それ』が酷い雨漏りのように零れ落ちた。


べしゃり、べしゃり。


 天井から、雨漏りが止まらない。天井から、なにかが垂れてくる。


「?」


 私も、彼につられて上を見上げた。


そこに、それはいた。


†††


 『それ』の第一印象は、クソでかいウミウシ。だった。


ウミウシ、軟体動物門腹足綱直腹足亜綱異鰓上目、後鯉類に属する。


早い話、海に住むナメクジやカタツムリの仲間である。


ちなみに後鯉類とは、心臓の後ろに鰓(えら)がある。という意味らしい。


 そのウミウシの怪獣が、天井から青い液を滴らせ、じっと、こちらの様子を伺っている……ように見えた。


ドスン。


 一瞬の出来事だった。ウミウシが、天井から彼めがけて落下した。


視界一面に青が広がる。彼の唖然とした顔が青い液体の中に消えた。


私の視界一面も青色に染まり…。


 その時だった。


へしゃり。青が飛び散り、弾け飛んだ。


ブン。空気を裂くような音がした。瞬間、ウミウシが発情期のの猫のような悲鳴をあげた。


ゆらり…。


 一瞬幽霊かと思った。


いつの間にか、私の傍に作業服のお姉さんが立っていた。


背格好は、私とそう違わないように見える、だが、纏っている空気が違った。


特に目付きだ。その目は、まるで猫がネズミを狙う瞬間のように光っている


 ブン。再び空気を裂く音がした。お姉さんが勢いよく振り下ろした鉄パイプが怪獣に直撃した。


□□□


 くすんだ灰色の髪、淡いブルーの瞳、編み上げのブーツ、赤いミリタリージャケットのお姉さん。


彼女は「アオ」と名乗り、これ証拠、と言わんばかりに

「AO」と刻まれたハンターのライセンスバッジを私に突きつけ、


おい。途中、何本もあった標識が見えんかったんか?

ああん!?


と、ヤンキーが一般人を脅すような調子で凄んだ。


ええ…。


怪獣も怖いけど、この人も怖い……。


私は標識を見るふりをして彼女から、視線を逸らした。


アオの上着の色と同じ。赤地に背鰭の生えた黒い怪獣のシルエットの危険標識。


この街の住人なら誰もが知っている。


怪獣出没注意の標識だ。


この街には『霧』がたち込めている。そして、その霧の中には 怪 獣 が潜んでいる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る