第二章 どうせなら悪人倒して恨まれる
第7話 焼いているのに生肉
「……救世主様、随分とお待たせしてしまい申し訳ありませんでした。大変遅くなりましたが、ご希望していた街の案内をさせて頂きます」
あれから数日の時が流れた。
元々の予定では、すぐに街を案内してもらい、この世界の事について色々と知っていこうと思っていたのだが――
(襲撃に毒殺未遂に色々あったもんなあ……)
どうやら研一の見立ては一段や二段で済まないくらい甘かったらしい。
嘔吐したのはサーラという事にしておけという指示をした結果、救世主は逆らえない立場である事を利用して凌辱の限りを尽くしたという噂が、城中を駆け巡ってしまったのだ。
(そこまでは予想してたんだけどなあ……)
問題は、サーラ自身が自分は救世主様に何もされてないから、気にしないで下さいと振る舞ってしまった事にある。
吐く程のショックを受けたのに、そんな訳がないだろう。
口にするのも憚られるような倒錯的で屈辱的な変態プレイの数々を受けてしまったに違いないなんて、怒りと同情を想定以上に集めてしまったらしい。
(民からは嫌われてるみたいな事言ってたけど、やっぱ慕われてるよね?)
魔物の一つも倒さずに救世主様が倒れれば私の犠牲は全て無駄になってしまうという方向で、サーラが城中の者を説得した上に――
朝昼晩、常に研一の傍に控え続け、毒見まで買って出るようになったのだ。
ここまでしなければ嫌がらせをしてくる人間が居なくならなかった辺り、どう考えてもサーラが周囲に嫌われているというのは無理がある。
(で、ようやく落ち着いたのはいいんだけども……)
そこまではもう仕方のない流れと思って割り切るしかないだろう。
常人なら即死するような毒でさえ苦いくらいで済む事が、現時点で解っただけよかったとでも思わなければ、やってられない。
――ちなみにサーラも常人が即死する程度の毒くらいでは苦いで済むらしい。
どうやら強くなれば毒などへの抵抗力が高くなる世界のようだ。
「ったく。てめぇんトコの躾けがなってねえせいで息苦しいったら、ありゃしないぜ……」
困ったのは本当に四六時中、サーラが自分の傍に張り付くようになってしまった事だ。
トイレにも入口まで付いてくるし、寝る場所だって同じ部屋。
しかも他の女に手を出させない為に同じベッドで一緒に寝るだとか、しつこく何度も言い続ける始末。
――さすがにそれは勘弁してくれと、ベッド同伴だけは無理だと納得させた。
(風呂がないのは不幸中の幸いだったのかもしれないけれど……)
風呂自体は、この世界にも存在しているらしい。
だが、この国では身体は清めの炎で清潔に保つのが基本らしく、救世主様が欲しいのなら折を見て作るという話になったのだが、それは置いといて。
「グギギギィ、姫様に向かってぇ……」
サーラが四六時中張り付くようになってからというもの、ベッカまで就寝時以外は見張るように張り付いてくる。
しかも襲撃してきた人間の一人であり、その件で相当にサーラに怒られたのであろう。
研一が無礼な言葉をサーラに吐いても何も言ってこないが、血の涙でも流しそうな凄まじい形相で歯ぎしりするのだ。
(何かまた近い内に吐きそう……)
何というか気が休まる瞬間が全くない。
おまけに、まだ嫌われているのは城内の人間だけであって、これから更に嫌われていけないかと思うと気が重い。
(問題起こすのとか得意じゃないんだけどなあ……)
サーラやベッカの時は、ある程度状況が整っていた上に向こうから話し掛けてきたのに悪意を持って対応していただけ。
これからは向こうから来るの待つのではなく、自分から不特定多数の見知らぬ人間、それも出来るだけ広範囲の相手に恨まれていかなければならないのだ。
「……どこか案内してほしい場所があるのでしたら、お聞きしますよ?」
「こっちの世界の事も解らねえのに要望なんて出せねえよ。任せるから愉快な場所を案内してくれる事を期待してるぜ、お姫様」
口調こそ丁寧なものの、もはや敬意も何も感じなくなったサーラの視線に、心の中だけで寂しさのようなものを覚えつつ――
異世界に来てから初めてとなる街への訪問に期待と不安を抱いて、街へと繰り出すのであった。
○ ○
(やっぱ日本じゃないんだなあ……)
城の中だけで過ごしていた時は襲撃や嫌がらせに追われるばかりなのもあって今まで気にする余裕もなかった研一だが、落ち着いて街の中を歩けば嫌でも日本との違いが目に付く。
そもそも研一が呼び出された国は、砂漠にある炎の国サラマンドラ。
異世界とか以前に根本的な部分から日本と文化が違い過ぎる。
道行く人は日差し避けなのか頭の上から足の先まで、肌の露出を極力減らした服装をした者ばかりだし、何か理由があるのか解からないが石造りの建物が階段みたいに高さを積み上げるように並んでいる。
他にも建物同士が何か隙間なく引っ付いているように建造されているが、どれもこれが異世界特有の風習なのか、砂漠地帯特有のモノなのかが研一には判断出来ない。
(至る所に松明というか篝火みたいなのが置いてあったけど、冷たい炎ってのが訳が解らんよなあ……)
それでもこれだけは完全に異世界特有の物だろうと確信出来るのは、街の至る所に掲げられている色んな種類の炎の存在だ。
身体を清潔にする為の清めの炎なんていう魔法がある時点で想像するべきだったのかもしれないが、魔物避けの炎もあれば、熱を吸収して周囲を涼しくする炎なんてのもあるらしく――
見慣れない光景の連続に気疲れのようなものを感じた研一は、サーラとベッカに案内してもらい、酒場のような場所で休憩を兼ねた食事を摂っていた。
「そのような物が気に入ったのですか? 我が国では有り触れた物なのですが……」
「そこまで貴様の居た世界の食文化は貧しいのか? 着ていた服から想像するに発展した世界だと思っていたのだが……」
食事をする研一の姿に不思議そうに首を傾げるサーラ達だが、それも仕方ない事だろう。
というのも、研一が夢中で食べているのはパッと見た感じでは生の牛肉を切っただけにしか見えない物体だ。
塩と胡椒のような物こそ掛けられているものの、付け合わせもなければソースもない。
皿の上に少し厚めに切られた生肉が、まるで刺身のように乗っているようにしか見えない物体なのだが――
(そうだよなあ。あんな炎があるんだから料理にだって使うよなあ……)
それは生肉ではなく清めの炎で焼かれた肉であった。
皮膚に火傷の一つも負わせる事無く身体を清潔に出来る炎で焼かれた肉は、生肉と変わらない瑞々しさを持ちながら、噛み締める度に熱された脂のような旨みがステーキのように口の中へと溢れ出す。
――それらをクドく感じさず、それでいて素材の旨みを掻き消さないように加えられている塩と胡椒の加減も絶妙であった。
あえて無理に近い味わいの食べ物を上げるならばローストビーフだろうが、あくまで近いだけで、この味わいを伝えるには物足りない。
生でありながら焼かれた肉でもある。
その二つの矛盾した要素を兼ね備えた肉料理など地球にはないのだから。
(城で出されていた料理より、こっちの方が俺には合ってる)
おそらく傲慢な救世主に文句を言われないように工夫された高級な物を出してくれていたのだろうが、下手に凝った料理だと日本で食べていた物の方が口に合って美味しく感じた。
けれど肉の美味しさを純粋に味わおうとすれば、これ以上の物は地球上では味わう事は出来ないと思える程の美味であった。
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