第8話 魔人の落とし子
「ん、あの子は――」
二人に訝しそうな目で見られている事にも気付かないくらい、日本との違いや肉の旨みに思いを馳せていた研一であったが、そこで顔を上げた瞬間、気になるモノが目に入った。
それは厨房と思しき場所で、手から炎を出して料理の補助をしている小さな男の子の姿だ。
「何か気になる事でもありましたか?」
「魔法使う奴って露出が多い方がいいんだろ? それに男は魔法あんまり使えないって聞いてたんだけど……」
厨房で炎を操ってフライパンのような調理器具を熱している男の子は、顔くらいしか露出が見当たらない。
サーラから聞いた話だと、それでは無駄に消耗が激しくなるという事だが、子どもを無駄に疲れさせようとでもしているのだとすれば、あまり気分の良い事ではない。
「……ああ、魔人の落とし子ですか。そういえば救世主様の世界には魔物も魔族も居られないのでしたね」
「魔人の落とし子? 魔物に魔族?」
オウム返しに訊ねる研一にサーラは説明していく。
何らかの理由で魔力を持ち異常発達した獣の事を魔物と呼ぶのだが、それとは別に明確に知能を持ち人に害を為す者達の事を魔族と呼んでいるらしく、どうやら研一が倒さなければならない魔王とは、この魔族達の王という事らしい。
(ああ、道理で何か魔物退治に励めとか言って外に連れ回されない訳だ)
要するに自分は魔族との戦争の為の秘密兵器のようなものであり、無駄に魔物退治やら小競り合いに出して手の内を明かしてやる意味などない。
必要になる時までは牙を研ぎ、いざという時の為にでも城内で待機している事の方が望ましいくらいなのだろう。
(戦争なら大量に倒せる機会あるだろうし、下手な事せずにそれまではスキルの強化に専念した方が功績は稼げるとして――)
その辺りの話はそこで一旦終わりにして。
魔人の落とし子。
いわゆる人間と魔族の混血の話に移るのだが――
(……色んな意味で胸糞の悪くなる話だな)
常識的に考えて人類を滅ぼそうとしている魔族との間に、子を成そうとする者など居ない。
大半が魔族に無理やり孕まされて生まれてくる者の事だ。
そうして生まれた子は、労働力として街に飼われて生きていく事になる。
人に危害を加えれば己の命を奪われるという魔法陣を、生まれた瞬間に刻まれて。
――だからこそ人より遥かに強い魔力を持ちながら、反乱を起こす事も無く労働力に甘んじているのだろう。
(……本当、胸糞が悪い話だ)
生まれてくる子どもには何の罪もないだろうなんて青臭い事を言おうにも、そういう訳にはいかない事情がある。
何故なら罪がないとは言えないからだ。
赤子とはいえ魔族が潜在的に持つ力は凶悪にして膨大であり、基本的に母体となる人間は耐えられない。
かといって魔族の子だって宿ってしまった以上は、この世に生まれたがる。
自我と言えるような知性が芽生える前でも、生存本能が無駄死にする事を許さない。
だから自分が生まれるまでの間は必死で母体を生かし、この世に生まれ出る時に母体の生命力全てを吸い尽くして生まれてくるのだそうだ。
――無意識に回復魔法でも使っているのか、子を産み落とすまでは母体は多少の傷なら回復するらしく自殺する事も難しく、どうしても死にたいなら誰か別の人に殺してもらうか、死ぬまで何度でも自殺を続けるしかないらしい。
(そうして生まれた子を殺さず死ぬまで奴隷のように扱うのが、この国の人間に出来る最大限の譲歩か……)
いくら赤子本人に悪意や敵意がないとはいえ、それで許せるようなものでもない。
ましてや憎き魔族の子なのだ。
殺す事も拷問もせず、生かしてるだけ温情と言えるのかもしれなかった。
(それでも、やるせなく思うのは平和ボケし過ぎてるんだろうな……)
事情を聞かされても、人間にしか見えない子どもが生まれた瞬間から奴隷として生きる事を決められていると思うと不憫に感じてしまう。
そんな扱いになるのも仕方ないだなんて頭では思っているのに。
「この国の人間は野蛮だとか心が狭いだのと言うのかと思いましたが、何も仰らないのですね」
やるせなさを伴った怒りを、自棄食いでもするように肉に齧り付いて解消していた研一に、サーラから声が掛かる。
「てめぇの罪悪感とか無力感を俺に押し付けるのは止めてくれるか? いい迷惑だ」
きっとサーラも似たような無力感のようなモノを感じているのかもしれない。
だからこそ、この世界の外から来た部外者である研一に罵倒でもされたがったみたいだが、わざわざそれに乗ってやるような気分ではなかった。
「貴方は、その――」
「あ? なんだよ?」
「い、いえ。何でもありません」
何か言いたげなサーラに言いたい事があるなら言えと促すつもりで言葉を返したのだが、どうやら文句でもあるのかという方向に受け取られたらしい。
少し何を言いたかったのかは気になるものの、それでも改めて聞き出したい程でもない。
(魔人の落とし子、か……)
それよりも今は労働力という名の奴隷扱いの子ども達が気になる。
ただ話を聞いただけの部外者でない自分が触れるのはどうかと思うものの――
逆を言えば、だからこそ自分が訳知り顔で好き勝手に引っ掻き回せば、間違いなく国中の人間に憎まれ恨まれる事だろう。
「…………」
数秒、僅かに目を閉じて。
「救世主様? 何かありましたか?」
「別に。ちょっと面白い事を思い付いただけさ」
研一は覚悟を決める。
どうせ恨まれる道を選ぶなら、それが正しいかどうかとか全て置いといて、この件に首を突っ込もう、と。
少なくとも恨まれる為だけに無理やり悪事を働いていくよりは、その方が気分は幾分マシだと自分に言い聞かせて。
それに――
(どうせこの手の問題には、もっと禄でもない闇があるものだしな……)
労働力として扱うものの不当な虐待や搾取は禁止しているそうだが、それが完璧に守られているなんて信じられない。
抵抗出来ない立場の相手に、どこまでも残酷で利己的になれる人間が居るのは世界が変わったところで変わりやしない筈。
酷く渇いた笑みを口に浮かべつつ、研一は今後の方針を固めるのであった。
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