突き抜けろ曇天、くたばれ東京

たけのこ

第1話

曇りの街、東京。

少しの陽も降らず、上も下も灰色の世界、東京。

金、性欲、承認欲求に満ち溢れた場所、東京。

その見てくれこそ立派に取り繕っているが、根腐れしドブネズミが行き交う街を私は歩く。

ピンク色に染めた長い髪を揺らしながら歩く。

魔法少女のようなフリフリの白とピンクのドレスを着て歩く。

身体のあちこちにピアスを付け歩く。

無関心な人間どもと視界をカメラレンズに奪われた脳無しども、日本の安い文化と安い女を買い漁るガイジンどもの群れの中を歩く。


どうして私はこんなバカなことをしているのだろうか。

世間の人々は口を揃えてこう言う。

どうして、そんな場所にこだわるの?

そこから離れるだけで、人並みの幸せは手に入れられるのに。

一発当てて有名になりたいの?

色んな人がたくさんいて自分のマイノリティが許される気がするから?

見栄を張るだけで他人を見下せる場所だから執着しているの?


ふざけるな。

お前らの贋作塗れの脳味噌から生まれた他人を貶すための薄っぺらい言葉で私を語ろうとするな。

私は死んでいった友らのために、この場所に弔いの火を灯さなければならないのだ。


ああ、彼女らの存在は今でも鮮明に脳裏に焼き付いている。


朝方の街中で酔い潰れたところを介抱し知り合った、髪をピンク色に染め地雷系ファッションに身を包んだホス狂の一人目の友達は多額の借金を抱え、推しのホストに見放され、風呂場で手首を切り自殺した。

何故か。

彼女が何もない空っぽの人間だったからだ。

そのような人間は往々にして、虚構の地位や名声で身を固めたロクデナシどもに媚を売る。

そして、唯一手元にある自身の身体を用い得た金を使い、私はあの素晴らしい人を支えている、あの皆の憧れの的の人に想われていると誇るのだ。

しかし、その行為はクズにとって虚構とエゴを肥大化させるものに過ぎず、残るものはほんの一瞬の安らぎと大きさを増し距離を詰めてくる現実という名の苦痛である。

もう後戻りはできない。

汚れた身体と擦り減った心。

どれだけ清潔になろうともクズどもの性欲が染み付き、醜い記憶が自分をじりじり追い詰めていく。

東京で生きていくためには見栄がなければならない、嘘を着飾らなければならない。

彼女また、東京の毒に侵された女だった。

人として、何も持ってなくとも生きていい、この世界はただ在るだけ、貴女もただ、そこにあればいいと声を掛ければ、その命を救うことはできたのだろうか。


ネットで知り合った二人目の友達はブラック企業に勤めるコスプレ好きの女だった。

夜遅くまで働き、自宅では障害を持つ母親を介護し、念願の自由な時間に思い切りオタ活を楽しむ彼女は立派な人間に見えたが、その実、ただの弱者だったのだ。

仕事を辞める勇気も、母を見捨てる勇気もなかった彼女は日々疲弊し精神を病み、現実逃避するだけの毎日を過ごしていた。

彼女にとって、金は自由を奪う命綱であった。

世間体を第一に考える思考はDNAに刻まれた呪いであった。

そんな生活の中で、どれだけ自分の人生を正当化しようと、どれだけ慰めの言葉を享受しようと、ひび割れた心が元に戻ることはなかった。

逃げればいい、私は何度も彼女にそう伝えた。

こんなクソの掃き溜めで、命を削ってまで見てくれだけの東京ブランドにこだわらなくていいと、精一杯、伝えたつもりだった。

でも、日本の教育と社会で過ごした時間のせいで、彼女は自分の足で歩く方法を忘れていたのだ。

そのまま、暗い感情に従い足を動かした彼女は、コスプレ姿で駅のホームから飛び降りた。

会社の人間に押し潰されたのなら、そいつを殺せばいい。

産みの親が人生を邪魔するなら殺せばいい。

あなたが死ぬに足りる理由など、この世界のどこを探しても有りはしないのに。


三人目の友達は偶々訪れたバーで知り合った、あちこちにピアスを開け刺青をした細身の女性だった。

彼女は初対面の私に自らが性依存症であることを語った。

今まで何人もの男と関係を持ち、何度も性病にかかり、何度も違法な薬に手を出したと。

何故、そんな悍ましいことができるのかと訊けば、ただ、その時だけは全てを忘れられると。

相手は誰でもいいのかと問えば、人間なんて一皮剥けば皆同じ肉の塊だと。

私は、本質を見つめ平然と生きる彼女を羨ましいと思った。

何故、そう思ってしまったのだろう。

そんな生活は若さを失えば破綻すると、薬物に手を出してまともに生きていけるはずもないと誰でもわかるはずなのに。

いや、むしろ、人の顔色を窺い世間体と自分の欲の間を綱渡して生きているつまらない人間より、他人の目を気にせず破滅へ向かう姿が美しく映ったのかもしれない。

しかし、化けの皮が剥がれるのは容易いことで。

私は彼女が男に媚を売る姿を見てしまったのだ。

彼女は自分のために男を適当に選んでいると言った。

それは嘘で、彼女はただの男の性処理の道具だったのだ。

自分を貫く訳でなく、現実逃避のため、孤独に耐えられないために道を違え、格好つけて自分を正当化する、そんなどこにでもいる女だった。

それなら、そんな理由なら、まともな人間一人と付き合えばいい、その口から出かけた言葉を飲み込む。

彼女はそれ以降、姿を消してしまったのだから。


それでも、共に過ごした時間は短いけれど、激しい吹雪の中で身を寄せ合い暖をとるように命を繋いだ仲だった。

こんな、常に下水の臭いが漂う薄汚い場所で死なずともよかったのに。

さっさと逃げて意地汚くとも生き延びればよかったのに。

人間は環境によって形成されるのは自明の理なのだから、自ら死を選ばなければならないのなら、間違っているのは世の中だから、責任転嫁しながら生きていればよかったのに。

その言葉はもう、誰にも届かない。


それもこれも、こんな場所があるからだ。

だから私は今から、あの東京スカイツリーをへし折りに行く。

あの、東京の見栄を象徴する、天狗の鼻を。

そうしなければ、皆、苦しむ。

分不相応な夢を見て苦しむ。

ただ、普通に生きることに耐えられず苦しむ。

あの、一部の特権階級が築いた栄華に惑わされ苦しむ。

あれは羽虫を招く電灯だ。

あれに引き寄せられ、皆で羽ばたき踊り、翌日には死んでいくのだ。


草むらで生きていこうじゃないか。

自分の足で歩いていこうじゃないか。

四肢への血液が滞り、壊死し、切断しダルマになった日本のようになるのは御免だろう。

自立することができずに雛鳥のように他者に依存し都合のいいように使われるだけの存在になってしまいたくはないだろう。


構わない。

教室の隅で、ものづくりや創作に励むだけの陰キャに戻ってもいい。

日本のように、派手に輝く諸外国に足並みを揃え歪みを生んでしまうような馬鹿な選択をしてはいけない。

老害どもが残した、その歪みを私たちが清算する必要もない。

多様性や貧しさ、自己責任、同調圧力に押し潰され、死を選ばずとも良い。


私たちは、ただ在るのだ。

そこの、痛みに顔を歪めるお前も、わかっているだろう。

悪行を働き間接的に多くの人を殺すクズでさえ、天罰もなく為政者として私腹を肥やしてヘラヘラした笑顔を浮かべることができる世界なのだ。

お前も好きにやればいい。

逃げたいのなら逃げればいい。

ぶち壊したいのなら壊せばいい。


そうすれば、違う明日が生まれる。

苦しんでも悲しんでも違う明日がある世界を取り戻すのだ。



目の前に聳え立つは東京スカイツリー。

なんということはない、ただの鉄の塊。

巨大な割に電波を飛ばしピカピカ光ることしか能がない役立たず。

空に伸びているのに、この曇天を晴らすことすらできない木偶の坊。

そんなものに嬉々として群がり耳障りな甲高い声を上げる猿たち。


誰がこんな世の中にした。

悲しみ死に逝く人々がいる世界のすぐそばで、生まれ持った環境に恵まれ醜く他者を貪るクズどもが笑う世界に誰がした。

いつから人は他者への追悼を忘れた。

いつから人は熱を失った。


ああ、東京、全て、お前のせいだ。

お前は人間のエゴが生み出した負の遺産だ。

お前は誇りを持ち他者を救うために生まれた存在ではなく、いかに人から金と活力を搾取するかと考えられ生み出された化け物だ。

今やお前は全国に根を張っている。

甘い蜜で若い肉を誘い食い散らかすのだ。

お前の罪は、死、以外では償えない。


ならば、潔くやり直すのだ。

早ければ早いほど痛みは少なく済む。


もう一度、やり直すのだ。


手に握る玩具の魔法のステッキを手に魔法を唱える。


「デストロイビィイーーーーーッム!!」


私の魔法、全てを破壊する光線が東京スカイツリーを包み、次の瞬間、大爆発した。


ああ、天まで届く爆風が分厚い雲を割っていく。

人々の叫び声が、死んでいった者たちへの鎮魂歌となる。


素敵だ。


リアルを曇らす正常性バイアスの霧が晴れていく。

私たち一人一人が人間の醜いサガから目を逸らした代償を鮮明に知らしめていく。


そうだ、空は晴れたのだ。

家畜の平和を貪っている暇はない。

お前たちの本当の気持ちをぶちまけろ。

短い一生を、自分の人生は正しかったと正当化し言い訳するためだけに浪費するな。

寿命が短い人間に対して、それを証明したところでクソの役にも立たない。

その気になれば私たちは何でもできる。

学校や職場に向かう足の方向を1度変えるだけで、全く別の世界へ行ける、目の前に新しい世界が広がる。


お前に見えるだろう。

東京の見栄が今、崩れ落ちた。

当たり障りのない心地のいい電波を飛ばす塔が消え去ったのだ。


お前の人生はお前のもので、お前の意思はお前の頭と心から生まれる。


聞こえているか。

私たちは間違いなく、今を生きているのだ。



ピピピピピという目覚ましの音で目覚める。

いい夢を見ていた。

仇討ち世界を救う青い夢だ。


しかし、目覚めた後の現実はどこまでも灰色で。

私一人ではどこまでも無力で。

家畜の平和を貪り、情熱を酒で冷ますお前たちが立ち上がれば世界は変わるのに。


皆の力で東京をぶっ壊す!


なんてね。

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