第3話 救急病棟の孤独なジャンヌダルク
【中庭の奥】
柔らかい風は、季節が秋に向かっていることを教えてくれる。そんなことに思いを馳せるくらいは、斉藤先生の次の言葉までの間が開いていた。
斉藤「この病院に配属になってすぐ、私は律子くんに出会いました。同期なんですよ。医師と看護師なんで年齢は離れますが」
……へ?
「ちょっと待って!そこから話しはじめるの!?」
斉藤「…なにか問題が?」
「アラフォーなんだぜ?俺たちみんな…律っちゃんだってさ。まさか今から20年近くの人生を語る気なの?」
斉藤「そうですが」
「あなた仕事は!?斉藤副医局長殿!」
斉藤「ご安心ください。午後は非番です」
はい?
「じゃあなんで未だに白衣着てるの!?」
斉藤「この白衣は、そのほうが貴方が油断して付き合ってくれるかな…と思ったので」
俺対策で非番のくせに白衣で散歩誘ったのかよ。
「非番の医者が白衣着てうろつくって…自由な病院ですね!そもそも貴重な非番なんだから、さっさと家に帰って家族サービスでもしたら良いんじゃないですか?」
斉藤「よけいなお世話です。私は独身なんで家族サービスとは無縁です」
「へ~、彩さんは?」
斉藤「……」
「斉藤彩さん…お二人の纏う空気はまさしく夫婦、と見えたのですが…俺の勘違いですか?」
斉藤「惜しいです。元夫婦なんですよ」
「……」
斉藤「でも…未だに夫婦の空気が纏わりついていますか…もう7年以上なんですけどね…別れて」
「彩さんは別れても未だに夫婦姓を使い続けてるんですね。それにしても良く同じ医局に一緒にい続けられますね」
斉藤「さんざん話し合っての円満離婚…周囲に対しての説明はですけどね…もっとも代わりに律子くんが気を使って内科病棟に移ってしまった」
「…なんかキナ臭い話になってきているんですが…あんたらの本当の離婚理由って、あんたと律っちゃんの不倫ですか?」
斉藤「…端から見たらそうなるのかな…そんな単純な話じゃないんですけどね」
斉藤「最初はね、律子くんとは本当に相棒っていうか親友っていうか、新米の外科医と新米の手術室付き看護師が切磋琢磨って言うにはなんかお互いを罵り合いながらやってきたんですよね」
(画像)
https://kakuyomu.jp/users/kansou001/news/16818093079834560150
斉藤「律子くん、美人だしスタイルも良くて人気者だったんだけどあの性格だから、一緒に仕事してると、とっても恋愛沙汰になんかなりようがないと言うか…そんな関係にしちゃうには勿体ないくらい面白い付き合いだったんですよ」
「…それ、なんか分かります」
俺の頭の中に「鶴姫」とか呼ばれていた美少女顔の社員が浮かんで消えていった。
(画像)
https://kakuyomu.jp/users/kansou001/news/16818093079506513211
斉藤「彩とは結構早く結婚しましてね…それでも予定手術が難手術の場合は、器械出しの律子くんと私で夜中までシミュレーションしたりして…彩には冗談ぽくあなたたち怪しい!とか言われたりして…でもあの頃は幸せだったんです」
「……」
斉藤「バランスが崩れたのは…頑張が入局してきてからでしたね」
「律っちゃんの死んじゃった旦那さんですね」
斉藤「今考えるとあっという間ですよ。頼りないのが入ってきたなとか思ってたら、律子くんがあの性格だから手取り足取り一生懸命指導をはじめて…頑張の野郎、かっさらうように律子くんと付き合いはじめて。また律子くんが明け透けだから、あいつとは身体の相性が良い!とか酔っ払ったときに報告してくるし」
「へ~旦那とは身体の相性良かったんだ…妬けるな~(棒読み)」
処女結婚とか言ってたな律っちゃん。ちくしょう!今度、寸止め地獄にしてそのセ⚪クス徹底的に聞き出してやる!
斉藤「なんだろう?野郎の親友を後から出来た彼女に取られたような不思議な感覚?なんかモヤモヤしてましたね。でもある時、彩に決定的なことを言われたんですよ…あなた本当は律子さんが好きなのよ…って。はじめて自分の本当の気持ちに気がついた瞬間でしたね。そこからはうちの夫婦仲までおかしくなってしまって」
「でも…頑張さんは、亡くなった…」
斉藤「逝くのもあっという間だったんですよ。二人の同居入籍から1ヶ月くらい。非番のあいつが、どうにも胃が痛いって言ってきて、検索入院したら三日後には…もう手の施しようもなく」
「そんなに早かったのですか」
斉藤「あいつなんだかんだで良い奴で好かれてましてね。あまりに急激だったんで誰もが頭の中を整理出来ない。律子くんだけがガムシャラに働きはじめて…危ういんだけど誰も止められなくて。そんなときにあの事件が起こった。八◯子多重玉突き事故とデパート火災の複合災害」
それは聞いたことがある。有名な西東京地区屈指の複合災害。ただ、当時渋谷勤務の俺には別の世界の出来事だったけど。
斉藤「あの時救急対応の中心になっていたのがうちの病院でしてね。医者もスタッフも全員非番そっちのけで集まったけど人手不足。何せ救急病棟と本館の受付ロビーが臨時のドナー収容所になって人が溢れていた」
「地獄ですね」
斉藤「最後の手段…と言って良いのでしょうね。当時の医長はついにトリアージを命じました」
「トリアージってなんですか?」
斉藤「命の選択ですよ」
「……」
斉藤「今、生きている命に対して、重症度を加味して助ける命と諦める命を取捨選択するのです。それを受け持たされたのが、当時、外科看護師のエースだった律子くん」
「なんだそれは!一介の看護師がやる仕事じゃないよ!」
斉藤「そもそも看護師のやる仕事ではありません。表向きは若くてとても救命の役に立たないひよっこ医師がメイン。でも現場の人間は分かっていた。実際の選択を行っていたのは、その横にいる律子くんだってことを。少しでも腕のある医師は治療に専念させる…妙手であり英断…そして彼女は任務を完璧にこなした」
「……」
斉藤「あの時は、事故の規模としては奇跡のような救命率。世間は誉め称えてくれた。死亡した患者の関係者の方だって異を唱えた方なんて一人も出なかったんです。でも彼女は深く傷ついた。自分は人殺しだ…って」
「……」
斉藤「あの日私は、そんな彼女を飲みに誘った。少しでも彼女の心の負担を軽くしてあげたかった。彼女は笑って、飲み比べ勝負に応じてくれるなら行くって言ってくれた。彼女は実はお酒強くて、飲み比べなんかやったら先に潰れるのは私。でもその時は何故か彼女が潰れた」
「…律っちゃん…」
斉藤「潰れた彼女を部屋に送り届けるだけのつもりだったんです。部屋には、未だに頑張の匂いが色濃く残っていて、彼女は朦朧とした意識の中、泣きながら抱きついてきた…やすひろさん!助けて!…って」
「……」
斉藤「抱くしかないと思った。離婚協議中の彩の顔が浮かんだけど一瞬だった。それで全てを失ったとしても構わないと思った。秋山さんに聞きたい。秋山さんだってそうなったら…彼女を抱きますよね?」
「斉藤先生舐めてますか?そのシチュエーションなら彼女が潰れてなくなって抱く。死んじまった腐れ旦那から、彼女を奪い去る気で抱きます……まさかと思いますが、先生へたれて抱かなかったんですか!?」
斉藤「律子くんは、右の乳首より左のほうが感じる。特に下から舐めあげると悶絶する。また彼女のGスポットは人より柔らかい。指を押し付けるだけで何度も逝き続ける」
「…ちょっと待った!その情報って、今、いらないよね?もしかして喧嘩売ってるんですか!?」
斉藤「あなたが挑発するからです。その日からしばらく続いたんですよ。私と彼女との身体の関係」
「ちっ!!」
斉藤「ふふっ、溜飲が下がりますね。でもね、あの時はそれが正解だったと今でも思ってます。そうしなかったら彼女は…」
「くっそ~ありがとうございますっ!!」
斉藤「頑張の施した律子くんへの身体の開発って確かだったんでしょうね。彼女はね、いつも彩なんか及びもつかないくらい可愛く私の腕の中で逝き続けるんですよ。でも、ことが終わるといつも言うんです。泣きながらやすひろさんごめんなさいごめんなさいってね。だから言ってしまった、今だけはやすひろが戻ってきたと思えって」
「…何言ってるんすか、あほかあんた!」
斉藤「…終わりは呆気なかった。彩がね、渋っていた離婚協議に突然応じてきましてね…言われたんです…律子さんと幸せになってって。そして彩との離婚が成立したその日でした。今度は律子くんに言われたんです…仮のやすひろさん…今までありがとうって。」
斉藤「もう大丈夫だからって。そうして彼女は二度と私に身体を許すことはなくなって、彼女は内科に移っていった…きっと私は間違えたんでしょう?秋山さん」
「そうですね間違ってますね…やすひろさんごめんなさい…か。私も言われましたよ…何度もね。頭に来たから言われるたんびに彼女をさんざん逝かせまくりましたね。もう律っちゃんが…頭がおかしくなるから許して!…って泣き叫ぶまでね」
斉藤「ははっ(笑)凄いですね、秋山さん」
「凄くなんかない。死んだ奴になんか彼女を任せられない。大体それから7年ですよね。あんた今まで何やってたんですか!」
斉藤「不思議なバランスが出来ていたんです。私と律子くんだけじゃない、彩や他のみんなや。まるでそこだけ時間が止まっているみたいにね」
「そこに私という異物が入ったのですね。分かりました!オッケーです。律っちゃんは私に任せてください!」
斉藤「痛み入りますね。ははっ、あなたとはやっぱり相容れない。そうだ!今度夜中に忍んで腹の中の結束をどこか外しておきますね。大丈夫、楽には死ねませんよ~」
「それが医者の言うことですか!本気で怖いんだけど!」
「これで話は終わりですか?」
斉藤「終わるわけないでしょ?」
「へ?」
斉藤「秋山さん、律子くんは毎晩消灯時間になると、あなたのところに忍んでくる。そうですね?」
「…ええ、外科の若い看護師さんの信頼が一気に得られたとかで。夜忍び込む障害が無くなった~とか言ってますね」
斉藤「しかも消灯に紛れて朝まで淫らなことをやっていると」
「…ええ、外科の若い看護師さんの信頼が一気に得られたとかで。これで私たちを止めるものは無い~とか言ってますね」
斉藤「秋山さんらしくもない。そんな噂が律子くんの立場を悪くするとは考えないのですか?」
「…少し考えてはいたんですけどね」
斉藤「では!」
「でも…彼女もうすぐ…ここ辞めちゃうから」
斉藤「はあっ!?」
「約束したんですよ。俺の身体が落ち着いたら、一緒に俺の田舎に来て欲しいって…母方の田舎が福島なんです。俺…もうサラリーマンの激務なんか無理だから」
斉藤「…なるほど、話しはそこまで進んでいたのですね…秋山さん律子くんとの淫行ここまでです!」
「はあ、大きなお世話な気がしますが…なにするおつもりですか?」
斉藤「今日、私は律子くんをあなたの緊急手術のお礼で食事に誘ってます。もうすぐ約束の時間です」
「……」
斉藤「そこで私は、想いの全てを彼女にぶつけて求婚します。必ず墜としてみせます!」
「……」
斉藤「私も独身。まさか異は唱えませんよね」
「……しゃくだけど唱えられないよ…」
斉藤「あ…余計なチャチャは嫌なので、今頃、彩があなたの携帯を持ち出してますが悪く思わないように」
「な!思いますよ!そこまでしたら犯罪ですよね!」
斉藤「明日の朝には律子くんは解放しますので、結果は彼女から聞いていただくとして…今日は悶々と過ごしてください」
「いや!それ本当…私への嫌がらせですよね。せめて携帯電話返せ!!」
斉藤「まあまあ、あなたと私の仲ってことで」
「ふざけんなどういう仲だ!」
斉藤「私たちは…この世に二人の穴兄弟じゃないですか」
「死ね!!」
全くふざけた話だ!
…なんだけど、斉藤先生の気持ちみたいなのもなんとなく伝わって来ててね。
止められなかった。
…でもね、やっぱり何としても止めるべきだったのかも知れない…
この日、消灯時間が過ぎても…律っちゃんは来なかったんだ。
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