第2話 命の恩人 そして…恋敵?登場

(外科病室入院初日)


沙織「秋山先輩、キリキリ吐いてください!みっちゃんのひとみさん事件って何ですか!?」


外科病棟への入院の初日、悪友の三月(みつき)は車を出して荷物ごと俺を送ってくれた。

速見(速見は旧姓、現、桂木沙織。昔の部下で三月の奥さん)は、独身の俺のためにわざわざ部屋にきて、長期入院のための準備までやってくれて。


初めての大手術…正直、不安が顔に出ているだろう俺に気を使ってくれる二人には、感謝しか無い…筈だったんだけど(汗)。


沙織「田仲と国見がゲロりました。名前を出しただけで、みっちゃんが情報隠蔽に狂走するという情報…美味しい…おいしすぎます!!」

三月「秋男、分かってるとは思うけど、お前があれ漏らしたら、俺は、お前の高輪御殿山事件をカウンターするぞ。そしたら…そしたら、お互い焼け野原で…何も残らなくなるぞ!!」

沙織「何それ知らない!…秋山先輩話してくれないなら、地味に強烈な、本社の受付せっちゃん相手のトンビに油揚げ事件をみっちゃんに」

三月「何それ知らない!すげ~面白そう!」

「だ~~~っ!!ふざけんなてめえら!人の病室で夫婦喧嘩やってんじゃねえ!帰れ!」


こ、こいつら、アラフォーのくせに、高校生みたいに…


三月・沙織「は~~~い」


スゴスゴと肩を落とすふりをしながら帰り支度を始める二人。本当にムカつくほど息ぴったりだなあ!


三月「あ!そうそう、この間一緒にツーリング行ったっていう白衣の天使様、今度紹介しろよな!じゃあな!」

沙織「お大事に~」


あのなあ…三月くん速見くん!

さっきまでお互いを一撃で誅殺しそうな秘匿情報のチラ見せを目の前で展開しておいて、良くそんなこと頼めるな。


危なくてお前らなんかに紹介出来るかよ!


俺は改めて、律っちゃんをこの二人には、出ッきる限り引き合わせないことを心に誓った。


【外科病室手術まであと数日】


律っちゃんが来ない。

律っちゃんはもう俺の病室には来てくれなかった。

今となってはあの夜は夢だったのかと。


嘘です。夢じゃない証がひっきりなしに来ます。

(この時代、ガラケーは既に普及済み)

律っちゃんからはさんざんのメールが本当にひっきりなしに(汗)。


「会いたい!」

「会えない~(涙)」


とか


「外科病棟行けるよう何とか先生を通して工作中!」

「阻止された(涙)悔しい~」


とか(汗)

挙げ句は


「身体がうずくよう!」

「秋山さん私の身体に何したのよ!」

「夜、毎日、さわっちゃうよう」

「責任取ってよ~」


とか(涙)。


だんだんメールが切羽詰まってきて、ちょっと不味いのでは…と心配になっていた。

そんなことを考えていたときだった。


(ガラッ!)


「秋山さん…」


そこにはいつものバイク用のレザー上下に身を包んだ彼女が…やっとの思いで手に入れた非番を利用して来たらしい。


正直…驚いた!別人かと思った。


彼女は本当に白衣の天使。清潔に纏めたセミロング、いたずらっぽい瞳、整った顔立ちはまさに清楚美人なんだけどその笑顔は優しく庶民的。

院内には彼女のファンが多いって話したと思うけど、それは小さな子供からご老人まで幅広くてね。

本当に彼女の柔らかい笑顔は、みんなを優しく安心させてくれるんだ。


それが…


彼女のレザーファッションだって、見るの初めてじゃない…のに…何でこんなにフェロモンただ漏れでセクシーなんだ!?

彼女は典型的な「脱いだら凄いんです」系なんだけど、白衣の清楚さにギリギリ隠れていた筈。それがもう茶系のレザーと相まって

「(まじで峰不二子だよ…)」



「な、なあ律っちゃん…この頃、結構ナンパされてない?」

律子「されてます…患者さんだけでなく先生方まで…正直、仕事に支障をきたしてます。秋山さん、本当、私の身体に何したんですか!?」

「納得だよなあ…ち、ちょっと!あんまり動かないでよ…あっさりと出ちゃうよ」

律子「だって…」


彼女は着いて早々、俺の上に股がってきた。


いや、服はそのままだよ。レザーパンツに隠されたあそこを彼女はぐいぐいと俺のパジャマ越しに押し付けて来てるんだ。


「本当はね…あなたの不安が少しでも解消出来るように色々仕入れて来たんだ。手術のこと。ICUのこと。その後のリハビリ。人工肛門のことも再建術のことも、あなたの質問に何でも答えられるように。でも、でもね…」


彼女は、いつもならくるくると表情を変える筈の可愛いつぶらな瞳に涙を浮かべていて。


律子「慰めて…お願い」

「……」

律子「お願い…あなたの顔を見たら、もう待てない」


俺は彼女を抱き寄せ、つんとした優しいキスを。

つん…ずる…ずるるる。

優しいフレンチはあっという間に終わり…


「ん……んっ!」


俺たちは互いの唇を貪るように…


(ガラッ!!)


?「秋山さ~ん、検温で~す」


うん、ありがちだよね…漫画かよ!!




看護師「秋山さ~ん、検温で~す」

「……」

律子「……」

看護師「秋山さ~ん、検温で~す」

律子「……」

「あの…少し待っては…」

看護師「秋山さん、検温と申しました!」

「はい…」



「ごめんなさい…」律っちゃんは顔を真っ赤にして出て行った。一週間ぶりの生の律っちゃんが(涙)


看護師「はい、検温終了です。なにか変わったことは?」

「なあ…こんなのさあ、若めの男女の個室入院患者だったら結構遭遇するだろ?」

看護師「そうですね、比較的」

「ちょっと、見て見ぬふりをしてくれれば…」

看護師「出来ませんよ、相手が職員じゃ」

「いや…彼女非番だよ?だったら…」

看護師「非番でもです!話がそれだけなら私はこれで」

「はい…」


律っちゃんとの対比で悪いが、年頃はほぼ律っちゃんと同じ。美人さんなんだけど、やや冷たい雰囲気の彼女が離れていく。


看護師「(直人さんのことはどうするつもりなのよ?律子さん…)」

「(?…直人さんって!?)」


(ガラッ…バタン!)


最後に特大の爆弾を落としていった彼女の名前は「斉藤彩」…と名札が教えてくれていた。


「直人さんか…」


誰もいなくなった病室で一人考える。

一見、亡くなった彼女の旦那さんだと思うだろ?でも、旦那さんは「やすひろ」さんな筈なんだ。


だって、この間の逢瀬で、感極まった彼女が「やすひろさん、ごめんなさい…ごめんなさいっ」って何度も言うんだ。

正直、嫉妬でめちゃくちゃ頭に来たから、言われるたんびに律っちゃんの脳みそが溶けるくらいまで逝かせまくってやったんだけど。


彼女にはもう一人の恋人がいる?

「直人さん」というのが旦那さんの名前で「やすひろ」は別の男の名前?


わからない、俺は彼女を知らなすぎる。


普段なら、三月か国見に電話すれば少なくとも旦那さんの名前くらいは一発で調べて貰えそうなんだけど今回ばっかしはちょっと頼み難いし、何より俺の手術は明後日。


「さっきはごめんなさ~い」と入ってきた律っちゃんのメールにも俺はなかなか返信を返せずにいた。


それから手術まではバタバタと。


「術後、ICUにはお見舞いに行けそうです」というのが、手術前の彼女との最後のやり取りとなった。


【手術後ICU(集中治療室)】


痛い…術後ってこんなに痛いんだ。

朦朧とした意識でずっと痛みに耐えていた。

見回りに来た医者や看護師に何度も伝えている。だけど改善しなくて。


律子「秋山さん!お加減…ええっ!?」

「律っちゃん…痛いよ…」

律子「そ…そんな…」


能面のような表情になった彼女が、計器をみていたかと思うと


律子「秋山さん、痛いのはどこ!?」

「背中」

律子「…どんな痛み?ず~ん?ズキンズキン?」

「何か鼓動みたいにズキンズキン…」


律子「…佐々木さん!彩を至急呼んできて!」

決然と彼女が叫ぶ。

看護師「な!何であなたの命令で…」

律子「エマージェンシーモード…尋木先生よ!大至急!!」

看護師「たずの…イ、イエス・マム!!」


バタバタと飛び出す彼女を尻目に律っちゃんは院内電話に取りつく。


「もしもし?斉藤先生?…久しぶりじゃないわよ!至急ICU!エマージェンシー尋木先生よ!」


あっという間に彩さんといういつもの看護師さんと背の高い細身の医者がやって来た。


律子「あなたバカなの!?このレベルのオペをひよっこの石井にやらせるなんて!」

医師「私が指導医についた。誰だって最初はひよっこだった。私も君も…」

律子「…時間がないわ!これ血圧データ、それと痛みかた、顔色、ドレーン血色!!」

医師「し、しかしこの色、静脈血色では?」

律子「それで昔、一緒に痛い目にあったじゃない!忘れてしまったの!?」


律っちゃんが悲しげに叫んでいる。


律子「この術式でこのドレーン位置、血の色は体液で薄まる。あなただけはそれを忘れないと思っていたのに…あなたオペの最後は指導から離れたのね!!」

医師「……」

律子「動脈出血だったら、命にかかわる!一刻の猶予も無いのよ!?」


医師「患者さん家族への再手術の説明は?」

律子「いらない!この人については私が全責任を持ちます!」

彩「律子さん…あなた…」

律子「直人さん、お願いよ…この人は…この人は私の…」


医師「…彩くん、緊急手術用意だ!場所は第三手術室、執刀は俺、助手は石井を引っ張ってこい。あと麻酔医も頼む!」

彩「はい!」


文字通り飛び出していく彩さん。


医師「律子くん、器械出し頼めるか?」

律子「現役じゃない私が?後で揉めるわよ?」

医師「構わない、頼む…君の力を貸してくれ」

律子「わかった、直人さん」


「ううっ…ああああ!」

律子「秋山さん!しっかり!しっかりして!お願いよ!!」


まあ、手術なんて始まってしまえば、麻酔でなんにもわからない。

終わって気がついたら、自分のベニスに尿導管がまた刺さっていて、ああまたかと(笑)

後日、俺は、本当に危機一髪で、文字通り、命を救い上げられたことを、他ならぬ「直人さん」から、教えられることになったんだ。



【病院の外、人気の無い中庭の奥】


「まじですか…斉藤先生…」

斉藤「はい、まさしくあなたは、律子さ…頑張看護師に命を救われたのですよ」


再手術後は、嘘のように穏やかな時間が流れるようになった。

そんな時だった。


俺は、話があるという執刀医の斉藤先生に連れ出されて、散歩がてら中庭に。

しかし…お医者様に車椅子を押されているのって、なんかシュール。


「そんなにやばかったんですか?」

斉藤「やばかったです。タッチの差レベル。まさにエマージェンシー尋木先生レベルでした」

「あのですね…俺、部外者なんで良くわからないのですが…エマージェンシー尋木先生ってなんですか?」

斉藤「ああ!…これはうちの院内放送用のスタットコールです。状況で救急とかに人を集めるのに使う隠語なんですがね」

「尋木先生って?」

斉藤「尋木先生は既に引退されたうちの伝説の外科医なんですが、何せ百歳近いんですよ。つまり、後が無い!…と(笑)」

「はは……全っ然、笑えね~よ!」

斉藤「すみません」

「ど~してくれるんですか!これじゃ俺、一生、律っちゃんに頭があがりません!」

斉藤「謹んで崇め奉るレベルです。足を向けて寝たらいつか閻魔様にぶっ殺されるでしょうね」

「尻に敷かれるとかのレベルじゃないですね」

斉藤「ええ!あなたは、草履です。彼女の草履として一生を全うしてください」


「他人事ですもんね」


斉藤「…はは、実はそうでもないのですよ」

「えっ?」

斉藤「他人事じゃありません」


「そうか、直人さん…か…あなたが?」

斉藤「彩がなにか話しましたか…?」


斉藤先生が…真っ直ぐ俺を見つめている。


斉藤「秋山さん」

「…はい」

斉藤「私は律子くんが好きです」

「……」

斉藤「申し訳ないが、私と彼女との間には肉体関係もありましてね」

「……」

斉藤「…聞きたいですか?」


あのですねっ!

好んで聞きたくなんかないけど、聞かない訳にいかないでしょ!?


直人さんとの直接対決がはじまる。

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