第二話 非日常の始まり①

零が意識を取り戻し、目を開けると木造の天井が視界に入った。柔らかな光がカーテンの隙間から差し込み、部屋全体を穏やかに照らしている。ベッドに横たわる体を起こすと、窓から外の景色が見えた。広がる緑の森林が目に飛び込んできて、清々しい風が窓から入り込み、鳥のさえずりが耳に心地よく響いた。


「ここは……どこだ?」


零はぼんやりとした頭を振りながら、辺りを見回した。部屋はシンプルだが居心地の良さを感じさせる。左手側には木製のテーブルと椅子が置かれ、テーブルの上には小さな花瓶に花が飾られている。その椅子には、白を基調とした赤いラインが入った戦闘服のような服を着た黒髪の女性が座っていた。彼女は静かに零を見つめていた。


「目が覚めたようね。大丈夫、ここは安全よ」


その言葉に零は少し安堵しながらも、ゆっくりと体を起き上がらせた。


「あんたは、たしか……」


「私の名前は白華 舞(しらはな まい)。貴方、自分の身に何があったか覚えている?」


舞にそう言われると、零の脳裏に体育館での記憶が鮮明に蘇った。山下のこと、不思議な力で体育館が半壊したこと、そして舞が現れたこと。零は急に立ち上がり、焦燥感に駆られた。


「美由…寿人…他の生徒たちは?」


舞は一瞬目を伏せた後、冷静な声で答えた。


「助かった者も居るわ。でも、残念ながら多くの生徒が亡くなってしまった。そして10人ほどの生徒はあの場で山下という男に攫われてしまったの」


その言葉に零の胸が締め付けられる。彼の脳裏には、美由と寿人の姿が浮かんだ。


「攫われた?」


舞は頷きながら話を続ける。


「恐らくは神器の力ね。山下と共に生徒たちが影の中へと姿を消したの。これが今入院している生徒のリストよ、要は助かった人たちね」


舞は零に生徒の名前が書かれた紙を手渡した。零はすぐにその紙に目を走らせたが、美由と寿人の名前は載っていなかった。


「……そんな」


零の膝から力が抜け、彼は床に崩れ落ちた。涙が止めどなく溢れ出し、彼の胸は痛みでいっぱいだった。美由と寿人、零にとっては家族同然の存在だった。


「こんなことを言って希望を持たせるのはあまり良くないかもしれないけど、攫われた生徒たちの中に貴方が探している人達がいるかもしれないわ」


泣き崩れていた零は舞の言葉に反応し、顔を上げた。


「攫われた生徒たちは山下の言動からしてアウラの発現者だと思うの。殺されている可能性は低いわ。そして貴方にもその特別な力がある。生きていることがわかればまたターゲットになることは間違いないわ。だったらその力を使って、貴方は仲間を救うために戦いなさい」


零は涙を拭いながら舞の目を見つめた。彼の目には新たな決意が宿っていた。


「俺に戦い方を教えてくれ!」


舞は微笑んで答えた。


「勿論よ。私もそのつもりで貴方をここに置いたの」


この森林は姿を隠して修行するには最適な場所だった。周囲は自然に囲まれており、誰にも邪魔されることなく修行に集中できる。


「これから三年間、私が貴方に徹底的に修行をつける」


「三年間?」


「本来三年間では足りないくらいだけど、貴方には素質があるわ。三年あれば十分強くなれる」


零はその言葉に奮起し、武者震いを感じた。


「まあ今日はゆっくり休みなさい。修行は明日からにしましょう」


「しかし、こんな所に都合よく家があるとは思えないんだが」


零は不思議そうに辺りを見回した。


「こんな人気の無い場所に家なんてある訳無いじゃない。私が造らせたのよ」


舞の言葉に零は再び驚きの表情を浮かべた。


「造った?あんたが?」


「私じゃないわ。知り合いに木のアウラを使える人が居て、その人に頼んだのよ」


舞の淡々とした説明に、零はただ唖然とするしかなかった。「アウラ」という力の多様性とその可能性に、零の興味はますます深まった。


「私は任務があるから毎日来れる訳では無いけど、出来るだけここに来て貴方に修行をつける。この家には最低限の生活環境が整っているわ。食べ物は…まあ自給自足でもしなさい」


零は心の中でその言葉を反芻し、彼女の指示に従うことを決意した。


「この度は命を救ってくださりありがとうございました。俺の名前は神宮寺零!これから宜しくお願い致します!師匠!!」


零の突然の挨拶に舞は驚き、目を見開いた。


「何よ急に改まって!ていうか辞めなさいよその呼び方。普通に舞で良いわよ」

「それとこれは後で話そうと思っていたけど、貴方の命を救ったのは私じゃないわよ?」


舞の言葉に零は再び驚きを隠せなかった。


「え?」


零は自分の体を見下ろした。戦闘中の傷も、飛ばされた後の傷もすべて完治していた。彼は舞が治してくれたと思っていたが、それは違ったのだ。


舞が何もしていないと言うなら、誰が治してくれたのか。零の頭の中には疑問が残ったが、舞は任務があると言って颯爽と出て行ってしまった。

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