第8話 オールウェイズ・ハイテンション!

 明るい子だな、よく笑う、と、あいは上目づかいで千幸子ちさこを見上げている。

 「そりゃ、さ。昔はよくあったって言うよ、明珠めいしゅじょの子を人気ひとけのないところに呼び出して、お金巻き上げたりとかさ。その昔は、海岸に呼び出してきにして砂を口に詰め込んだとか」

 その話は、いちおう、知ってるけど。

 「でも、いま、瑞城ずいじょうにだってそんな根性のある女子生徒なんかいるもんか。いるとしたらさ……」

 千幸子は身を乗り出して、愛のほうに顔を寄せる。

 きかれては都合が悪いことなのだろうか。

 「うん?」

 愛も身を乗り出した。

 「わたしぐらいなもんだよ! あっはっはっはっはっ……」

 まわりの席の人が振り向くぐらいの大きい声で笑う。愛まで恥ずかしくなってしまう。

 「千幸子は悪い人なんかじゃないよ」

 愛は声をひそめたままで言う。

 「わたしに傘さしてくれたし、アクリル絵の具売ってるお店も教えてくれたじゃない?」

 「うふん」

 ほんとうに悪人が悪だくみしているように千幸子は言う。

 「ほんものの悪人っていうのはさ、小さいいいことをやって、相手に自分を信用させて、最後に大きい悪いことをやって消える、っていうもんだよ。あ、でも、ってことは、わたしはほんものの悪人じゃないね。だって、わたしって黙って消えられないからさ」

 いっしょに笑ってもよかったが、愛は、ふう、と横を向いてから、千幸子の顔を見上げた。

 「千幸子ってほんと頭の回転早いよね」

 「ま、オールウェイズ・ハイテンションっていうのが唯一の取り柄みたいなもんだからね」

 千幸子は言って笑い、それからカップに残っていたウヴァのお茶を飲む。

 ポットのカバーをはずし、ポットからお茶をカップに注ぐ。カップのお茶はいっぱいに湯気を立てた。

 そこで、愛も、膜の張り始めたカフェオレを両手でだいじそうに飲んだ。

 だいじだからというより、そうしないと飲めないから。

 でも、たしかに寮でコーヒーに牛乳を混ぜて自分で作るいいかげんなコーヒー牛乳よりも格段においしい。コーヒーの香りもいいし、牛乳の味もコクがあるというのだろう。

 家に住んでいたころに、お母さんが作ってくれたコーヒー牛乳の味とはくらべられないけど。

 でも、たぶんこっちのほうがおいしい。

 だから、だいじに飲むのが正しいだろう。

 「でもさ、千幸子って、よくあのアクリル絵の具の店、知ってたね?」

 言ってから、ふと気づく。

 「いや、それって、もしかして常識?」

 優等生かどうかは知らないが、明珠女の子は、どこにどんなお店がある、などということはあまり知らない。おとなしくて、学校で言われたとおり、寄り道もせず、家や寮と学校とを往復しているという子ばっかりだからだ。

 瑞城の子ならばよく知っていそうだ。だから瑞城の子にとっては、箕部みのべの街のどこに何があるかぐらい常識なのかも知れない。

 でも、千幸子は

「たまたま知ってただけ」

と答えた。

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