第7話 千幸子、優等生について語る

 軽い気もちでたのんだカフェオレが、どん、とボウルのような大きいカップで出てきたのには驚いた。

 これはたしかに、八百円もするわけだ。

 アクリル絵の具が思っていたのよりも千円以上安かったから、いいけど。

 向かいの千幸子ちさこは、ウヴァという紅茶を品のいい模様のカップに入れて飲んでいる。

 お茶はポットにも入っていて、ポットにはもこっとした分厚い布のカバーが掛けてあった。お茶が冷めないためなんだそうだ。

 ウヴァというお茶の種類を知っていて、しかも、店員さんがどのカップにしましょうかとカップをいくつかお盆にのせて来たときに、目移りもしないでそのうち一つを選んだ。

 慣れている。

 瑞城ずいじょうの子ってやっぱりお嬢様なんだな、と思う。

 広くて明るい喫茶店だ。天井は高い。建物はビルなのだろうが、中は、柱も壁も天井も、テーブルも床も木で、落ち着いた感じがする。

 道に面した側はガラス張りで、外に観葉植物が置いてある。

 その窓際の席に千幸子と向かい合わせで座っている。ゆったりしたソファの席で、座ろうと思えば六人ぐらい座れそうだ。

 外はいまも雨が降っている。空もそんなに暗くないし、大降りにはなっていないようだが、降り止む気配はない。

 「あいってさぁ」

 そのお茶を飲んで満足したのか、すっかり貫禄かんろくのあるようすで両手を拡げ、ソファにもたれかかって千幸子が言った。

 「最初、警戒してたでしょ? わたしが瑞城の子だからって。カツアゲとかされるんじゃないかって」

 「えっ?」

 顔を上げた愛を、千幸子は興味深そうにじっと見ている。

 「あ、そんなことないって」

 否定しても、頬をにんまりした笑いにゆがませて、千幸子は愛を見ている。

 ごまかし切れなさそうだ。

 愛は上目づかいで千幸子を見上げる。

 正直に言うことにした。

 「ごめん。最初じゃなくて、だいぶ後まで警戒してた。いまも一パーセントぐらいなら警戒してるかも」

 「はははっ」

 豪快に大笑いはしなかったが、千幸子は声を立てて笑う。

 「すなおでいいよ。明珠めいしゅじょの優等生はさ」

 「優等生優等生って言われると、バカにされているような感じがするんだけど」

 不機嫌に言って、カフェオレを飲もうとするのだけれど、両手でカップを持ち上げないといけないので、あまりさまにならない。

 「まあ、優等生、ってそんなものでしょ?」

 千幸子は笑いを残したまま答える。

 「なんで優等生をバカにするかっていうと、みんな優等生になんかなりたくてもなれないから。それも、努力すればなれるはずでしょ、優等生って。天才にはなれなくても、人間だれでもちゃんと勉強すれば優等生にはなれるはず。勉強するひまもないくらい貧乏、とかでなければ、さ。つまり、優等生になれないのは自分の責任。それもわかってる。それはバカにしてるのと同時に尊敬もしてる。そういうもんだよ」

 愛は、どう答えていいのかわからない。

 千幸子と愛は初対面のはずだ。

 初対面の相手に、そこまで自分の考えていることを正直に言うものだろうか?

 または、自分の考えとはちがうことを、こう自然にすらすらと言えるものなのか?

 とまどっている愛を見て、千幸子が言った。

 「あ、なんかわたし、偉そうかな?」

 偉そうだと思う。

 「偉そうっていうより、まじめに考えてるんだな、って思う」

 「ふふふっ」

 さっきよりはつつましやかに、千幸子は笑った。

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