第6話 言っておくべきだったかな、と思ったこと

 アクリル絵の具を買うという目的はすぐに達成した。

 三階に地下の売り場まである大きな画材屋さんがあって、そこの二階に売っているのを千幸子ちさこは知っていたらしい。

 店員さんに高校の美術の授業で使うと言うと、絵の具のセットを持って来てくれた。

 「高校の授業ならばこちらかと思いますが、よろしいですか?」

と言われる。

 いいも悪いも、絵の具のことはよくわからないので、それを買う。

 そのあと、千幸子は、画材屋さんの一階で、きれいな絵の絵はがきを、これもいいな、こっちもいいなと言いながら何枚も手に取って見ていた。

 でもけっきょくどれも買わずに店を出た。

 まあ、一枚百円、あいもきれいだなと思った絵では二百円もするような絵はがきでは、そうやすやすとは買えないだろう。

 この店に来るときには広い自動車道路の脇の歩道を通ってきた。

 どうせなら、と、千幸子は、帰りは別の道を通ろうと言った。

 細い道を通って右に曲がる。さっきの道の一本横の道に出たようだ。

 向こうには、さっき愛がいたショッピングモールとペデストリアンデッキが見えている。

 ここでだったら、瑞城の子が集団で襲ってきても逃げられそうだった。

 それに、もうそんな心配は……。

 「ねえ、愛」

 呼びかたが「あんた」から「愛」に変わっても、千幸子のれ馴れしさは変わらない。

 「つき合ってあげたんだから、わたしのほうにもつき合ってくれない?」

 「えっ?」

 あ、来た、と思ったときには、千幸子は傘をたたみ、鞄を右に持ち替えていた。

 足を止めたところには法律事務所の看板が出ている。

 法律事務所?

 高校生が法律事務所に何の用だろう?

 法律事務所に連れこんで明珠めいしゅじょの生徒をなぶりもの、という展開は、ない。

 そんなことをしたら、人権問題だ。弁護士さんに止められるか、警察に通報されるか、だろう。

 でも、千幸子が入ったのは法律事務所ではなくて、その隣の入り口だった。

 木の階段で二階まで上がるようになっているらしい。

 コーヒーカップや白いお皿に載った食品サンプルが出ている。上は喫茶店かカフェか、ともかく何かのお店になっているようだ。

 千幸子は、入り口にあった傘立てに、ぽいっ、と軽く傘を投げこむと、その階段を昇って行く。

 「あ、あの……」

 千幸子の動きに愛はついていけなかった。

 しかたがないから、その後を追う。

 階段の途中で、愛は振り返った。

 せめて、ああやっておくと傘を取られるかも知れない、と、注意しておくべきだったかな、と。

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