第3話 アクリル絵の具を買いに
こんなに
傘を差し出してくれたのだって何かの罠かも知れない。いや、きっとそうだ。
でも、それでもいかにもこの子を信じているように話してみるしかない。だから
「ここの上にね」
と説明する。
この子がもし何かいたずらでもするために近づいてきたのなら、
「ふむふむ、チエーロの上に?」
ところが相手の子はいきなり声をはさんで来た。
チエーロというのはこの大きいショッピングモールの名まえだ。「チエーロみのべ」という。
「うん。大きい画材屋さんがあってね、そこにアクリル絵の具を買いに来たんだけど」
「ああ。閉まってたでしょ?」
相手の子はこともなげに言った。
そのとおりだったのだけど。
「でも、なんで
「いや」
瑞城の子に「優等生」と言われると、とても悪意がこもっているようで、
愛は相手の子の顔を見返した。
「明日の授業で使うって言われたんだ。なくてもいいけど、あったほうがいいって」
答えが
「ふうん」
相手の子は無遠慮な
愛の気もちに気づかないか、気づいても気にかけていないかだ。
「じゃあさ。買いに行こうよ。連れてってあげるからさ」
「へっ?」
「だからさ。アクリル絵の具でしょ? 売ってるところ知ってるから、いっしょに行こうって」
「えっ? いや」
かえって罠に落ちたかも知れない。
「それは悪いよ」
それに、その気もちもほんとうだ。
「それに、べつになくてもいいって言われてるんだから」
相手の子は目が見えなくなるまで目を細めて笑った。
「いいのいいの。わたしも帰るところだったからさ。それに、せっかく電車賃使ってここまで来たんでしょ? やっぱり目的は達成して帰ったほうがいいじゃない」
ここで、さようなら、とでも言って逃げ出すのが賢明かも知れない。
でも、瑞城は同じ街の学校だし、しかも、愛が住んでいる寮のすぐ隣が瑞城の寮だ。
もしそこで顔を合わせたら気まずい。気まずいではすまないかも知れない。
明珠女の子にいっしょに買い物に行こうと言ったら、明珠女の子は逃げました、なんて、ネットに書かれたとしたら?
それに、たかが絵の具を買いに行くだけで、「目的を達成して」なんて、大げさな言いかたがおかしい。それで
「あ……はあ……」
というあいまいな声しか出なかった。
そして、相手の子はそれを承諾の返事と受け取ったらしい。
「じゃ、行こう!」
愛の上に押しつけるように傘を差し出すと、相手の子はさっさと歩き出した。
遅れないようについていく。
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