第三話 マーブル模様

ディズニーデート以来、何となく彼女の顔を見るのが辛くて、ボクは移動教室でも、隣のクラスとかち合わないように気を付けていた。


ある日、彼女から

【ねえ、ちょっと言いずらいんだけど、レナちゃん私のこと避けてないかな…?】

と連絡が来た。


ボクは戸惑いながら、急いで

【久しぶり!そんなことないよー!】

【また遊びに行こーね!】

と打ったが、もう、泣きたい気分だった。


ボクから強引に距離を縮めて、ボクから勝手に逃げて、彼女を不快にさせてしまった。

その罪悪感が、ボクを苦しめた。


それでも、彼女の姿を遠くから見掛けると、つい隠れてしまう。

本当は近くで、弾ける笑顔を見たい。

何気ないフリをして手を繋ぎたい。

もっともっとお喋りしたい。

そして、彼女の気持ちを聞きたい。


…気持ち?

…彼女の?

ボクは一体、何を考えている?


駄目だ!!もう彼女と二人きりで親しくするのは、ヤメた方がいい。


ボクは、彼女への気持ちは、一時の気の迷いだったと自分を納得させることにした。

時々、挨拶を交わして、ボクは忙しいフリをし、ゆっくりとフェードアウトすれば良い。


でもそんな事を考え付いている間に、取り返しの付かない事が起こってしまっていた。


【ねぇ、ちょっと大事な相談があるの。今週、会えないかな?】

試験前週間に入ったある日、彼女から連絡をもらった。ボクは、やはり一度、彼女と友人として誠実に向き合った方がいいような気がしていた。


そこで、高校の近くではなく、彼女の家から近い、ボクの塾のそばのカフェで待ち合わせをした。


その店は、ママが塾の三者面談の帰りなどに時々寄る、豆の産地にこだわったコーヒーを出すカフェだ。

夏期は美味しいコーヒーゼリーがあり、きっと残暑の中まだメニューに残っているだろうと、目星を付けたのだ。


それを彼女と食べたかった。そして、ボクの小さな恋に終止符を打とうと思った。


「「なんか会うの久しぶりだね。」」

時間通りにやって来た彼女と、同時に言葉を発して、笑い合ってしまった。


私服に着替えた彼女は、やはりとても可愛らしく、あの雨の日のライム・イエローのワンピースに、白いカーディガンを羽織っている。

まるで生まれたてのヒヨコのように無垢に見えた。


ダメだ。ボクは、やっぱり、彼女への想いを止められる自信が無かった。


今日は自分を止める決意表明として、彼女に合わせた服装ではなく、いつものボクらしい全身ブラックコーデ、そして。

「それより、レナちゃん、ベリーショート似合うね!」


ボクは先ほど、バッサリ髪を切って来たのだ。ロングじゃないのは、赤ちゃん振りか。

ずっと違和感を感じていた。いつもショートヘアのカッコイイ女性に憧れていた。でも、何となくパパやママに遠慮していたのだ。


ボクは女の子なんだから、可愛くないと世間は認めてくれないんじゃないかと、子供心に感じていた。


それが年齢を重ねる毎に、少しずつ変わっていって、高校に入ってからは、自分らしくいれば、周りはわかってくれることに気付いた。


ただ、恋だけはどうにもならなかった。

いつも、行き場を失った心。

叶うことは無かった。


今回も、そうだ。

でも、いいじゃないか。ハッキリさせなくても、マーブル模様が今の自分らしくて。


制服を脱ぎ捨てて大人になれば、いつか本当の自分らしさが見つかるはず。

それまでは、相手を不快にさせない程度に、スキって気持ちを持つことを、自分に許したい。


「ところで、相談ってなあに?」

ボクは、注文したコーヒーゼリーを上に乗ったバニラアイスと絡めて口に運びながら、彼女に促した。

同じく美味しそうにゼリーを食べていた彼女は、スプーンを置き、慎重に辺りを見廻してから、小さな声で話し始めた。


それは恋の相談だった。

ボクのクラスの男子に、一年前から片思いしていたこと。

その彼が、先週、彼女に告白してきたこと。

でも、もう一人、気になる親しい友人がいること。

その友人からの祝福を得なければ、彼と付き合えないと彼女は感じていること。


ボクは閉口した。彼女にそんな想い人がいたのか。しかも彼女の話し振りは、親しい友人のことを、明らかにボクのことだと示唆していた。気持ちがバレていたなんて!


バレて恥ずかしいやら、想いを分かってくれて嬉しいやら、失恋で悲しいやら、もう頭の中がぐちゃぐちゃで、ボクは涙も出なかった。


彼女は、プーさんを貰った時に、ボクの気持ちを確信したそう。そして素直に嬉しくて、家で大切にしている、と言ってくれた。


「ボクのこと、キモチワルクないの?」

気付かぬフリをしても良かったのに、何故、彼女はボクの気持ちと真摯に向き合おうとしたのか。まだ告白もしていないのに。

ストレートな質問を、彼女にぶつけてみた。


「だって、私もレナちゃんのこと大好きだったから。だから、このまますれ違っちゃうのが嫌だった。プーさんを貰ったままで、黙って彼氏を作れなかった。」


もしかしたら、私も、レナちゃんが初めての友達以上、恋人未満の相手だったのかもしれない。と彼女は付け加えた。


ボクは、彼女の勘の鋭さと、正直さと、堂々とした小悪魔ぶりに、失恋のショックも何処かへ吹っ飛んでしまった。


自分から告白はできなかったけれど、こんな風に、爽やかに失恋できるなんて。


暫くは辛いかもしれない。

ただ、彼女の嘘か本音か分からない優しさは、ボクを癒やした。

今夜はプーさん相手に、ボロ泣きしちゃうんだろうな。


彼女は、スキなのはお互い様だから、この恋は他言無用、と、約束してくれた。

どうしても話したくなったら、プーさんに聞いてもらう、と。


店を出る前、彼女は、私を信用して欲しい、と念押しした。そして、ボクの手を握りながら、ボクのほっぺにキスを落として、帰って行った。


ボクは、晴れ晴れとした気持ちで、家に向かって歩き出した。そうだ、ママお勧めの留学話に、行く決心がついた。


大通り沿いをしばらく歩き、いつもの小道を曲がった辺りで、秋晴れのブルーと、雲間から輝くイエローの光が混ざり合って、ボクの行く道を照らしていた。


fin






















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ボクの中のミント・ブルー つきたん @tsuki1207

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