第二話 ミント・ブルーの涙
ボクの、彼女への淡い気持ちは、日を増すごとに強くなっていった。
夏休み明けの新学期、思いきって彼女をディズニーランドに誘ってみた。
どうしても、カチューシャを着けた可愛い姿が見てみたかったのだ。
「お願い。チケットが2枚あるんだけど、一緒に行ってくれる子がいなくってさ。」
「えー、私でいいの?レナちゃん、友達めっちゃ多いじゃん。」
あまり乗り気じゃなさそうな彼女に、何とか、イエスと言わせてしまった。
ボクはもう、嬉しさで浮き足立っていたと思う。
でも…危ない。気を付けないと。この気持ちは、絶対に彼女にバレてはいけないのだ。
ボクは家で、何度もポーカーフェイスの練習をして、デートの当日を迎えた。
「わー、レナちゃん、このカチューシャ、今日のワンピと似合うね。むちゃくちゃ可愛いよ!」
彼女がチケットのお礼にと、二人お揃いで買ってくれた、薄紫色のカチューシャを髪に挿す。
ボクは、可愛いって言われるのが昔から苦手だった。カッコイイって言われたかった。
でも、彼女の笑顔が眩しくて、つい自然な照れ笑いが出てしまう。
あぁ、少々強引だったけれど、彼女を誘って、本当に良かった。こんな楽しそうな彼女の顔を見られるなんて。
この友情が、これからどんな道を辿るかなんて、今はどうでもいい。ただ、彼女と笑っていられるのが、ボクは本当に嬉しかった。
ランチも彼女がご馳走してくれて、あっという間に楽しい時間が過ぎた。
夕暮れ、そろそろ帰り支度をと、最後にスーベニアショップを覗いてみた。そこでボクは、何か彼女にプレゼントをしようと思い立った。
トモダチお揃い、ではなく、ボクから彼女の為にプレゼントしたい。
早速、彼女の見ていない隙に、ボクの大好きなプーさんのぬいぐるみを手に取り、急いでレジに通した。そして、リュックに仕舞った。
帰り道、ボクは、彼女にプーさんを渡すのが待ちきれなかった。
喜んでもらえるだろうか。渡したら不自然じゃないか。そもそも、プーさんは好きだろうか?
彼女の最寄りの駅に近づくにつれ、段々と胸が早鐘を打ち、彼女の話も、うわの空に聞こえてしまう程に緊張してきた。
「レナちゃん、今日は有難う。すっごい楽しかったよ。」
彼女が、さよならの言葉を紡いだその時。
ボクはリュックから、プーさんの入った袋を取り出して、彼女にグイと差し出した。
彼女は、驚いた顔をしたが、直ぐにプレゼントだと察したようで、
「えっ私に?えー良いの?有難う!
うーん何だろう…?あっ家で開けるね。」
と、キャッキャと喜んでくれた。
ボクも、キャッキャとはしゃぎながら、
「ボクも似たのを持っているんだ。小さい頃から大切にしている、ウチで一番のお気に入りのコなの。
これは、ボクだと思って、可愛がって。」
と、つい余計なことまで口走ってしまった。
マズい、キモがられたらどうしよう…と、彼女の様子を伺っていると、
「…そうなんだ?じゃあ、二人でお揃いだね!大切にするね。」
と答えてくれて、ボクは内心で胸を撫で下ろした。
そのまま改札口で別れ、遠回りしていたボクは、一応ママに連絡を入れてから、バスに乗って帰宅した。
「ただいま。」
家に着くと、もう家族は皆、夕食を済ませて寛いでいた。
「お帰り。どう、デートは楽しかった?」
ママが突然こんな言い方をしたので、ボクは焦った。確か、女の子と出掛けると、伝えてあったはずだ。
戸惑うボクに、ママは
「いつも嫌がってるくせに、私の選んだワンピースを着てたし、化粧もバッチリだしね。あんなウッキウキのレナちゃん、初めて見たわよ。
パパと、これは絶対デートだなって話していたのよ。」
ボクは、咄嗟に、
「あはは、まあね。」と返事を濁して、自室に駆け上がった。正直、何と答えてよいか本当に分からなかった。
ボクは、自分で思っているより、嘘が下手なのかもしれない。
ベッドで、手の中のプーさんに問いかけながら、今日一日の出来事を振り返る。
彼女にも、何かボクの態度が変で、不審がられていないか。それが心配だった。
もっと仲良くなりたい。でも、キモチワルイと思われたくない。
ボクは多分、彼女のことを、恋人としてスキだ。
でも、ボクなんかが、スキになっても仕方が無い。
彼女との友情を維持する為に、格好も趣味も女子ぶるのは、ボクは本当は辛いのだ。
ありのままのボクを、見て欲しい。
いや、本性なんて見られたくない。
どうしたらいいか、もう自分でも分からない。
楽しいデートの帰りなのに。
ボクの心は、いつか彼女と包まれた、ミント・ブルーの世界を彷徨っていた。
あの雨の日は、あんなにも鮮やかに輝いていたのに。今はやけに冷え冷えとした気持ちだ。心に風がスースーと通り抜ける。
蒼い涙が、次々、こぼれてきて止まらなかった。
ただ、彼女と笑い合って、ご飯を食べたり、取り留めのないお喋りなんかを、したいだけなのだ。
そして、出来る事なら。
手を繋いだり、寄り添ったり、してみたい。だけなのだ。
ボクの、恋は、実ることは無い。
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