ボクの中のミント・ブルー

つきたん

第一話 ライム・イエローの恋

あれは忘れもしない、塾の夏期講習の帰りだった。

その日は午前クラスで、ボクたちの帰る時間は丁度、ギラギラと強烈な太陽が頭のてっぺんから降り注いでいた。


ボクは一瞬、口うるさいママの勧め通りに、日傘を持って来れば良かった。と悔やんだが、気を取り直して、仲間と塾の向かいのコンビニに行き、大好きなスイカバーを一つ買った。


「レナちゃん、またね。」

塾仲間とさよならをして、照りつける日差しの中、冷んやりしたそれを咥えた。

お気に入りのイヤフォンも着け、プラプラと家路についた。


大通り沿いをしばらく歩き、いつもの小道を曲がった辺りで、何となく曇行きが怪しくなった気がした。

するとみるみるうちに空に雨雲が拡がっていき、間髪入れずに、ボクの顔はパラパラと青時雨に打たれてしまっていた。


ボクは、残りのスイカバーを口に放り込みながら、近くの木立の下に逃げ込んだ。


大きな木立の下で一息ついたボクは、カバンからシュシュを取り出して、腰まであるロングヘアを後ろで一括りにした。それから大切なイヤフォンもカバンにしまった。


だからロングは嫌なんだ。ママの勧めで、小さい頃から伸ばしているけど、そろそろ切っちゃおうかな。


珍しく天気予報は外れたらしい。

しばらく此処で雨宿りになりそうだ。


ボクは買ったばかりの黒いサンダルが濡れるのを気にしながら、ぼんやりと景色を見つめた。

目の前に広がる見慣れた道は、まるでキラキラと濡れたクリスタルの様に思えた。


青時雨は勢いを増し、アスファルトに雨粒が跳ね返り、ザァザァとリズミカルな音を奏でている。

ボクはその音色に耳を澄ましながら、たまにはポッドキャストが無いのも良いかもね、と心が落ち着いていくのを感じた。


ふと、木立の向こうに、明るい色の人影が見えた。

そのシルエットに目を凝らすと、それは高校の、隣のクラスの女の子だった。


彼女も同じように雨宿りをしているようで、ボクに気づくと軽く手を振ってきた。

ボクも手を振り返し、少しの勇気を振り絞り、殆ど喋った事の無い、彼女の方に近付いてみた。


柔らかなライム・イエローのノースリーブワンピースを着た彼女は、いかにも女子、って感じで可愛らしく、いつもの制服とは違ってとても魅力的だった。


ボクは何故か、自分の、全身黒でキメた男みたいな服装が急に気恥ずかしく感じられ、バツが悪くなり一瞬下を向いてしまった。


「えーと、レナちゃんだっけ?」

彼女がボクの名前を覚えていてくれた事に、驚いた。


「うん。偶然だね。この辺に住んでるの?」

と、何とか自分も話題を振ると、彼女は微笑みながら

「そう、近くなんだ。今日はいつもと違う道を通ってみたら、このざまだけど」

と笑った。


彼女の笑顔に何故かドキドキしながら、ボクたちはしばらくの間、雨の話や夏期講習の話をして過ごした。


雨が小降りになってきた頃、彼女は

「そろそろ行こうか」

と言い、ボクたちは並んで歩き出した。


空は先程と打って変わって、何事も無かったように青空が広がり、世界に光が差し、濡れた道を明るく照らしている。


まるで、ミント・ブルーに世界が浄化されたようだった。その光景に、ボクは息を呑んだ。

清廉な空気の中、彼女の淡いイエローのワンピースが鮮やかに揺れている…。


ボクは彼女と別れてからも、今、見た光景が頭から離れなかった。そのままフワフワと幸せな気分で家路についた。


「レナちゃん、お帰り。雨、大変だったでしょう。だからいつも日傘を持っていれば良いのに、言うことを聞かないんだから。

それに、日に焼けたら黒くなっちゃうわよ。」

帰宅早々、ママに小言を言われたが、耳に入らなかった。


歩きながら、彼女への気持ちを薄々自覚して、胸の高鳴りがおさまらなかった。


こうして、ボクと彼女は夏の午後、その一刻を共有したことで、友人となった。


その日以来、時々二人で会っては、公園やカフェで話し込んだ。


夏休みの間中、ボクは雨が降るたびにあの色彩を思い出した。

ミント・ブルーの空間に、ライム•イエローの光が混ざり合って、そこに彼女の笑い声が弾けて踊っている。


それはボクの心の中だけに、忘れられない大切な思い出として厳重に仕舞われた。


ボクの気持ちを、彼女に悟られてはいけない。折角の友情を壊すようなことは出来ない。


ボクの恋は、いつだって、そうだった。

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