第五話【六月十五日(木) 相馬葵】
丸一日経って、S.Sは返信をしてきた。
『少し』
a little。加減を測りかねる。でもこれは彼が(女性の可能性もあるか)――S.Sが私に寄越した一番素直な返信だった。
『兄さんの友人?』
『自分は友達だと思っていない』
今度は早く返ってきて、また続けざまにメッセージが送られる。
『あんたも兄には気を付けた方がいい』
今度は私がメッセージを送るのを躊躇した。兄さんになりすました相手からの忠告は、これまで誰かに言われてきた忠告よりも、強烈に網膜に焼き付いた。
じゃあどうして、S.Sは気を付けるべき相手になりすましたんだろう。
私はベッドに寝転がり天井を見上げる。真っ白な天井に答えは見つからない。
塩尻さんにもLINEをする。あのあと、兄さんと塩尻さんと私のグループLINEができた。個別に塩尻さんとも連絡先を交換していた。
LINEのアイコンの塩尻さんは、笑顔が爽やかな好青年だった。シンデレラ城をバックに笑顔でピースをしている。
『夜にすみません、もしなりすましの立場だとしたら、どんな人物になりすますでしょうか』
塩尻さんからはすぐに返信がきた。
『全然大丈夫だよ。そうだね、社会的に信用がある人物かな。ブラックリストに載っていないから、金融機関から融資を受けられる。それとお金持ち』
兄さんは中学校教師だ。社会的な信用はある。もし成り代わるなら兄さんから奪った免許証のコピーを入手して、教員免許資格を奪って、兄さんそっくりに顔を整形する……。
それはないな。私は恐ろしい想像を頭から振り払った。
塩尻さんの助言を受けて、兄さんはクレジットカード情報の漏洩や、メールアドレスが悪用されていないか調べていた。特に問題がなく、教員免許状も原本が保管場所にそのままあったと言っていた。
なりすますなら、運転免許証も教員免許状も現物を残してはいかないよね。そもそもフォーチューンで兄さんになりすまし、『妹』に接触する必要がない。相馬蒼太になりすましたのなら、他の女性とマッチングをすればいいのだ。
兄さんは憂さ晴らしのギャンブルで大金を失いがちで、お金持ちではないし。
『なりすましの動機を考えれば考えるほど、分からなくなります……兄さんは誰かから恨まれていたのでしょうか』
思い切って、塩尻さんに送信。間を空けずに返信がきた。
『正直なところ、少なからず恨まれていると思う。大事にはなっていないが、一度彼がキャンパスで殴り合いの喧嘩になったのを止めたよ。先輩の歩きタバコを注意して、大騒動になったんだ。ほら、蒼太はルール守るマンだからさ』
兄さんらしい。
『ありがとうございます。そういう兄さんを恨んでいる人が、なりすまし犯の可能性はないでしょうか』
塩尻さんは返信のペースが速い。すぐに既読もつく。
『なくはないな。大学の友人周りを探ってみるよ』
『ありがとうございます』
一つすっきりして、私はスマホの電源を切って大学の課題に向き直った。
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