第23話 先生



「ふぅ、しかしこうして話していると、私もまたプレイしたくなるな」



 食事を終え、一息つきながらオーディン様が楽し気に言う。

 直接麗のゲームプレイを見ていた俺でさえ同じ気持ちなので、オーディン様も相当ウズウズしているのではないだろうか。


 麗が俺の家に通うようになってから、好きなゲームについて語り合える存在の大切さを改めて実感している。

 今までそんな存在は文子さんしかいなかったが、文子さんはどちらかというと広く浅くなタイプなので、あまりマニアックな会話はできなかった。

 しかし、麗は俺と同じで深くまでのめり込むタイプだったので、会話の内容は必然的にディープなものになる。

 そんなマニアックな会話が、俺達にとっては非常に心地よかった。


 恐らくオーディン様も一緒のタイプなので、同じような高揚感を覚えているに違いない。



「オジサマも是非やりましょうよ!」


「ハハ、そうしたいところだが、ヴァルキリーに関しては新作の発売が控えているので我慢するよ。それに、今の私のメインはあくまでもMMOの方なのでね。時間はそちらに割きたいところだ」


「っ!? オジサマもMMOやってるんですか!?」


「ん? ああそうか、さっきこの話題をしたときは彼だけしかいなかったか」



 それはそうだ。

 混浴でもなければ、そんなことはありえない。

 というか、もしそんな状況だったら、俺はまともに会話できていた自信がない。



「私がやっているMMOはかなり古くてね、君達のような若者は恐らく知らないと思うよ」


「そんなことないっスよ! ウチらがやっているMMOも相当古いっスから!」



 LOは20年近く前のゲームなので、現存しているMMOの中でもトップクラスの歴史がある。

 古さで語らせたら、そんじょそこらのMMOには負けないだろう。



「ほぅ? 差し支えなければ、タイトルを聞いてもいいかな?」


「LOっス! Life Onlineの略なんスけど、オジサマは知ってるっスか?」


「っ!? なんと……」



 今のは完全にシャアだった。

 いや、それはともかくとして、やはりこの反応は……



「驚いたな。実は私のやっているMMOもLOなんだよ。まさか、こんな若い年齢層の子がプレイしているとは思わなんだ」


「おお!? 凄い偶然っス!」



 浴場で聞いたときにまさかとは思っていたが、本当にLOプレイヤーだったとはな……

 LOプレイヤーの年齢層は、大体30~40代だと言われている。

 そういう意味では俺と麗は若すぎるし、オーディン様も50~60代と思われるので年齢的に少し上の世代だ。

 そんな俺達が人里離れた東京の隅っこで出会うなんて、偶然にしてはでき過ぎている。



「ちなみにオジサマはどこ鯖っスか? ウチらはオーディン鯖っス!」



 鯖とはサーバーのことだ。

 ネトゲや一部のソシャゲでは、負荷を分散させるために複数のサーバーを用意し、それぞれでユーザーを管理している。

 そして、このサーバが違うと同じゲームであっても基本的には一緒に遊ぶことができない。

 そのため、まず最初に鯖を確認するというのがプレイヤー同士のセオリーとなっている。



「本当に凄い偶然だな。私もオーディン鯖だよ」


「っ!? ってことは、もしかしたらすれ違ったことあるかもしれないっスね!?」



 まさかの鯖まで一緒とは、もはや奇跡の領域である。

 いや、しかしオーディン様がオーディンサーバを選んでいるのは必然かもしれない。

 これに関しては、むしろ俺達の方が偶然居合わせたような状態言えるか?



「……あの、もし良かったらっスけど、キャラ名を教えていただけたりは――」



 これまでアグレッシブだった麗が、急に控えめになる。

 普段の麗が陽キャなのはキャラ作りのためなので、時折素に戻ることがあるようだ。



「構わないよ。私はよくダンジョン前でAFKしているので見たこともあるかもしれないが、『猫魔人』が私のプレイヤーネームだ」


「「っ!?」」



 なん……、だと……

 オーディン様が、あの猫魔人先生だって?



「オ、オジサマが、猫魔人先生……、なのですか?」



 麗も衝撃を受けたのか、キャラ作りが崩壊している。

 しかし、それも当然と言えるだろう。

 俺達と猫魔人先生は、LOでは浅からぬ仲だからだ。



「先生、か。その名で私を呼ぶのは限られている。私ももしやと思ったが、君があの麗君か。ということは、君は藤堂君であっているかな?」


「……はい。まさか、こうして実際にお会いすることができるとは、思っていませんでした」



 猫魔人先生は、俺達の師匠と言ってもいい存在だ。

 俺達がまだLO初心者の頃、親身になって色々なことを教えてくれた人で、多大な恩がある。

 その敬意から、俺達は先生と呼んでいた。



「若いとは聞いていたが、まさか本当に君達のような若者だとは思っていなかったよ。それに、失礼だが麗君に関しては正直ネカマだと思っていた。やはりネットはわからないものだね……」



 禿同(激しく同意)である。

 かくいう俺も、麗のことはネカマだと思っていたからだ。



「ハハ……、ですよね~、旦那様ですら私のことネカマだと思っていましたし」


「っ!? 気づいていたのか」



 俺は麗にネカマだと思っていたと明言したことはなかったと思うが、気づかれていたのか。



「そりゃ気づきますよ~。接し方が明らかに男友達感覚でしたし」



 ということは、実際に会ってから気づいたワケではなく、会う前から気づいていたということか。

 俺が迂闊だったのか、それとも女の勘は侮れないということなのか……



「……悪かったな。男だと疑ってて」


「あっ! 別に責めてるワケではないですよ! 私もむしろそういう自覚はあったので!」


「ハハハ! それはそうだろうな。麗君は公開チャットでもエロゲネタに平気でついていってたし、恐らく他のプレイヤーも勘違いしているに違いない」



 正直俺もそう思う。

 なにせ麗は『やったねたえちゃん!』の元ネタについても知っていたし、アニメのEDの話で『フラテルニテ』っぽいですねとか公開チャットで言っていたので、コイツ完全に男だろうと周囲にも思われていたに違いない。



「あはは……、いや、本当すいません。女っぽくなくてすいません……」



 麗が勝手に闇を抱えて沈んでいく。

 実は根っこの部分が結構病み気味なのは理解しているので、すかさずフォローをする。



「俺はそんな麗が気に入ったから、LOで結婚したんだぞ」


「っ! 旦那様……」



 ウルウルとした瞳で見つめてくる麗に、俺の中の何かが弾けそうになる。

 が、それを俯瞰して視ているもう一人の臆病な自分がストップをかけた。

 俺は、情けない男だ。



「……っ」


「……ふむ、あと一歩というところか」



 そんな俺達を見て、全てを悟ったかのようなことを言うオーディン様。

 その声の効果もあってか、意味深に聞こえる。



「君達は面白い関係だな。ネット上では夫婦で、リアルでは恋人未満。今後の展開が実に気になるね」


「っ!? い、いや、俺達は、その――」


「あ、あの!」



 俺が咄嗟に言い訳をしようとしたところを、麗が割り込むように声を上げる。



「オジサマ、その、私達は、今後……、上手くいくと思いますか?」



 か細く、しかし切実そうに尋ねる麗。

 それを見たオーディン様はニコリと笑い。



「もちろんだ。私の予測としては、恐らく1年以内に君達は本当に結婚することになると思う。LOでの君達を長く見てきた私の予測だ。信頼してもらっていいと思うよ?」


「「~~~~っ」」



 オーディン様のその言葉に、俺達は二人して顔を真っ赤にする。



 ――その後も、LOの昔話に花を咲かせつつ、俺達二人はからかわれ続けるのであった。



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ネトゲの嫁が通い妻になった件 九傷 @Konokizu2

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