第17話 浄化してあげるわ!



 温泉を出てマッサージチェアに向かうと、既に麗が「あ”ぁ”ぁ”~」と唸りながらマッサージ中であった。



「あ、先輩、今日はウチの方が早かったっスね!」


「ああ、今日はちょっと色々あったんだ」


「なんスか? はっ!? ま、まさか、掘られたんスか!?」


「掘られてねぇよ」



 普通の女性なら、こういう腐った発言は男にしないと思うのだが、麗は気にせずネタを振ってくる。

 気安い仲と言えるのだろうが、時々腐り過ぎていて反応に困ることも多く、少し手加減して欲しい。

 というか、ネトゲの旦那が掘られたとして、麗はどんな気持ちになるのだろうか。

 やはり、NTR的な興奮を感じるのか?



「ちょっと常連さんと話し込んでいたんだよ」


「おお! 陰キャの先輩が人と交流を!?」


「陰キャなのは事実だが、俺だって人と話くらいはするぞ」



 ゲームショップとはいえ、俺も一応は接客業を務めているのだ。

 人と話せなきゃ仕事なんてできない。



「それで、なんの話をしてたんスか?」


「実はな、その常連さん、なんと声優だったんだ」


「な、なんだってーーーーー!!」



 MMR的な反応をする麗。

 驚いてはいても、ネタを挟む余裕はあるようだ。


 それにしても、麗はマガジンネタが多い気がする。

 マガジンは、男子中学生とか男子高校生が読んでいるイメージなのだが、最近は違うのだろうか?



「そ、それで、誰っスか!? 有名人っスか!?」


「シャア・アズナブル」


「っ!? マ、マジっすか!? 超大物じゃないっスか!」


「の、ソックリさんだ」



 俺がそう言うと、麗はズッコケたようなポーズを取る。

 わざわざワンテンポおいた甲斐のある反応だ。



「マジでドキドキしたのに、このトキメキを返せっス!」


「俺の味わったドキドキを、少しでも味わってくれたのなら幸いだ」



 実際俺は、マジで心臓が跳ね上がったからな。

 俺の耳には本物としか思えないレベルだったので、ニュータイプ音の幻聴が聴こえたくらいだ。



「まあ、いきなりシャアが現れたらドキドキする気持ちはわかるっス。で、結局誰だったんスか?」


「わからない。さすがに教えてくれなかった」


「……あ~、まあ確かに、温泉で身バレはマズイっスもんね」



 そう、温泉という状況が悪いのである。

 仮に俺が、Twitterなどでなんでも呟いてしまうタイプの人間だったとしよう。

 その場合、声優の○○さんの裸を見たんだが短小だった! とか巨〇ンだった! などと呟く可能性があるかもしれない。

 有名人としてはかなりのリスクである。

 避けたいと思うのが普通だ。



「でも、本当に聴いてもわからなかったんスか?」


「わからなかった。そもそも俺、有名どころ以外の声優はチェックしてないからな……」



 ガチの声優オタクでもない限り、新人やモブの声優など認識していないのが普通だ。

 そのくらいのレベルだと、たとえ聴いたことがあったとしても確信できるだけの知識が足りない。



「ウチも同じようなレベルっスけど、オジサマなんすよね? くぅ~、聴いてみたいっス!」


「もしかして、私の話をしているのかな?」


「「っ!?」」



 マッサージチェアの間に割り込むように、イケオジことオーディン様が現れる。

 登場の仕方が大変心臓に悪い。



「シャ、シャアっス!」


「はは、よく似ていると言われるよ」



 オーディン様は、俺のときと同じように軽く流してくる。

 しかし、俺とは違い麗はさらに食いついていく。



「似てるってレベルじゃないっスよ! コピーっス!」


「そう言ってくれると嬉しいね。まあ、ただの地声なんだが」



 地声がシャアとか、強過ぎるだろ……



「じゃあ、演じてるときの声ってどんな感じなんスか?」


「それは秘密だ。バレてしまう可能性があるからね」



 声優は声を作る職業でもある。

 地声を聴いたくらいじゃ全然わからないという人もいるので、この人もその類なのかもしれない。

 しかし、それはそれとして――



「おい、麗、いきなり失礼だろ」


「ハッ!? す、すいません! なんかテンション上っちゃって……」


「いや、構わないよ。若い女性にグイグイ来られるのは悪くない気分だ」



 オーディン様、意外に好色なのか?

 まあ、気持ちはわからんでもないが……



「君は、彼の恋人かな?」


「そうっス! 麗っていうっス! 宜しくお願いしますオジサマ!」



 ……恋人、か。

 俺の中ではまだしっかり線引きができていないのだが、麗の中では完全に恋人ポジションのようだ。

 悪い気はしないが、同時に自分が少し情けなくなる。

 俺も麗のように、まっすぐ自分の気持ちを表に出せればいいんだがな……



「オジサマか、悪くない響きだ。私のことはオジサマと呼んでくれると嬉しい」


「わかったっス! オジサマ!」


「……じゃあ俺は、オーディン様と呼んでもいいですか?」


「……それはもしかして、ヴァルキリープロファイルかね?」


「っ! わかるんですか!?」



 これはいよいよ本物な予感がしてきたぞ?



「こう見えて私もゲーマーでね。ヴァルキリープロファイルはかなりやり込んだよ」



 なんだそういうことか……

 俺はてっきり……って、声優がどの程度自分が演じたキャラを覚えているかなんてわからないか。

 案外、本物だったらむしろ全然わからなかった可能性がある。



「俺もかなりやり込みました。Cエンディングでフレイを倒したりもしましたよ」


「私もやったとも。私はフレイが大好きでね。エーテルストライクの最大ダメージ更新や――」


「な、なんスかなんスか! 二人して盛り上がって! ウチも混ぜて欲しいっス!」



 そういえば、麗はプレステ2は持っているが、プレステ1のゲームはほとんどやったことがないと言っていたな。

 これはいけませんねぇ……



「オーディン様、ここは我々でヴァルキリープロファイルの良さを伝え、コッチの世界に引き込んでやるべきではないでしょうか」


「それがいいだろうな。よし、ではマッサージをしながら語り合おうではないか」


「な、なんスかーーーっ!?」



 こうして俺達は、マッサージと食事を一緒にし、ヴァルキリープロファイルについて語り合ったのであった。


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