第15話 ままならない



 目が覚め、初めに目に映ったのは、麗が『あしたのジョー』のように燃え尽きた姿だった。



「麗……?」


「……すみません、旦那様。麗は、麗は、勝てませんでした……」



 なんのことだと思いつつテレビの画面を見ると、アキラが「10年早いんだよ!」と言っていた。

 二人は何故だか、バーチャファイターで対戦をしていたらしい。

 ……いや、よく見るとドリキャスの周囲には他にも色々なタイトルが散らばっている。

 GGX(ギルティギアゼクス)、ストリートファイターZERO3、ジョジョの奇妙な冒険、マブカプ、STREET FIGHTER III 3rd STRIKE、etc...

 ウチに存在する、様々な格闘ゲームで遊んでいたようだ。



「バーチャを選んだのは悪手だったな。このゲームは、他の格闘ゲームとは勝手が違う」



 文子さんの言う通り、バーチャファイターシリーズは他の格闘ゲームの経験を活かしづらいのが特徴だ。

 3Dというのもあるが、鉄拳シリーズとは違い、ガードが方向キー後ろではなくボタンという点が最大の違いである。

 普通の格闘ゲームに慣れていると、つい方向キー後ろでガードしようとしてしまうため、頭が混乱するのだ。



「なんでバーチャで対戦してたんですか?」


「経緯説明すると、私がこの娘を認める条件として、格闘ゲームで遊ぶことを提示したんだ。新八君とゼクスで対戦したという話は聞いていたからね。で、私は油断することなくミリアでコテンパンにしたんだ」



 ミリアというのは、当時ゼクスにおいて最強と目されていたキャラクターである。

 とにかく速いのが特徴で、立ち回りが強く、優秀な技も揃っているため死角がない。

 フォルトレスディフェンスキャンセル有りの環境は、とにかく触れれば勝ちというものだったが、上記特徴のせいで圧倒的に相手に触れやすかったため無類の強さを誇った。

 フォルトレスディフェンスキャンセル無しの環境でも、一度ダウンを奪うと見えない中下段二択からループ性の高い起き攻めで何もさせずに勝つことができるため、凶悪の一言である。

 麗の使うジョニーも性質タチの悪いガード不能連携を持っているが、このゲームは基本的に2~3回起き攻めが通れば気絶するか死ぬかの二択なので、起き攻めの機会が多く、スピードも速いミリアの方が有利な展開になりやすい。


 文子さんは、ゼクスに関しては俺よりも数段強いくらいのレベルだ。

 だから、ほとんど初心者の麗相手にそんな強キャラを使うのは大人げないと言えるだろう。

 ただ、文子さんは性格上手加減ができるタイプじゃないので、最初から容赦などするつもりがなかったと思われる。



「あまりにもコテンパンにやられて悔しかったのか、別のゲームで対戦を望まれたのだが、それでもボコボコにしてしまってな。最終的に、私の経験が浅いバーチャで対戦をしたのだが、結果はこの有様だ」



 ゼクスでボコボコにされた時点でやめておけばいいものを、他のゲームでも対戦を挑んだらしい。

 麗はゼクス以外だとZERO3を少し齧った程度の経験しかないハズなので、無謀もいいところだ。



「せめて一勝くらい、と思ったのだろうな。実際、この娘のゲームセンスは侮れないものがあったし、ワンチャンくらいはあったかもしれない。全く、同性で私にここまで喰らいついてくるプレイヤーは中々いないぞ。新八君があれだけ褒めちぎっていた意味がわかったな」


「っ!? 旦那様が、私を褒めていたのですか!?」



 燃え尽きていた麗が、文子さんの言葉に反応して復活する。

 俺としては恥ずかしい話なのだが、麗が元気になるのならと思い黙っておくことにする。



「ああ。仕事中、LOの相棒が凄いとよく自慢されていた。まあ、君のことは男だと思っていたようだがな」


「っ!? そうだったんですか!?」


「……まあな」



 そういえば、麗には男だと思っていたことは伝えていなかったか。



「誇ってもいいと思うぞ? 新八君は、君のことを「女にしては上手い」ではなく、性別に関係なく上手いと評価していたんだ。自信を持っていい。……まあ、私には敵わなかったがな」


「ぐぬぬ……」



 一言余計だが、どうやら文子さんも麗のことを認めてくれているようである。



「実際対戦してみてわかった。この娘は感情が表に出やすいタイプで、駆け引きが苦手だ。フェイントには高確率で引っかかるし、セオリーを外されると崩れやすい。しかし、持ち前の反応の良さでフェイントに引っかかっても防御を間に合わせたり、勘がいいから駆け引き自体を拒否して付き合わない選択も取れる。評価を下すならA-といったところか」


「……文子さん、そういうのは――」


「わかっている。あくまでも、ゲーム的に評価を下すのならという意味だ。私の趣味ではない」



 俺もそれはわかっているが、人に対してランク付けするというのは、やはり抵抗がある。

 それがたとえ、文子さんとしては最高クラスの高評価だったとしても、だ。



「それで、麗のことは認めてくれたってことでいいんですよね?」


「ああ、認めよう。さっきも言った通り、この娘は駆け引きが苦手だ。もし新八君を騙しているのなら、とっくに何かボロを出していたハズ。そんな兆候はあったかな?」


「ありません」



 ネットの中とはいえ、4年以上一緒に過ごしているのだ。

 当時14歳の少女が、それだけの間ボロも出さずに人を騙せるとは思えない。

 いや、もし騙せるとしたら怪物過ぎるので、考えたくない。



「この娘は間違いなく「痛い子ちゃん」だが、こういう人間の方が結婚すると案外長続きするものだ。中々良い物件を引き当てたな、新八君」


「あ、文子お姉様……!」


「……まあ実際、長続きしているしな」



 麗は感情が表に出やすい分わかりやすいし、付き合っていて疲れない。

 長い付き合いで本気で怒るポイントも理解しているし、今後も上手くやっていく自信がある。



「しかし、私としては困った話だ。何せ、私の夫候補を奪われたカタチになるのだからな」


「っ! 旦那様は、最初から私のモノです!」


「いやいや、私は幼馴染だと言っただろう? 付き合いなら私の方が長い。譲れ、小娘」


「あげません!」



 一瞬、某特別なウィークを幻視したが、麗はヘリオスだ。

 いや、ヘリオスでもないが……



「ふん、まあいい。私は容姿でもゲームの腕でも勝っている自信がある。私が本気なら、いつでも奪い取れるということを頭に入れておくといい。だから……、新八君を裏切るなよ?」



 文子さんは先程までのからかうような態度から打って変わり、鋭い視線で麗を見据える。



「う、裏切りません!」



 美人の睨みはかなり迫力がある。

 その迫力に麗は一瞬怯んだが、すぐに負けじと睨み返した。

 が、全く迫力がない。むしろ可愛いまである。



「ならいい。さて、新八君の熱も下がったようだし、私はそろそろおいとまさせていただこう。慌てて出てきたので、まだ店の締め作業が残っているんだ」


「わざわざ店を休みにさせてしまい、すみません。でも、助かりました」


「構わない。元々趣味でやっているような店だからな。それじゃあ」



 そうクールに返し、文子さんは去っていった。



「麗もありがとうな。わざわざ色々買ってきてもらって。重かっただろ?」


「そ、そんなことは……、ありましたけど、大丈夫です! 少年漫画的に覚醒して乗り越えました!」


「……そうか。それと、文子さんが色々と悪かったな。根は悪い人じゃないんだが、昔からからかい癖があるんだ。さっきのも本気で言ったワケじゃないから、気にしないでくれ」



 俺がそう言うと、麗は一瞬疑問の表情を浮かべ、次に目線を反らして頭をポリポリとかく。



「……あぁー、そうっスね」





 ◇文子





 エンジンをかけ、窓を開ける。

 もう初夏と言える時期ではあるが、夜風は涼しい。



「…………」



 なんだか、無性にタバコが吸いたくなる。

 助手席前のグローブボックスを漁ると、新品のタバコが見つかった。

 賞味期限はとうに切れているが、未開封だし吸う分には問題ないだろう。

 幸い、100円ライターも一緒に見つかったので、火についても問題ない。



「ふぅ……」



 湿気っているのか火の付きは悪かったが、無事一服を果たす。

 三年以上ぶりのタバコは、正直不味かった。

 それは賞味期限切れのせいか、あるいは私の心情のせいか。

 ……恐らく、両方だろう。



(全く……、このタバコも、新八君が嫌いだと言うからやめたんだがな……)



 タバコの苦みが、喉に染みる。

 ……人生、ままならないものだ。




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