第14話 九頭 文子

 


九頭 文子くがしら あやこだ。宜しく」


「春成……、麗です……」



 差し出された手を、麗は渋々といった様子で掴み、握手が成立する。



「ふん!」



 和解……と思いきや、麗が握った手に力を籠める。



「ふむ、どうやらヤル気のようだが、その程度では逆に気持ちいいくらいだぞ? ヤルなら、このくらい力を入れなくてはな」


「~~~っ! 痛い痛い痛い!」



 逆に力を込められ、麗が悶絶する。

 無理もない。聞いた話では、文子さんの握力は60Kgを超えているらしい。

 この数値は、30代男性の握力の平均値を10Kg以上超えており本気で握られれば男でも悲鳴を上げるレベルである。



「麗、この人を同じ女だと思うと痛い目見るぞ」


「す、既に見てます!」


「おいおい、こんな美女を相手にヒドイ言い草じゃないか」



 文子さんが美人なのは否定しないが、中身がゴリラである事実は変えられない。

 しかし、それを口に出すとアノ握力でつねられるため、黙っておく。



「旦那様! 一体何者ですかこの女は!?」


「さっきも説明した通り、俺のバイト先の店長だ。それ以外の何者でもない」


「おいおい、嘘はいかんなぁ新八君。私と君は、もっと深い仲だろう?」


「ふ、深い……っ!? や、やっぱり、不倫……!」


「だから違うって!」



 文子さんがバイト先の店長であることは真っ先に説明したのだが、今のような茶々を入れられるため話が進まない。



「文子さん、いい加減からかうのはやめてください」


「別に、からかってなどいないだろう? 新八君も、包み隠さず私との関係を説明すればいいじゃないか」



 それを説明すると、麗にあらぬ疑いをかけられそうだから嫌だってのに……


 しかし、文子さんのスタンスはわかった。

 恐らく、このまま俺が何も言わなければ、ずっと茶々を入れて場を乱し続けるつもりであろう。

 本当に……、この人は昔から何も変わらない。



「……この人は、俺の幼馴染で、4つ年上の姉貴みたいな存在だ。今はバイトの上司でもある。麗の思うような関係ではないから、その、心配しなくていい」


「ついでに補足すると、新八君のことは彼の祖父母とお父上から直々に面倒を見るように頼まれていてね。将来的には、私に貰って欲しいとも頼まれていた。つまり、婚約者だな」


「だから! それは――」


「もっとも、この話については正式な書面があるワケではない。当人の承認もない、あくまで私と彼の親族との間で交わした口約束に過ぎないから安心してくれ」


「幼馴染……、美人のお姉さん……、女上司……、親族公認……、婚約者……、アウトでは……!?」



 案の定、麗の思考が悪い方向に向かっている気がする。

 長年の付き合いで麗の性質については理解しているので、こうなる予感はしていたのだ。



「おい、少し落ち着け」


「はうっ」



 目が座っている麗に対し、文子さんがデコピンを放つ。

 ゴリラのデコピンなので、アレはそこそこ痛い。



「新八君も、これ以上掻き乱すつもりはないから大人しく寝ていなさい。……まだ股間も痛いんだろう?」


「……」



 図星なのだが、肯定するのも気恥ずかしいため、無言で布団に戻る。

 そして戻った途端、急激に意識が遠のくのを感じる。

 どうやら、病んだ状態で無理に動きすぎたようだ。

 それにやはり、まだ股間が痛い。

 大丈夫かな、俺のキンタマ……





 ◇文子





 ふむ、新八君は寝たか。

 好都合だな。



「さて、麗君。君のことは新八君から色々と聞いているよ。彼がハマっているネトゲ――Life Onlineで夫婦関係らしいじゃないか」


「……」


「最近はリアルでも会うようになり、今では家に遊びに来るような間柄になっているそうだが……、まさか合鍵を渡しているとはね。新八君は結構人見知りなところがあるから、正直意外だったよ」



 私も含め、いい歳こいてゲームにハマっているような人種は、社会的に見れば異端者と言っていい存在だ。

 しかも廃人クラスともなれば、間違いなく社会不適合者だろう。

 新八君に関しては私が管理し、ギリギリで踏みとどまらせていたが、彼女は間違いなく踏み込んでいる側の人間だ。

 だから私は、春成麗のことを十中八九地雷女だと確信していた。


 しかし実際に会ってるみると、この麗という少女は私の想像よりは大分まともな人間に見える。

 見た目も性格も地雷臭はするが、完全にヤヴァイレベルには達していない。

 というか、若い。正直、少し眩しい。


 年齢はなんと18歳だそうだ。

 廃人と聞いていたから恐らく20代後半から30代以上だと思っていたが、まさかの10代である。

 この年齢であれば、まだ十分に引き返すことが可能と言えるだろう。

 30~40にもなってネトゲ廃人を続けている真の社会不適合者達とは、少々扱いも変わってくる。



「……慎重な新八君とそこまで信頼関係が築けているということは、信用に足ると言えるかもしれないな」


「……随分と、上から目線ですね」


「当然だろう。私は年上だし、彼の親族から直々に世話を任されている身だ。彼が間違った道に踏み込もうとすれば止める義務があるし、怪しい輩に騙されそうになれば守ってやらねばならない」



 もしこの麗という少女が、宗教にハマっていたり、新八君に寄生する目的があるのであれば、私は全力で排除するつもりだった。



「私は! 怪しい輩なんかじゃありません!」


「口ではなんとでも言える。詐欺師は何年もかけて、言葉巧みに相手を懐柔するものだ。君がネトゲ経由で彼の警戒心を解き、徐々に近づいてきたという可能性も十分にあるだろう」



 ……まあ、私も実際この目で見て、その可能性は低いと思っている。

 先程の涙や、この感情的な面が演技だとしたら大したものだが、私の素性を知る前から態度が変わっていないことを考えれば、まずあり得ないだろう。



「そんな……、私は、本当に……」


「安心しろ。現時点で君への疑いはほぼ晴れている」



 年下をいつまでもイジメる趣味はない。

 それに――

 彼女の左手首のシュシュを見るに、確証はないが、あまり追い込み過ぎても良い結果にならないような気がする。



「とはいえ、君を信じるのにあと一手確信が欲しいところだ」


「あと一手って、私は何をすれば……」


「簡単なことだ」



 そう言って私は、テーブルに置かれたアーケードコントローラーを叩く。



「車の運転やゲーム――特に格闘ゲームをすると、その人間の本性……いや、違うな。見えない一面が表れるものだ。……つまり、私と少し遊んでもらおうか」



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