第13話 青空
今日は日曜日なので麗は遊びに来ていない。
俺のバイトのシフトが金土日月であることから、麗にはなるべく遠慮してもらっているからだ。
とはいえ、バイトのある日も午前中はLOに接続しているため、結局は毎日一緒に過ごしていることは変わらない。
『麗:旦那様、どうしましたか? 今日は少し反応が鈍いように見受けられます』
『藤堂:すまない、少し調子が悪いみたいだ』
俺も麗も、常日頃から一緒にプレイしているため、互いの異変についてはすぐに察知できる。
一緒に行動を開始して30分もしないうちに、俺の状態を悟られてしまった。
『麗:! 大丈夫っスか!?』
『藤堂:キャラがブレているぞ。大丈夫だ、問題無い』
麗はロールプレイが好きで、ゲーム内でもキャラを作っている。
以前は俺のことを藤堂氏と呼んでいたが、最近では旦那様と呼ぶようになり、貞淑な妻を演じるようになった。
『麗:でもでも、プレイに影響出るなんて相当っスよ! 熱とかあるんじゃないっスか?』
『藤堂:そうかもしれん・・・』
何となく寒気を感じるし、頭も熱い気がする。
問題無いとは言ったが、これは中々にマズイ状態かもしれない。
『藤堂:すまない麗、大事を取って休むことにする。今日は落ちるので、狩りはまた明日な』
『麗:狩りなんていいっスから、ちゃんと休んでください! というか、バイトも休むんスよ!?』
『藤堂:ああ、それじゃあノシ』
LOからログアウトし、まず熱を測る。
1分ほどで電子音が鳴り、確認してみると38.6℃と表示されていた。
(これは、流石にバイトも休むか……)
37℃台だったら行こうと思っていたが、この熱でバイクを運転するのは危険だろう。
立っていてもフラフラするし、仕事をするにしても迷惑がかかる。
とりあえず、店長に連絡するとして――
スマホを掴もうと屈んだ瞬間、スーッと意識が遠のくのを感じる。
(あ、やば……)
◇麗
(うぅ……、重い……)
ビジュアルを気にして、リュックサックで来なかったのは完全に失敗であった。
アレもコレも買ったせいで、買い物袋の重さが中々にエグイ感じになっている。
(でも、やっぱり桃缶は外せないよね)
病人への定番と言えば桃缶だと私は思っている。
次点がリンゴの擦りおろしだ。
ということで、桃缶とリンゴをスーパーで購入したのだが、これがまあ重い。
さらに、病人には500mlペットボトル飲料が一番飲みやすいだろうと思い、2~3本スポーツドリンクを購入していた。
全部合わせると中々の重量であり、軟弱な私にとっては大変キツイ重さになっている。
しかし、どんなにキツクても、旦那様の喜ぶ顔が見れるかもしれないと思うだけで、かつてない力が湧いてくる。
(まあ、旦那様は中々そういう顔を見せてくれないので、あまり期待はしていないけど)
それでも、照れて顔を反らすくらいの反応は見せてくれるかもしれない。
それだけで、私にとっては十分であった。
(よし、到着……!)
旦那様の家は駅から5分ほどの距離にあるが、今の私にとってはかなりの長旅に感じた。
早く荷物を下ろしたい。
今日はいつものようにベルは鳴らさず、合鍵を使って家に入る。
実は合鍵を使うのは初めてだったので、少しドキドキした。
(お邪魔しま~っス)
心の中で言うだけで、声には出さない。
ドッキリというか、いつの間にか部屋にいるという演出をしたいためだ。
音をたてずに靴を脱ごうとし、違和感を覚える。
その正体は、見慣れぬ武骨な印象を受けるブーツであった。
(何、この靴……?)
こんな靴は今まで見たことがない。
つまり、旦那様の靴ではない。
じゃあ、誰の?
嫌な予感がする。
旦那様は、今病人だ。
抵抗できず、タチの悪い輩に押し入られたのかもしれない。
「旦那様!」
荷物を玄関に置いて、居間まで足早に駆ける。
居間の引き戸は開きかけだったので、隙間を広げるように扉を開け放った。
「旦那……様……っ!?」
扉を開いてまず視界に入ったのが、ドリキャスをプレイしている長髪の女性だった。
「ん……? なんだお前は?」
それはコッチのセリフだった。
アナタは、何者?
しかし、言葉が出ない。
何故ならば、その女性が、とても……、キレイだったから……
「この家に不法侵入とは、いい度胸だ」
女性がコントローラーを置いて、立ち上がる。
その動きで胸が揺れ、女性の胸のサイズがかなり大きさであることが理解できる。
いや、胸だけではない……
腰もしっかりとくびれており、抜群のスタイルを誇っている。
ズキリ
胸に痛みが走る。
それでも、少しでも負けていない部分を探すため、改めて女性を頭の先から見ていく。
美しいストレートロングの黒髪。
切れ長の目に、バランスの整った美しい顔立ち。
ズキリ
私より大きな胸に、私よりくびれた腰、大きなヒップ、スラっとした長身。
ズキリ
白いノースリーブのブラウスに黒いロングのパンツという、着こなしの難しそうなファッションがとても似合っている。
ズキリ
「ん……? どうした? 顔色が悪いぞ?」
ああ、声までもが透き通っていて美しい。
完全な、敗北だ……
「……っぐ、ひぃぃぃぃん……」
敗北を確信した瞬間、涙があふれ出し、膝から崩れ落ちる。
「なっ!? 一体どうした!?」
「だぁってぇっ! 不倫されてたぁぁぁっ! しかも、ひぐっ、私じゃ、全然っ、勝ち目がないよぅぅぅぅぅぅっ!」
「ふりん……? もしかして不倫のことか? いや、全く意味が……っ!? いや、そうか! 君はもしかして、噂の……」
クールな顔立ちに似合わない焦りの表情を浮かべた女性が、何かに思い至ったのかのように目を見開く。
その瞬間、幽鬼のように立ち上がった旦那様が、丸めた雑誌で女性の頭をはたいた。
「あ痛ぁっ!?」
「おい、何麗を泣かせている」
「ちが、私はそんなつもりじゃ……」
「どんなつもりでも、許さん……」
旦那様と女性がワチャワチャと揉めている。
旦那様が無事で良かった……という気持ちは、どす黒い嫉妬の闇に塗り潰された。
「許さないのは……! コッチの、セリフですよ! 旦那様ぁぁぁっ!!!」
「っ!? ぎ、ぎぃぃぃぃぃぃっっっ!」
女性の長い脚の間をくぐり、旦那様めがけて頭から突進する。
その位置関係から、私の頭は旦那様の股間を直撃していた。
「お、おい! 新八君!?」
悶絶して、布団に倒れ込む旦那様。
それに合わせるように、テレビ画面に映る観鈴ちんが、「もう、ゴールしていいよね」と言った。
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