第10話 ネットゲ―マーカップルの不健康な一日
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょーーーーーーーーっ!? と、藤堂氏、これ、幻じゃないですよね!?」
「あ、あ、あ、ああ……、俺にも見えているから、幻ではないハズ……」
動揺したのか、麗が素に戻っている。
俺も二度見三度見して、ようやく目の前の光景に現実味を帯びてきた。
俺達は、ついに……
「って、麗! 早く拾うんだ!」
「ハ、ハイっス!」
モンスターからのドロップ品は、一定時間が経つと消滅するようになっている。
もしこのカードが消えでもしたら、俺達はきっとしばらく立ち直れない。
麗は震える手でマウスを操作し、「カーミラカード」を拾う。
そして自分のインベントリ(アイテム収納袋)を確認し、リアルで俺の服を引っ張ってくる。
「先輩! 先輩! ホラ! 本物っスよ! 本物!」
「あ、ああ、間違いない。とりあえずスクショを撮ってくれ」
「そ、そうっスね」
万が一のこともあるので、念のため証拠写真は残しておく。
その画像を俺も確認し、改めて実感が湧いてくる。
俺達は、ついに、一つの目標を達成したのだ。
「先輩……」
「麗……」
俺達は互いに顔を見合わせてから、ガッシリと抱き合った。
恋愛感情などは一切伴わない、ただ達成感からくる抱擁である。
「長かったな……」
「長かったっスね、先輩……」
俺と麗がイリュージョンラビリンスに挑戦するようになってから、およそ3年になる。
つまりこれは、3年越しの喜びということだ。
俺達は、互いの鼓動を感じあい、
そうして5分ほど抱き合っていると、段々と多幸感も薄れていき、抱き合っていることの気恥ずかしさが強まってくる。
「……麗、そろそろ離れてくれ」
「ん~、もう少しくっついていたいっス~」
「しかし、鈴の時間がもったいない」
「はっ!? そうだったっス!」
俺も麗もゲーマー脳だ。
そんじょそこらの恋愛脳とは違い、当然のようにゲームを優先する。
「少し時間を無駄にしたが、まだ時間はある。次を狙うぞ!」
「ウィッス! 今のウチらには流れが来てるっスからね!」
大当たりを引いたときは流れが来ているため連続して当たりが狙える、という考え方は割と多くのプレイヤーに浸透している。
所詮はただの思い込みに過ぎないのだが、実際にそういった事例は結構見かけるので軽視はできない。
ここで何かもう一つ当たりを引ければ、さらなる装備更新が狙える……!
しかし、軽い興奮状態だったせいでプレイに精細さを欠いた俺達は、結局次の山場である60階でボロボロになり、そこで攻略終了となってしまった。
「いや~、ボロボロだったっスね!」
「稀に見る酷いプレイだったな」
60階までの道中で、俺達は二人とも二回ずつ転んで(死んで)いる。
俺は、迂闊に抱えるとマズイ相手を抱えて装備を壊されたり、物理ダメージ反射のモンスターを間違って殴ったり……
麗も魔法ダメージを反射されたり、強化バフを切らしたりしていた。
ただ、魔法反射死以外は盾役が
「まあ、仕方ないっスよ! 宝くじ当たって平常な精神でいられる人間なんてほぼいないっスからね!」
上手い例えだ。
確かに、宝くじで大当たりを引いて平常な精神でいられる人間なんて、恐らく大金持ちくらいだ。
俺達のようなパンピーに、動揺するなという方が無理な話と言える。
「今の相場はいくらくらいだろうな」
「今確認中っス。……履歴を見ると30Gで売れてるっスね」
30G……、一人頭15G……、どんでもない値段だ。
物理攻撃職にとって、HPを確定で吸収できるというのはそれだけ強いということである。
実質、殴ってさえいればほぼ死なない状態になるのだから、強いのは間違いない。
その下位互換である確率吸収系のカードですらそこそこ高額なので、この値段も納得と言えるだろう。
「それじゃあ、それより少し高めで出して様子見だな」
「そうっスね。別に即金が欲しいワケじゃないっスから、強気の38Gとかで出しておくっス」
ゲーム内アイテムは、NPC露店に登録することで、24時間プレイヤーの代わりに自動で販売してくれるシステムになっている。
昔はプレイヤー自ら露店を出す必要があったため、その間ゲームを遊ぶことは不可能だったが近年のアップデートでNPC露店が実装され、環境がガラリと変わった。
今では商品が売れるまで遊べないということもなくなったし、長時間ゲームに接続している必要もなくなった。
まさに神アプデである(最初からそうしておけという話なのだが、LOプレイヤーにとっては画期的だったのだ)。
「露店の登録終わったっス。次はどうするっスか? また別のキャラでイリュージョン行くっスか?」
「今俺達はノッてるからな。今日はもう少し周回しよう。……ただ、先に飯を食うか」
11時頃からLOを始めて、現在の時間は13時過ぎである。
飯を食うにはいいタイミングだろう。
「今日のご飯は何っスか!?」
「なんでもいいが、何か希望はあるか?」
「あ、じゃあウチ、この前スーパーで一緒に買ったカップ麺がいいっス!」
「気が合うな。実は俺もラーメンという気分だった」
以前麗とスーパーに寄ったとき、お互いに好みのカップラーメンを購入している。
折角二人で買ったのだし、一緒に食べようと手を付けずにいた。
「ニンニク豚骨ブラック! さらにご飯も要求するっス!」
どう考えても健康に悪いが、ラーメンスープとご飯はまさに悪魔の組み合わせ。
この魅力には抗えない。
カップ麺のカロリーは大体400~500キロカロリーが普通なので、ご飯を追加しても軽傷で済む。
足りない栄養は、夕飯で補えばいいだろう。
「よし、では麗にはレンチンご飯の調理を任せる」
「ラジャーっス!」
俺達はカップ麺を喰らい、それ以外の時間はネトゲ三昧という、不健康極まりない一日を過ごすのであった。
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