第8話 イリュージョンラビリンス①
イリュージョンラビリンスは、全100階からなるインスタンスダンジョンだ。
ダンジョン内にはゲームに登場する様々なモンスターが配置されており、階層が上がるごとに強さが増していく。
さらに、5階層ごとにボスが配置されており、80階を超えるとそのレベルはプレイヤーにおける最大レベルの倍以上にもなる。
そんなこともあって、基本的にはフルパーティ(20人)での攻略を想定して設計されたダンジョンとなるのだが、昨今の装備のインフレにより、少人数――難易度やプレイヤーの技術次第ではソロでの攻略も可能となっていた。
俺も麗も、難易度ノーマルであればギリギリソロでも攻略できる実力はあるため、ペアでの攻略は非常に安定しており、ゲーム内での安定した収入源の一つになっている。
「先輩はどのキャラ出すっスか?」
「ハードであれば物理火力も必要になるし、LK(ロードナイト)を出すか」
「おお! 先輩のLK久しぶりっスね!」
「まあな。少し装備がアップデートされたし、試験運転の意味もある」
「あ、そういえば例の盾引いてましたもんね」
LOにもソシャゲにおけるガチャのようなものがあり、毎月かなり強い装備が実装されている。
そういった装備が引ける確率はかなり低く、正直に言って景品表示法とかそういった法律に触れているんじゃと思えるレベルなのだが、数年にわたり調教されたプレイヤーはそれでも引いてしまうというという悪循環が発生していた。
俺も麗も、社会人と違って安定収入はないので、毎月の課金額は大したことがない微課金勢だ。
今回のクジも、お布施として入れた3000円で、たまたま当たりを引けたというだけである。
俺達のプレイ方針は「無理せずゆっくり」だ。
廃課金プレイヤーには敵わないが、一般人よりプレイ時間は多いため、その分じっくり攻略を楽しめる。
俺も麗も、このプレイスタイルをサービスが終了するその日まで貫くつもりだ。
「じゃあ、ウチはDP(ダークプリースト)にするっスね」
DPは、その名の通り闇の神官という設定の職業だ。
純正のプリーストより支援面で劣るが、その分攻撃に多様性があるため、少人数パーティに向いている。
光と闇が合わさり最強に見えるが、決して最強ではない。
俺達は、それぞれ装備やアイテムなどの準備を整え、ダンジョン前に集合する。
平日の午前中ということもあって、他のプレイヤーは少ない。
「あ、猫魔人先生がいるっスね。お~い!」
麗が挨拶スタンプを押すが、反応はない。
どうやらAFKのようだ。
ちなみに、AFK(Away From Keyboard)とは、ゲーム接続したまま席を外しているという意味である。
「徹夜して寝落ちしたのかもな」
ネトゲに限らず、よくあるパターンというヤツだ。
普通のゲームでコレをやると、実際のプレイ時間とゲーム上のプレイ時間が大きくズレるため、あとで自分がどれくらいプレイしたのが正確な時間がわからなくなる。
ネトゲだとその心配はないが、常に接続しているため廃人扱いされたり、ネタにされたりする。
「猫魔人先生がいれば、ベリーハードもワンチャンあるんスけどね~」
猫魔人先生は、自他ともに認める正真正銘の廃人プレイヤーである。
装備もPS(プレイヤースキル)も最高水準であり、サーバ内でも有名なプレイヤーと言えるだろう。
俺と麗は基本ペアでプレイするが、一部のプレイヤーとは時々パーティを組むことがある。
その内の一人が、猫魔人先生だ。
使用しているキャラは、近年実装されたニャンコ族という強職(強い職業)で統一されている。
「まあ仮にいたとしても、今日のところはやめておいた方がいいだろう。俺達だけでVC(ボイスチャット)アリなのも気が引けるしな」
「それもそうっスね」
猫魔人先生も、今時にしては珍しくVC不可のプレイヤーだ。
その点でも俺達は相性が良く、気軽にパーティが組みやすかった。
しかし、今は俺達だけ実質VC状態なので、なんとなく後ろめたさがある。
「さて、それじゃあ行くとするか」
「なんか良いカード出るとイイっスね~」
インスタンスダンジョンを生成して中に入る。
ハード難易度と言えども、流石に序盤は余裕であり、モンスターは瞬く間に蒸発していく。
俺の役割は麗の盾役――ネトゲではタンクや壁などと呼ばれる役割だが、この時点ではその必要もなく、麗の取りこぼしを処理する係を務める。
ついでに、有用そうなアイテムがあればそれらも拾っていく。
「『レイオブダークネス』は範囲は広いっスけど、自分の周囲を攻撃するタイプなのがネックっスよね~」
DPのスキル『レイオブダークネス』は、自分を中心に一定範囲を攻撃する闇属性魔法攻撃だ。
攻撃範囲は広いが、自分を中心に攻撃するため、一々モンスターに近付く手間があるのが難点である。
また、属性が闇のため、闇属性のモンスターには効果がなく、取りこぼしもそれなりに発生しやすい。
そういった場合は光魔法で処理すればいいのだが、DPの使える光魔性は単体攻撃のみなので、闇属性モンスターが多いと処理に時間がかかる。
そういった弱点があることが、光と闇が合わさっても最強ではない理由となる。
「まあ、普段ソーサレスを使っているとそう感じるだろうな」
麗が普段メインに使用している職は、ソーサレスという火水風土を自由に使い分ける魔法職で、範囲指定魔法も使えるため非常に殲滅力が高い。
火力自体も高いため、最強職の一つに数えられている。
「他職を使うと、自分が普段いかに優遇されているか理解できるっス」
火力職というのは守りが弱いというのがセオリーだが、ソーサレスは防御に関しても優秀なため隙がない。
ソロ性能も高いため、非常に人気が高い職だ。
……しかし、一つ弱点が存在する。
「まあ、俺はそんな装備が高い職には手が出せないがな」
ソーサレスは人気職ということもあって、装備の値段が非常に高い。
一般層がギリギリ手を出せる値段が約1G(1,000,000,000)くらいだとすると、ソーサレスの装備は一つで10Gくらいする。
とてもではないが、エンジョイ勢が手を出せる値段ではない。
麗のソーサレスは、そういった高額品から一つ型遅れとなる装備品を使用している。
それでも平気で数Gしたりするので、俺の感覚だと手が出せない。
……いや、この前引いたこの盾を売れば、一応2Gくらいは稼げるか?
……まあ、売らないが。
「何か一発デカいカードを出せばいいんスよ!」
「それが出れば苦労はしない」
カードとは、各モンスターに設定されている一番低確率のドロップ品だ。
そのモンスターのイラストが描かれたカードで、装備に挿すことでそれぞれ固有の性能を発揮する。
ほとんどのカードは微々たるステータスアップ程度の性能だが、中にはスキルが覚えられるものもあり、値段も性能もピンからキリまである。
特に価値があるとされるのはボスモンスターのカードで、それらの中にはプレイ環境を変えるレベルの性能を持つものもある。
もちろん、控えめな性能のカードも数多く存在するが、安くても1G以上するものが多いため夢がある。
ボス次第では数十Gするようなカードもあるので、一攫千金を狙ってボス狩りをするプレイヤーも多い。
このイリュージョンラビリンスの人気が高いのも、その一攫千金を狙いやすいことが理由の一つだ。
ボスが5階層ごとに配置されているため、計20回夢を見ることができる。
下の階層のボスカードは安いが、上の階層のボスカードが出れば、一気に装備の更新ができるだけの金額が手に入るのだ。
俺も麗も、それを夢見てずっとこのダンジョンに通っているが、未だに高額カードは出たことがない。
「きっと今日こそは出るっスよ!」
「だといいな」
そんな軽口を叩きながら、俺達はイリュージョンラビリンスを攻略していく。
階層はもうすぐ中層。
そろそろ、連携も必要になってくる頃合いである。
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