第7話 どうやら麗は一条武丸推しらしい
ピーンポーン♪
火曜日の午前中――ヤツはやって来る。
俺はインターホンの受話器を取った。
『"ハラワタ"引きずりだしてその口に突っこんでやっからよォ・・・・』
俺は無言で受話器を置き、玄関に向かって扉を開ける。
「チッス先輩♪ また来ちゃいました♪」
「何故一々小ネタを挟む。合鍵を渡したんだから、勝手に入ってくればいいだろう」
「そう言わず何か反応してくださいよ~! それに、親しき中にも礼儀ありって言葉があるじゃないっスか」
礼儀のあるヤツは第一声で『"ハラワタ"引きずりだしてその口に突っこんでやっからよォ・・・・』なんて言わない。
「……とりあえず、入りな」
「ハイ♪ お邪魔しま~っス!」
麗はスタスタと家の中に入っていく。
勝手知ったるといった感じで、動きに迷いがない。
施錠して俺も中へ向かうと、麗は人をダメにするクッションの上でダメになっていた。
「ふぃ~、疲れたっス」
体力のない麗は、奥多摩駅から我が家までの距離を歩くだけでもへばる。
「流石にもう少し体力をつけた方がいいぞ」
「そうっスね……。痛感してるっス……」
俺もインドア派で体力には自信ないが、麗には負ける。
やはり定期的に外に連れ出し、体力を付けさせなければなるまい。
「今日は何をするつもりだ?」
「今日は、疲れたんで一日中LOしようっス~、折角のイベント中っスからね~」
現在、俺達が長年プレイしているMMORPGであるLO(Life Online)では、高難易度インスタンスダンジョンを毎日遊べるイベントの真っ最中だ。
ちなみにインスタンスダンジョンとは、パーティーなどの少人数グループ毎に、一時的に生成されるダンジョンのことを表す。
要するに、このダンジョン内では仲間以外のプレイヤーと遭遇することがなく、モンスターの取り合いなども発生しないのだ。
イリュージョンラビリンスと呼ばれるそのインスタンスダンジョンは、通常であれば週に一回しかプレイできないダンジョンなのだが、このイベント期間中は毎日プレイできるようになっており、LOでも屈指の人気イベントとなっている。
「それなら、別に家にいてもできるだろう。わざわざ来なくても……」
「声なしだとハード以上はキツイじゃないっスか~」
「それはそうだが……」
イリュージョンラビリンスはノーマル、ハード、ベリーハードの難易度があり、俺達がもっぱら遊んでいるのはノーマルモードだ。
しかし、お互いが声を出して連携できるのであれば、ハードモードでもなんとか手が届くレベルになる。
「前々から気になっていたんだが、電車賃は大丈夫なのか?」
麗の住まいは埼玉県にあると聞いている。
それだけ距離があると、かなり電車賃がかかるハズだ。
月1回程度の頻度であればどうとでもなるだろうが、毎週ともなると財布にそれなりのダメージを与えることになるだろう。
「大丈夫っスよ~。ウチ、そこそこ稼いでるんで」
「稼いでいるって、何をやってるんだ?」
麗は自他共に認めるネトゲ廃人だ。
毎日欠かさず、半日以上LOに接続している。
とてもではないが、バイトをしているようには思えない。
家の壁も薄いと言っていたし、実家が金持ちということもないハズだ。
「小説投稿っス。ウチ、小説投稿サイトのインセンティブで大体月10万円くらいは稼いでるんで、電車賃くらいは余裕っス」
「小説投稿!?」
俺もweb小説は結構読む方なので、広告収入などのインセンティブで金を稼ぐ手段があることは知っている。
しかし、あの手の収入は一定以上の人気がなければ収益化できないハズなので、ハードルは高いと聞いたことがある。
つまり、それで稼げているということは、麗は少なくともそれだけの人気作家ということだ。
「驚いたな。まさか、麗にそんな特技があったとは。もしかして、書籍化してたりもするのか?」
「してないっスよ。可能性はあるかもしれないっスけど、まだそこまでの人気はないっス」
「そうか……。でも凄いな。収益化できるのは、ほんの一部だって聞いているぞ。人気作家なんだな」
「そ、そんな、人気作家とか、照れるからやめてくださいっス! ウチなんて本当に大したことないんで!」
「いやいや、絶対大したことあるぞ。10万稼げる作家なんて、ほんの一握りだろ」
というか、休み次第じゃ俺も稼ぎで負けることがありそうだ。
もう少し敬うべきだろうか……
「ハ、ハハハー、この話やめませんか? なんだか凄くハズイっす」
「まあいいが、これだけは聞かせてくれ。代表作はなんだ? あと、作者名は?」
「だ、だから! ハズイから絶対教えないっスよ!?」
さっきから顔が真っ赤なのは、本当に恥ずかしがっているからのようだ。
普通そんな人気作品を書いているのであれば、もう少し堂々としていると思うのだが……、これはアレだな。
結構人に言いにくいタイプの作品を書いているのかもしれない。
BLとかハーレムとか、その手の作品であることが予想される。
仕方ないので、これ以上は触れないでおいてやろう。
「まあ、麗がそう言うのであれば聞かないでおこう。電車賃についても問題ないことはわかった。それなら、心置きなくLOを楽しむとするか」
「そうっスよ! 細かいことは気にしちゃダメっス! ウチは先輩と会うのが楽しみで、いつも遊びに来てるんスからね!」
面と向かってはっきりそう言われると、少々照れる。
そして、言った本人も照れていた。
俺たちは顔を赤くしながら、それを誤魔化すようにLOの準備を始めるのであった。
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