第3話 そうだ、温泉に行こう

 


 ゆさゆさ ゆさゆさ



 体が揺り動かされている。

 しかし、眠気が勝り再び意識はまどろみへ――



 ゆさゆさ ゆさゆさ



 再びしつこく揺り動かされたため、仕方なく目を開く。



「……っ!」


「おはようございます! せ~んぱい♪」



 ドアップで麗と目が合った。



「お、おはよう」



 心臓がバクバクと高鳴っているが、なんとか挨拶を返す。



「フフッ♪ 先輩の寝顔可愛いっスね!」



 これはアレだ。間違いなくからかっているのだろう。

 そう断定することで逆に冷静になり、記憶を遡って昨晩の行動を思い出していく。



(昨日は確か……、ゼクスで対戦したあと、飯を食いながらLOをして、最後にアニメを観て……寝落ちしたのか)



 記憶にはないが、何故か布団にだけはしっかり入っている、寝落ちあるあるだ。

 ベッドから起き上がり隣を見ると、布団が敷いてあった。

 どうやら、麗もちゃんと布団で寝たらしい。良かった良かった。



「なんスか? もしかして、一緒に寝たかったっスか?」


「いや、そうなっていなくて良かった」


「なんでっスか!?」



 そういうのは覚えているときにして欲しいからだ。

 俺はそれを口には出さずに立ち上がる。



「飯、食うか」


「食うっス! お腹空いたっス!」



 俺はとりあえず、冷蔵庫に常備してある卵を使ってスクランブルエッグを作る。

 あとはシリアルでも食べればいいだろう。

 ゲーマーの朝食としては上等な方だ。



「なんスかこの卵料理!? 滅茶苦茶美味いっスよ!?」


「ただのスクランブルエッグだ」



 味付けはかなり甘めにしているので、ご飯には合わない。

 パンに乗せるのはアリだが、個人的には単品で食べるのがお勧めである。



「おお、これがスクランブルエッグっスか……」


「え、スクランブルエッグ食べたことないのか?」


「卵料理は、卵焼きと目玉焼きとTKG(卵かけご飯)しか食べたことないっス」



 一体どんな食生活してたんだ……

 いや、でもまあ、卵メインの料理は俺もそれくらいしか食べないな。

 別に気にするほどのことではないと思うことにした。



「それだけ食べてれば十分だと思うぞ。俺も自分だけならそれくらいしか作らない」


「ってことは、このスクランブルエッグは私のために作ってくれたんスか!?」


「まあな。女子っぽいだろ。スクランブルエッグ」



 女子っぽさの基準などよくわからないが、甘いし間違いないだろう。

 カタカナなのも、なんかお洒落感あるし。



「感激っス!」


「安い女は男には喜ばれるが、女には叩かれるみたいだぞ」



 サイゼで喜ぶ彼女とかな。

 ……まあ、奥多摩にサイゼはないが。



「ハハ……、私が安い女なのは、間違いないですからね……」



 しまった。地雷を踏みぬいたらしい。

 ここはフォローしておくべきだろう。



「コストがかからないというのは、それだけで美徳だ。付き合いも長続きする。たとえば、こんなスクランブルエッグくらいなら、毎日だって作ってやれるぞ」


「っ!?」



 ちょっと攻め過ぎたか?

 しかし、別に嘘は言っていないからな……



「わ、私、ここに住むっス!」


「それはダメだ」


「なんでっスか!?」


「ここは元々ジイさんの家で、今の名義は親父なんだ。そういう勝手なことはできない」



 今のように頻繁に遊びに来る程度であれば問題ないが、住むとなると話は変わってくる。

 賃貸ではないので住む人数に制限はないが、それでも色々な手続きが必要になるのだ。



「むぅ……、じゃあ、まだしばらくは通い妻生活を続けるっス……」



 自分でも通い妻って自覚はあったんだな。

 まあ別に家事とかしてもらってるワケじゃないから、違う気もするが。



「それで、今日は何をするんだ?」


「ん~、ずっとLOしてもいいんスけどね~」


「ゼクスはもういいのか?」


「もういいっス。楽しいっスけど、多分上を見たら何でもありのヤヴァヤヴァ状態だと思うんで」


「まあ、そうだな」



 今更ゼクスをやっているような人間の対戦環境は、きっと酷いことになっているに違いない。

 オールドゲームあるあるだ。

 当時楽しんでいたプレイヤーすら知らない、数年経ってから発見されたセオリーやテクニックが飛び交う魔界。

 そんな状況になっている可能性が高いため、素人がおいそれと手を出せる領域ではないのである。

 エンジョイ勢は、たまに遊ぶくらいが丁度いい。



「折角だし、奥多摩観光でもしてみるか?」



 奥多摩は観光スポットだ。

 景色だけは良いし、ハイキングコースなどの観光スポットや、グルメを楽しめたりする。



「興味はあるっスけど、私、歩くのは苦手っス」


「まあ、俺達みたいなインドア派の極致にいる人間はそうだよな」


「行くなら近場がいいっス! スーパーとか!」



 スーパーなら奥多摩駅周辺に一つ存在する。奥多摩に唯一存在するスーパーだ。

 奥多摩以外の駅周辺にはマジで何もないが、奥多摩駅の周辺には他にも色々店があるので、プチ都会と言ってもいいだろう。いいハズだ。



「そうだな。飯の買い出しもあるし、スーパーには寄るとして、折角なんで温泉にでも行ってみるか?」


「温泉があるんスか!?」



 食いつきがいいな。

 やはり女子は温泉好きなのだろうか。



「奥多摩駅から10分くらいのところにある。ウチからだと位置的にもう少し近いな」


「10分……、結構歩くっスね……」


「まあな」



 これが真のインドア派の反応だ。

 俺達にとって、10分歩く距離というは遠いのである。



「でも、温泉のためなら我慢するっス!」


「決まりだな」



 俺達は先日深夜までゲームをし、その後はアニメを観て寝落ちしたので風呂に入っていない。

 温泉は丁度良いだろう。


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