~苦境の初春(はる)~(『夢時代』より)
天川裕司
~苦境の初春(はる)~(『夢時代』より)
~苦境の初春(はる)~
独りの女性(おんな)が目の前に立って居た。彼女は常に一点を見詰め、何やらぶつぶつ、独り言を呟いている。
彼女の姿勢(すがた)は無頼に落ち着き、頼り無さ気(げ)に見えては自分の事など俺に話して、話しながらにどんどんどんどん先へ先へと独歩(ある)いて行った。観得ない景色へひたすら向かって独歩(ある)いて行った。人間(ひと)の体温(ぬくみ)に頼りながらに知れず処で無頼へ落ち着き、彼女の躰はどんどん独歩(ある)いて確立して在る。
俺の元へは制限時間を上手く設けてふらと寄っては、元から佇む独自の居場所へ変らず辿って不動に在って、手っ取り早く彼女を射止めた俺の姿勢(すがた)を霞ませて行く。怒涛に蠢く人渦(じんか)の上では、俺の思惑(こころ)が何時(いつ)か見知った奇跡が独走(はし)って加減を知った。
*
俺の心身(からだ)は襖一枚程の隔てを設けて夢想(ゆめ)と現(うつつ)へ上手く逃れた自分の居場所を未だ知らない〝人渦(じんか)〟へ吞まれて丈夫に立った。暗(やみ)から外れて俺の純心(こころ)は、微かな吐息を他人に見立てて上手く遊泳(およ)げた少年(こども)の日を観て黒目(ひとみ)を翻(かえ)し、昨日に生れた〝未熟〟な思惑(こころ)を存分手に取りゆったり眺めて、我が子を知り得ぬ自分の定めへ直行して生(ゆ)く。自分の嗣業が何処(どこ)に息衝き何処(どこ)へ向くのか適当なのかも人間(ひと)に呑まれて定かに無い儘、寧ろ〝定め〟を遠く離れた自分の住処へ勢い保(も)ちつつ不要に勇(いさ)み、現行(いま)から孵った身分の生命(いのち)に延命(いのち)を知る儘、幼女が静かに自分の前方(まえ)にて座って在るのを遠目に見ていて懐かしむのだ。青い夕日は黄金を忘れて毛抜きを手に取り、俺の精神(こころ)に柔く刺さった棘の枠内(かこい)を上手く引き抜き、自分に立て得た課題を知るまま今日の稽古に存分励んで新しさを知る。以て生まれた快活さにさえこれ程微細に働く四肢(しし)が在るのを見落しながらに〝意味〟を追っては宙(そら)を見遣って、青い空などふいと見上げて佇む内には、人生(みち)に外れた自分の生命(いのち)が奇麗に仕上がり〝意味〟を追うなど虚無の内にて唖然としている。小鳥が一匹虚空を舞った。
肌色(いろ)が白くて肢体(からだ)の細い〝無頼〟に生れた〝鰹長者(かつおちょうじゃ)〟と俺から生れて勝手に独走(はし)った分身(かわり)の躰が枠内(かこい)を打ち立て仕切りを設けて、空間(すきま)に騒いだ延命(いのち)を手に取り論争して居た。白衣の天使は幼少(みじゅく)の頃から自活を始めて自分に添い得る人間(ひと)の便りを存分温(あたた)め輝彩(きさい)を放ち、昨日と今日とが何処(どこ)で区切れて繋がり得るのか、上手く透った空(くう)に見詰めて相対(あいたい)して居る。俺の思惑(こころ)は彼を見付けて甚だ尊(とうと)い退屈(じかん)を取り添え、彼が手にした延命(さだめ)の〝意味〟さえ付かず離れず魚籠ともせぬうち崩壊し掛けた〝人間(ひと)の未定〟に忍んで取り付け、一進一退、〝無頼長者(ぶらいちょうじゃ)〟が自分を通って勲章得るのが我慢出来ずに昨日と明日(あす)とが現行(ここ)で逢うのを細目に覗いて遊覧して居た。
〝糞坊主!〟
と言(ことば)に寄り添う自分の精(せい)など未熟に鍛えて相談し終えた真坂(まさか)の瞬間(とき)から俺の熟体(からだ)は非常に燃え行ききらきら輝き周知を遊泳(およ)ぎ、〝糞坊主〟と虐待し掛ける危うい台詞(ことば)に人間(ひと)の身を立て自虐を起した彼の身元は瞬間(とき)が仕掛けた撃鉄なんぞに偶奇を憶えて揚々閃き、「明日(あす)」の返った〝現行(いま)〟の泡(あぶく)に辿って流行(なが)れる。俺は唯々彼との出会いに悶々するまま彼を奏でた光沢(ひかり)の総身が激しい疎さに巻かれ始めて、彼の手にした一つの台座を粉砕しようと試みたのだ。
俺の誇張は空気を突き抜け彼へと達し、彼が小躍(おど)った鎮座の側(そば)では黄金(こがね)を呈してくるりと翻(かえ)り、最近知り得た強弱付け得る文句(ことば)の調子に自分の感覚(いしき)を真っ直ぐ取り付け脚色(いろ)を化(か)え行く対話の術(すべ)など巧く覚えて延々喋り、唯々その時対した彼の元からどんな調子が返って来るのか固く気にして突っ立ってある。彼は彼等で多勢を仕上げた悪魔の態(てい)して〝二足の草鞋〟を充分取り行き真向きに直り、〝敗けて成るか〟と自分に秘め得る熟読・論破の雑な脚力(ちから)に一言(ことば)を任せて薄ら仕上がり、俺の目前(まえ)では淀みの通りに清流(ながれ)を仕上げてプラスチックの会話を牛耳り変らず笑う。俺の過去から寸分違(たが)わずひょいと生れた記憶の成果が自分の敗け足る〝論破〟の何かをすっかり拡げて冒険して在り、彼の一詞(ことば)に自分の置かれた立場等見て最近流行(はや)った〝文句(ことば)の尾鰭に蛇足を講じて纏まり付かない互いの未読に自己(おのれ)の赤旗(はた)など宙(そら)へと掲げ、鵜呑みにし得ない唾棄の歩幅を上手に見て取り不敗を仕上げる〝奸譎(かんきつ)紛いの卑下た精神(こころ)を彼(やつ)の欲しがる思惑(こころ)の周辺(あたり)にすっかり見付けて〟彼等(やつら)を嫌い、言葉を忘れた葉裏の心地が俺の背に乗り透って行くのが再三尽きない未熟の言動(うご)きにようく見て取れ彼を呪った。それにつけても彼の肢体(からだ)は白(しろ)に解け入る純白(しろ)の生肌(きはだ)に揚々巻かれて柔さを晒して、俺から観得行く固い意固地は何をも通じぬ固さを示して野平(のっぺ)り佇み、それ等の衝動(うごき)を大目に見回る活気の程度はひょろく成り立ち杜撰を勝ち取る。宗匠頭巾に深く隠した彼等の身元は俺から離れて悪態吐(つ)かずに、現行(いま)に落ち得た難儀を仕留めて真向きに直って悠々立ち行き、俺の目前(まえ)では男も寄らずの陽気を保って敢然と在る。黒く灯った故習(ならい)の仕切りは俺に灯した勇気を見下げて上々先行き、弔いでもない微弱(よわ)い活歩(かつほ)を執拗(しつこ)く画(えが)いて自分を操(と)り行く奈落へ応じる。彼の意固地は底無しかと一瞬想われ気高く澄んだ。
そうした彼等の人間模様(もよう)に拙く見え行く悪魔の言動(うごき)が一瞬一瞬自分を照らして横行した後、感覚(いしき)に芽生えた〝二人の独歩〟が何処(どこ)へ向かって落ち着き生(ゆ)くのか一向知らずの境地が静まりどんでん返り、俺の姿勢(すがた)は恐らく不毛の無益な会話に立場を馴らして、彼の出向きに通感し得ない無垢の気配が小躍(こおど)り始める。彼が出向いた〝無駄〟な場所へと対話の流行(ながれ)に具に感じて先廻りをして彼等を追い掛け、文句(ことば)通りに彼等の前方(まえ)にて必ず俺が居座る事実(こと)から、彼等を追い越す俺の越(えつ)には彼等が拝した曇りを含めて一層佇み、俺の仕掛けは空間(すきま)を切り抜け上手く透って〝彼等〟を迷わせ、彼等の前方(まえ)では俺の感覚(いしき)は常の常まで憤怒に巻かれて共振(きょうしん)していた。彼の身元は誰にも知られず俺の下(もと)でも常に虚無にて茂って在ったが、生肌(はだ)から察して二十歳の辺りで、それほど乱れぬ口調を仕切ってゆっとり成り立ち、どれ程憤怒に独走(はし)り通して揺らいで在っても可笑しな具合に体裁(かたち)の乱れぬ貴高(きこう)な衒いが顎へと染み付く。そんな調子を対話の具合にひっそり降(おろ)して綽(しなやか)にあり、彼の表情(かお)には寸とも折れずの屈強(つよみ)が祟って俺をも配し、俺の分身(かわり)が幾度も彼に先(せ)んじた〝憤怒〟を持ち出し挑発した故、その若者も負けず嫌いを体好く掲げて突進し始め、俺と彼とは枠内(きょよう)の内にて断固化(か)わらぬ気配を承け止め覚悟を決め出し、突っ掛かっては休憩始める無量を呈して伸ばされていた。彼と喋った帰趨の場所とは、電車の中や、夏っぽい季節の内の家の中だった気がする。
〝もっと相手に伝わり易い喋り方せなあかんわ。必要なとこにインパクト置くとかして、ほらあるやん、えーと何やったっけ、ほらあの喋り方のハウツー本…。喋る時のインパクトの在り方とか書いた…〟
俺の語りが真夏の内にて蒸し暑かったか、彼を閉め出す無数の記憶に彼等は居座り、彼等の吐息が温(ぬる)く掛かった新たの夢想(ゆめ)には俺が訝る白紙の吟味が丁度好いまで縦字を並べ、彼等の〝記憶〟を俺の感覚(いしき)へ虜にする儘、彼等は平(たい)らに馴らした自分の感覚(いしき)を文句(ことば)へ切り替え俺へ伝えた。
「あの、どうやったら伝わり易くなるとか書いたボキャブラリの本?」
そろそろ灯った冷静さを観て俺の思惑(こころ)は〝彼等〟を透して新参して活き、彼等が揃った丸味を頬張る暗い居場所へ勇々(ゆうゆう)空転(ころ)がり一歩退(さ)がった態(てい)して彼等へ問うと、彼等も仄かに劈く晴嵐(あらし)へ置き去る冷静さを観て自分と同じに暗路(ここ)へ生育(そだ)った俺の興味に津々(しんしん)と成り、厚く語らう自分の企図へは一向向かずの関心を採り、初めに頷く器量を取り行く努力を講じて平然と居た。俺の姿勢(すがた)はそうした辺りに彼等を捉えて常識を知り、彼を喩えて〝思考の葦〟など想い出すまま暗路(そこ)へ並んだ自分〝相手〟を〝ひょろ松〟等と綽名を冠して遠目へ呼んだ。そうする内にも彼等の体裁(かたち)は空気(もぬけ)を着て採り踏ん反り返り、何気に結わえた未完の烏帽子を玉手に仕立てて感覚(いしき)を牛耳り共存していた俺の姿勢(すがた)を遠くへ放って大人に構え、燻る火の粉を一網打尽に宙(そら)へ帰すまま自然に還って悶々した儘、俺の真摯に向かわず暗い路地へと返って行った。彼等は彼等で俺がくすねた〝ひょろ松〟擬きに準じて止まずに〝白紙〟に画(えが)いた〝用途〟の点には一向向かない企図を携え至軟(しなん)に活き行き、「明日(あす)」を着飾る〝モンクの叫喚(さけび)〟は矛盾を翻(かえ)しておっとり構える。ひょろ松の方から対話に際して軟く成り行き、白紙に咲かせた打響(だきょう)の下足(げそ)など一層攫って独歩(ある)き出すのは何時(いつ)まで経っても収拾付かずの儚い音波に寄り向き始めて、固く立ち得た俺の態(てい)には樞(ひみつ)に塗した人間(ひと)の風味がどんどん仕上がる青さが照り映え苦情を聴き取り、そうした過程へ程好く居着いたひょろ松の身は俺に対して気安く話せる気高い術(すべ)など一向保(も)たずに傾いている。
仕留め忘れた〝彼等〟の心を涼風(かぜ)に巻かれて上手く見て取り、俺の〝記憶〟は〝彼等〟を離れて無二無三(むにむさん)と漆黒に咲く机上の栄養(かて)など対話に求めて鮮やかだったが、〝電車の中で…〟と日々に置かれた明るい場所など俺の記憶にほとほと目覚めて仄(ぼ)んやり輝き、彼等を忘れた俺の歩幅は明度を仕舞って逡巡して居た。彼等が赴く彼等の領土に自然に辿れる無機の四季(きせつ)を脇へと退(しりぞ)け、彼等が愛した陽光(ひかり)の輪郭(あと)には〝青さ〟を見取れぬ白子(アルビノ)程度の白光(ひかり)を見て取り凡庸に着き、俺が面した真面目の背後(あと)には彼等が辿った路地への軌跡は跡形無いほど消え失せ始めて、俺が愛した彼等の姿勢(すがた)は〝俗世〟へ紛れて奮闘していた。
独りの孤独感(せかい)がどれ程〝俗世〟に呑まれて活き得る要(かなめ)か知らないけれども白紙(こころ)に囁く涼風(かぜ)の強さは何にも敗けずに棚引き続けて心中(こころ)を抉った自然の小片(はへん)が俺を目掛けて独走(はし)って行った。鼻唄(うた)を歌って、あれからもうどれくらい過ぎたろうか、〝彼等〟の姿勢(すがた)は脆くも失(き)え行き、〝電車の中〟では鼠が騒いで騒々しくなり、晴れた青空(そら)には透った黒味(くろみ)が勝って星など出始め、二人の世界は確立するまま未知の白紙(せかい)へ疾走(はし)って行った。記憶が速い…、書くのがのろい…、思惑(こころ)と精神(こころ)が自然に降り立ち現行(いま)を観るのにどれ程月日を掛けるか知らないけれども、硝子の透った物憂さを観て、人間(ひと)に生れた幸福・無念を同時に手に採り夜を眺めて、俺の心中(こころ)は彼を見詰めてまったりとする。彼の仕草は何時(いつ)と独走(はし)らず眼前に在り、俺に染み付く人間(ひと)の雅は京を離れて田舎へ佇み、一人の意識(せかい)は揚々膨れて人間(ひと)と俺との細い絆(かなめ)は何にも敗けずに敗退して生(ゆ)く。暗い夜路(よみち)をぽっと明るい思慮が照らすと彼等の言動(うごき)は散漫に成り俺と繋いだ架橋(はし)さえ忘れて、白く輝く自然の流行(あるじ)に身元を携えぽっきり独歩(ある)いて観得なかった。女性(おんな)の理想(かたち)を未だ見知らぬ俺の陽気は暗い陰からふと又飛び出て自然を好いて、早足調子(はやあしちょうし)に彼等を追い駆け観得なくなった。一度透った過去の軌跡は明かりを落して凡庸に就き、俺が講じる心の動きを矢庭に認(みと)めて微動だにせず、試算に暮れ得た過去の愁いに友を呼んでは片目を閉じる。一つの黒目は他人(ひと)が独歩(ある)いた物憂い過去の軌跡を〝奇跡〟に見立てて爛々(らんらん)しており、もう一つの眼(め)は他人(ひと)から開(はだ)けた行跡(ぎょうせき)など観て、何処(どこ)へ向くのか行くのか真面に知り得ぬ人間(ひと)の浪漫を何処(どこ)かで牛耳り、空気(もぬけ)を衒った自然の夢想(ゆめ)には俺を忘れた強靭(つよ)さが輝(ひか)って充分暮れ得た。俺の見立てた人間(ひと)への空想(おもい)は、転々(ころころ)転々(ころころ)、空転するまま西から仰いだ太陽を知り、他人(ひと)に埋れた微かな常識(かたち)を矢庭に解体した儘、透り過ぎ行く〝のろまな音頭〟をしっかり身内に採り添え頬張り、欲張る人間(ひと)の煩悩(なやみ)に嫌と言うほど醜味(しゅうみ)を味わい、俺の心身(からだ)は人間(ひと)が講じた輪の内から出て、遠目に居座る唐竹模様の〝空想(おもい)〟の内にてふと又寝そべり白日夢を観る。
彼の調子は白夜に隠れた鵺の如くに共鳴し合えぬ物憂さが出て俺の傍(よこ)までとぼとぼ独歩(ある)いてねっそり寄り添い、何時(いつ)か見知った虚無の明かりに満足気(まんぞくげ)を知る路頭に立っては俺の隠れた終(つい)の在り処をくっきり牛耳り真上を独歩(ある)く。よたよたして居た俺の躰は見知らぬ〝歩調〟に〝調子〟を仕留めた彼の言動(うごき)に薄ら輝(ひか)った淋しさを知り、人間(ひと)へ生れた不変の文句(ことば)に如何(どう)にも成らない楽譜を引いてはぽんと湧き出た自然(あるじ)の源泉(いずみ)に苦しく独歩(ある)いた様子を憶えて自爆を誘(さそ)い、自分が知り得た〝虚無〟への仕切りを真綿に包(くる)めて弄(あそ)び廻った。自分の底から〝革命〟を知り、彼が懐いた人間(ひと)への賛歌(さんか)に限界を知り、〝彼〟から離れた未明の衝動(こたえ)に体温(おんど)を採り活き心中(こころ)が騒ぎ、隠し切れ得ぬ彼への空想(おもい)に、自分が煌めく夏の日なんかをふいと冷まして両眼(りょうめ)に知って、彼と解(かい)する豊かな領土を現行(ここ)で拡げて騒いでいたのは現行(いま)に沿い得る経過(とき)を止めても探れなかった。人間(ひと)へ生れた気掛かり等を、一つ両手に大切に抱(だ)き、彼等が居座る暗(やみ)の内へと身分を透して偽り入(い)っても、暗(そこ)から這い出る俺の頭上(うえ)では陽光(ひかり)が照らずに冷たく密封され得た後生の涼風(かぜ)など自在に疾走(はし)って退屈(ひま)へ有り付く。身近に置かれた容易い契機をいとも大きく勝手に身構え両手に保(たも)ち、他人(ひと)の色目(め)を観る脆弱(よわ)い動作は青年(こども)の色目(いろめ)に大きく適って埋葬され行く。全てが失(き)えては無為に帰す等、朝を迎えて誓えた弱気は〝彼〟を透して野平(のっぺ)り浮び、空間(すきま)に臨んだ大きな闊歩を動転したまま気丈を振舞う。隠れた〝個体〟は彼(とも)を飛び越え無数に並び、規則を乱して白紙へ死んだ。〝死んだ〟と想った円らな黒目(ひとみ)は青年(かれ)を飛び越え造作を失くす。淡い期待は徒労へ立たずにまったりし切った岐路へと下(お)りて、人生(いのち)を活き得る人間(ひと)の陽気は騒ぎ続けて延命(いのち)を見付ける。〝意味〟を失くした君の無念は人間(ひと)を忘れて沸々佇み、俺を逃がしてにんまり笑う。核を失くした君の弱気は体(たい)を逃がして徒労に努め、俺から離れた〝遠目〟に居座り堂々足るまま感覚(いしき)を失う。気力を萎えさせ、人間(ひと)の輪を観てふんわり散るのは桃色(ぴんく)に並んだ白子(しらこ)の態(てい)にて、俺が座った徒労の気力に程々近い。彼の容姿(すがた)を女性(おんな)に観たのは青い春など遠(とお)に過ぎ去る夏の日だった。姿勢(かたち)を忘れた人間(ひと)の文学(がく)など自由闊達、踏ん反り返り、喜楽へ集(つど)った俗な一夜(ひとよ)の犠牲(えさ)と成り得た。ふらふら祀った人間(ひと)の孤踏(おどり)は何時(いつ)しか他踏(たとう)と充分手を取り、自分が生れた孤独の前夜にすっきり透った目的(あて)さえ生れて、孤独に生れた孤独な文書を孤独の暗(やみ)へと散らせて行くのは忍び難いと自分を偽る他力が増え活き人間(ひと)の前方(まえ)では陽光(あかり)が差し行く。〝意味〟を追いつつ感性(かたち)を追いつつ、説明出来ない文書の周辺(あたり)は纏めて一掃して活き駄文に尽き行く迷文等と白い歯を観せけたけた朗笑(わら)う。独りに落ち着く生粋(もと)の文書が人間(ひと)から外れて俺の傍(もと)までふいふい来たのは説明出来ない怪文(かいぶん)ばかりが容姿を衒った物憂い情緒の集合ばかりで、成体し得ない幼い陽光(あかり)は人工照(あかり)へ化(か)わって淋しく居着く。淋しさばかりが孤独を連れ添い、俺の固室(へや)にて冷め得た眼(め)を採り騒いでいた為、揚々騒いだ過度の調子が常識(かたち)を破って散乱し始め、俺が培う温(ぬる)い上気は奇妙にふやけて周囲(まわり)へ解(と)け得て、全く萎えない気丈を揮って文学(がく)を費やし自己(おのれ)に生れた直ぐ立つ調子を主張(かたち)に仕留めて明文(ぶん)に仕立てた。
彼と俺とが挙って並んだ白紙の上での孤踏(ダンス)等とはそうした文書へ上手く仕立てて強行しており、二つに並んだ筋道(アウトライン)が現行(いま)へ浮んで直行してあり自滅を誘わぬ緩い手腕は俺と彼とに上手く臨んで喧嘩別れを無益にせぬよう、しっかり見張って気丈に居座る。白い生肌(きはだ)が矢鱈に輝(ひか)って陽光(あかり)を返した弱い気色は彼の美貌を露わにさせ行き今まで自然に隠れて内実(なかみ)を知らさぬ無益な労力(ちから)はするする解(ほど)けて机上に身を立て、具に揺れ得ぬねっとり構えた彼の延命(いのち)は強靭(つよさ)を身に付け俺まで届き、不届きなるかや、未(いま)に見知れぬ脆(よわ)い私闘を気力で仕上げてことこと揺れ浮き私情の醒め行く滑稽(おかし)な甘味は私闘を据え置き身柄を固め、俺の前方(まえ)では薄ら仄(ぼ)んやり、にんまり説笑(わら)った文士が飛び出て落着して在る。落着し終えた机の上では孤踏(ダンス)が跳ねては他人を見知らず、俺と二人で固室(こしつ)を仕切って涼風(かぜ)など吹かせ、揚々知り得ぬ二人の相異(ちがい)を明文(ぶん)に組み立て露わに笑い、野平(のっぺ)り滴(した)った空想(おもい)の手数(かず)では、二人が二人で遠く離れて芯など観せずに呑気に仕上げた外観・容姿を文書へ宛てては固陋に在る為、具(つぶさ)な〝手数(かず)〟など調べ切れ得ず、唯俺の色目(め)からは彼の空想(おもい)が新たに観得活き興を引き添え、未熟へ繋がる俺の思記(しき)には喉を通れぬ淡さが輝(ひか)って霧散に見えた。
電車の内(なか)を沢山独走(はし)り宙に浮んだ白砂の群れなど経過(とき)の無口に解散され活き、母性(はは)を失くした悲しさなんかが目的(あて)を失い微笑(ほほ)えんでいる。俺の記憶は陶酔するうち彼の肢体(からだ)を大きく離れて弱り始める彼への魅惑を適当伝(てきとうづた)いに上手く携え、白い西日は巧く差し込む幾つの車内に彼への淀みを置き去り始めた。彼の体温(ぬくみ)は〝調子〟を上げても速度が乗らずに、幾つの車内に追い追い抜かれて小さく纏まり、木枠(かたち)を採り得ぬ空間(すきま)へ目掛けて脱走して活き、一体何に対して〝脱走〟するのか、余程に独走(はし)った本人さえも、きっと知らずに生き生きして在る。人間(ひと)の常識(かたち)へ嵌り切らずに、揚々躊躇(たじろ)ぐ俺の分身(かわり)は「明日(あす)」へ疾走(はし)って「昨日」を見定め、何も無いのが今日の証と、健気に呟き瞑想してある。一度彼とは深い〝友〟まで互いを寄せ合い信頼し合える虚無を結んで高く立ったが、一度分れて互いを想い、分れた岐路にて充分知り得た我が身に置き遣る苦心を図れば、何分(なにぶん)今まで衒った感覚(いしき)が縦横へ散り、意識を薄めた自我の気迫が細目に浮んだ柔い界隈(せかい)と結託し始め互いが添え得ぬ〝没我の情(じょう)〟など上手く仕留めて真向きに見合い、長い間に緩く固めた互いを結んだ学士の〝情(じょう)〟などぽんと浮いては奇麗に失(な)くされ、俺はあいつを、あいつは俺を、車内に無いのを幸いにして、これから遊泳(あそ)べる文士の中庭(にわ)では必要無いとの空想(おもい)を交して並行して居り、俺はそうして一方的にもあいつの正体(すがた)を嫌って遠退け、彼等(やつら)の体裁(すがた)を観ないようにと覚悟していた。〝幾多の電車〟が功を奏して、俺と彼には互いを隠して逃げ得る空間(すきま)が充満しており、微笑(よわ)い西日を真面に受け取る銀の電車は、それから間も無く、小豆や緑や橙色など、巧みに身を化(か)え分身して活き俺の目前(まえ)では機能をも化(か)え確立して在り、特急、急行、準急、普通と、速い遅いを矢庭に変え行き俺にとっては不思議な車内を充分報(しら)され、彼(やつ)から逃げ行く俺に対して都合の煌めく粘った調子は〝幾多の電車(ツール)〟に上手く解け入り彼(やつ)から見得ない微弱な活力(ちから)を持ち上げていた。
そうした〝電車〟が幾多に分れて往生する内、俺の下(もと)では黄色に輝く小路(こみち)が表れ、煉瓦通りに倣った〝小路〟は、自体に組み得たタイル、タイル、の一枚ずつを丁度夜霧の内にて静かに煌めく人間(ひと)の光に反射され活き用意され得た舗道の程度に落ち着いて在り、丁度現行(ここ)まで辿った俺には彼の姿勢(すがた)が気楼(きろう)に化け行き見得なくなって、帰路へ就き出す自己(おのれ)の自然(あるじ)を清閑極まる途方に仕立てて翻(かえ)って行って、舞台を下り得た役者の如くに彼から離れて自宅へと行く一通路を見て返って行った。俺の姿勢(すがた)は〝彼〟から離れて奔走して居る。
奔走しながら黄色の人工照(ひかり)は自然の内から俺へと翻(かえ)り、純に認(みと)めた自分の容姿をアルバム仕立てに狂想して活き、小さく纏まる自己(おのれ)の夢想(ゆめ)には、何も写らぬ人気(ひとけ)が淋しく虚無さえ成り立ち、そうして手にした過去から現行(いま)まで脆(よわ)く仕立てた空想(おもい)の内では、旧家(むかしのかこい)に淡く知り得た友を慕って幾人かを立て、そうした体温(ぬくみ)にちらちと覗ける旧友(とも)の容姿(すがた)を補足仕立てて相対して行き俺の傍(そば)には滅多に咲かない青い花など、水を求めて生育(そだ)って在った。アルバムの内には過去から現行(いま)まで、理屈を並べたように自身に纏わる生い立ちなんかがすっきり立ち得て並んで在って、俺が知り得た友の姿勢(すがた)も、大から小までそろそろ並んで夕日に向かい、大きく羽ばたく余韻を思春(はる)にて立たせた儘で、当の主の俺へ向かって小さく並んで黙って在った。そうして佇む友の景色を、自分がこれまで独走(はし)って独歩(ある)いて独走(はし)って独歩(ある)いて散々迷路を象り仕立てた枠内(うち)にて、ぽんと弾んだ二人に見て取り余韻は醒め活き、自分が居座る現行(いま)へ降り立つ人間(ひと)の生気を小躍りしながら迎えていたのは、そうした二人が俺とはあんまり関わらずに居た他人の残骸(むくろ)を示した故にて、僅かに灯った友の絆は、赤い夕陽に解け入る態(てい)にて感覚(いしき)を連れ添いながらに俺の当時の容姿を具に呈して知らん振りした。そうした旧友等(ともら)と学舎を通して知り合えたのは、俺と彼等が学(がく)に対した初等(しょとう)教育、小学四、五年辺りの夏の頃にて、俺が彼等の居座る旧い学舎の領土へ大阪府に在る都島からひっそり移った時期に重なり、環境(まわり)が変った新鮮等から強く朗らな刺激を受け取る少年(こども)の記憶に鮮明に在り俺は彼等を一時(かたとき)忘れず、現行(いま)へ居座る人間(ひと)の育ちに執拗足る程相対して在る自分が居るのに薄ら気付いて暗へと伏した。自分の上背(うわぜ)が当時と比べてそれ程伸びずに、当時に於いても友が目立って、端正(きれい)に仕上がる肢体を観るのが如何(どう)にも悔しく億劫が行き、先行し掛けた友の生気が、写真に写った輝体(きたい)であるのに上手に採り得る各自の残像(うつり)は俺の上背を全て越え活き自体を晒して揚々と在る。そうした日毎の生気の牛歩が俺の嫉妬を葬る儘にて現行(いま)へ移ろう経過(とき)に紛れて算段してある他人の強靭(つよさ)に静かに引かれて悶々して在り、俺の精神(こころ)は青春(はる)を飛び越え上手く撓(しな)って、友の在り処を攻撃したまま明るく在るのだ。二人の友とは古山憶良(ふるやまおくら)に角川良起(かどかわよしき)と俺が属した組の内には一度も入らず、何れも遠い敷地に遊んだ輩で、俺の表情(かお)より夕日の黄金(こがね)へ大層寄り付き笑顔を携え、脆く焦がれた俺の思惑(こころ)は二人へ寄り付き対峙する内、すうすう微睡み他へ悩んだ自分の上気を一度も見ぬまま二人を離れて光沢(ひかり)を観ている。そうした彼等にちょこんと両手を延ばして釣られ、三人目となる新たな輩が矢庭に枠から這い出て居座り、俺の前方(まえ)にて仁王に立つのは、これまで〝彼等〟と通った流行(ながれ)に何時(いつ)から居たのか、気取れもせぬ儘、それでも何時(いつ)でも俺の背後(うしろ)で傍(よこ)にて俺の衝動(うごき)を操る程度に見固めして活き俺と真面に会話もせぬうち親友(とも)と成り得た、全く見知らぬ容姿(すがた)を擁したノッポの男子が、矢張り〝彼等〟と同じ夕日をこそこそ見たまま俺に対して確立して在る。古山憶良は俺へ対して真向きに在るのか、左右の何れに振り向き立って在るのか好く好く分らず静かに在ったが、角川良起は俺から向かって左方へ傾き静かにたえて、写真に溢れた夕日の黄金(こがね)を西に見据えて閉口している。新たに座った俺へ近付く異様な男子は西や東と何れへもなく揚々活き生(ゆ)く活気に降り立ち誇らしげに鳴る身振りの音など私用に温(あたた)め徘徊して行き、未熟に生育(そだ)ったノッポの体躯を俺へ立たせて器用に落ち着く。そうして並んだ三者は三様、全員揃って背高(せいたか)に在り、夫々見付けた習癖(くせ)等あったが俺の背低(せびく)を笑覧するほど皆(みな)が皆(みんな)で一塊(かたまり)成すほど団結してあり俺の孤高を憫笑してあり、光沢(ひかり)の麓へ小さく懐いた俺の感覚(いしき)は白砂に躓き彼等を見上げて彼等の体裁(かたち)へ還った正気を満足ゆく程笑殺(しょうさつ)せしめて自分へ並んだ彼等の生活(せいき)に苦渋を表(ひょう)した。自分の背低(せびく)を夕日の彼方へ映して観るなど夢想(ゆめ)にも想えず悶えるばかりで、再確認した当時と現行(いま)との延命(いのち)の名残に悪態吐(つ)き得て未熟に撓(しな)んだ自身の邪気など上手に棄て切り体裁を採り、上手に並んだ彼等の瞳(め)からは潤う以前(むかし)が小首を傾け生粋に在り、沢山並んだ自分の領土を現行(いま)に見据えて辿れた〝枠内(うち)〟には色彩少なく恥を忍んだ旧い手帳も脚色(いろ)を失くして直ぐ捨てられた。
彼等の記憶を思惑(こころ)へ置きつつ、俺の心身(からだ)は駅を独歩(ある)いて延長して活き、黄金色(きいろ)い夕日が電車の縁など仄(ぼ)んやり照らして甚だ明るく、ホームへ集(たか)った人群(むれ)の陰には、昨日まで観た記憶の小片(かけら)が幾つも幾つも解(ばら)けて在った。上(のぼ)りの電車も下(くだ)りの電車も何処(どこ)から独走(はし)って何処(どこ)へ向くのか隠して示さず、ひたすら大きい駅のホームを、緩い涼風(かぜ)など巻き上げながらに仄(ぼ)んやり灯った目的(あて)など見付けてゆっくりゆっくり独走(はし)って消える。消えた電車は何処(どこ)かに止まった暗(かげ)の内から再度(ふたたび)自体をくっきり示してひゅうひゅう近付き、俺が居座る駅のホームへ到着して来る。そうした衝動にも似た循環ばかりがまるで空き地の涼風(かぜ)の態(てい)して幾度も幾度も再生して活き、空転染みた一つの動作を日毎の景色と巧みに解け合い乗客(ひと)の前方(まえ)では形を透す。俺の目前(まえ)にはそうした景観(けしき)へ乗客(きゃく)が騒いで前進して行く微動にも似た気色がたえるがそうした乗客(きゃく)にはちっとも目立った気色が採れずに、うろうろして行く上気が昇(のぼ)って天井(うえ)へと当り、人間(ひと)の〝生気〟を一切彩(と)らない淡い扇動(うごき)は駅へ設けた白壁(かべ)を透って俺から離れ、それ以後、俺の元へは還らなかった。乗客(ひと)の表情(かお)には西日が当って奇麗であっても人間(ひと)が咲かせる感情(こころ)の細動(うごき)がちっとも観得ずに俺の精神(こころ)は冷たく光ってホームへ落ちた。人間(ひと)を探して、自分の独歩(ある)いた過去(むかし)をてくてく歩き、も一度衒った乗客(ひと)への体裁(からだ)が有無を言わさず表情(かお)を失くして、俺へ生れて回想して在る。眩しい輝彩(ひかり)は人間(ひと)を幻惑(まど)わす暗(やみ)を頬張り何にも言わずに、眩しく活き得た夏の景色をこよなく彩り、俺の元へと還って来ていた。
俺の記憶は他人の表情(かお)さえ具に忘れた生活(くらし)を潜(くぐ)って俺の背に付き、見得ない「明日(あした)」をひたすら延ばして通路(みち)へと変えて、人気(ひとけ)の冴えない初夏(なつ)の感覚(いしき)へ踏ん反り返る。友の表情(かお)さえ揚々失くした俺の表情(かお)には、愛情(こころ)を保(も)たない退屈(ひま)が生れて白光を抱き、初夏(なつ)に埋れる陽光(あかり)を飛び越え散乱して居る……………。
俺はそれから初春(はる)に生れた西日を携え、とぼとぼ独歩(ある)いた経過(じかん)を見詰めて他人から退(の)き、遠目に覗ける自分の居場所を電車に取り付け車内へ見付けて、緩々流行(なが)れた涼風(かぜ)のホームを順々過ぎ行く〝早さ〟に紛れて疾走して居た。俺の記憶の〝生気〟は既に誰にも気取れぬ固室(かこい)の内にて落ち着き始め、脆弱(よわ)い腰などとんとん叩いて異彩を愛し、自分の〝異形〟を〝個性〟と称して人間(ひと)の輪を観て、自分の目前(まえ)まで延び得た幾つの段など軽く飛び越え上下へ移動(うご)き、自然に着き得たホームの上にて自分が乗るべき都合を寄せ得る電車の反射(あかり)をひたすら探して滑走して居る。何処(どこ)の駅だか知らず儘にて滑走していた俺の黒目(ひとみ)に、一つ浮んだ看板など観え、電車が独走(はし)った後(あと)の涼風(かぜ)など緩く後塵(ほこり)を上へ舞い上げ、黄土に輝く空間(すきま)の向こうにちらと覗いた看板であり、乗客(ひと)の衝動(うご)いた軌跡(あと)を昇った人間(ひと)に生れた青い〝上気〟が震々(ふるふる)震えて俺へと直り、人間(ひと)の〝看板〟を観(み)せ、〝ここは長野県〟だと、執拗足るまま俺へ落した。
緩い気迫が胸中(むね)へ高まり、俺の心身(からだ)はどんどん過ぎ行く経過を恐れてホームを抜けつつ階段を下り、温(ぬる)い四季(きせつ)をほろほろ謳った誰かの季節は俺の前方(まえ)へとひっそり拡がり陶酔していた。結局〝自分の電車〟に乗車出来ない俺の体温(ぬくみ)を四季(しき)の温味(ぬるみ)へ馴らして活き得る淡い季節に陽炎(かげろう)など観て、とぼとぼ独歩(ある)き、誰にも何にもちょいと沿えない未熟の俺には退屈から来る寂寥感など、帽子を被(かぶ)ってやって来るのだ。ホームから下り、駅を出て行き、橙(オレンジ)に見た赤い夕日が逆に昇って昼を差す頃、俺の感覚(いしき)は何処(どこ)だか見知らぬ砂利の敷かれた畦道に在り、何処(どこ)まで続くか分らぬ畦道(みち)には青空(そら)から落ち得た白い光を斜めに返した側溝が在り、思春期に観た井上陽水(ゆうめいじん)など、自分と同じにそこを独走(はし)った景観(けしき)を講じて先へと進む。俺の心身(からだ)はまるで学校を囲むようにして走るその畦道の上を、自転車か何か手頃な道具を手に取りゆったり跨り走って行って、燦々落ち得る陽光(ひかり)の最中(さなか)を涼風(かぜ)を受けつつ心地は良いが、そうした頃にも不意と走った経過の基軸は青い吐息を悠々吐き付け俺へと辿り、黄金(こがね)に輝(ひか)った羨道(みち)の上でも矢庭に騒いだ退屈(ひま)が祟って、俺の胸中(むね)には焼いても尽き得ぬ寂寥感など備わり始めた。何処(どこ)まで行っても過去の過失を示し終れぬ微弱の温度は四季(きせつ)の涼風(かぜ)へと打ち解け始めて俺の前方(まえ)では何時(いつ)でも透った淋しい季節がとっぷり拡がり、そこへ辿ればそうそう誰も何もが俺の傍(そば)へと下(お)りては来ずに、まったり延び切る赤い夕日が延々焼き付く大空(そら)を示して優雅に在って、俺を除外(はず)した駅の独気(ムード)は転々(ころころ)空転(ころ)がり陽光(あかり)へ着いた。人工照(あかり)だけ観て失踪して生(ゆ)く俺の吐息は時期が冬でも決して白さを示さずにいて、人間(ひと)の輪を見てどんどん撓(しな)った俺の過去など〝場面〟を気取れぬ微弱の脚色(いろ)など矢張り講じて〝真綿〟へ置き遣り無重へ落ち着き、自身に呈した淡い感覚(いしき)を俺まで繋げて現行(いま)へと息衝く。俺の感覚(いしき)は駅から連れ立つ分身(かわり)を手に取りにんまり美笑(わら)って正義を勝ち取り、退屈(ひま)へ埋れた最弱(よわ)い初春(はる)など遠(とお)に忘れて黙々独走(はし)り、目前(まえ)に止まった大きな海(みず)が、遠近無視して後退して活き、気付いた瞬間(とき)には初夏(なつ)に見立てた白砂の輝くお伽の大海(うみ)など仄(ぼ)んやり立たせて概覧(がいらん)していた。そうして裂かれた景観(けしき)の内には夜毎に失踪(はし)った運河が流行(なが)れて俺の記憶を先行させ活(ゆ)く契機(きっかけ)さえ生み、大きく拡がる運河を眺めて、俺は始め、湖程度に青空(そら)を見立てて海の程度を誤っていた。連れ添う誰も気配を殺して遠くへ行く頃、俺の感覚(いしき)は外界(そと)の景色へ順応して活き、研ぎ澄まされ得る生粋(もと)の強靭(つよさ)を〝見立て〟に冠してすっぽり身構え、景観(けしき)に囲んだ大岩を観て青空(そら)へ羽ばたく鳥の群れなどその場に沿(そぐ)った鷹揚さを採り自分の〝見立て〟に更に固まる自覚さえ操(と)り、何より輝(ひか)った白砂の輝彩(きさい)が宙へ返って飽和する頃、俺の感覚(いしき)は〝そこが海である〟との決断をして、揚々晴れ行く朗らを見詰めて楽しく在った。そうした〝見立て〟に確信した頃、海の流行(なが)れは吹き出し始めて、大空(そら)へと流行(なが)れる白い光と真向きに向き合い俺を照らして、俺の心身(からだ)が順繰り独走(はし)って延命(いのち)を置き得た畦道(みち)から延び行く遠目の矢先を、ずんずん流行(なが)した波に呑ませて大きく居座り、俺の前方(まえ)では〝波〟に呑まれた暗(やみ)の心地が夢想を共鳴(な)らして叫んであった。俺の心身(からだ)はそうした景色を眺める頃から自分を外れた分身(かわり)の意識に乗車して活き、ゆったり構えた銀の道具を下手(したで)に構えてそろそろ走らせ、銀に照り付く幾多の電車が自分へ並んで宙(そら)から来るのを俺の延命(いのち)は清(すが)しく認(みと)めて潤(うる)んで在った。
そうして荒れ行く幾本の実(み)は何時(いつ)しか見知った津波を奮わせ震撼とさせ、暗(やみ)に止まった俺の過去など未熟に起して早熟させ活き、俺から離れて今では見得ない没我の分身(かわり)は、歪曲して行く新たな試算を未来(さき)へ向かわせ自分はねっとり構えた空間(すきま)に埋れて朗笑してある。不意に驚く俺の感覚(いしき)へ少々歪めた従順(すなお)を順手に操(あやつ)り俺へ対してより好い刺激と算(さん)した〝新たな景観(けしき)〟は、大海(うみ)が仕掛けた悪戯紛いの微(よわ)い行為に揚々流行(なが)され、欠伸を憶える俺の桎梏(かせ)には暗(やみ)に塗れる怒涛の濁流(ながれ)を自然(あるじ)の側溝(みぞ)へと賢く宛てずに地下へと向け得て、俺の気持ちが緩く遊泳(あそ)んだ空間(すきま)を漏れ落ち経過(とき)は新たに過去へと流行(なが)れて固まり始め、俺の心身(からだ)は初めに独歩(ある)いた駅構内へと一つの矛盾をちらとも呈さず弱々しいまま清流(ながれ)に任せて逆行(もど)って入(い)った。俺の感覚(いしき)はそろそろ流行(なが)れて陽光(あかり)の差さない陰の内へと紛れて入(い)って、先程まで居た見知らぬ駅まで自分を辿らせ確立させ在る。緩々流行(なが)れる経過(とき)の静寂(しじま)に自分を大事に保身するまま被害の行方を追っては見るが、それ程目立った被害の仔細は見取れぬ儘にて、駅の表情(かお)などまるで地中に埋れる地下鉄みたいに静かに在って俺の心身(からだ)を抱擁する内どんどん固まる立体模型を完成している。何時(いつ)から始まり何時(いつ)頃終えるかはっきり知れ得ぬ駅の動作に少々見惚れてうろうろする内、俺の心身(からだ)は別の体位へ少々赴き、昼の陽光(ひかり)が真向きに照り付く外界(そと)の気配へ闊歩する儘、友との別れを暫し惜しんで、次への夢路へ上手に跳び行く〝自分の景観(けしき)〟に注意して居た。そうしてうろうろして居た俺の気持ちはうろうろする間(ま)に〝家(うち)へ帰る…!〟と強かながらに豪語していた生粋(もと)の自分の小さい住処を微かに知り得て涼風(かぜ)と遊んで、陽光(ひかり)が飛び交う景色の流行(ながれ)に自体を沿わせて潤々(うるうる)し始め、たった独りで帰宅を始める弱い準備をし始めて居た。駅の白壁(かべ)へと真っ向から差す黄金色(きいろ)い昼陽(ひるび)がとても奇麗に鮮やかだった。〝早く自宅へ戻りたい〟などこの期に及んで如何(どう)して呟き決意したのか、未だに解らぬ自身を抱えて揚々独歩(ある)くが、如何(どう)やら此処まで満ち得た津波が俺の抱(いだ)いた人間(ひと)への興味を充分冷まして強く在るのが、如何(どう)やらこれまで見知った人間(ひと)に対する依頼の思惑(こころ)と巧く反して折合い付き得ず、堂々巡りに欠伸を棄て得た脆弱(よわ)い〝古巣〟を上手に見て取り機会を手にし、淡い津波と幾多の電車がホームへ来たのを眺めて居る内、ずんずん遠退く生家(せいけ)の気配に追従するまま自分の〝古巣〟が自分にとっての清(すが)しい景観(ばしょ)だと有無を漏らさず思考したのかそうして辿れる契機を翳してぽつんと居座る。自分の家から最寄りに建ち得たK駅迄へと、必死な顔してホームを独走(はし)った俺の心身(からだ)は又ふと初めて立ち得た見知らぬ駅での煩悩(なやみ)等観て活気を牛耳り、慌てふためく自分の分身(かわり)が怒調(どちょう)を忘れて分散するのが至極自然に脚色(いろ)など付け活き、「明日(あす)」を固める体力(ちから)を知るのに丁度好い、等、白紙に落した精神(こころ)の疼痛(うずき)は何にも況して生長して行く契機を掴んでほくほくして在る。以前に見知った自己(おのれ)の糧など〝欠伸〟をする間(ま)に走馬と独走(はし)ってその実(み)を散らせて、果てし無いほど遠目に輝(ひか)った人間(ひと)の海馬は俺の背に在り宙(ちゅう)へ逆行(もど)れる自然の一定(さだめ)を永続させ得る。俺はそれから、駅の内へとひたすら独走(はし)って陽光(ひかり)の差し込む無重の最中(さなか)を人気(ひとけ)を掻き分け体を割り入れ、ホームへそのうち自体を近付け、俺の黒目(ひとみ)を刺すでもあろう新たな電車の到来を待ち、無関を呈する人間(ひと)の輪を観て、傍観するうち落ち着き始めた。緩く微温(ぬる)んだ湿った暖風(かぜ)等、電車が飛び込む直前(まえ)のホームで充満している。
一本目が来た。銀を塗した長い車体に小窓が幾つも並んだ普遍の型にて、俺の気持ちは幾多の視線に分担され得て分散に活き、活発足る儘それに乗り込む人間(ひと)の輪を観て愛想(あいそ)を振り撒く。駅にとっても人間(ひと)にとっても何ほど珍しくもなく日常会話がげんなり信じた人間(ひと)の輪を知り俺の界隈(そと)にて自体(おのれ)を翻(かえ)して残った程度で、人間(ひと)の輪を見て愉しむ売店(みせ)などじっとり構えた腰を撓(しな)らせ俺へ宿った心気(しんき)を見遣って相対(あいたい)してある。暖風(かぜ)が運んだ涼風(かぜ)の内には人気(ひとけ)を信じた未曽有の上気が人間(ひと)の輪を観てぽつんと置かれて天井(うえ)を知り得た俺の鼓膜を細目に退(の)け遣り堂々として、「明日(あす)」の常識(かたち)へその実(み)を割らせる強靭(つよ)い味方を人間(ひと)の眼(め)に観て、滔々流行(なが)れる人間(ひと)の〝静寂(しじま)〟に安堵を図って確立して在る。〝一本目〟が来て人間(ひと)の常識(かたち)を打尽に解(と)いては駅内(ここ)から離れ、小鳥の賛歌(さんか)が矢庭に騒ぐラインの向こうを青が彩(と)る頃、〝二陣〟と呈した汽笛のシグマが人間(ひと)の側(そば)へとそよそよ戦(そよ)ぎ、俺の心身(からだ)が涼風(かぜ)に打たれて撓(たわ)んだ頃には次の電車が駅にて落ち着き、車体に具えた淡い模様は〝一つ目〟に観た〝普遍〟の脚色(いろ)から少し離れた奇抜を誇り、青と白とのストライプを観(み)せ俺の脳裏に然(しっか)と刻んだ景観(ばめん)を講じた。人間(ひと)の気配はそれを観てから決った〝一定(ルール)〟へ従う様(さま)にて一列に在り、錯列(さくれつ)には無い強弱極まる長い列など人間(ひと)の意識を上手く操(と)り得て俺の目前(まえ)には端座して在る。端正(きれい)に結べた人間(ひと)の結束(かなめ)は俺の目前(まえ)から前方(かなた)へ入(い)ってはその実(み)を翻(かえ)さぬ有意を保(も)ち得て干渉して在り、俺の意識が既に寝そべる車内に於いては強靭(つよ)い仕切りを上手に並べて失踪して生(ゆ)く未定の言動(うごき)に賛同している。俺の両眼(まなこ)は車内(そこ)から擦(ず)れ得て微弱(よわ)い陽光(ひかり)がちらほら降(ふ)り散るホームへ返され静かに解(と)け得て、静まり返った〝孤島〟の狭間に自分の活歩(かつほ)がすんなり在るのを、人間(ひと)の孤独が露わに残した後塵(ちり)の上にて微妙に観て居た。
後塵(ちり)を残して過ぎ行く電車の軌跡(あと)から淡く共鳴(さけ)んだ〝活歩〟が飛び出て三番目に来る〝銀の電車〟に俺の感覚(いしき)は直ぐさま翻(かえ)って注意をして居り、人気(ひとけ)の引き得た清(すが)しいホームで薄ら撓(しな)んだ自分の〝活歩〟を上手く立たせて気丈に直り、人気(ひとけ)の退(ひ)き得た売店(みせ)の傍(そば)にて、自分の食いたい弁当など買う従順(すなお)な行為を背後へ迫った陽光(あかり)が押しては早々(さっさ)と流行(なが)し、俺に芽生えた憂慮の気色(いろ)など〝銀〟の震動(うごき)に上手く化け得て俺の背後(あと)から観得なくなった。俺の分身(かわり)は二番目に来た〝銀〟の電車に人間(ひと)の仕切った気力の気配と相乗りして活き未来(さき)へ培う自己(おのれ)の自然(すがた)を霧散に散らせて活歩を呈し、俺が芽を摘む本体(からだ)は今でも、〝駅〟を疾走(はし)った陰風(かぜ)に突っ立ち威風(かぜ)から逃れ、淡く囁く隠微な発声(こえ)など自分に聴えて不気味にもある。人間(ひと)が囁く孤高の気色が駅内(ここ)へ着く前自力に知り得た景観(けしき)に重なり淡く照り映え、巧く射止めた諸業(しょぎょう)の奇声(こえ)など暗(やみ)に紛れて成長して生き、自体(おのれ)を翻(かえ)した気力の末には俺の〝従順(すなお)〟へ重々目掛けた他人(ひと)の強靭(つよ)さが散乱しており、人気(ひとけ)の退(ひ)き得る売店(みせ)の傍(よこ)でも〝散乱〟し終える他人(ひと)の強靭(つよ)さは白壁(かべ)を呈して躍動していて、そうした騒動(うごき)が宙(そら)へ翻(かえ)って落ちて来るのは〝恐らく何処(どこ)にも合図が無い〟など頻りに問い得た俺の感覚(いしき)は、人間(かれら)を擁した〝駅〟へ向けられ、人間(ひと)の言動(うごき)が〝従順(すなお)〟を手に取り俺が知り得る白紙へ返って失踪するのが如何(どう)にも成り得ぬ不気味を呈して白糸を編む。俺の感覚(いしき)は駅に転がる白糸(いと)を手に取りじっくり見詰めて精神(こころ)を落ち着け、上(のぼ)った段など巧みに下り得て〝上下〟を忘れ、自分が立ち得る確かな場所へは一向経っても着き得ぬ焦燥(あせり)を感じて野平(のっぺ)り立った。
焦燥(あせり)の程度は黒海(みず)から引かれた津波の規模へと順繰り相対(あいたい)して活き、活性して行く自己(おのれ)の進路を航路と称して空転して行き、人気(ひとけ)の滑(ぬめ)った駅の界隈(そと)など矢庭に独歩(ある)けぬ未知を感じて身動き取れずに、〝堂々巡り〟の砂浜など観て、白砂に煌めき自体を表す〝駅〟の形成(すがた)を黙認しながら自分に降り立つ〝砂の晴嵐(あらし)〟に弧(こ)の輪を描いた人間(ひと)の輪を知り、「駅」の要所の何処(どこ)にも下りない陽光(あかり)の位置へと自体を滑(すべ)らす淡い〝吐息〟に俺の背を観て追従して行く。俺の心身(からだ)は肢体を取り付け、以て生まれた気質の波間にこれまで育てた時計を据え置き、未知の樹(き)に観る淡い場面に吸い込まれるほど自分の意識をすっかり育ててへこたれずに在り、滅気(めげ)ない気迫の三段跳び等、自称に浸した産卵手順を縁故に兆した魔の手に寄せる態(てい)して秘密(からくり)を観て、自分の手に依りすっかり仕上がる陽(よう)の光は〝駅〟から漏れ出し帰郷を努め、震々(ふるふる)流行(なが)れた人間(ひと)の輪を知り得意を欲しがる。女性(おんな)の柔裸(やわら)を急に含めた俺の意図には、未熟に生育(そだ)った物憂い「明日(あした)」が昨日を掲げて経過(とき)を独歩(ある)いて、現行(いま)へ挿(す)げ寄る波打つ衝動(うごき)を大目に見て取り独歩に励み、〝自分の企図した淡い企て事には女性(おんな)の色香(いろか)が仄(ほの)めき立つのは自然に呈する戯言なのだ〟と堅くほっそり呟き立つのは人間(ひと)の誰もに未然に降り行く陽(よう)の灯(ひ)に似て誰も足場を固める愚かの手段を併せて居らず、ぴたっと眼(め)に付く波打ち際には、きっと遠くで呆(ぼ)んやり潤んだ微かな〝畝(うねり)〟が俺の意識を薄めて仕舞って他人(ひと)を寄せ得ず、黒い水からぽんと浮き出た〝人間(ひと)の輪〟はもう俄かに騒いだ波の純音(おと)へと静かに呑まれて翻(かえ)って入(い)った。そうした津波は俺の背を越え、悠々上がった飛沫(しぶき)に濡れつつ嵩を積もれば、十から十六尺程、天井(うえ)まで呑み取る陰気な積載(シグマ)を充分満たして横行していて、俺が独歩(ある)いた軌跡の途(と)などは優に積もれる嵩を転じて遂行させ活き、俺が見積もる被害の軌跡(あと)など、俺の背に解(と)け闊達して活き、〝人間(ひと)の輪〟を観る横目の麓(すそ)には、昨日まで観た景観(けいかん)なんかが息を歪(ひず)ませ慟哭して在り、勢い任せの人間(ひと)の自然(あるじ)は両肩(かた)に積もった白糸(ふけ)を落して漫ろに朗笑(わら)う。
俺の感覚(いしき)は〝津波〟に呑まれる恐怖を知りつつ人間(ひと)との輪を観て無性に焦燥(あせ)った快感(オルガ)を静めて夢想に宿した伸び縮みする自分の延命(いのち)に縋って在ったが、陽(ひ)の照る領土の無い分、駅の内には陰気が目立って〝漫ろ〟が侍り、未知への期待は大手を振れずに廻転(かいてん)して行く孤高が芽生えて往来へ出て、俺の下肢には波間を独歩(ある)ける脚力(ちから)さえ無く、自己(おのれ)の住処をそれでも探した徒労が煌(ひか)って応対していた。〝津波〟の背丈は「明日(あした)」ほど延び、経過に遊泳(あそ)んだ自己(おのれ)の自体が何処(どこ)から越えれば「明日」へ着くのか仔細に気取れぬ脆弱(よわ)さを承けては衰退して活き、「昨日」と明日(あした)が「現在(いま)」を挟んで現行(いま)に在るのを、黒く佇む水の内(なか)から傍観して見てはっきり知れ得る微かな淀みを真っ向から向く西日に諭して自答を返し、自己(おのれ)の向くのは駅(ここ)から過ぎ得る「未知の住まい」に重々在るのを、俺の常識(かたち)は〝輪(かこい)〟を呈して了解して居る。
培い忘れた自己(おのれ)の辛苦は枷を填め替え景観(ばめん)を転じた個体の景観(ばめん)を上手く掬って肉体(からだ)に仕留め、「明日(あす)」への延命(いのち)を両の手に依り俺の寝床へ保(も)ち得て来るのを〝堂々巡り〟に上手く活き得る漆黒(くろ)さに見立てて水中に知り、俺から生れた気体の独気(オーラ)は駅へ跳び付き温床を観て、「明日(あす)」へ還った三つの〝電車〟を巧みに追い駆け自然と寝ていた。こうして幾つも幾つも俺の過去へと問われた独気(オーラ)は〝寝耳に水〟ほど拙い延命(いのち)を胸中(むね)へと秘め得て、自分の拝した自然(じねん)の条理に託(かこ)つ間も無く駅から界隈(そと)へと押し出されて活き、陽(よう)の灯(ひ)が降(ふ)る清閑(のどか)な景観(ばめん)に取り残されては何度も何度も既知の景観(ばめん)へ釣られて行くのを遠目に騒がせ見守って居た。気熱へ寄らずに水にも解(と)けない〝津波〟の行方は成体(せいたい)成らずの〝延命(いのち)〟に似ていて、俺の両眼(まど)から上手に仕立てる衝動(うごき)を重ねて「明日(あす)」の景観(けしき)を鵜呑みに彩る奮起を伝(おし)えた一定(きそく)を象(と)っては、俺の前方(まえ)まで好く好く独歩(ある)いて上気して行き、独創(こごと)に醒め得た白い糸には紅(あか)い夕日が真っ向から照り、「明日(あす)」に小波(さざ)めく俺への〝脚色(いろ)〟など怒涛の勢(せい)にて脚色している。駅に埋れた自然の吐息は〝俺〟を独走(はし)らす主観(あるじ)を先取り気立(けたた)ましいほど凡庸染み生(ゆ)く〝気配〟を奏して試算を重ね、上へ昇るも下へ降りるも寸とも見せ得ぬ〝経過〟の内にて、俺の固陋は孤独を愛して具に射止めぬ自身の行方に埋葬され行く自然(あるじ)の調子を妬んで睨(ね)め付け、突拍子の無い身軽の〝気力〟は俺の目前(まえ)へととぼとぼ落ち着き「明日(あす)」へと追い付く特急電車に程好く乗り込み失踪(はし)って在った。
*
「刺激の少ない田舎の景観(けしき)は、余程の刺激を人間(ひと)に与えて、より貪欲へと遣る昔気質な表情(かお)を観せ活き、そうした静寂(しじま)へ放(ほう)って置かれた人間(ひと)の輪を観て人間(ひと)に生れた自然(じねん)の主観(あるじ)は、他人(ほか)が具える白壁(かべ)を壊して理性を割らせる強靭(つよ)い魔物を自分と他人(ひと)とに共存させ行き、自然(しぜん)から成る純音(おと)の全部を未熟に生育(そだ)てて本能(よくぼう)へと遣る正義を翳して小躍りしていた。………(云々)」
*
駅から余程に離れた界隈(そと)の景観(けしき)が俺の〝住まい〟を片手に彩(いろど)る手腕を観せては色付き始め、思春(はる)の田舎を上手に仕立てて〝電車〟に乗せ活き、俺の目前(まえ)から観得なく成りつつ閉眼したのは、俺の心身(からだ)が〝波〟へ呑まれて落ち着き始めた淡い初春(はる)への盛期(さかり)であった。
~苦境の初春(はる)~(『夢時代』より) 天川裕司 @tenkawayuji
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