~ネクロマンサ~(『夢時代』より)

天川裕司

~ネクロマンサ~(『夢時代』より)

~ネクロマンサ~

 ―Necromancer―

 文学作家の川端康成と太宰治が、数人のお供を連れて我が家へ遊びに来た。我が家の界隈はどうも汚れて薄ら曇るが、妙にくっきり移ろう人気(ひとけ)が現れ、まるで斜光に差し込む陽光(ひかり)が所狭しと独歩(ある)いてあって、俺の思惑(こころ)を澄まして行った。我が家の所在は京都府八幡市八幡安居塚一番地の、昔に咲き得た声明(いのち)が何時(いつ)しか消え行き、遠(とお)の幻想(かすみ)に畳み込まれた塚に在ったが、丘の上では夏には熱く冬には冷たい風が吹き抜け、俺の界隈(まわり)を澄まして行くのだ。そんな我が家に見慣れた筈の隣家が象る空虚な景色は又何時(いつ)しか化(か)わって温羅(うら)ぶれて行き、丘が平野に人家(いえ)が藪に、堂々巡りの人脈(みゃく)は薄ら、障子を開(あ)け得た気色の御殿へ独歩(ある)いて行って、青葉が茂る自然の目下へ変化して行き、俺の思惑(こころ)はするする埋れて、道程(みち)の内へと落ち着き始めた。温(ぬる)く漂う人気(ひとけ)の界隈(あたり)は幾分平家(ひらや)が寝そべり、まるで田舎の景色を映して行く中、遠くの低空(そら)には沈む最中(さなか)の夕日が在って、紅(あか)い火の粉を人家へ投げ行き俺の家にも平(たいら)に注いで、懐く気色を過去に見立てて既視(デジャブ)としていた。従い俺の躰は年を知らない粘土に成り着き人間(ひと)の連動(ドラマ)を改築する頃明日に咲き得ぬ未信を灯して元気と成って、人間(ひと)との絆を繋ぎ合せる〝番(つがい)〟と成り着く試算に在った。紅(あか)い景色に何処(どこ)か仄(ほ)んのり、薄ら漂う白々さが在り、居座る底には人間(ひと)に訓(おし)えた過去の記憶が充満していて、俺の四肢(てあし)は四方(しほう)に延びるが自然の体温(ぬくみ)は遠くにあった。目下に輝(ひか)る俺への過去には誰も知らない寝室(ねむろ)の在り処がこっそり隠れて微動に有り付き、幻想紛いの縦割り社会を薄く壊して横拡げに見、社会の樞(ひみつ)を軟く伸(の)めした一つの台本(どだい)の効果を解体した儘、瞳に透った景色の在り処を構築してある。本当に界隈(まわり)に人気(ひとけ)が在るのか否かをくっきり知れない俺の脳裏は独歩(ある)きついでに難無く目に付く温度を気にして隣家を見遣るが、如何(どう)して中々麓へ行けずに我が家の軒先、ベランダ、庭の辺りに佇んだ儘で体(からだ)の微動を黙認しながら宙(そら)を眺める姿態に落ち着き、明日(あす)が来るのを信じていながら、紅陽(あかび)の壁には垣(かき)が囲った人の表情(かお)など俄かに映って消え行くのであり、俺の姿勢は何処(どこ)まで従順(すなお)に居直り在っても如何(どう)した事か、他人(ひと)に遭うのを極力避け行き他人の視線を傍(そば)に置く儘、自分の先導者(あるじ)を探して行くのに尽力始めて、人間(ひと)の連鎖を何処(どこ)か否(いな)んだ。

 そうした景色を麓に留(とど)めて紅(あか)い日暮れが空を落す頃我が家の界隈(まわり)はどうして中々昭和の戦後を彷彿させ行くレトロに猛って美化を心得、一つ一つを選択して行く展開(ドラマ)の内にはこれまで観て来た俺の意識が解体され行き人物(もの)を拵え闇にも置いて、次第に結託始める根深(ねぶか)な経過に輝き放(はな)った人間(ひと)の語録は一つ一つを構築して行く要素と成り着き自然に活きて、俺の界隈(まわり)は完成していた。所狭しと並んだ人家は大体どれもが木造(きぞう)の外観(そとみ)を揃えて在りつつ俺の〝我が家〟も内に輝(ひか)って界隈(まわり)を拵え、家と家とを繋ぎ合せる砂利の往来(みち)には昔に遊んだ子道具(こどうぐ)達が疎らに転がり物影(かげ)を作って俺へと居座り、明日(あす)へと転がる無頼の長寿を何処(どこ)かうっとり止める様(さま)にて、来夢(ゆめ)の微動に独走(はし)る姿勢(すがた)を目論み始めた。我が家の奥には俺の父母をはじめ確か従兄弟の叔母や従兄弟の姉、そして従兄弟の末弟等が始終に散らばり体温(おんど)を認(したた)め、人間(ひと)との絆を結んだ儘にて家屋を牛耳り流動して在り、他、何時(いつ)ぞや見知った〝文学館〟へ務めて居そうな学識有る人、又、川端康成文学館へ勤める田中という貴淑(きしゅく)な婦人、我が家であるのに我が物顔して皆の居所(いどこ)を割り振りしてゆく何処(どこ)か教師面した若い女教師、等が面々居合って薄く知り合い、他人へ対する人間(ひと)の流儀を淡く心得それでも達した熟練風(じゅくれんふう)を俺へと見せ付け、悶絶するうち規律(ルール)も認(したた)め温床(ねどこ)に就き得た。俺の心身(からだ)は未だ知らない欠伸の間延びにうっとりしながら、これ等の風情に相対(あいたい)しており、大学帰りの学生風情を自己の立場に摩り替え風貌宜しく、体裁構(がま)えに気丈としていた。学生風情に相対(あいたい)する為俺の過去には物書きが居座る立場(どだい)が図られ微動だにせず、都会紛いの郊外からでも、寒風(かぜ)を切りつつ生(せい)の意気込み甚だ宜しく、無頼長寿を我が根城へ置き、京都の市中(しなか)を散行(さんこう)して居た。散乱するうち立場の礎(もと)には誰か教師が俺へと伝えた文学作家の名鑑(リスト)が在って、俺の眼(まなこ)はそれを押えて糧(ちしき)としており、内に芽吹いた太宰の著書など滅法矢鱈に散列(さんれつ)していて内でも輝(ひか)った「もの思う葦」というのに目敏く跳び付き俺の肥やしは太く造られ、既成の知識に縋る態(てい)にて掌中(しゅちゅう)に並べた浅知恵ばかりを他(ひと)へと訓(おし)える蛻の主張(さけび)を黙して居ながら、作家二人へ対する自分の寝床を覚えてあった。だから周囲(まわり)に集った誰が在っても俺の記憶は宙(そら)で憶えた一行(ライン)が輝(ひか)って間違い等せず、知識に呆(ほう)けた有識者(ひと)の内にも自分の活路を見るのであって、俺の両脚(あし)には綱が巻かれた故習程度に、これまで敷かれた一行(レール)の上など上手に活き行く試算が在った。滑稽(すべ)り始めた我が家の礎(どだい)は寝室(ねむろ)に呆(ほう)けた紅(あか)の時代に程好く密(みっ)した試算が固まり、純銀紛いの黄金(きん)を採りつつ、川辺で弄(あそ)んだ王子の手を取り農奴を跳び越え、有り付く姿勢(まま)にて明日(あす)への行絽(こうろ)を有耶無耶とした。俺の焦りは究極(はて)の観得ない詩吟の内にて焦りを禁じた寡黙に居座り、如何(どう)して活きれば〝試算〟が付くのか、成功観ながら既視の内(なか)では既に成り得た経過(とき)の効果を解体しており、改築された〝MOLGA(モルガ)〟の兵器は俺に居直(なお)って相対(あいたい)せぬまま経過に延ばされ平気であった。過去に懐いた俺の空虚が人間(ひと)の頭上(うえ)では輝(ひか)って消える。俺は唯、二人に(特に太宰に)対する際には具合が良いまま開口(くち)の滑稽(すべ)りに細心注意し黙って在るのも、二人(かれら)が見立てる虚構の環境(うち)では〝調子が好い〟など高を括った。

 もう界隈(そと)は夕暮れ、と言うより黄昏時にて、自分から一寸先に誰かが在っても人影(かげ)も判らぬ透明(しろ)い距離にて隙も解らぬ。そんな〝薄暗さ〟を誇る我が界隈(にわ)、その界隈(にわ)から延び得た気色であった。俺の寝室(ねむろ)は寝相が良いのを好い事にして環境(うち)を隔てる我が家と往来(みち)とを挟んだ縁側(にわ)の先にて野良の態(てい)した生気を見て取り、象(と)られた生気は輪郭(かたち)を描(えが)いて他人(ひと)と成り着き、他(ひと)の寝首は俺から離れた隔室(はなれ)に在り得た。そうした隔室(はなれ)を跳び越え木柵(きさく)を講じた生垣(かき)を越えれば「菊田」と称した表札掲げる隣家が建ち行き、家屋の麓(まえ)には人手が薄ら活き得た野菜畑が縁側(にわ)と称してはっきり見取れる。菊田というのは我が家に隣接していた形態通りに矢庭に昔に咲き得た我が家を彩る隣家で在りつつ京花(はな)を打ち添え、他人顔して以前(むかし)は好かった風貌(かたち)を挙げつつ狼煙の内には〝我が家〟を排する匈奴が身揃い、霞を喰い得た田舎の盲者(もの)等、〝我が家〟に敵(てき)する丁度の体温(ぬくみ)を兼ね揃えて在る。故に俺には如何(どう)にもこの菊田の家族(むれ)には信(しん)を置けずに矢庭に逃げて、物陰(かげ)に隠れてこっそり覗いた彼等の言動(けしき)を眺める性質(すがた)に徹してあって、白日(ゆめ)に群がる独創(こごと)の行方は菊田の姿勢(すがた)を亡き者とした。浅い夕日に照らされ始めた〝無頼の長寿〟が此処でも、ととと、と空転(ころ)がり始める。

 「どうもこの〝界隈(あたり)〟には、昭和に功を奏した映画監督か何かが居着いてあって、そうした親元(スポンサー)が支えた遊楽(ゆうらく)が仄かに弄(あそ)んで景色の変遷(うつり)を示していそうだ。」と奏する俺の〝我が家〟は始め、倉本聰か山田洋二監督の映画の流行(ながれ)に身を乗せた後(あと)、きちんと用意され得た表舞台へと明るく映ったその身の在り処を充分知り得る市中に見立て、順々展開され行く勝手な流体(ながれ)は次第に都市(まち)を嫌って田舎へしけ込み、〝我が家の界隈(あたり)〟へ辿ったようだ。黄金色(きいろ)い電飾染みた田舎の夕日は姿態を化(か)え得た〝我が家の果(さ)き〟にも程好く加減を灯して縦横律儀に居座り、見た目に酔え得る俺の感覚(いしき)の内には実に厚い景色であった。さて、我が家に居座る〝律儀な女〟は彼(か)の川端康成文学館に務める美麗な淑女である。俺や男が側(そば)を通り抜けても素知らぬ顔して私情に赴き、雑用紛いの地道な努力に身を粉にして働き入(い)っても何分(なにぶん)疲れを知らずに余裕に構え、男が求める母体の正味を膝の辺りで散らして根付き、辺りも障りも冷弱(よわ)い女性(おんな)を我が物顔して早々嘗め行く女にあって、俺はちらちら脆(よわ)い堕落に律儀に赴き、彼女の仕手に緩く廻った。担いだ縁起を自分に向け置き彼女に見せ遣り、昼間が落ち行く騒音(ノイズ)の彼方で浮足立った疲労の糧には過去も原始(むかし)も大きく構えて俺へと居座り、彼女の横では呑気に訝る。滔々降り立つ恋の錦は凡庸成るまま落陽(ひぐれ)に従事し、過去(かこ)の快感(オルガ)は直向き足るまま四方(しほう)に伸ばした母体(かのじょ)に辿って自身を見届け、明日(あす)が来るのを四旬の流動(うごき)に賢く根付かせ揚々足るまま仕手の故習(ならい)は七色と成る。厄除け参りに八幡(やわた)の山へと賢く辿った遊女の様子は、如何(どう)にも今在る淑女の様子を引き寄せ始めて泥濘と成り、落ち着く果(さ)きには余程に気取った主(しんし:真摯)の空虚(すがた)は明らかであり、俺の徒労は初めて描(か)かせた女性(おんな)の牛歩(いろは)を事毎捉えて活気を発し、山の麓へ還って行くのは黒頭巾を阿弥陀に被(かぶ)る一雲老子(いちうんろうし)と頗る丈夫に変わりが見えない。腑に落ちないまま俺の孤踏(ことう)は木通の実(み)などを懐(うち)へと収めて利器(どうぐ)として行き、いざとも成れば女性(おんな)の目前(まえ)にて自分を酔わせて、酩酊足るうち何処(どこ)ぞの〝一坊(ぼう)〟など模して独歩(ある)く、と、如来に見据えた女帝(あるじ)の化身は俺へと訝る。彼(か)の太宰と川端は自己(おのれ)の容姿を合鏡(かがみ)に映して自己(じこ)を偽り、様相正しく端座に決め込み、黙して案じる女帝の愛など好みに任せて認(したた)めて在り、逍遥馴らした近場の砂利など一寸先さえ夜目も利かずに走行し終えて、明日(あす)への活路を引き寄せて行く。彼等は俺の目前(まえ)では真横に並んで川ノ字(かわ)に寝て居り、暗空(やみ)の内(なか)では昨日に居着いた小心(こいし)を退け遣り独創(こごと)を纏めて、丁度真逆(さかさ)に成りつつ両脚(あし)と頭脳(あたま)を交互に寝かせて〝良し〟として在る。〝可笑しなものだ。何故(なぜ)に辺鄙な形成(かっこう)仕立てて此処で寝るのか…。それの序に彼等の表情(かお)には余裕さえ在り妙な気力(ちから)を隠してけつかる。もしや、何かが始まる前兆なのか…〟など頭を隠して有限実行、心身(からだ)は捨てられ季節に在るのに先程から知る白い布の内(なか)には誰に物とも幸先見知らぬ黒い両手(て)をした赤子が抛られ、置かれた箇所(ところ)は彼等の足元(ふもと)で一方の頭脳(あたま)に程好く近付く誕生仕立ての体温(ぬくみ)が仕上がる。赤子は泣かずにまるで落した器物の態(てい)して自身を省み不動に在って、微動したのは軒並み震えた俺の眼(まなこ)と彼女の母体に久しく生れた温(ぬく)い哀れの呈した人間(ひと)の生き血が、じんわり灯った赤子の声明(いのち)を程好く見定め功を落した結果に在って、俺と彼女は何時(いつ)しか燃え立つ泡(あぶく)の嫉妬(ほのお)を体好く見定め始める姿勢を覚えて素直に成り立ち、成り立つ双身(ひとり)は合体したまま彼等の慌てた住まいを採った。

 そうした赤子は厄除け祈願の為にと置かれた態(てい)にて静かにたわって動かなかったが、空が高くて日の向く儘にと、男も女も微動だにせず不動の生活(おきて)を講じて在りつつ身包(みぐる)み剥がれた従順(すなお)は悠々軋んで居る為、無頼の直行(しせい)は白紙を観るまま形成(かたち)を知らずに明日(あす)を塗り替え男女(みな)の目前(まえ)にて真向きに成り立ち、赤子の苦労は取り付く間も無く小さな虚空に抜きん出てあり孤島の直行(どりょく)は報われていた。しかし赤子を観る時、俺の眼(まなこ)ははっきり映った白衣を観ており、赤子の頭(かお)などすっぽり埋まって隠れて在って、呼吸(いき)をするのも苦しかろうと赤子の姿勢に疑問を抱(いだ)くもそうした白壁(ぬの)の向こうでくっきり浮んだ産声(こえ)が聞えて微動(うごき)も目立ち、俺の安堵は奇麗に浮き出て宙(そら)を観るまま〝あ、生きてる。大丈夫なんだ。〟と少々零れた吐息と一緒に子体(からだ)を浮かせて行く行く眼(め)を張り、季節の往くのをずっと遠くに観て居たようだ。要らぬ心配だった、と直ぐさま意識を戻してその身を翻(かえ)し、日頃に見知った生身を預かる冷淡等へとそっと配慮し保身を取り留め、俺の心身(からだ)は見る見る事実へ引き寄せられ得た。そうして寝て居た二人の男が縁側(にわ)に居着いた男性(おとこ)であるのに暫くしてから俺は気付いて落ち着いて行き、二人の男が既に見知った太宰と川端両者であるのを寸分狂って疑問にもせず、両者が化け得た二人の男性(おとこ)は奇麗な肢体(からだ)で横たえて居た。西日が差し行き益々暮れ行き、日々を愛した葛藤などは、人間(ひと)の最中(さなか)に逡巡したまま明日(あす)を想って落ち着き出した。この二人は何時(いつ)の間にか「厄除けの儀式」を終えて居り、各自が数名ばかりのお供を従え次の場面へ移る試算に没頭して在り、我が家の薄暗(くら)い庭など点々(てんてん)独歩(ある)いて散歩をして居て、それほど丈夫に随行し得ない〝供〟の内には何時(いつ)しか独歩(ある)いた俺の父母さえ混じって二人に対して相対(あいたい)して居り、自然は波打つ流動(うごき)を機敏に射止めて俺の態(てい)など仔細に採り決め、何も知らない取り付く間(ま)も無い新参者の立場(しせい)へ座らせながらに確立され得た始動を報せた。

 見慣れた体裁(きもの)を脱ぎ捨て如何(どう)でも許(もと)ない夕陽の紅(あか)には昨日まで観た夕日が沈んで孤独の内(なか)には徒労が居座り、言葉の色葉(いろは)は詩吟に表れ白い吐息は解放(じゆう)を損ない父母の周囲(まわり)は嫌に身寒い私情が生れて二人に付き添い、俺の眼(まなこ)は「紅」を観るより群青(あお)を好んで人間(ひと)の灯りを落して行った。皆、何か、二人の扱いに慣れている。何時(いつ)しか人気(き)を攫ったように供に芽生えた身軽のレディは俺から見られる体裁(かっこう)等さえ気にせず儘にて閉口して在り、からんころんと紅い鼻緒の白足袋(たび)さえ上手に上流(ながれ)を射止めて浅墓行く儘、妄りに唱えた無言の成就は女性に目立った気質の陰にて丈夫に映えつつ〝平家(ひらや)御殿〟を無き物にした。お嬢風(じょうふう)にて信念(おもい)の尖りは若身(わかみ)に撓萎(しな)えた予備の脚力(ちから)に暗算して在り、〝空想好き〟さえ逆手(さかて)に捉える会話(ことば)の匠を心得ながらに黙して居座り、浅黒(くろ)い肌から黒髪(かみ)の芯まで肌理を揃えた浮気な加減は知らず知らずに上気に逆上せて「ははは」と笑い、俺へと沿うのは黄昏時にて一層娘に灯った体温(ねつ)には紅身(あかみ)が差し得た。知らず知らずに暗闇(やみ)に徹した伽藍の洞には庭に灯った人気(ひとけ)の寒さが漸く囃され、詩吟に冗(じょう)じた根深(ねぶか)の裁(さい)には厚着を喫した〝総身御供(そうみごくう)〟が真横に居座り俺へと近付き、とうとう娘(むすめ)は生娘(むすめ)であるのを意匠に沿うまま未熟を哀(あい)し、その身を座らせ果実を揮わせ、熱い眼(まなこ)へ宙(から)から落した気色の内(なか)には、黒髪(かみ)に乗せ得て仄香(ほのか)を据え置く強靭(つよさ)に嘆いた女性(おんな)が立った。

「失礼の無いように。」

とだけ俺の表情(かお)見て真面目に応えた小女(しょうじょ)の果(さ)きには希に見せ得る俗世の情報(かて)など途方に暮れつつ動転して在り、寝耳に注いだ小女の発声(こえ)には真麻(まあさ)に包(つつ)んだ母性の手弱(じょうぶ)を矢庭に保(も)ち出し俺が採られて、

「そんなことお前に言われんでも分かっとるわい」

など小さく流出(で)て来た反発心(はんぱつごころ)は彼女を取り下げ「女帝」へと化(か)え、女帝が捉えた可愛らしさについ漫ろに独歩(ある)いて仄(ぼ)んやりし始め、女帝(かのじょ)の表情(かお)には何時(いつ)しか注いだ真心(こころ)が差し込み、俺の純心(こころ)は彼女を捉えて放さなかった。白く映った女体(ころも)の裾には今でも輝く女将(にょしょう)の御母堂(あるじ)が俺に纏わり闊達成るまま両脚(あし)を揃えて大人しく成り、俺の罵倒を許してあった。日常の冷たさに身を翻し、意識の末端迄を自然に流行(なが)れる描写の内へと潜ませた後(あと)、二人の男の身元が淡く輝き、他人の表情(かお)など如実に示した義務の内には二人の男の狭い感覚(いしき)が詳細(こま)かく翔(と)び立ち俺へと対峙し、俺の奥手は愈々明確(はっき)り自信を持ち出し自体の主(あるじ)に沿うて行った。殆ど照射の利かない夕日の背中に浅黒女(あさぐろおんな)が黒髪(かみ)を揺らして平々(ひらひら)舞踏(おど)り小庭(こにわ)の影などぽつんぽつんと自体を潜ませ大きく成り果て、集った各自は俺の目前(まえ)へと姿を消した。二人の男はそうした自然に流々(るる)と流行(なが)れて哀感一つも漏らさぬ気丈を灯し、女の前へと、俺の前へと、ふわりと翔(と)んでどっち付かずに立ち振る舞ったが、夕日の加減は背中を見せ行き明日(あす)の夕日を誘引したまま俺の記憶は引導を知り一つ一つは胡散に消え得た。二人の仮面はどっち付かずに活路を見出し明日(あす)の古郷(こきょう)へ引率され得て、俺の心身(からだ)を引き摺るようにと体に灯した熱美(ねつび)に絆され褐色して行き、二人の基準は立場を講じて年齢序列にふらと向かって、俺の目前(まえ)では、川端、太宰、と、行列(れつ)を採り行き、太宰が川端を慕う形成(かたち)と自然と連れ添い落ち着いていた。現実に見た二人の波紋を文学上(ぎしきじょう)では〝平等である〟など、二人に対して強く小踏(おど)った沈黙(しず)かな感覚(いしき)が活(かっ)した様(さま)にて俺の身内(うち)では沸々煮ていた二人の姿勢が段々萎びた頭上を記(き)し出し告白し始め、訳の分らぬ論議の末での硝子の主張が早くも壊れて広場を見知り、二人が共存し得る蛻の学舎をいとも容易く発見したのはこの瞬間(とき)この初春(はる)、俺の感覚(いしき)が成させた荒業(わざ)でもあった。二人は連れ添い連れ立ち、何時(いつ)しか我が家の家屋で寝て居た肢体(からだ)をのそっと持ち上げ暗い夕日に二人で向って各自に取り付く古い洗礼(さだめ)をぱっぱと払って屋外へと出、白い精神(こころ)に真逆(まさか)に降り得た人間(ひと)の手段を如何(どう)にか斯うにか自然に見据えて逆光を断ち、自分の行方を二人で決め行く結託され得た気丈な試算に一歩、一歩、向って行くのが真心(まわた)に見取れた。我が家に差し込む放(ほう)って置かれた夕陽の残骸(むくろ)が、それでも揺ら揺ら揺らめき自体を揺らして活して行く頃(とき)、時計の秒針(はり)など狂々(くるくる)廻って温度を示さず、俺の身前(まえ)では行方の知れない声明(いのち)を発して個体と成って、二人の門出を沈黙(しず)かに見送る。我が家ながらに一寸目にせぬ陰の内では何が跳ねたか消えたか変化(へんか)の有無など一切知られず、俺の体温(おんど)は自然に即して逆行して行く細い生命(いのち)を遠くへ近くへ写したようだ。況して二階の成行(こと)など余計に報(しら)さずきょとんと落ち着く蛻の我が家は司祭(あるじ)と称して流行(しぜん)に解け込み仕種を忘れた小鳥の体(てい)して明るみへと出、俺の目前(まえ)では毅然としている。二人の足音(あと)には形跡(あと)が残らず床(とこ)を立ち行く靴下(ぬの)跡のように軟く燥いだ体温(おんど)が在って、残った体温(ぬくみ)は風流(しぜん)の体温(おんど)に静かに成り着き、冷静成るまま気風(かぜ)に沈んだ浮気に乗じて宙(そら)へ遊んだ。着地を止(や)め得た二人の上気は風流(かぜ)の行くまま向くまま喜楽に準え詠み親しんだ小唄の成就を底(そこ)に見たのか、俺の個体を静かに自然に表情(かお)を背けて目下へ駆け落ち、勢い余って我が家の足場(どだい)を丈夫に仕立てた太い出口と称した大きな出窓を玄関(でいり)に見立てて闊歩をしたため自体を活し、俺の目前(まえ)から揺ら揺ら衝動(うご)いて出窓の明りを燈火に見て、散歩と称して逍遥して居た。子供の体(てい)した二人の姿勢(すがた)は奇麗に立ち得た両刃の慇懃(いろ)さえ払拭したまま自然の行方に上手く沿いつつ明日(あした)へ独歩(ある)き、出窓に面した小さい箱庭(おしろ)が虚空(そら)へ浮んだ〝上気〟を知る時、我が家の行方を明日(あす)を預かる空間(そら)の内へと真逆(まぎゃく)に捉えて〝うむ〟と頷き、我が家を養い続ける蛇口の先端(さき)からぽつと落ち行く水滴(みず)の撥ねには、生活(かて)に彩(と)られた幾多の模様が活性し始め流浪(るろう)して行き、目下咲き得た人間(ひと)の主(あるじ)は姿勢(すがた)を知らさず…、雲間に覗いた一青・一閃(いっせい・いっせん)への人間(ひと)の空想(おもい)を「根拠を持たない努力」と講じて昨日へ根付かせ、人間(ひと)の目論(きぼう)は心算(つもり)の成就を深雪(ゆき)へと寝付(ねづ)かせ、小さな試算(きぼう)は酩酊していた。ふらふら独歩(ある)いた人間(ひと)の木霊は二人の背後へぽつりと身を寄せ、脆弱(よわ)い眼(まなこ)に明日(あす)を目論み、行方知れずの生活(いのち)の動静(うごき)を底の抜け得た道程(みち)の上へと真逆(まさか)に放(ほう)って素知らぬ顔して、俺と二人は行方知れずに酷く固辞した生命(いのち)の未熟を「熟した自然の体温(おんど)」へ見返していた。

 大きな出窓をこっそり抜け出た二人の躰は黄色く透って自然へ降り立ち、誰にも分らぬ自身(おのれ)の行方(みち)へとひたすら真っ直ぐ向きつつ独歩(ある)いて行って、俺の個体(からだ)は宙へと翔(と)んだ。暗い個室(へや)から暗い廊下(そと)へと翔(と)び得た両者は人間(ひと)の表情(かお)して俺を従え、低い気温(おんど)の目下を独歩(ある)いて感覚(いしき)へ沿いつつ、俺の両手(て)を引く誘いの成就は、真っ向から来た未来(さき)の表情(かお)へとその身を失(け)し得た。そのまま二人は大きい窓から縁側跨いで小庭へ下りて、暗い小路(こみち)をずんずん行くうち風流(かぜ)に紛れて融合して行き、見得なく成り得た人間(ひと)の心身(からだ)は滔々流れる気風(しぜん)の主催(あるじ)をこれから行き着く果(さ)きへと見据えてそのままずんずんずんずん漫ろに在った。二人の動向(うごき)は小さいながらに同時に独歩(ある)いた俺の眼(さき)には知られず在って、小さい衝動(うごき)は頗る気丈に足跡を見ず、俺の目前(まえ)では浮遊に在った。我が家を出てから東に出向くと菊田家(きくたけ)が既に覗いて凛として在り、古流(むかし)ながらの威勢に感けて掛け軸等には一茶の詩吟が二つに並んで類似して在り、それ等を愛で得た家の主(あるじ)は女々しく成り立ち腰を低めて物言い脆(よわ)く、しかしそれでも二人娘と息子に投げ得た眼光(ひかり)の寝室(ねむろ)は軸の裏から聞えて在りつつ丈夫と成り立ち、子供以外の他家(よそ)の人間(ひと)へは容赦の成らない惨い億尾が奮起を構えて仔細に在った。そうしながら二人の調子は自然に紛れて一旦消え果て、俺の目前(まえ)へと還って来ていた。二人の姿を何処(どこ)か遠くへ見失いつつ見慣れた景色の内など所々を隈なく捜して独歩(ある)いた俺とは、それほど遠くを廻って居らずに手足を伸ばせる四方の範囲をぐるりと一周して来て、唯自分の場所へと戻っただけで、探すも何も、奇麗な顔して涼んで居たのは俺の無体が萎びただけにて二人の場所など知っても如何(どう)でも好かったのである。二人は又還って来た。帰宅を見届け俺が泣くのは夕日を観ていた一瞬間にて、汗を拭き取り、二人の帰宅を当然顔して迎えて居たのは誰にも知られぬ目下に在った。白い眼(まなこ)がふとまた落ちる。二人の姿をしっかり見据えた俺には何が何やら分らなくもなり、太宰が講じた優美の酸(さん)には心労祟った一途(いっと)が在りつつ俺の背筋はぴんと伸ばされ、川端は如何(どう)にも掴めぬけれども、太宰の居場所は掴んだ儘にて体裁整え、硝子ケースは箱庭透して夕暮れ時など紅(あか)く閉ざした。閉ざした小庭は種々(しゅしゅ)の人体(むくろ)と木々を生やして、影など付け行き具体と成ったが、俺の蛻(こころ)は紅(あか)く燃やされ淡く成り行く白きを通して雲間に差し込み、人の寝る間(ま)に未熟を呼び込む。俺の精神(こころ)は太宰に傾き、落ち行く夕陽に無造を報され明日(あす)と今日とを小耳に寄せ行き自殺を遂げたが、浮遊して行く我が秋桜には色が無いのを不思議に思い、あっと言う間に二人で居るのを不自然として、二人を分け得た仔細な遊戯を構成して行き、二人の男は確固と成った。如何(どう)にも斯うにも俺の首には二人に有り付く試算が講じて気色を奪い、白々燃え行く昨日の白火(ほのお)を水を吹(ぶ)っ掛け大炎(たいよう)と成し、俺は二人に挟まれ二人の肢体(すがた)を本に化(か)え行き喰らった後(あと)にて、坊主に意気込む至難を見て居た。釣れない呼応(こたえ)が精神(こころ)へ木霊し小耳(みみ)へと木霊し、現実(ここ)に咲き得た詰らぬ舞踏(おどり)を一つも早く失(け)したく考え、俺に灯った他力の文学(いのち)を払拭しようと試みたのだ。太宰は俺の元へと還って在っても、まるで齷齪働く狂人(ひと)の有様(さま)にて欠伸した後(のち)我が家へ向かって無言に居座り、暗闇(やみ)に落した四肢の発条(ばね)には余程の誘いも立ってはいない。あちこち自体を遣りつつ落ち着く先など見据えて在るのか無いのか見当付かずに一歩を踏み出し一歩を踏み出し田舎へ向いても、躰は都会へ足並み慣らして猛(たけ)く孤踏(おど)った一場面に在る。窮境、一瞥すると、一歩も進まぬ栗鼠の体(てい)にて狂々(くるくる)廻った外界(そと)の景色(せかい)が音を静めて不動に在って、段々離れる固い気色は今まで通(かよ)った帰路を見据えて屹立と在り、土台転じた正味(あじ)な異彩は何処を採っても剥がれなかった。太宰の表情(かお)には生気が漲り勢い溢れた酸味が乗りつつ、つい無関(むかん)に気色を煽れば俺への感覚(いしき)は散(ち)り散(ぢ)り離れて散解(さんかい)して行き、怒涛の如くに活した両脚(あし)には透明が勝った快調(オルガ)が棲み付き程度(ほど)を失くして、そうした最中(さなか)に対峙して居た俺の周辺(あたり)は急々(きゅうきゅう)忙(せわ)しく太宰(かれ)から離れて南方(みなみ)へ向かい、対峙して居た二人の周辺(あたり)は見る見る冷え切り小波を立てて、俺と太宰(だざい)は相対せぬまま密接して行く急流憚る川原に在った。二つの岸にて二つの男(からだ)は川端(ひと)を忘れて宙(そら)を睨(ね)め付け、凝視したまま微動だにせぬ黙々伏(ふっ)した精神(こころ)の周辺(あたり)を羽音(はおと)を同化出来得る小さな協力(ちから)を何時(いつ)しか身内(からだ)に認(みと)めたようだ。俺は太宰に、太宰は俺に、低く見積もる夢想(ゆめ)の実力(ちから)は小さく跳ね突き宙へと翔(と)んで、田舎の景色は何時(いつ)か睨(ね)めてた我が家の破片を小さく畳んで宙(そら)へと還り、虚空を映した苦力(くりょく)の実力(ちから)は二人へ翔(と)び立ち両肩(かた)へ止まって、明日(あす)への脚力(ちから)を養っていた。

「明日(あす)」とは何であろうか。一片に千切れた僅かな疑問が虚空(そら)より降り着き俺の感覚(いしき)に片寄り、食うや食わずの成らずの問いなど瞬く間に燃え灰へと帰して、揺るがぬ男女の在り処は姿勢(すがた)を変えずに鉄壁に近い除夜の鐘など表情(かお)と見立てて悪態吐(づ)いて、俺の主(あるじ)を一目散へと有耶無耶にした。小さな桜海老(えび)が死肉を喰ろうた己斐川辺りにでんと座って主(あるじ)と成り就き、俺の来るのを経過を踏まえて待ってた様(さま)にて、俺の生き血は宙(そら)へ還って地面へ降り立ち、桜海老(えび)と見紛う淡赤(ピンク)を称した。雨が降るのを何処(どこ)かの百姓(かかし)が観たのか、遠くの山では橙(あか)が輝(ひか)って夕日を数え、指折りにした赤い人鬼(じんき)がどんでん返しを(苦労の末にも)桎梏重なる小説(はくし)に立たせてにやりとして居る。俺の暴徒は勇ましくも在り図々しく成り、太宰が来るのを予定調和に知って居ながら、それでも対峙を図るとでんと居座り鼓舞を鳴らして、対極し掛かる奈落の底へと両脚(あし)を引っ張り、二人揃って友人紛いの笑みを浮かべて表情(かお)を合せた。結婚出来ずの俺の四肢には〝志士〟と見紛う微温(ぬる)さが生じて独歩を重ね、始終上擦る口笛等には、周辺(あたり)を震撼させ行く真面目な節など具に覗けて明朗ではなく、宿敵(とも)の立場に覗いた気丈は俺から外れた家庭の柱(あるじ)を朗らかなまで映し出させて微笑を携え、俺の四肢には独歩を重ねる元気の源(もと)など、寸とも鳴かずに夜な夜な萎えた。

青みを増し行く宙(そら)の麓に視界の許した山村(さんそん)等在り、そこには俺から離れた遠くの村人(ひと)など日々の労苦に愉しみを見て、飛んだり跳ねたり躍動しないで日々の暮らしに充実して在り、ぼさっと咲き得る竜胆等には淡い期待を仄かに掲げて頭上(そら)を仰いで、床を並べて活動に在る。その所にふと落ち着き神秘を奏でる薬草等は〝お花畑〟と称され子達が遊んだ〝敷居〟と成り着き経過に永らえ、自然と遊んだ紋白蝶など、〝貢ぎ〟を忘れた〝死人〟の数など二腕(にうで)に数えて指数と成り着き、慌てふためく俺の司祭(あるじ)を黙らせていた。祖父爺(じいや)と祖母爺(ばあや)が好々爺と成り二人揃って一つと成る頃、遠くの小川で白魚(うお)が跳ね突き転がり込み行く仔細の要所は予定調和の舞台を立ち上げ人間(ひと)を引き寄せ、桜海老(えび)が死に行く駒の端には人体(ひと)が活き行く装置が壊れ用途に有り付き、俺の微笑(えがお)は独り淋しく遠くを観ながら過去に散り得た哲人(てつじん)達をも桜海老(えび)が死に行く自然に見立てた。見果てた頃から空が仕舞われ村が仕舞われ小川(かわ)が仕舞われ村落(いえ)が仕舞われ、人間(ひと)だけ残った体温(ぬくみ)だけ観て独歩を重ねる夢游の視線は、俺の情緒へしかと跳び付き、寝首を掻くほど数多の生命(いのち)を周辺(あたり)へ散らして、祖父爺(じいや)が出るのを注意に留(と)めつつ自身(おのれ)の独歩へ拍車を掛け得た。にゅっと出て来た白い和尚は家柱(かちゅう)が並んだ物陰などからすっと差し出た様相に在り、白く孕んだ説法等には、昔の懐(うち)など微塵も感じぬ百錬・和尚が鎌を擡げて沈静して居り、在る事無い事頻りに唱えて土間の内には鼾に埋れた細い白指(ゆび)など白魚(うお)の態(てい)して軽く飛び跳ね、俺の心情(うち)へと物影(かげ)を残さず奇麗に素掘(すっぽ)り這入って来るのだ。静かに騒いだ俺の周辺(あたり)はそれでも静かに単躯(たんく)を掲げて音無(おとなし)でもあり、自然に発した逆光(ひかり)の流浪はそれでも優雅に満ち足りていて、俺の心情(こころ)は体温(ぬるみ)に耐え得ず慌てふためく気配を講じた。跡形無いほど奇麗さっぱり失せ得た山村(むら)には一重(ひとえ)に咲き得た竜胆だけを道端に持ち、隣の村など遥(はるか)を睨(ね)め付け捜索すれども、一向返らぬ音無(おとなし)だけにて宙(そら)が活き行き、永い日暮れにぽつっと落ち得た白い女体は見る見る山河を越えつつ人体(むくろ)を形成(つく)って、俺の目前(まえ)にて知己と成り得た。落ち着き始めた自然の流行(ながれ)は段々具体を取り留め始めて人間(ひと)の御前(まえ)にて客体と成り、祖父爺(じいや)を称して脆弱(よわ)く咲き得た一人の具象を明るくして行き、「知己」と称した〝眠りの次郎〟は手取り足取り四肢(からだ)を延ばして川端康成へと変態(からだ)を鞣した。宙に浮んだ小鳥(とり)の鳴(こえ)など丈夫に鳴らして独歩(みち)を付け行き、俺の目前(まえ)でも人間(ひと)の御前(まえ)でも奇麗に束ねた快感(オルガ)の感覚(いしき)はくっきり整い乱れておらず、〝一人〟に居着いた隣人成れども一癖二癖立派に整う世人(せじん)を称して隣家に調う白壁(かべ)まで造り、独我(どくが)を咲かせて人間(ひと)を損ねる強い言動(いしき)が活性し出した。人間(ひと)を独歩(ある)いた俺の記憶(いしき)は川端(かれ)の言動(いしき)を巧みに捉えて放そうとはせず、漆黒追い付きそのまま追い越し、人見知りをする目先に取り付き自身(おのれ)の保身に成就し出した。〝成就〟を射止める俺の表情(かお)には談(だん)を採り得ぬ暗闇(やみ)への連業(ノルマ)がそっと独走(はし)って手綱を保(も)たず、白い影には何やら解らぬ暗雲(なやみ)が覆って自身(おのれ)の立場(ありか)を明確(はっき)りさせず、宙に掛かった白雲(くも)の切れ間に元より留めた青空(そら)が在るのを従来とはせず、自身(おのれ)の言動(いしき)は向上(ちから)を助ける梯子を外して熟睡し出した。川端(かれ)の言動(いしき)は梯子を採らずに地面に立って、太宰に背いた駄犬の如くに自身(おのれ)の隆盛(さかり)を一握したまま独歩を足ら締め、進歩して行く無体の影にはどんより曇った喧騒(さわぎ)を据え置き余裕を採って、太宰と相対(あいたい)して行く未熟な一体(からだ)を態良(ていよ)く差した。太宰に差し込む「論究」等とは如何(いか)にも総じて甘味(うまみ)を滲ませ分厚い書物に落着して在り、読了するのに三晩は掛かる労苦の辛(から)さをこよなく零して俺の心身(からだ)はとぼとぼ歩いて当てをも失い、〝太宰を読むのも辛(つら)いものだ…〟と、固陋に徹した我が身の床(とこ)には落ち着く間の無い夢遊病者が侃々諤々、自身(おのれ)の主張を体裁付けずに世間へ売っては自ら白(しら)んで古着を捨て去り、良きも悪しきも口へ含んで酵母(たね)をも呑んだ。人体(からだ)に居座る趣向(たね)の在り処は立ち所に得ず、所々栄養(かて)の甘味(うまみ)を独我(どくが)に投げ付けあらゆる反応等を文字の形見と唸っていたが、太宰の独歩は益々白(しら)んで朝陽に解け行き追い付けないほど夜は興醒め、寝床に置くのは〝これ〟と決って川端(かれ)の古巣をこよなく張らせた。太宰(かれ)の居所(いどこ)が失(な)くなった現在(いま)、太宰(かれ)の表情(かお)には朝陽も白(しら)んで主体が失くなり、俺へと繋がる共感(いしき)の程度は虚空に叫んだ共鳴(こえ)の如くに街路へ解け込み見得なくなって、二人の居場所は耄碌した儘しこたま震える冬の威勢に飛び込み入(い)った。川端(かれ)には耄碌して行く祖父爺(じいや)の素性が滾々流れる血流(いのち)の水面(みなも)に散映(さんえい)して在り、白髪活した皺の汚れは表情(かお)を立たせて一人の正味を切り抜き出し得て宇宙と現在(いま)とを繋いで在って、俺の感動(ぬくみ)は川端(かれ)を射止めて太宰(だざい)を遠避(とおざ)け、好きでもないのに文勢(ぶんせい)極まる一説等を川端(かれ)の懐(うち)へと勝手に投げ遣り演説講じて、川端(かれ)の体(からだ)を他人へ立てつつ訝る猛火の嫉妬(なやみ)は自身(おのれ)を護って試算を蓄え、俺の意識は二人を離れて〝板挟み〟に成る微妙な独身(たちば)にこの身を貶めて居た。肥溜に落ちたような誇張の渦は見る見る育って俺へと辿り、過去(むかし)に知り得た一縷の栄華を牛耳り始めて、「明日」へと訝る夢想(ゆめ)へと変じた。俺は川端(かれ)を囲んだ丈夫な白壁(しきり)を取り去り、夢想(ゆめ)に咲き得た気力を有して明度を独歩(ある)き、落ち着く果(さ)きには何時(いつ)でも見果てぬ苦力(くりき)の諸相(しょそう)が四肢(からだ)を碧くし焦げ付き始めて、俺と川端(かれ)とは感覚(いしき)を呈して互いに認めた間隔(きょり)を保って、足場を採らない暗闇(やみ)を挟んだ二人の体(からだ)は意志を奪(と)り去る海鳴り等を空から降ろして確立して行き、如何(どう)でも萎えない自活の迷路へ仕方の無いまま落ち込んで居た。俺を肩押す小さな軽妙(うごき)は小言を称して人間(ひと)を据え置き白砂の絡まる超我(ちょうが)の礎(もと)にて乱れぬ一糸に思想を絡め、「明日(あす)」の動静(うごき)に仔細に見て取り差し詰め問いに疲れた委託(いだく)の門戸は個性を従え二人を配(はい)した。二人の間隔(きょり)には未熟が祟って聡明が鳴り、〝我が家〟を通して俺の個性は威圧を身に付け川端(かれ)へと跳び付き、川端(かれ)の精神(こころ)は灯(ひ)でも失(な)くした快感(オルガ)の様(よう)に威圧に敗け得た海へと潜り、「明日(あす)」をも知らない夢想(ゆめ)の動静(うごき)に駆逐され行く小さな礼儀を上手く諭され、白く成り行く川端(かれ)の姿勢(かお)には俺の知らない空転(ゆめ)の挿話(はなし)が所々に頭(かお)を覗かせ俺の四肢(てあし)に尻尾を振りつつ暗闇(やみ)の部分を明るくしている。

抑揚の付いた思想を羽衣に換えて俺の肢体(からだ)はゆっくりゆっくり白煙(けむり)が昇る態(てい)にて都合好く、散開(さんかい)して行く孤独な末路を自分の死地だと決め付け燃え上がり、川端(かれ)との意識を後生大事に携えて居た。「礼儀を保つ」(丸く収める)とは、太宰の認めた「お伽草紙」(ここではこの名が使用されていた)に於いて、何故か羅生門が丈夫に架ったその張り屋根の下で川端をこてんぱんに揶揄して居る(批判して居る)箇所、名指しで川端(かれ)への悪口(あっこう)を無闇に露呈させ、戦況・時局を大きく拡げた上にて誰もに目に付く太宰の失態を直隠(ひたかく)しにする試算をそれでも講じる大事を我等に掲げて、そうした「箇所」を指摘させるな、目立たせるな、等というものに在り、俺から勝手に太宰(かれ)に対して大きく気遣う様子が散々見られてもいた。白紙に戻した〝遣唐使〟に似た主(あるじ)を忘れた試算の効果は透明色した俺の隣情(あわれ)に直ぐさま跳び付き、幼少(じゃり)の相手を事毎日暮れを煽って行くまで静々(しずしず)進行して生(ゆ)き自身(おのれ)の主(あるじ)を「明日(あす)」の何処(どこ)かに見付ける自適の機会(とき)迄、雪崩が達磨を倒して大きく成りつつ、俺の思いは成長され得た。しかし太宰と違って川端(かれ)の言動(うごき)はぱっぱっぱっぱっと素早く降下し弱味を牛耳り、まるで自我の体躯を捨て身に応じて通す様(さま)にて周囲を睨(ね)め付け、囲いを破れず煩悶して居た俺の懊悩(こと)など具に無視して打算を講じ、太宰の機微にも容赦せずまま気色を変え行く強靭・怒涛の発散等にその身を預け、任せた〝捨て身〟は川端(かれ)らしくもない狂気の両刃(やいば)を双方(ふたり)へ向けつつ、次第に暮れ行く赤の夕日にしっとり落ち得た。落着して行く微動の果(さ)きには川端(かれ)にとっては端(はな)から根差した思惑が在り、奇麗な天使が女性(おんな)を象り降りて来るのを仔細に睨(ね)め付け牛耳り採った夢想の造花に生命(いのち)と声明(こえ)とを応じて費やし、俺の将来(さき)にも小さく揺れ行く〝救い〟が在るのを微かに聞える小声に保(も)った。俺はそれでも白昼指差し、〝こんな奇跡が何処(どこ)で起きても、きっと此処には端(はな)から落胆させ得る人にとっての事実が在るのだ。史実の内にも口調(くち)を緩めず、仄かに潤んだ「濡れ事(ぬれごと)」にさえそうした地獄は人を呼び込み殴打している。どれほど奇麗にお題を並べて誰にとっても甘味(うまみ)を保(も)ち得る美談を敷いても、天国(くに)へ着くまで俺の心は決して納得しないで、この世の流行(ながれ)はこの世に捨て置き俺の真摯は隠して置くのだ。騙されない。騙されないのが、俺の仕事である。〟等、末尾の辺りは口調(くちょう)を濁して不得手に立ったが川端(かれ)の熱意は甚だ冷たく緩く浮んだ名残に落ち着き、俺の精神(こころ)は次第に流行(なが)れる経過に独歩(ある)いて自然に寝そべる調和を愛した。川端は薄暗く灯り堕ちた日々の成果が転々(ころころ)転がる我が家と菊田を擁した界隈などを何処(どこ)で知ったか十分知り活(ゆ)き、我が家に敷かれた深く茂った庭の内から門戸を通って菊田家へ行き、何時(いつ)に出来たか知れぬ菊田家の庭内にひっそり大きく佇み終えた大樹の傍(そば)へと歩を進める儘にて自然と遊び、遊びが度を過ぎ川端(かれ)の躰は一度辷って樹へと落ち込み、感覚(いしき)も熱意もすっと隠して目前(まえ)から失(き)えて、再び自然の速度にすっかり慣れ得た川端(かれ)の個体は嫌に澄ました分別顔(ふんべつがお)した体裁整え矢張り微動に、俺の目前(まえ)でも誰も目前(まえ)でも自然の内でも不思議を灯さず自分の仕事を携えて居た。菊田家の庭内に生えていた樹は百日紅では無かった様(よう)だが、他の箇所にも幾つか似た樹(き)が在った様子で、得体知れずの群象(かたち)が何処(どこ)かでこれ等の樹群(きぐん)を〝自分の手足〟と称えた様子に庭を化(か)え行く感覚(いしき)すら在る。川端は自然の内にて歩調を合せ、「白」の太宰に対峙するまま群青色した紺絣に身を体好く整え俺へと近付き、老いの速度に上手く隠れて大喝はせず、目前に揃った内の比較的大きいのを指差し、

「ほれ、此処(ここ)に在る。」と、

「ほれ、これがあの木だ。」

と言わんばかりに始めに決め得た川端(かれ)の思惑(おもい)をそのまま透して俺へと投げ掛け、俺が反する微動を愉しむように矢張り真顔で笑いは灯さず両眼(め)だけは大きくぎょろ付かせて在り、永く続いた西日の微風に涼んで居ながら空想(ゆめ)の行方を決め付けていた。川端(かれ)が指差しそうした脚色(いろ)など塗り込めた後(のち)その樹(き)は見る見る不動に俺の目前(まえ)から姿を打ち消し、消された体躯は経過に隠れて小さく頷き、自然が誘導するまま川端(かれ)の胸元(うち)へと呑まれる如くに変容させられ無言に在って、お汁粉程の甘さも採らずに漫ろに生(い)き生(ゆ)き川端(かれ)が配する所産と成った。俺が以前に川端(かれ)が認(みと)めた記録の何処(どこ)かで憧れ返(へん)じて認(みと)めた大樹の姿勢(すがた)に永く生き行く西日の下(もと)にて緩々変り辿った経路は海の傍(そば)まで何里も離れた都会と田舎を統べ得た彼方へ程無く棄てられ淡く成り果て、不老の自然はどの彼方に在っても人間(ひと)と生命(いのち)を始めに決め行く勝手に在りつつ凡庸とし出した感動(ぬくみ)の主(あるじ)は「明日(あす)」を見据えて窮地に立った。感覚(いしき)も無いので、感じられない「窮地」の意である。虚空を睨(ね)めても人間(ひと)を睨(ね)めても、涼風(かぜ)を睨(ね)めても社会を睨(ね)めても、田舎を睨(ね)めても都会を睨(ね)めても、我が家を睨(ね)めても菊田家を睨(ね)めても庭を睨(ね)めても闇を睨(ね)めても、経過の尾先(おさき)は平々(ひらひら)しながら自然と言う名の体(たい)に隠れて正味を報さず、一寸先にも自己の「明日(あるじ)」を垣間見せない丈夫に落ち着く用途を携え俺の周囲(まわり)に立って在るから、神秘の事も川端(かれ)を通して俺へは辿らず太宰の生命(いのち)もくるっと廻した自然の群象(からだ)へ落ち込んで行き、然して珍味を吟じた経過の意味など涼風(かぜ)に吹かれて何処(どこ)かへ失(き)えて、樹(き)が樹(き)であるだけに、木が木であるだけに、言葉が言葉であるだけに、「明日(あす)」が「明日(あす)」であるだけに、今日の喜事(きごと)が珍しくもなく奇跡を忘れた人間(ひと)の体(てい)へと俺の感覚(いしき)は軽く落ち得た。仕方が無いから他家(よそ)の庭先で遊ぶ川端(かれ)の熱意を冷め々々興じて吟味して行き、「これは」と思える諸相の仔細(かけら)を巧く拾って糧として行き、覚束ないまま闇の湯立った庭の周辺(あたり)を散策し始め、「明日(あす)」が来るのをひたすら待った。

 微かな記憶が次第に頭(あたま)を擡げて涼風(かぜ)の内にて孤独を笑い俺の心身(からだ)を押し上げて行き、はたまた何処(どこ)かで拾った大きな記憶を将来(さき)に見据えて人間(ひと)の対峙に微弱な余韻を用意して来た。俺の精神(こころ)は未熟に騒いで幼児(こども)へ辿り、両親(おや)の居所(いどこ)を探り当てつつ違った迷路へ落ち着いて行き、後退出来ない自然の内にて神の息吹に目印(あて)を知りつつ舵を切り操(と)り、今後の予想(おもい)に人間(ひと)の倒れる展開等まで時下(じか)に配した一つ一つの余裕(あそび)に根強く這わせて漆喰を塗り、誰の眼(め)からも体裁調う琥珀の微動に心身(からだ)を阿り、倒れた果(さ)きには彼等の生れた形成(かたち)が在った。川端(かれ)の体は次第に根強く他人顔して、強い体裁(かたち)を俺から奪って気丈を生やし、まるでこれから偉業を成し行く努力を置きつつ俺の目前(まえ)から姿を消し行き、見知らぬ土地にてその名を挙げ行く小さな成功(かたち)を俺の心へ投げ込んで来た。そうした川端(かれ)の言動(うごき)に一つ一つ絡まる嫉妬の余韻が俺から見えて益々大きく、成長し出した白い誇張は他人顔した知識と成りつつ、果てを知り得ぬ無駄への徒労は人間(ひと)の域さえ越え行き俺へと着いて、俺は川端(かれ)の晴空(あおさ)が行く行く延びると延びる道程(みち)にて都度々々吐露した熱意を覚えて人間(ひと)に落ち着き、川端(かれ)の口調を一々真似して、川端(かれ)の晴空(どだい)を蹂躙して行く危うさの内(なか)、俺は晴空(あおさ)を見上げ続けた。太宰が途上で転びながらも我等へ近付き、我が家も他家(よそ)も程好く収めた白紙の内へとその身を持ち出し笑っていながら、俺へは寄らずに没我の態(てい)にて、反動足るまま独歩(あし)が騒いで世情へ降り立ち学(がく)が在るのを密かな立場(どだい)と認(したた)め認(みと)めて、川端(かれ)の憂いを上手に保(も)った。太宰の表情(かお)には明るく差し込む白昼(ひる)の陽光(ひかり)が狂気を連れ込み残って在って、こびり付くほど厚顔呈した虚無の破片(かけら)は行く行く過程(みち)を失いひ弱へ寄り着き、〝生き抜く為に〟と〝えんやこーら〟舟を編みつつ自粛を挙げた。〝自然はどんな物でも、大きな物でも小さな物でも、人間(ひと)の動きに程好く生れた痛みの源(もと)をも、澄ました顔して上手に隠し、自分を象る輪郭(かたち)へ繋いで、迷う事無く経過を見せると人間(ひと)の弱さを受け止めている〟。

 夢想(ゆめ)が痩せ行き、肩の骨など酷く凍えて剥き出し行って、しどろもどろの問答打ちつつ夜中の夜空に不意と気付いて欠伸を延ばせば、一人の少女が炎熱加減を密かに加減し、億土の内から白炎(ほのお)を土産に固く表れ、俺の目先へ両親(おや)を落して、独り淋しく失(き)え失(う)せていた。そうした固陋を初めて観てから他人(ひと)の関係(もよう)が周辺(あたり)を揺らして悶えて行く時、俺の機体(がらす)は機能を失くして器体(きたい)に落ち着き、通り一遍、淋しく夜空を睨(ね)め付けるのだ。喜人(きじん)と詠われ、鬼人と謳われ、気人(きじん)と詩(うた)われ、奇人と唄われ、おどおどして行く性器の都は楽園(パラダイス)を観て優美を睨(ね)め採り、「明日(あす)」の行方に敏感ながらに松明(ともしび)称えて、形成(かたち)と成るのに弱音(よわね)を弾(ひ)いた。透明色した俺の故郷は苦し紛れに宇宙から往(き)て一貫して行く腰の裏では機能の調子が悪態吐(づ)き行き松明(ともしび)追い越し夕日に鳴いて、供(とも)との舞台を大きく覆(かえ)して失笑して行き、脇へ退(の)くのは主役達である。主役の体温(おんど)は高度を保って独立して在り、狭い舞台に傅きあった黒色(くろ)の関係(もよう)は楽失(パラダイム)と成り、危ない遊戯(あそび)にとことん這い擦り、孤独で在るのが〝到底病まない算段なのだ〟と独り孤独に黙して在ったが何れの部隊も調子を弾(ひ)いては勇ましく在り頼り無く在り、眩暈の迷路へ順々落ち行く人間(ひと)との舞台は俺に自然を越えさせて行く。遊ぶ迷路が時折り肩からずるっと落ちては世情を牛耳る白色魔人(はくしょくまじん)がくるっと居直り対峙をして来て、百八十度の冷静観(れいせいかん)では暑い太陽(あるじ)を落して行くのを幾度も頼って胡蝶を問いつつ、明くる朝には俺の姑へ引導渡した「この世の終り」が寿命と化(か)わって呼吸を延ばす。そうした「余韻」が躍る最中(さなか)を幾度も通(とお)って死んだからこそ俺の精神(からだ)は滅茶滅茶ながらに「明日(あす)」まで生き抜き眩暈を連れて、自然の〝帳簿〟を誤魔化して行く。

 夜目の効き行く梟(とり)の行方は知識に準じて微温(ぬる)く成り行き、人間(ひと)の浅手(あさで)にふいと降り立ち又飛び立つ頃には、自意識(じぶん)の精神(こころ)に嘘を吐(つ)いては伯爵(じいや)と成り着き、止った流動(すがた)に死体(肢体・四体・姿態)を重ねて遊興夫人に頓着して居り美談は咲かせず、「明日(あす)」の寝室(ねむろ)に孤高が差すのは年を取るのを幾許遅めた夕日であろうと未熟な暗闇(やみ)には落ち葉が咲かない。白い歯(うそ)には如何(どう)でも揺るがぬ人間(ひと)と人間(ひと)の官能(オルガ)が潜んで大・小重ねた方便等には、虚言(うそ)の利かない呼吸(びだん)へ成り就く脂が講じて器体(きたい)を採り上げ、唸る心頭(こころ)に咲いた両刃(もろは)は自棄(やけ)に縮(ちい)さく総身を細めて紅(あか)が秀出(ひいで)て、君の現状(いま)さえ片手に零れて頓着して在る。不時着して行く俺の精神(こころ)の欠点(かけら)の記憶等には他人(ひと)から見知らぬ有限が鳴り、これまで経て来て固めた自糧(ちしき)を幾度も睨(ね)め付け躍動し得て、「明日(あす)」の両刃(やいば)は青白煙(けむり)に燃え尽き、人の狭筵(むしろ)に歯(むくろ)を置いた。第一回目に在る草紙の絵が在る。途中、途上で独走(はし)った自体(おのれ)は人群(かさ)を棄て生き人質と成り、自然に採られた質(たち)の凪にはオレンジ色した人間(ひと)の汚職(いやみ)が憎々(ぞうぞう)増え行き林檎(あか)く化(か)わった。〝アダムとエバ〟など一組(セット)で生れて自滅に拝して知らぬ官能(オルガ)に自決を決め込み勝手気儘な新参等には黒い表情(かお)した支柱(うちゅう)が喘いで神を呼び込み、源泉(そこ)から流れて人間(ひと)の血流(いのち)は肥溜まで落ち堕天(だてん)の麓に胡坐を掻いた。人間(それ)から幾つの長蛇(しそん)が星ほど砂ほど出るなど在っても、あの源泉(いづみ)に在るナタナエルの眼(め)は人間(ひと)の足場(ふもと)を固く崩して壊れて成り立ち、人間(ひと)の感想(オルガ)は深い花都(みやこ)の栄華止盛(えいがしせい)を夢見る如くに荒んで叱られ、天使(かみ)の瞳(め)にさえ余る位に昔堅気の姑の美臭(におい)が甚だ匂った思春を欠いた。〝肥溜〟だろうと痰壺だろうと人の都は住み行く内にも花を知りつつ夢想に燃えて、言葉は不要の言動(うごき)の彼方が孤高を捉えて無体とさせ得ず、〝銀幕顔(ぎんまくがお)〟した独りの舞台は人間(ひと)を越え行き天使へ辿り、仙人紛いの狂気の乱歩を一層忙(せわ)しく知識として行く。常識こそが狂って在るのだ、次々出て来る源泉(いづみ)の言葉は或る瞬間(とき)ふと又勇気を知りつつ具体と化して、教会等では社会不全を少々煩い培う自活(かて)にも何やら愉快な眩暈が遊んで幽体して行き、この世を射止めた死線の豊かは方々散らばり、俺を迎える。

 太宰の〝花都(みやこ)〟は慈しまれてもふと又表情(かお)を挙げれば脂を飛ばして理解もされ得ず、俺だけ〝蛻〟に道化を通した好(よしみ)もあって太宰の心身(からだ)は幽体を観て俺へと跳び付き、流行(なが)れて来る声、流れて来る小動(こえ)、総てあらゆる試算に応じて猛(たけ)く高鳴り空耳返(へん)じて情緒(こころ)を温(あたた)め、お風呂を沸かした魚人(ぎょじん)の目にさえ苦労を焦がした小雨(あめ)に観えつつ太宰(かれ)の離脱(あそび)は四天(してん)を突いた。〝四天(してん)〟は次第に宙(そら)でなくなり空虚と化し活き、曇天表情(どんてんがお)した思想の裏には人間(ひと)から運んだ与奪があって、曇り表情(がお)した幻想模造(げんそうろまん)は死んだ体(てい)にて気不味く翳って、口調は善がりに哀れに跳び付き俺の言葉を鵜呑みにしていた。太宰(かれ)の頭上(うえ)には白色(しろ)から零れた黄金色(きいろ)の模写(あるじ)が事毎小声を高く掲げて躍(おど)った仕種を見返り落ち着け、腰の座らぬ乱心・情緒を溢れた思想(おもい)に捩じ込んでいた。〝烏の天狗〟が誇張を忘れて平凡の暮れる我が家の果(さ)きからのこのこ出て来て自信を表し、体裁付かずの人間(ひと)との懸橋(はし)には踊って渡った古風な形跡(あと)さえ仄かに残る。〝太宰の思惑、しかしばれた〟。白衣を纏わぬ脆弱(よわ)い博士が事も在ろうに太宰(かれ)と川端(かれ)とを繋いで置こうと試算に扮した凹器(ばけつ)を持ち寄り、不甲斐無いまま未熟を洗って太宰(かれ)と川端(かれ)との人間(もよう)を汲み取り外方(あさって)向かせた琥珀の脚色(いろ)とは、懐かしさに似た独歩の方針(ゆくえ)を密かに突き得た。太宰(かれ)の秘密は絶えず無音の雄叫(たけび)に仰々しく在り、耐えられない程独身(ひとり)の住まいに紫光(しこう)を見せたが、「お伽草紙」の矛盾が祟って不純に陥り、結託され得た無機の体(からだ)が自然を併せて生命(いのち)を取り持ち揚々永らえ、気忙(きぜわ)にせしめた自活の空巣は次第に膨れて他人を呼び付け、涙の跡には汗(しお)の粒など丸く転がり、「川端康成へ」と縮(ちい)さく掲げた白紙の嘲(わら)いが笑みに零れた弱音を弾(ひ)き出し若体(じゃくたい)と成り、業火を照らした主線億土(しゅせんおくど)が太宰の表情(かお)して呼吸をして居た。川端(かれ)はづかづか独歩(ある)いて機体に近寄り、自分を鞣した固い扉に如何にも斯うにも納得をせず、使い古した過去の言語(ことば)で太宰(だざい)に詰め寄り未熟を解いたが、螺旋に渦巻く真空管には太宰の言語(ことば)も川端(あるじ)の言語(ことば)も邪推に絡まる通り言語(げんご)に姿態が落ち着き抑制利かず、太宰は独歩(ある)いて暗雲(やみ)を離れて白煙(けむり)に巻かれ、〝雲隠れ〟にした自体の従順(すなお)を好(よ)く好(よ)く睨んで転寝して行き、狡く曇らす算段の眼は、次第に枯れ活き「明日(あす)」を夢見た。

 抜け毛が酷い孤独の途上で俺の過去には誰もが座れる株がのさばり青空(そら)を映して、人間(ひと)の囲いを巧く辞めねば、俺の気配は針の穴ほど隙の通らぬ丈夫が成り立ち憎音(ぞうおん)等がしたり顔して女性(おんな)を射止め、共に狂った奇跡を隠して人間(ひと)へと居座り、威張り散らした白髪(しらが)の爺(じいや)は何をも忘却(わす)れて七度(ななど)転んで正気へ戻れず。ずっと模倣(なら)った狂文伝(きょうぶんづた)いに自信(おのれ)を訝る感覚(いしき)が安らぎ茶色く孕んだ処女の象徴(かたち)は電話が鳴るのに滔々とせず、摂理を保った純な女教授(きょうじゅ)が至極正しい街へと居座り呼吸を整え俗世を愛して、明日(あす)を辞めぬ美意識(いしき)を曇らす。川端(かれ)も太宰(かれ)も下らぬ行儀に十九世紀に咲かせた人楽(オルガ)を貪り、夜に成ればしたり表情(がお)した無機の傀儡(かたち)の脆弱(よわ)い彼(か)の手が揺ら揺ら揺れ活き怯えているのに、果ても見取れず物理に遣られる虚無の潜在(いしき)に唯々注意し躰は微動に和らぎ始め、屈託無い自棄(じき)の野望に追い追い悦び外套を着て、「明日(あす)」の狭筵(むしろ)をようく拡げた。自殺が行けない。自殺が行けない。自殺が行けない。

 白夢(はくむ)に白霧(はくむ)が丁度良いまま被(かぶ)さり続けて橙色した今日の夕日は虚無に入(い)るまま異性(おんな)を遠去(とおざ)け、「アダムとエバ」ではアダムが生き活きエバが丸まり、胎を宿した宙(そら)の〝手鞠〟は独創(こごと)を脆弱(よわ)めて泣きたくなった。教師は愚かな愚かな、愚かな愚かな、…宇宙の表情(かお)など創造(想像)出来ずに茹った感覚(いしき)を傍(まよこ)に携え幻想(ゆめ)に包(くる)まり、跡形(かたち)を壊して消滅して活(ゆ)く。〝幻想夫人〟に木通を貰った俺の皮下組織(うち)では凡庸咲くまま芽吹いた勝手が絵図を仕上げて絵画を呑み込み、美術は遠(とお)の昔に効を発さず体躯(むくろ)に呼ばれて足下(もと)へ下った。

 俺は或る程度二人への対応を心して決め、夜毎の期間(うち)にも正気で居るのに労を費やし紅(あか)く成り果て、大変気取った他人の厚顔(かお)など杵で壊して平らに統べて、美術館への遠い贈宝(たから)と掲げて置いた。置かれた詩吟は黒色(くろ)を返(へん)じて宙(そら)へと還(かえ)し、自分の寝間まで大海(うみ)を渡って仄(ぼ)んやりして在り、居着いた住所(さき)には誰もが牢屋へ打(ぶ)ち込まれて居て、虚無の哲学(おもい)に驚いても居た。俺は転々(ころころ)転がり、虚無から跳ね起き「愛情(あい)」へ目掛けて冷たく成って、〝人間嫌い〟が嫌(ぎら)いで終らぬ夜目の感覚(いしき)を酷く掴んで景色を頬張り、自分の証を牛耳るようにと現実(のれん)を潜(くぐ)って明度(あかるみ)へと出た。川端(かれ)と太宰(かれ)とを久しく捨て行き新緑(みどり)の透った宙(そら)の温床(ねどこ)へ悠々廻って禿鷹と成り、「明日(あす)」へと渡る流動(くうき)が止(とま)った自質へ向かうも酷く疲れた。俺はこれから自室へ向かって〝我が家〟へ駆け寄り、空を睨(ね)め付け温度を牛耳り、手にした手提げの鞄を自室の床(とこ)へと置き遣りに行き、それから覗いた冷暖房など静かに鳴らして電流(ちから)を付けて、自分が居座る環境(まわり)を創って言動(うごき)に任せた冷風(かぜ)を牛耳り、他家(よそ)を寄せ得ぬ無意味な震動(うごき)に果(さ)きを講じた。一匹映った悪魔の姿が反射(かがみ)に映って転倒している。

 〝我が家〟へ上がって見得た幻想(かこい)の内壁(うち)では俺の心身(からだ)が十分喜び二人を解かした棘(いばら)が待ち受け、蟻を照らした太陽(ひかり)の源(もと)など斜光に構えた気色(かたち)に止(とど)めて全うして在り、カーペットでない畳の部屋にはこれまでそれまで人間(ひと)の気配が使わなかった未踏(みとう)の宴がきちんと映え在り俺をも迎え、奇麗な流気(くうき)は活性して在り密を解かした〝在り来たり〟が在り、取り留めないまま全身鏡(かがみ)へ落ち得た微音(びおん)の規矩には遊歩に捌けた未怨(みおん)の従者が彼処に紛れて努々変らず、夏へと近付く浪漫の匣など謀殺した後(のち)主従が這い出て、思春を象る小さな小部屋(はこ)には「明日(あす)」を透らせ自然へ傾き、額(ひたい)が照輝(てか)って人手が占め行く〝機械的な部屋〟へとその人身(み)を化(か)えては〝悦(えつ)〟が喜ぶ敗者を成し得た。ぞくぞくする冷気の内に俺の心身(からだ)は佇んで稚拙な文句を並べて行く頃、太宰と川端(かれ)とは部屋から覗いた手足を表に出しながら俺の心機に新たに対峙し硝子器具の透明色した無体な微音を微かに震わせ白紙と成りつつ、今日の行方を模造するまま転々(ころころ)転がる夢想の波間に漂っていた。浪漫に活き得た体調(ちょうし)の寝床をいとも容易く経過の大口(くち)など丸く呑み込み、この頃眩暈を憶える俺には二人の調子に加減を見取れぬ無駄が生じて保身に徹した努力の様(さま)など欠乏して行き、余裕の隙間に労を費やし生きる心地も十分遠退き、それでも活き行く自然の体(からだ)は俺に宿って何処(どこ)まで行けども到底知り得ぬ未熟の小宇宙(コスモ)に上手く騙され足踏みして在る。太宰(かれ)と川端(かれ)とが今晩泊まると言う。それ故か、俺は、俺の卑猥な物々がその部屋内(へやうち)の大体決った位置に在る事を知り、俺は可能な限りでその部屋からそういう物を除去し始めていた。二人は当面暫く宿泊しそうな空虚な表情(かお)してのんびり居た為、俺の従順(すなお)は時折り少なく相対(あいたい)したまま二人の姿勢に追い付け追い越せ遊歩に遊んで馴れ馴れしく在り、孤独な独歩(あし)には暫く根回す当ての無いまま地べたを踏み締め這い続けて行く気力が在りつつ、渋い表情(かお)した文学人が孤独を醒まして遂に見果てぬ盲想下(もうそうか)の根(ね)を巧く育てて流動(うごき)に繋がり、二人の心身(からだ)は余韻(はへん)を残して忙しく成り出す。二人の荷物は既に家内(かない)に置かれて在りつつ時折り生やした発声(ことば)の長短(かず)には久しく流行(なが)れた体温(いのち)が付き活き生長して在り、〝我が家〟の居間には二人に関する歴史の渦など人間(ひと)に解(ほど)かれ寝ていたようだが、二人の荷物は隠れていたのか、当の主(あるじ)として在る俺には知られず遠い寝息に響いて行って、消えた体臭(におい)は重荷を報せず俺の居座る孤高に活き着き確認されずの寝間へと落ち得た。

 落ち着く間も無く空気が動いて環境(しぜん)が変り、部屋の窓から熱気が漏れ行き、俺の父母は徒然成るまま展開(ドラマ)を憶えて俺の部屋へと上がって来て居た。静かな誇張がゆったり寝そべる二人の間に、俺の紅顔(かお)など具に項垂れ色紙に描いた駄洒落の態(てい)にて自体をあやして落ち着いている。

「ほんまにそんな箇所(太宰が川端を名指しで批判している所)はあるんか?」

等と矢張り気になる様子で俺の過去に残した仕種の体(てい)など具に見定め纏めた後(あと)にて自ら独歩(ある)いて自活を呈し、俺の目前(まえ)では証拠捜しに赴き出した。

「読めるか?儂でも読めるか?」

と親父は自ら文学に対する無明(むめい)を報せて従順(すなお)に在って、俺に問うまま静かに成りつつ、

「うん大丈夫やで。全部振り仮名振ってあるから」

と俺は理系に従い久しく在った父の姿勢(すがた)に半ば少々同調(どうちょう)したまま相対(あいたい)して居り、自分へ寄り着く父の体裁(すがた)を貴重に仕立てて笑顔を認(したた)め父の総身(すがた)に嬉しく応えた。俺はあの薄暗い黄昏の中で二人が居ない薄い時刻に好く好く活きて、二人に連れ添うお供の彼等にそうした「箇所」が在るのをその時既に伝えてあって、その時同時に

「よく犬猿の仲に在る二人の姿勢(すがた)が揃いましたな」

等と冗談ながらに熟(じゅく)した彼等に質疑して居て、そうした俺から主観の文句(ことば)は少々体裁(かたち)が解(ほど)けて緩々流行(なが)れた淡い文句(もんく)へ化(か)わって行って、彼等の内輪に何時(いつ)しか根差した俺の母など振り向き俺へと向かい、

「そんな事は絶対に二人の前で言ったらあかんよ」

等と念押す形で俺の耳元(もと)へと投げ掛けて来て、俺の情緒(こころ)は密かに固く、彼等の熱意に絆されていた。〝我が家〟が唯一未来(さき)へと流動(うご)いていたのは兎にも角にもその時ばかりが初めてである。瞬間(とき)に黄昏(そら)が遠退き、俺は彼等と同調(どうちょう)して活き、彼等の夢想(ゆめ)には言葉が止んで、体温(ぬくみ)は今でも轟々唸った曇天に在る…。



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~ネクロマンサ~(『夢時代』より) 天川裕司 @tenkawayuji

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