4 長歌

 こうしていつも心が休まることなく嘆きながら暮らしているのに、お節介な人がいて、

「まぁ、なんてお気の若いこと。」

なんて言ってくる。私はこんなに辛くてたまらないのに、黙っていられなくてあの人に文句をぶつけることもあるけれど、

「僕が悪いのか?」

と私の怒りなんてどうでもよくて、自分はちっとも悪くないと思っているみたいだった。あれこれ思い悩むことが重なって、何とかこの辛い思いをあの人に全部わかってもらいたいと強い思いに心が乱れて、鬱屈した思いに苛まれ言葉にならない。それでもどうしてもあの人に知ってもらいたいとあふれる思いを書き連ねた。


 思い出して 昔も今も この心

 休まることなく 死にそうよ

 見初めた秋の 言の葉は 薄い色に移ろうと

 なげきの下に 嘆かれる

 冬は雲居に 別れゆく 父を惜しんで 初時雨

 曇ることなく 降り注ぎ 心細くいたけれど

 あなたに父は 忘れるなと 言い置いた手紙を 残したと

 忘れることはないものと 思っていたけど ほどもなく

 あなたのたまの お渡りは 白雲のように 遠空で

 心はうわの空のまま 多くの時を過ごすうち

 霧がたなびき 絶えて果てた

 またふる里に かりがねが帰るようにと 思いつつ

 時を経たけれど 甲斐もなし

 こんなふうに身は空しく 蝉の羽は

 今に限って 薄くなく 涙の川は 最初から

 こう薄情な仲なので 流れることも なくなった

 いかなる罪を負うのかと ゆきも離れもせず こんなふうに

 辛い仲に漂って 苦しいこの身は水の泡に 消えるなら消えよと思うけれど

 悲しいことは 陸奥の 父の帰りを待たずして 命が絶えてよいものか

 最後に一目会いたいと 流す涙を衣手に

 いっそ尼になろうかと 思うけれども 会うことが

 すっかりなくなってしまうかと 思えば恋しい唐衣

 もしきて隔てなく打ち解けて 慣れ親しんだあなたのことを

 思うとせっかく世を捨てた 聖心のかいもなく

 思い出しては泣くだろうと きっとそうなってしまうだろうと

 山と積もった しきたえの枕の塵も ひとり寝の日数にはとても及ばない

 このまま終わることはないものと 旅寝に過ぎないと思うものの

 大風吹いて現れた あの日に見えた 天雲は

 帰るときの慰めに 「また来るよ」という 言の葉を

 信じて待ってる みどり児が いつも口真似するたびに

 こみ上げて沸く涙川は 私を海と思うのか 溢れるほどに流れても

 あなたがお越しになることは ないだろうとは知りながら

 「命ある限り頼るがいい」と 言ったあなたの言の葉が

 本当かどうか白波の 立ち寄るならば 聞いてみたいの


書いた紙を巻いて、二階棚の中に置いておいた。

 あの人はいつものような感じでやって来たけれど、出て行かずに奥に引っ込んで意地を張っているたら居づらくなったようでこの巻紙だけを持って帰って行った。その後、あの人からこんなふうに返してきた。


 見初めた秋の もみじ葉の 色はさだめなく移ろうが

 私は秋になるたびに いつも同じ色を見せるだろう

 なげきの下の木の葉には 言い置いた手紙の初霜に

 いっそう色深くなったので 思う心は消えもせず

 いつしかと待つ みどり児を 行って見たいと 駿河にある

 田子の浦波に立ち寄れど 富士の山辺の煙には

 くすぶることの絶え間なく 天雲のようにたなびくが

 絶えず私は知らぬ顔で 訪ねていったのもわからないで

 たくさんの者が恨むゆえ いたたまれなくなってしまったし

 よそよそしい宿だから 家へ帰っていったのだ

 それでも懲りず合間には 訪ねていくことがあったのに ひとりで床に入っては

 眠れぬ月の 真木の戸に 月光残らず漏れくるが

 あなたは姿を見せなかった

 そんなことがあったので あなたを疎む心が 起こるようになったのだ

 誰が浮ついた女と 共寝なんてするものか

 いかなる罪を負うのかと 言うことこそが 罪だろう

 いっそ陸奥の父上を待たずに 誰かに頼るがいい

 情を解さぬ岩でなし どう思おうと咎めない

 浦の浜木綿幾重にも 隔て果てた 唐衣

 涙の川に濡れるとも 昔を思い出したなら 薫物の網目くらいは乾くだろう

 甲斐ないことは 甲斐国の 逸見の牧場に荒れ狂う 駒をどうして止められよう

 そう思うものの たらちねの 父と知っている みどり児の

 片親となって父を恋しがり 泣かせてしまうと思うから たまらなく悲しくてならないのだ


まだ使いがいたので、伝言した。

『手懐けるべき主が放てば陸奥の 駒はこれきりとなるのでしょうか』


どう思ったのか分からないが、すぐ返事が来て、


『荒れ狂う尾駁(おぶち)の駒のあなたこそ 懐かぬものと知るがいい』


返事、


『駒憂しと思われていて懐けぬが 小縄はあなたを頼っています』


また返事が来て、


『白河の関が拒めば駒憂くて 多くの日々を引っ張ってきた


明後日あたりに、逢坂。』

とあった。七月五日のことだった。あの人はこのところ長い物忌みで引きこもっていたのだが、その日あたりに忌みが明けるのだろう。返事には、


『七夕の七日に約束なさるのは 年に一度の逢瀬なのかと』


少しは私の気持ちをわかってくれたのだろうか、その後は少し気にかけてくれているようで、数ヶ月が過ぎていった。

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