ep11 ザナハ=スペルゲード

漆黒はプロアドの胸ぐらを掴み持ち上げる。

「どうする?黙って退くか?おまえの仲間、早くしねぇとやばいのもいるぜ。」

「俺もマフィアの端くれだ。情けを受けるくらいなら死を選ぶ。」

「かっこいいじゃねぇかよ。でもな。おまえだけの人生じゃねぇんだ。仲間のことも考えてやれ。みんながみんなおまえみたいに覚悟ができてるわけじゃねえんだぜ。」

「くっ。」

プロアドは言葉に詰まる。

「それに俺はおまえが退こうが退かまいが殺す気はねぇよ。用があるのはそのおっさんだ。おまえみたいに有能なマフィアは殺人街の均衡に必要だからな。殺す理由はねぇってわけだ。」

「死を選ぶことすら許さないということか。分かった。そこまで言われれば俺は手出しはしない。しかしな、その娘を狙っているのは俺たちだけではない。それをくれぐれも忘れるな。」

「あぁ。よく分かってるぜ。さっきからハイエナが飛び回ってやがるからな。」

「ハイエナ?何の話だ?」

プロアドが不思議そうな表情を見せると、漆黒はあらぬ方向に銃弾を放った。

「うわぁ。」

男の叫び声が聞こえる。

「この場所もすでに嗅ぎつけられてるってことだ。プロアド。おまえも仲間を連れて早く立ち去るんだな。」

「殺人街の漆黒。恐ろしいやつだ。二度と敵に回したくはない。」

「賢明な意見だと思うぜ。」


プロアドは仲間たちの手を借りながら、アジトを出た。漆黒に馴染みの医者を紹介されたので、そこに向かったのだろう。


「さぁて。おっさん。死にかけのところ悪いが、おまえには聞かなければならねぇことがある。もうちょっと粘ってくれよ。」

漆黒はルインの父親を背負った。

「ルイン。俺から離れるんじゃねぇぜ。」

「はい。分かりました。」

ルインは不安な気持ちを押し殺して、漆黒の指示に従う。

「漆黒さん。どちらへ向かうのですか?」

「俺の家だ。今安全なのはそこしかねぇからな。」

周囲に警戒しながら、闇に紛れて三人は漆黒の家へと向かった。幸い漆黒がプロアドのアジトで、どこかの見張りらしき男の足を撃ち止めていたのでスムーズに事が進んだ。


漆黒は黒で統一された小さな部屋のソファの上に、ルインの父親を降ろした。

「おっさん。喋れるか?」

「あぁ。喋れる。さっきは助かった。礼を言う。」

体の自由は聞かないようだが、口は動かせるみたいだ。

「礼を言われるために助けたんじゃねぇよ。てかそもそも助けたつもりはない。おまえの口から説明してもらうために連れてきただけだ。」

「もう長くはない命だ。隠し事はしない。」

「お父様。」

ルインは涙目になっていた。

「ルイン。怖い思いをさせたな。悪かった。父さんの最期の話をよく聞いておいてくれ。」

「分かりました。お父様。」

「おいおい。感動話にしてんじゃねぇよ。ルイン。口出しするなよ。今から俺はおっさんを尋問するんだ。いいか?涙の別れ話じゃねぇ。犯した罪を精査する話だ。それだけは肝に銘じておけ。」

漆黒の鋭い目つきに、しばし沈黙の時間が流れた。


「単刀直入に聞く。おまえは俺の妹に何をした?」

「妹?」

「あぁ。クリスタ=アレウドル。七年前、交通事故で臓器が破裂して、中央病院に入院。臓器移植をしたが寝たきり状態。そして一年四ヶ月後、突然姿を消した。当時十四歳の少女だ。」

ルインの父親は目を見開いて驚いた。

「まさか。殺人街の漆黒の妹が。あの少女なのか。」

「あぁ。」

「これは運命なのかもしれない。あの可哀想な少女の兄が、今ルインと共に異世界と現実世界を渡り歩いている。」

「余計なことはいい。おまえが妹に何をしたのか答えろ。」

漆黒の目は獲物を見据える虎のように恐ろしかった。ルインはただ黙って話を聞いている。

「臓器移植か。そう。あれは臓器移植であって、そうではないものだ。」

「どういうことだ?」

ルインの父親は一呼吸置いてからゆっくりと話始めた。

「あれは私が作り出した臓器復元細胞。壊れた臓器にその細胞を埋め込むことで元の形に修復することができる。私の名前から取ってザナハ細胞と名付けた。」

漆黒は黙って聞いている。目は鋭く睨んだままだった。

「君の妹はザナハ細胞によって一命を取り留めた。しかしこの細胞には重大な副作用があるんだ。初期症状として魂だけが転移してしまう。その期間およそ一年半。肉体はその場に残り目を覚ますことはない。その後は知っての通り、魂の場所に肉体が行ってしまう。」

「それを知った上で妹にその処置をしたのか?」

「そうだ。それしか救う手立てがなかった。それにルインのように現実世界へ戻ってくる成功例もあった。」

「やはりな。ルインにも同じ処置をしたんだな。ルインは最初の実験体だったのか?」

ザナハは黙って頷いた。

「俺の妹は異世界にいるという認識でいいのか?」

「それは分からない。ルインのように二つの世界を行き来している可能性もある。」

「そうか。」

漆黒は銃口をザナハに向けた。

「漆黒さん。」

ルインが涙を流して叫んだ。

「あぁ。分かってる。撃たねぇよ。おっさんも助けるためにやったことだ。それに今更ゴタゴタ言うつもりもない。でもよ。一番の被害者はルイン。おまえだ。」

「私はこの能力に感謝しています。これのおかげで漆黒さんとも出会えました。」

「そうか。おっさん。そうらしいぜ。良かったな。冥土の土産にちょうどいいじゃねぇか。」

「漆黒さん?」

ルイン不安そうに漆黒を見る。

「俺が殺すんじゃねぇよ。俺たちがあそこに着いた時点で、このおっさんはもう手遅れだった。ルイン。おまえには辛いことかもしれねぇが、乗り越えろ。おっさん。最期に何か言ってやれよ。」

ザナハは掠れた声を振り絞った。

「ルイン。私の娘に生まれてきてくれてありがとう。良い父親でなくてすまなかった。」

「そんなことありません。お父様は誰よりも素敵なお父様でした。」

「ありがとう。」

それだけ言って事切れた。音がなくなる世界。ルインは静寂の涙を流した。漆黒は優しくルインの頭に手を置いた。

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