ep10 銃と銃
「お父様を返してください。」
恐怖で体が震えて、涙が止まらない。それでも心から言葉を振り絞った。
「お父様?」
部屋の奥の方から低い声が聞こえてきた。
「そうか。おまえがルインか。待ち侘びていた。」
いかにもこの集団のボスらしき人間が悠然と近づいてくる。そして合図を出し銃を下げさせた。
「ところでお嬢ちゃん。一人で来たのか?話によると、あの【殺人街の漆黒】が一緒だと聞いていたが。見捨てられたか?」
ルインはどう答えていいのか分からずに口をもごもごさせている。
「まぁ仕方ないか。殺し屋なんてものは自分の利益にしか興味がないからな。あっちの世界に興味がなくなって捨てられたんだろう。俺たちは違うぜ。おまえの価値を十分に理解している。大事に扱ってやるからな。」
「漆黒さんはそんな人ではありません。」
言わなくていいことを言ってしまうのがルインの悪いくせなのかもしれない。泣くほど怖いなら黙っていればいいものなのに。
「殺し屋ごときに、やけに心酔しているのだな。まぁいい。おまえの親父はこっちだ。」
男はそう言ってルインの腕を掴もうとした。その時、銃声が響き渡る。
男の右耳のたぶが弾丸で掠め取られている。
「汚い手で触れんじゃねぇよ。」
「漆黒さん。」
ルインは今度は安堵の涙を垂れ流している。
「あぁ。よく耐えた。もう大丈夫だから泣くんじゃねぇよ。」
男は右耳を抑えながら漆黒を睨んだ。
「その黒い服。おまえが【殺人街の漆黒】か?」
「その通り。そういうおまえはブロアドだな。知ってるぜ。新進気鋭のマフィア、アルガンズを作り上げて、殺人街に名を轟かせた若き天才。だったけな。」
「さすがは噂の殺し屋。情報にも詳しいか。」
「で。その天才さんが、ルインに何の用があるってんだ?親父までひっ捕えて、屋敷に罠まで仕掛けてよ。」
「あの程度の罠なら、おまえなら容易に越えられると思ったからな。邪魔者が入らないようにしただけだ。それにおまえの言う通り、俺が用があるのはそっちの娘だ。最強の殺し屋とやり合うつもりはない。」
「そういうわけにはいかねぇぜ。こいつはもう俺のもんだ。欲しけりゃ力づくで奪うんだな。」
漆黒は不敵な笑みを浮かべている。
「ルイン。俺の後ろの棚に隠れてろ。」
ルインは指示された通りに動く。すれ違い間際に漆黒に小声で囁いた。
「殺してはいけませんよ。」
「あぁ。分かってる。でも向こうは殺しにくる。それなりの痛い目には合ってもらうがな。」
「殺さないのであれば。問題はありません。」
ルインは棚の影に隠れた。
「本当は最強の殺し屋なんて相手にしたくなかったのだが。致し方ない。おまえら。蜂の巣にしてやれ。」
十九丁の銃口が漆黒に向けられた。ブロアドはルインの親父の元へと向かう。
(天才と呼ばれたマフィアだ。この程度で俺を倒せるとは思ってねぇだろう。となると最終交渉の材料として、ルインの親父は殺さずに置いておくだろうな。なら今はそっちは無視でいい。優先すべきは右側の五人。弾数の問題もあるから、まずは相手に節約してもらいながらこっちを黙らせるとしよう。)
漆黒は一番右の男に弾を放った。そして素早い動きでその横の男の右手を撃ち抜く。最初に撃たれた男も右腕を抑えて倒れ込んだ。
「くそ。化け物がぁぁ。」
一人の男が銃弾を放とうとした瞬間、漆黒は男の背後に回り込み角度を天井の照明に向けさせた。銃弾は放たれて、辺りは暗闇と化す。
「うわぁ。」
一人の叫びが聞こえると、次から次へと波紋が広がるように銃声と人が倒れる音が繰り返される。
漆黒には暗闇で相手の位置がはっきりと分かるのだ。五感の鋭さが、人並みを外れている正真正銘の化け物なのだから当然のことである。
最初に漆黒が銃を奪った男も含めると総勢二十人がその場に倒れていた。最初の男は首を締め上げられて意識を失っているが、他の十九人は手や腕を撃ち抜かれて、痛みに悶絶している。
(さぁて。天才はどう動くかな。)
漆黒はルインの元へ向かい背中に背負った。
「殺してないですよね?」
「あぁ。反撃できねぇように手を潰しただけだ。最初の一人は早く医者に見せねぇとやばいかもだけどよ。」
「だったら早く終わらせましょう。」
「あぁ。」
漆黒は暗闇の部屋の奥へと進み、プロアドの姿を捉えた。横には中年の男が鎖で縛り上げられている。かなり酷い目にあったようで、服はボロボロに避けており、流れる血の量も多い。
(ちとまずいな。これは助からねぇかも。)
漆黒はそれを口に出すことはしない。
「お父様。」
ルインの声は震えている。漆黒はルインを後ろに下げた。
「で。こっからどうするつもりだ?」
「さすがは最強の殺し屋ってとこだな。」
「分かってたんだろ?この程度で俺をどうこうできるもんじゃねぇってこと。」
「当たり前だ。そのために娘の父親を殺さずに置いていたのだからな。」
「だろうな。で。どうするつもりだ?」
「簡単な話だ。その娘が俺の元に来るなら、こいつは殺さない。これからも家族仲良く暮らせるってわけだ。」
「拒めば?」
「こいつを殺す。」
漆黒はルインの方を横目で見た。今にもあちらに向かいそうな勢いだ。その手を漆黒は強く握る。
「俺を信じろ。」
その力強い言葉にルインは信じる他に選択肢など浮かばなかった。
「プロアドよ。俺はわがままな生き物でな。ルインはこれからも俺のもんだ。それにその親父にも用がある。今いらねぇのはおまえだけなんだ。」
「ならば殺す。」
プロアドは銃口をルインの父親に向けた。
「殺し屋。お前の持ってる銃は射程距離が短い。その距離では俺には届かない。」
「どうかな。言いことを教えてやろう。何を使うかじゃねぇ。誰が使うかなんだぜ。」
漆黒は引き金を引いた。
「そんな馬鹿な。この距離で届くはずが。」
プロアドの右手を完璧に貫いた。銃は地面に落ち、血飛沫が舞う。さらに漆黒は二発放つ。左手と右足。プロアドはその場に倒れ込んだ。
「覚えておけ。これが殺人街の漆黒だ。」
漆黒の体から悍ましいまでの殺気が放たれていた。
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