ep9 隠し事

ドーーーン。という大きな音と共に、漆黒は地面へと着地した。上手く膝で勢いを殺したため、ルインは無傷だ。しかし恐怖心から涙と鼻水を垂れ流している。

「おい。泣いてる場合じゃねえぞ。この無駄に広い地下空間。おまえの親父はいったい何者なんだ?」

ルインは涙を拭いて鼻を啜った。

「私にも分かりません。こんな場所があること、知らなかったので。」

「だろうな。」

そこそこの広さの空間にびっしりと本棚が並んでいる。所々に付箋が貼られた本もあり、何かを研究していたような痕跡が残されていた。漆黒はその中から一つの本を手に取った。

「魂の転移?」

付箋が貼られたページにはそう記されている。漆黒にはいまいち理解が及ばない。

「だめだ。さっぱり意味がわかんねぇ。」

「私もです。でも。そこに記されている転移方法は私の異世界へのゲート能力によく似ていますね。」

「でもよ。ここに書いてる内容だと、行くのは魂だけだろ。肉体はどうなってんだか。」

「それなら分かりますよ。本来現実世界で生命を全うした後、魂だけが異世界へと誘われるのですが。私の能力を介せば、生者の魂でも異世界へと運ぶことができるのです。」

「ん?よく分からんが。肉体ごとゲートを通った気がするが。」

「生者の場合、魂に肉体は付随しますので。簡単に言うと、異世界に行ってしまう魂を肉体が追いかけているって感じでしょうか。」

「つまり。本来は魂の通り道であるゲートに肉体を無理やり通らせてるってことか。それがルインの能力ってわけねぇ。おまえの親父さんはここで能力の正体を調べていたのかもな。」

「どうして。こんな地下なのでしょうか。」

漆黒はゆっくりと辺りを見渡す。ポツンと置かれたデスクの上に何やら書きかけのノートが置いてあるのが目に入った。それを手に取る。

【一年四ヶ月もの間、目を覚さない少女。彼女はおそらく魂移症なのだろう。臓器復元細胞には、魂移症を引き起こす可能性があることを理解していた。今はどちらの世界にいるのだろうか。】

(おいおい。これって。)

漆黒はノートを置いて天を仰いだ。

「どうかしましたか?」

「俺もおまえの親父に用ができた。」

「どういうことですか?」

「おまえの親父はとんでもねぇ隠し事をしているらしいぜ。」

「隠し事。ですか。」

「直接聞かねぇとな。場合によっては殺す。」

ルインはボロボロの服のまま、漆黒の前に仁王立ちした。

「殺さないと約束しましたよね?」

「あ。あぁ。殺すって言っても物理的にじゃねぇよ。安心しろ。」

漆黒の瞳に怒りが滲んでいることにルインは気づいていた。


漆黒はルインを背負ってハシゴを上り、元の三階フロアにまで戻った。

「ありがとうございます。」

「あぁ。おまえに自分で上らせたら日が暮れちまうからな。」

「一言余計ですよ。」

「とりあえずルインの親父探し再会だ。」

「いったいどこに連れて行かれたのでしょう。」

「あの部屋に充満していた薬品の匂い。おそらくおまえの親父は医者か科学者だろうな。その匂いを辿れば分かるんじゃねぇか。」

漆黒はそう言うと歩き出した。ルインも後を追う。

「私には匂いなんて感じなかったですけど。」

「だろうな。普通は分からねぇだろうよ。俺には分かるんだ。鍛えてるからな。」

「やっぱり化け物です。」


漆黒はルインの家を出て、殺人街を歩いた。そして馴染みの服屋に顔を出す。

「おっさん。とりあえずこれと同じ服用意してくれ。」

ルインのボロボロの服を指差していた。

「相変わらず急だな。分かったよ。それとおっさんじゃない。まだ二十九だ。」

「悪かったな。お兄さん。」

漆黒はそれだけ言って店を出た。

「あの。もっとちゃんと見せなくて良かったのですか?サイズとかもありますし。」

ルインが不安げに聞くと漆黒は被りを振って答えた。

「あのおっさん。凄腕だからよ。一目見たらサイズも分かるんだ。全く同じ服仕立ててくれるぜ。」

「漆黒さんの周りは化け物ばかりなのですね。」

「そういうことだ。」


闇雲に歩いているように見えて、漆黒は優れた嗅覚を使い、ルインの親父の元へと確実に近づいていた。

「おい。ルイン。どんなやつなんだ?おまえの親父は。」

突然の質問だったのでルインは少し驚いた。

「急ですね。優しい人ですよ。あとは頭の良い人です。私にいろいろと教えてくれたので。」

「そうか。」

「漆黒さん何か変ですよ。あの地下室で何が分かったのですか?」

「何も分かりゃしねえよ。本人に聞かねぇと。おまえもそれなりの覚悟は決めといた方がいいぜ。」

「覚悟。ですか。よく分かりません。」

ルインは明らかに困惑している。それでも漆黒は何も教えようとはしない。まだ情報が不確かだからなのか、直接聞くべきとだと判断しているからなのかは分からない。

「ここだな。」

漆黒は立ち止まった。十段ほど降りる階段がありその先に鉄の扉がある。漆黒は扉の前に立ち、目を瞑った。

(銃か。厄介だな。)

漆黒は目を開けた。

「何か分かりましたか?」

「あぁ。銃を持った野郎が二十人。奥で偉そうに座ってるのが一人。ボコボコにされて死にかけてるのが一人だ。」

「やはりお父様はここに。早く行きましょう。」

「焦るな。銃が厄介だ。俺たちにあるのはこの短剣だけだぜ。」

「異能力の尖った大地を筋肉で粉砕した漆黒さんに銃など効かないのではありませんか?」

「馬鹿か。銃は人間を殺すために作られた殺人兵器だぜ。」

「ではいったいどうすれば。」

「とりあえずおまえが囮になれ。その隙に俺が一人倒して銃を奪う。」

ルインは目を丸くした。

「え?私が囮なんですか?こんなか弱い女の子を?」

「それしかねぇんだ。たまには根性見せろ。」

漆黒はそう言うと、静かに扉を開いてルインを中に投げ入れた。


「なんだてめぇは?」

二十本の銃口が一斉にルインに向けられた。

(漆黒さんのバカ。)

ルインはただ涙を流している。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る