二章 現実世界の抗争

ep8 殺人街

ルインはゲートを開いた。

「大事なことを伝えておきます。私のこの能力は、私自身が行ったことのある場所にしか転移できません。なのでこのゲートを潜ると私の部屋に通じています。」

「ルイン。おまえ家から出たことねぇのか?」

「はい。現実世界では家どころか、部屋からも出たことありません。」

「可哀想なやつだな。まぁいい。それより大事なのは俺がルインを連れ去った後、方々がどう動き始めているかということだな。」

「どういうことですか?」

「狸の話から察して、ルインを狙ってる輩は相当多いんだろうよ。それを俺が掻っ攫ったんだからよ。逆鱗に爪楊枝ぶっ刺したみたいなもんだぜ。」

「お父様がご無事ならいいのですが。」

悲しげな表情を見て、漆黒はルインの頭に手を置いた。

「行こうぜ。行ってみなきゃ救えるもんも救えねぇだろう。」

「そうですね。ありがとうございます。」

ルインは漆黒の手を引っ張りゲートを越えた。


コペルノスタント。通称【殺人街】。

そこは法のない世界。他を蹴落とすことに躊躇いのない金持ちと、人を殺すことに躊躇いのない殺し屋たちが、日々打算を企てて銃声を鳴らす闇の世界。


二人はゲートを出て、ルインの部屋へと戻ってきた。ルインは辺りを見渡して、あの時と何も変わっていないことに少し驚いた。

「窓も割れたままですね。キャロッタもいないです。」

「あの猫か。猫は賢いから放っておいていいとしてよ。この家には今、人の気配がねぇな。」

「そんな。それではお父様はもしかして。」

漆黒は被りを振った。

「俺が野郎の立場だったら、殺すことはしねぇな。利が無さすぎる。それよりは捕まえて、獲物を誘き寄せる罠にした方がよほど効率がいいってもんだぜ。」

ルインは少し安堵の吐息を漏らした。

「おいおい。安心ってわけじゃねぇぜ。いつまで経っても俺たちが現れなかった場合は、痺れを切らして首切りだろうな。」

「それは絶対に阻止しないといけません。すぐに行きましょう。」

ルインが慌てて部屋を飛び出そうとしたのを、漆黒が腕を掴んで止める。

「なんで止めるんですか?急がないと。」

「落ち着け。どこに行くつもりだよ。まずは手掛かりを探すことからだ。相手さんが俺たちを狙ってるなら、人質の居場所のキーワードを置いてるはずだ。もちろん他にも敵はいるんだから、そんなに簡単には見つけられねぇとこに隠してるんだろうけどよ。」

ルインは少し冷静を取り戻し、漆黒の後ろをついて歩くことにした。

「ルインはこのバカでかい家の構造を理解してねぇんだろ?」

「はい。自分の部屋から一度も出たことがないので。」

「それなら探偵ごっこするしかねぇな。隈なく漏れなく見て回っか。」

漆黒はそう言った後、すぐに足を止めた。

「どうしました?」

「動くなよ。レーザー式の地雷爆弾だ。この赤い線に触れたら、永遠のさよならだぜ。」

ルインは目を凝らす。確かに赤い線が壁から壁に向かっていろんな角度で出ている。

「どうしますか?」

「俺一人なら簡単に突破できるんだが。ルインには荷が重いだろうな。」

「そうですね。私運動神経は壊滅的なので。」

「おまえ。逆に何が得意なんだ?」

その問いかけにルインはムッとした表情を見せた。

「みんながみんな漆黒さんみたいになんでもできるわけじゃないんです。私みたいな落ちこぼれだって存在します。」

「冗談だ。とりあえず突破しようか。」

「できるのですか?」

「光線の出ている側と受けの側があるはずだ。その出ている側を叩けば。確実に止めて進めるだろうよ。」

「よく分からないので。私は下がっていますね。」

ルインは後方で待機している。

漆黒は慎重に一つ一つレーザーの照射側の機材を潰していく。

(一通り済んだか。しかしこの違和感はなんだ。次の一歩を踏み出せば何か危ない予感がする。)

「漆黒さん。大丈夫そうですか?」

「あ。あぁ。とりあえず俺のいる所までは大丈夫だ。」

ルインは漆黒の後ろまで歩いてきた。

「ここで止まってるということは、この先に何か感じるのですね?」

「そうゆうことだ。ここは三階だよな?」

「はい。私の部屋は三階なので。」

「てことは。この下にもフロアがあるはずなんだ。なのになんだこの長い空洞感は。」

「落とし穴になってるということですか?」

「だとしたら俺たちはもう真っ逆さまだぜ。どうやら落とし穴ではない。隠し通路と言った感じか。」

漆黒は顎の辺りに手を置いて、周囲を見渡す。

(どこかに地下通路への扉を開く鍵があるはずだ。しかし罠だらけのこのフロアを歩き回るのはちとルインには危険すぎる。)

「殴って潰せばいいんじゃないんですか?」

漆黒はハッとさせられた。どうしてこんな簡単なことに気づかなかったのかと。しかしルインのような可愛らしい娘の口から発せられる台詞だとは到底思えない。

「やるか。ルイン俺の背中にしがみついてろ。」

ルインは言われた通り背中にしがみついた。

漆黒は右拳を地面へと叩きつける。そこは崩壊し、地下へと二人は落ちた。

「きゃぁぁぁ。漆黒さーん。助けて。」

ルインの叫び声が反響する。

「あー。煩い。じっとしてろ。」

漆黒はルインをお姫様抱っこするかのように抱えた。

「横にハシゴがある。やはり地下通路か。」

「冷静に分析してる場合ですか?死にますよ。私たち。地面に叩きつけられて終わりです。」

「死なねぇよ。この程度で死んでたまるか。」

「あなたはね。私は違うの。か弱い人間なの。」

(にしても。かなり深いな。)

漆黒は慌てふためくルインを無視しながら、ただ真っ直ぐと地下に向かって落ちていった。

「漆黒さんのバカ。」

ルインの魂の叫びが地下通路に反響する。

「おまえが殴れって言ったんじゃねぇかよ。」

「落とせとは言ってない。ハシゴ掴んでください。」

「無理だ。空中じゃ身動き取れねぇ。」

「もう。ほんとバカです。」

ルインの涙が風圧に乗って上へと昇っていった。

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