ep7 ちょっとだけ本気

漆黒は鋭い視線をウィゾリアに向けている。

「さ、殺人街の漆黒だと?そんな名は聞いたこともない。」

「だろうな。」

「どれだけ腕力に自信があろうと、異能力の前では無意味。おまえからは肝心の魔力がカケラも感じ取れない。」

ウィゾリアは早口になっている。それは内心の焦りの現れと言えるだろう。

「試してみればいいんじゃねぇか。その自慢の異能力ってやつでよ。」

「言われなくても。アース。」

再び漆黒の真下の地面が円柱型に突出してきた。漆黒はそれを右拳で粉砕する。

「こんなもんか?」

「くそ。それなら。アース。ブレイドアックス。」

漆黒の周囲のあちらこちらこ地面が隆起して、円柱型に飛び出した。それが方向を漆黒一点に見据えて飛んでくる。

「質量で押せる相手かどうか。よく見極めてから行動するんだな。」

漆黒は向かってくる円柱の一つに飛び乗り頭付近にしがみついた。そして他の円柱が交わる一瞬の隙を捉えて、その円柱をバックドロップでぶつける。全ての円柱が粉々に砕け散った。

「お、おまえ。い、いったい何者なんだ?」

「さっきも言ったろ。殺人街の漆黒だ。」

「正真正銘の化け物ではないか、、」

ウィゾリアは地に目を向けている。

「だから言ったのです。あなたが相手にしたのは化け物だと。」

ルインが後ろから口を挟んだ。

「それより。漆黒さん。その右目はいったい?」

漆黒は右手で自らの右目に触れた。

「これか。俺にも分からん。昔からこうなんだ。まぁ言うなれば、ちょっと本気って感じかな。」

漆黒はウィゾリアに視線を向ける。

「俺は殺し屋だ。何の躊躇いもなく大勢の人を殺してきた。でもなぁ。そんな俺にでも反吐がでる外道ってのは分かる。何の罪もない村人を生きたまま埋める。そんな鬼畜にこれ以上用はねぇ。」

「まぁ待て。」

ウィゾリアはルインの方を指差した。

「アース。バルドボックス。」

地面が鳥籠状に変化して、ルインを閉じ込めた。

「次に俺が呪文を唱えれば、この娘は地中深くに生き埋めになる。」

「ほう。なかなかいい考えじゃねぇか。」

「漆黒さん。私のことはいいです。この男を倒すことに専念してください。」

「黙ってろ。」

漆黒の怒号が何もない村にこだました。ルインは驚く。こんな風に怒られたのは初めてのことだった。自然と涙が流れでる。

「泣くな。俺は見捨てねぇし。負けねぇ。」

今度の声は優しかった。それを見てウィゾリアは高々と笑い声を上げた。

「どいつもこいつも自分の置かれた立場を理解しない。いいか漆黒とやら。おまえは俺の攻撃を避けてはいけない。もちろん防ぐのもだめだ。反撃も禁止。ただ受け続けろ。」

「いいぜ。」

漆黒は笑っている。

「楽しませてくれよ。殺し屋さん。」

「アース。」

漆黒の体は円柱と衝突して宙に舞い上げられた。

「アース。ブレイドアックス。」

次から次へと突出してくる円柱型の大地に、漆黒はただ打たれ続けている。そして遥か上空から地面へと叩きつけられた。

「どうだ?少しは格の違いが理解できたか?」

「それはおまえの方だ。」

漆黒は何もなかったかのように立ち上がる。

「ほれ?もっとこいよ。」

「どこまでも頑丈なやつだ。」

ウィゾリアの額に一筋の汗が流れる。

(いっそこのまま生き埋めにしてやりたいとこだが。こいつがあの馬鹿力で地中を堀って、あの娘のところに辿り着く可能性もある。やはり地上で確実に殺しておかなければ。)

「何考えてんのか知らねぇがよ。どう足掻いたっておまえはもう負けてんだぜ?」

「何を馬鹿なことを。優位なのはどう見ても俺の方に決まっている。」

「殺し合いは驕った方が負けるってもんだぜ。」

漆黒はルインの方に視線を向けた。

「ちゃんとしがみついとけよ。」

「何にですか?」

「それは。自分で考えろ。」

ルインは慌てて辺りを見渡すがしがみつける物などない。

「おい貴様。何をする気だ?あの娘がどうなってもいいのか?」

「おまえ。大地を操る異能力とか言ってたよな?」

「質問に答えろ。さもなくばすぐにあの娘を生き埋めにする。」

ウィゾリアはかなり焦っている。それは漆黒の体から得体の知れない恐怖感が滲み出ているからだ。

「俺も大地を操る力あんだぜ?見せてやるよ。」

漆黒は両手を前で結び、大きく振り上げた。

「くそ。殺し屋に人質なんて無駄だったのか。ならば先に殺すまで。アース。ニードルレイン。」

今度は地面が円錐状に突出する。それが複数、漆黒に向かって突き進んでいく。漆黒は構わず上に結んだ両手を上げたまま全身の筋肉に力を込めている。

「漆黒さん、逃げてください。」

ルインの叫びは大地が隆起する轟音に掻き消される。

 ついに円錐の大地が漆黒の体を突き刺した。はずだった。

「ば、馬鹿な。そんなこと。」

漆黒の体を突き刺したはずの円錐は次々と粉々に砕けていく。筋肉の強靭さが大地の硬さを上回っているのだ。

「さぁ。ちょっとだけ本気だすぜ。」

漆黒の右目の赤い光がさらに強さを増す。そして振り上げた両手を地面に勢いよく叩きつけた。

 ガゴゴゴゴゴ。という大きな音と共に地面が激しく揺れた。所々に亀裂が走り大地が裂ける。漆黒は腕力で地震を引き起こした。

 ルインを囲んでいた鳥籠は揺れの大きさに耐えきれず壊れる。ウィゾリアは何が起きたのか理解が及ばずに地面に伏せていた。

 漆黒はその隙に、ウィゾリアの元へ走り背中を右足で踏みつけた。やがて揺れは収まる。

「ルイン。どうする?」

漆黒はルインを見た。泥だらけになっており、顔はかなり怒っていそうだ。これは後で怒られるだろう。

「殺してはいけません。ですが。ボコボコにしてください。この服お気に入りだったので。」

明らかに八つ当たりだった。

「てことだ。悪いがおまえの判決はボコボコの刑だな。」

漆黒はウィゾリアの原型が無くなるまで殴り続けた。


「ルイン。大丈夫か?」

「漆黒さんのせいですけどね。」

「服は弁償する。」

「当たり前です。同じ物を買ってください。」

少し怒ったルインの表情はやけに可愛く見える。

「分かったよ。なら一度現実世界に戻らねぇとな。」

「はい。お父様のことも心配ですので。」

ルインの寂しげな表情を見て、漆黒は少し羨ましく感じた。

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