ep6 異能力

「あの村に戻りましょう。」

「いや。その必要はない。あの鳥狼に任しておけば、あの村がこれ以上枯れることはねぇからな。」

「あの魔物をそこまで信頼して大丈夫なのですか?」

ルインは少し訝しげだった。

「あぁ。あれは賢いからな。俺の本気の殺気を感じた時点で、従う道を選んでたぜ。それによ。今戻ればあいつらは、ねぇもん振り絞って俺らをもてなそうとするだろ?俺らはヒーローじゃねぇんだ。」

「漆黒さんがそう言うのであれば、私はもう何も言いません。」

ルインはそう言うと、上ってきた道と反対の下山ルートを指した。

「あちらから下れば、新しい村へと繋がってるかもしれません。ですが、ここから先は私も足を踏み入れたことがないので。」

「行ってみなきゃ分かんねぇ。ってことだな。それより。」

漆黒はエクスの方へ目を向けた。

「おまえはどうするんだ?」

「わん。わん。」

エクスは少し寂しそうな表情で吠えている。

「そうか。おまえはここの守り神だもんな。」

「ここに残るのですね。」

ルインは漆黒にそう尋ねた。

「あぁ。そうだ。」

ルインはエクスの前へかがみ込み頭を撫でた。

「守ってくれてありがとうございます。これからもこの道を守ってあげてくださいね。」

「わん。」

エクスの声が頼もしく鳴り響いた。


二人は山を下っていく。ボスが敗れたせいなのか、魔物の気配は全く感じない。その代わり漆黒は妙な違和感を覚えていた。

「なぁルイン。この異世界の住人は、異能力がどうとか言ってたよな?」

「え?あ。はい。そうです。異能力者が支配する世界ですので。」

「その異能力ってのは具体的になんなんだ?」

「そうですねぇ。魔力と言い換えることもできますね。剣に魔力を込めたり、大気に魔力を放出したりすることで空間を制圧する能力とでも言いましょうか。」

漆黒は顎の辺りに手を置いて考え始めた。

(魔力。それが今俺の五感が察知してる得体のしれねぇ何かだとするならば、今の状況はちょっと不味いのかもな。)

「何を考えてるんです?」

漆黒は二度三度頭を掻いた。

「なんでもねぇと言いたいがよ。この先にある村で妙なことが起きてる可能性は高いなぁ。」

「妙なことですか?」

「俺は魔力ってのを感じたことねぇから分からないがよ。今感じてるものが魔力だと仮定すれば。」

そこまで言って漆黒は言葉を止めた。

「どうしたのですか?」

「行けば分かる。覚悟はしておけ。」

ルインには何が何だか分からないままだった。

 そこからは沈黙が連なる道中となった。お互いに何かを話そうとはせず、ただ妙な緊張感だけが漂っていく。



「漆黒さん。村が見えてきました。」

「そうだな。やはり妙だ。」

漆黒は足を止めた。

「何か異変でもあるのですか?」

「異変?あぁ。そうだ。これは異変だ。生体反応が全くない。人だけじゃねぇ。動物や虫すらもな。それと微かに残るザラついた感触。これが魔力だとするならば、犯人はこいつだろ。」

「つまり。異能力者がいるかもしれないと。」

「あぁ。とりあえず村に入るぞ。」

漆黒はルインを後ろに歩かせた。村の中は漆黒の察知した通り閑散としていた。人の姿はどこにもない。

漆黒は地面に手を当てる。

「これは。」

「どうかしましたか?」

「一度隆起した痕跡がある。その後元の形に戻った感じだ。」

漆黒は耳を澄ました。

「生き埋めか。」

「そんな。なんでそんなこと。」

「分からねぇ。でも殺し屋の中には殺しを快楽と感じるやつもいる。」

「快楽殺人者。ですか。」

ルインが悲しげな表情で呟いた瞬間、漆黒はルインの体を突き飛ばした。

「きゃあ。」

ルインは二メートルほど飛ばされたところで倒れる。ふと目の前の光景を見ると顔が青ざめた。

 突然地面が円柱型に突出して、漆黒を上空に吹き飛ばしていた。

「漆黒さん。」

ルインは叫んだが、声が届かないほど高く吹き飛ばされている。完璧な不意打ちだった。

 円柱型に飛び出した地面は元の形へと戻っていき、遥か空中に飛ばされた漆黒は地面へと叩きつけられた。

「あの高さからでは。」

ルインは慌てて漆黒の元へ駆け寄ろうとする。しかし元凶はそこに立っていた。

「この男。かなり強そうだったから先に始末させてもらう。」

「あなたはいったい。」

「俺か?俺はウィゾリア。大地を操る異能力者だ。」

「やはり。異能力なのですね。」

ルインは固唾を飲んだ。しかし漆黒を守る術を持ち合わせていない。

「まずは一人。確実に始末する。アース。」

ウィゾリアが呪文を唱えると、漆黒の倒れている地面が地中に埋まっていく。

「そうやって村の人も生き埋めにしたのですか?」

「そうだ。心地いい断末魔だったよ。」

「あなたは腐っていますね。」

ルインは唇を噛み、悔しさを押し込めている。

「お嬢ちゃん。自分の置かれた状況。理解しているのか?」

漆黒が先に消されたことでルインには頼れるものがなくなった。客観的に見ても状況は最悪だろう。

「あなたこそ。漆黒さんをあまり甘く見ない方がいいですよ?」

「漆黒?さっきの男のことか?あいつなら今頃、酸素のない地中で苦しみながら死んでいるだろう。」

「並の人間ならそうでしょうね。ですが、あなたが相手にしているのは正真正銘の化け物です。」

ルインがそう言うと同時に、爆発かのような衝撃音と共にウィゾリアの後方の地面に大きな穴が空いた。

「やれやれ。地面の中じゃ本気が出せねぇから手こずったぜ。」

漆黒は右腕を回している。

「おまえ。どうやって?」

驚愕の表情を浮かべるウィゾリアに向かって漆黒は淡々と言ってのけた。

「どうって。ぶん殴っただけだ。」

「そんな馬鹿な話があるか。五メートル以上の岩盤だぞ?」

「おいおい。俺を誰だと思ってやがる。殺人街の漆黒を舐めるなよ。」

漆黒の右目は赤く光輝いていた。

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