ep5 ガレイド山の魔獣

 二人と一匹は山頂を目指して歩いていた。そこに近づくほどに存在する魔物のレベルも上がってきているようで、漆黒の殺気の効力も徐々に弱まり始めている。

「ルイン。俺と犬の間にいろ。」

「はい。分かりました。」

ルインは漆黒の指示通りにする。

「ところで漆黒さん。」

「なんだ?」

「犬。ではあまりにも可哀想ではありませんか?何か名前があると呼びやすいのですが。」

ルインにそう言われて、漆黒は犬に目を向けた。

「おまえ名前は?」

「わん。」

「そうか。」

漆黒はそれだけ言って黙った。

「ちょっと漆黒さん。私にも分かるように説明してください。」

「あぁ。わりぃ。こいつに名前はねぇんだとよ。ただ周りの人は山の守り神として聖犬と崇めていたらしいぜ。」

「聖犬。ですか。」

「ルインが名前つけてやれよ。」

漆黒にそう言われてルインは少し考えた。

「こんなのはどうです?昔話にでてくる聖剣から名前を取ってエクスさんとか?」

「エクスカリバーのエクスか?」

「そうです。」

ルインがそう答えると、漆黒は笑った。

「何がおかしいのですか?」

「いや。センスねぇなと思ってよ。」

「失礼です。では漆黒さんが考えればよろしいのでは?」

「いや。エクスでいいんじゃねぇか?おまえはどうだ?エクスでいいか?」

漆黒は犬に向かってそう聞いた。

「わん。」

嬉しそうに尻尾を振っている。漆黒に聞かずともルインには伝わった。エクスという名を喜んでくれたことを。


 頂上が近づいてきた。所々で魔物の襲撃を受けたものの漆黒の前では虫けら同然に扱われ退治されていく。結果としてここまで無傷のまま進んでこられた。

 そしてついに頂上付近の広場へとやってきた。

「あれか。」

漆黒が見据える先には、巨大な羽の生えた狼が凛とした姿勢で立っていた。

「わん。」

エクスは何かを訴えかける声で漆黒に吠える。

「そうか。どおりで生体反応が奇妙だったわけだ。それに水を独占しているわけも頷ける。」

「どういうことですか?」

ルインが割って入った。

「エクスが言うには、あれは突然変異種らしいぜ。俺の整体認識能力で何者かが判断できなかったのはそのせいだろうよ。」

「そうなのですね。なおさら気をつけなければですね。」

「あぁ。エクス。他に情報はないのか?」

「わん。わん。わん。」

「ほう。物理攻撃が効かねぇと。」

それを聞いてルインが口を挟んだ。

「それでは。魔法の使えない漆黒さんでは勝てないのではありませんか?」

「どうだかな。俺が目視で判断できるのは、やつの体内水分濃度が異常に濃いことくれぇだ。もしかするとやつ自身が水の可能性もある。そうなると物理攻撃が効かない理由は説明がつく。」

「どうするのです?」

ルインが不安そうに聞くと、漆黒は不気味な笑みで答えた。

「やりようはある。下がってろ。エクス。ルインを頼んだぞ。」

「わん。」

漆黒は悠然と化け物の方へと歩いていく。右手には銅の短剣を掴んでいた。化け物はその様子をただただ傍観している。両者の間に沈黙が流れた。

(まずは打撃が効かねぇことの証明からだ。)

先に動いたのは漆黒だった。あっという間に化け物の懐に潜り込んで、左拳をぶつける。しかしその部分は撓んだだけで、すぐに形状が元に戻る。

(ほう。おもしれぇ。)

漆黒は次に右手の短剣を振り抜いた。しかし化け物は宙へと舞い、それを避ける。

(打撃が効かねぇ上に、斬撃には空への退避か。)

化け物は空を飛びながら、水の玉をいくつも吐き出した。

「エクス。ルイン。避けろ。」

漆黒はそう指示を出して、自らもその水玉を避けていく。エクスとルインは水玉の展開範囲の外まで退避した。水玉が当たった地面には無数の穴が空いている。

(騎士団が返り討ちに合うのも頷けるな。)

漆黒はニヤリと笑っている。

(一点。やつの体に穴を開けれたら俺の勝ちだ。しかし空から降りてくる気配はねぇ。それなら。)

漆黒は突然、辺りの木々を切り始めた。

「漆黒さん。何をする気なのでしょう?」

ルインは不安そうに見ている。

「わん。」

エクスはそんなルインに体を寄せた。落ち着かせているつもりなのだろう。

漆黒は切り倒した木々を化け物の真下に置いた。化け物はそんなことを気にする様子もなく、再び大量の水玉を吐き出す。

(やはりそうきたな。)

漆黒は向かってくる水玉に向かって、さっき集めた木々を順番に投げつけていく。恐ろしいまでの腕力と的確なコントロールで木々を水玉にぶつけていく。当然水圧の方が上回っているようで木々は削られ落ちていく。

(予定通りだ。)

漆黒は削られて落ちた木々を拾い始めた。よく見ると、さっきまで丸太型だったのが、水の削る力と漆黒の精密なコントロールのせいか、鋭利な槍型に変わっている。

「そうか。漆黒さんは最初から木製の槍を作るのが目的だったのですね。それもあんなにたくさん。」

ルインはその光景に驚いて少し興奮気味だった。

「おい。鳥狼。ひとつだけ忠告しといてやる。これからおまえは串刺しになるのだが、俺の言うことを聞くなら許してやってもいいぜ?」

漆黒は薄ら笑みで上空の化け物にそう聞いた。

「ぐるるるるる。」

「そうか。なら交渉決裂だな。」

漆黒はそう言うと、集めた木の槍をダーツでも投げるかのように軽々しく化け物に向かって放った。放っては拾い、放っては拾いを繰り返していく。化け物はそれを上空で避けているが、漆黒の圧倒的な手首のスナップ力から繰り出される木槍は凄まじい速度で、到底避けられるものではない。ついに化け物の体に穴を開けた。その穴から大量の水分が流れ出る。化け物は地面に崩れ落ちた。漆黒は倒れた化け物の前に仁王立ちする。

「鳥狼。おまえはこれからこの山を下ってしばらく行ったところにある枯れた村に行け。そこで水を与えろ。おまえなら遥か地下の水脈からも水分を吸収できるはずだ。」

漆黒は体を刺すような強烈な殺気を醸し出しながらそう言った。

「ぐる。」

化け物はそう以上。何も言わなかった。

「ルイン。こいつの傷治せるか?」

「いいんですか?」

「大丈夫だ。こいつはもう何もしねぇ。」

「漆黒さんがそう言うなら。分かりました。」

ルインは化け物の傷を手当した。化け物は頭を下げる素振りを見せて枯れた村の方へと飛んでいく。

「漆黒さん。」

「なんだ?」

「どっちが化け物か分からないですね。」

ルインは笑顔でそう言った。

「わん。」

エクスの嬉しそうな声が山をこだました。

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